Е. б やっと、ただいま - 07
「その間、状況確認で現地に赴いたご令嬢が全指揮を取り、両親とはぐれた、または両親を失った孤児達の引き取り、怪我人の収容、災害に見舞われた領地の後片付け、領民の領地での当座の保護、その全てを引き受けていらっしゃったのです」
「他領の問題だろう?」
「そうです。人命救助と言えど、さすがに、それだけの救援資金は、あの領地だけで賄うには無理がある。後で、ご令嬢がこっそり教えてくれたのですが、婚約解消での慰謝料がなければ、数日であの領地を切り離していただろう、と」
一領地を治めるセシルは、緊急事態とあって、ある程度の慈悲から、オラフソン伯爵領への協力を同意したかもしれない。
だが、全額負担で、他領である救済援助を無償でやってやるなど、そんな理不尽な問題の責任を取る必要などない。
その決断は冷酷に聞こえるかもしれないが、博愛主義なんて、そんな甘い考えや感情で、自分の領地の資金を食いつぶしてしまい、それで、領地を破綻させてしまったのなら、その領地を治めているセシルの目的も、本末転倒となってしまう。
「それで、オラフソン伯爵は手紙の返答も出さず、瞬時に応援を出したヘルバート伯爵家にも、伯爵令嬢にも謝礼の言葉はなく、全く以て、不愉快極まりない男でしてね」
そこまであからさまに嫌悪をみせるレイフも珍しい。
どうやら、その話題のオラフソン伯爵は、レイフの癇に障るほどの悪態をついたのか、理不尽さを見せたのか。
「その嫡男が、一人で領地にはやって来ましてね。会話の内容からしても、腰が重たい、腰を上げない父親に業をなして、自分一人で確認の為にやって来たようです」
「ほう。それで、何ができたのだ?」
「到着したのは、急使を飛ばしてから五日後です。その頃には、災害地帯の住民避難、保護、怪我人収用など、大まかな問題は、全てご令嬢が解決されていた後ですからね。オラフソン伯爵家の嫡男が出てきたところで、状況が変わるわけではありません」
「なるほど」
「ただ、ご令嬢もその時点で、ボランティアの救済をする気ではない意思をはっきりとさせていましたから、王宮に災害の救済と資金援助を要請するようにと、忠告されましたよ」
「聞き入れたのか?」
「もちろんです。伯爵家の嫡男であろうと、あの災害地の現場で全指揮を取っていたのは、紛れもなくご令嬢です。ギルバートはご令嬢に付き添っていきましたから、ギルバートからの報告からしても、あの災害地で一寸の迷いもなく、問題を即座に把握し、即座に解決方法を探し、指揮を取り、全員を動かし、決断し、ほんの数日なのに、災害地での救護設備を整え、領民達の当座の食糧確保など、その全てを尋常ならないスピードでやり遂げていたそうですよ」
「ほう……!」
相変わらず、あの行動力には目を見張るものだ。
「あまりの無駄のなさに、スピードに、次々にこなしていく仕事の量に、ギルバート達だけではなく、付き添っていた騎士達までも、完全に圧巻されていたそうです」
「なるほど……」
「いやあ、本当に、驚きを超えて、私も言葉が出ませんよ」
「お前まで――!?」
「ええ、そうですね。あのような緊急事態に陥っても、領地内は全く混乱した様子がない。動揺もない。全てご令嬢の指示の元、全員が、自分達のしなければならない目下の責任をちゃんと理解している。普段から孤児を受け入れているだけに、孤児や避難民の受け入れ態勢が、もう、早いこと早いこと。その手順も全員に行き渡っているおかげで、一切の混乱も上がらないほどです」
「すごい、な……」
「ええ、そうですよ。この十年間、領地の繁栄を導いたのはご令嬢でしょうが、最もあの領地にとって有益な成果は、ご令嬢が広めていった教育方針です」
「小学のことか?」
「それだけではありませんよ。文字の読み書きだけではないんです。あそこは、領民全員、一人一人が自分達で考えていける力、一人一人で行動できていく力、決めていける力。それを授かっている。それが、ご令嬢が掲げる「人としての在り方」 なんだそうです」
「人としての在り方」 なんて、それを本気で奨励して実行することなど、到底、簡単にできることではない。
「ですから、いつどこでも、ご令嬢は、領民達に、自分達で考える力をつけさせている。与えている。だから、指示が出るだけで、領民達自身も、どうやって問題を解決していくのか、どんな解決方法がいいのか、そうやって考えていくのです」
レイフも微かに瞳を細めながら、あの時の会議の光景を思い出していく。
「ただ、指示や命令を受け取って行動しているのではありません。そういった方針が領地全土で一貫しているおかげで、領地での混乱は全く上がりもしない。だから、この私でも、素直に驚いているのです。信じられない光景ですからね」
大抵、身分の低い者や平民は、教育を受けられる機会も少なければ、自分達から行動する――なんて発想も思い浮かばないだろう。
日々の生活が忙しくて、ただ、一日がそうやって終わっていくだけだ。
だから、なにか問題があって、それを自分達で解決できるか――と問われても、その手段や方法、まして、知識だって与えられていない、足りないのはあまりに目に見えている。
そういう環境で育ち、生活をしてきた平民達にとっては、上からの指示だから、命令だから、という状況で、自分から考えることもせず、命令だけを聞いている方が遥に楽なことだろう。