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Д.д 心配だから - 07

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 それでも、セシルの決断にギルバートが口を挟めるものではない。領地内の問題は、セシルが領主として決断しているだけに、婚約者であろうと、ギルバートは部外者に他ならないのだ。


 邸に戻ってきてセシルの前で、邸の全員もセシルを心配している気配が伝わって来た。だが、誰一人としてセシルを止める者はいない。口を挟む者はいない。


 そっと、ギルバートの手がセシルの頬を包み込む。

 ギルバートの手の中に簡単に収まってしまうほどの小さな顔だ。


「――この度は、皆様のご助力に、本当に感謝しております」

「いいえ、お力になれて、私も安堵しております。他国の事情でも、災害は国などの問題ではありませんから。救助が素早く向かうことができて、本当に良かったです」


 心からそう言ってくれているギルバートの真摯な優しさに、セシルが微かに瞳を細めた。


「ありがとうございます……」

「私は――あなたの体の方が心配です……」


 指摘されるまでもなく、セシルの体はすでに限界に来ている。それを一番に理解しているのも、セシルだった。


「そう、ですね……。天災など、人知を超える問題ですから……。まあ、仕方がありません……」

「そうかもしれませんが……、あなたの体がとても心配です」

「心配してくださり、ありがとうございます……」


 まだ、セシルの頬をそっと包み込んでいるギルバートの瞳が、やるせなさそうに揺れている。


 ギルバートの顔がゆっくりと近づいて、そのギルバートを見上げているセシルの唇に、温かな感触が降りた。


 そっと、唇だけを触れるように、ギルバートの唇がセシルの唇に触れている。


「――謝罪は、したくありません。私は、あなたの婚約者ですから……」


 まだ互いの吐息が肌で感じられるほど間近で、ギルバートの唇が動いて、囁きが吐き出される。


「謝罪、なさるのですか?」

「あなたに触れたことは、しません。疲れているあなたの弱みに付け込んだ――と責められたら、します……」


 なんだか憮然としたような言い訳だったが、セシルは動こうとはしなかった。


「付け込んでいるのですか?」

「そのつもりはありません」

「嫌がっては、いませんわ」


 それを聞いて、ギルバートの動きが一瞬止まっていた。


 ギルバートの反対の手もセシルの頬を包み、ゆっくりとセシルの顔を上げさせていく。


 今度は、ギルバートの唇が深くセシルの唇を奪っていた。少し空いた唇の隙間さえも埋めるように、ギルバートの唇が押し付けられる。


 こんな風に、誰かに触れられるのは――本当に久しぶりだった。

 この世界に、次元に飛ばされてきて以来、初めてだった。


 もう、ずっと、忘れていた感触だった。温かさだった。


 セシルの精神年齢だけで言うのなら、きっと、前世(なのか現世) にいた時のも入れて、平均的な生涯の半生は生きてきたと言える年齢に達しているはずだった。


 だが、この世界で生きていくと決め、『セシル・ヘルバート』 という器も、身体(からだ)も、その立場もやっと慣れ始めてきた。


 自分の外見からも、まだ若い少女だったり、女性になったと受け入れられるようになってから、セシルは少しずつ精神年齢のことを考えなくなっていた。


 セシルに接してくる全員がセシルを独身女性として、貴族の令嬢として、伯爵家の子女として扱ってくる、接してくるので、いつの間にか、セシルは『セシル・ヘルバート』 という人間を、自分自身で受け入れられるようになっていたのだ。


 だから、今のセシルは、ただ、一人の女として、目の前のギルバートからのキスを受けていた。受け入れていた。


 こんな風に、熱くセシルを見つめ、その瞳の奥で強くセシル本人を望んできた男性は、この世界でギルバートが初めてだった。


 それを考えて、セシルの口元が微かにだけ上がっていた。

 そう言えば、この世界でのセシルには、“ファーストキス”ということになるのだろうか。


「……なにか?」


 そのセシルの唇の動きを感じ、キスを続けたままギルバートが問う。

 お互いの吐き出す吐息が、肌を震わせていた。


「いえ……。ただ、これで、少しは婚約者らしくなったのかしら? ――と」


 ギルバートの瞳が上がっていた。


 少し唇を離したギルバートの瞳が真っすぐにセシルを見つめながら、ギルバートも――おかしそうに、少し困ったように、そんな顔をみせて、こつんと、その額をセシルの額に合わせるようにする。


「良かった……」

「なぜ、ですか?」

「あなたに嫌われていなくて」

「それは、愚問、では?」

「そう――願ってはいたのですが」


 きっと、セシルなら、嫌いな人間をセシルに近寄らせもしないし、見向きもしないだろうな――とはギルバートも思ってしまったことである。だから、少しだけ――ほんの少しだけ、己惚(うぬぼ)れてしまっていた。


 まだ、恋人のような愛情や強い感情がなくても、婚約者となってくれるだけは、ギルバートもセシルに嫌われていなかったのだ。


「今夜は――一緒にいさせてください」


 惹き込まれそうな深い藍の瞳が、ギルバートをただ静かに真っすぐ見つめている。


「何もしません。ただ、一緒にいさせてください。あなたのことが心配なのです」

「私……もう、湯あみをする気力も、着替える気力もないのですけれど……」

「ふーむ……それは、私もなのですが」


 さすがに、連日連夜の強行軍で、気力・体力も、そろそろ尽きてきているギルバートだ。



読んでいただきありがとうございました。

Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)


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