Д.г 恥を知れ - 04
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宿場町の宿屋に部屋を取り、仕方なく、コトレア領に滞在することになったアリーは、その日の晩に、ヘルバート準伯爵が帰宅した報せを受け取っていた。
それで、明朝に面会の許可が下り、一晩を宿で過ごすこととなる。
次の日、朝食を食べ終え、身支度をきちんと済ませたアリーは、またヘルバート準伯爵の邸に向かう。
昨日と同じように執事に迎えられ、昨日と同じ客室に案内された。
昨日とは違い、椅子にかけてヘルバート準伯爵を待っている間、テーブルの上にお茶は用意されたが、まだ挨拶も済ませていないので、今朝は、お茶に手をつけていないアリーだ。
ノックと共に扉が開き、数人の影が部屋の中に入って来た。
一人は、若い令嬢――なのに、男装していて、おまけに、その容姿が――見たこともないほどの、ものすごい美しい容貌だったのだ。
それで、一瞬、アリーも、ポカンとして、呆気に取られて、部屋の中に入って来た令嬢を見返す。
その令嬢のすぐ後ろに、剣をぶら下げた男性が二人。
その三人が部屋の中にゆっくりと進んで来た。
「ヘルバート準伯爵ですか? 私は、アリー・オラフソンと申します。この度は、準伯爵に大変お世話になりました」
椅子から立ち上がったアリーが、深々と頭を下げていく。
「一体、誰に向かって礼を向けている?」
ギルバートはその苛立ちも隠さず、きつくアリーを睨めつけた。
「コトレア領の領主は、こちらのヘルバート伯爵令嬢だ。そして、ご令嬢が、準伯爵の位を授かっていらっしゃる」
「えっ……?!」
驚いて、パッと、アリーが顔を上げた。
目の前の――ものすごい美麗のご令嬢は、ただ無表情にアリーを見返しているだけだ。
「あっ……! 申し訳ございませんでしたっ……! 本当に、申し訳ございませんでした。非礼を働きました。どうか、お許しください……」
元々、下調べもせず、宿題も済ませてきていないアリーは、コトレア領がヘルバート伯爵領だと勘違いしていた。その時点で、アリーは、最大のミスを犯している。
その上、待たされていた客室に入って来た三人の中で、一番立場が上なのはギルバートだろうなと判断して、アリーはギルバートに向かって挨拶をしてしまったのだ。
なんという失態であろうか……!
またも、アリーは最大の失態を犯してしまったのだ。
ヘルバート伯爵家の令嬢の話は、社交界でもたまに挙がって来た話題だったが、アリー自身は、それほど注意を払ったことはなかったのだ。
「婚約者に浮気され、おまけに、婚約破棄まで言い渡されたって、一体、どんなみすぼらしい令嬢なんだ?」
社交界や、ジェントルマンクラブの集まりなどで、そう挙がっていた話題だった。
その話題の中心である令嬢は、傷心して、自領に引きこもってしまった、というような。
アリーだってその話を聞き、婚約破棄されるなんて可哀そうに、伯爵家の恥だろうな――程度の(かなり失礼な) 感想しか持っていなかった。
それなのに、アリーの前に現れた令嬢は、ヘルバート伯爵家令嬢で、とてもではないが婚約破棄を言い渡されるような、“みすぼらしい令嬢”になど見えない。
これほどの美しい令嬢を振る男の気が知れないと言うものだ。
おまけに、その令嬢が“準伯爵”の位まで爵位し、コトレア領の領主でもあるなんて、信じられない話だ。
訳の判らない状況で、納得いかない状況に困惑してしまって、アリーも頭の中でグルグルと次の言葉を探してしまった。
「オラフソン伯爵家嫡男の方だ、と?」
静かで落ち着いた声が降り、パッと、アリーが顔を上げた。
「は、はい、そうです……。失礼な誤解をしてしまい、申し訳ありませんでした……」
今更、取り繕っても、最悪の失態を犯したアリーには、謝罪の余地もない。だが、謝罪をせずにいても、ただただ、失礼さを増してしまうだけだろう。
「かけてください」
「は、はい……。失礼いたします……」
座っていた長椅子に、静々と腰を下ろしたアリーの向かいの椅子に、セシルもゆっくりと腰を下ろしていく。
ギルバートはセシルの隣には座らず、セシルの椅子のすぐ後ろでクリストフと共に、手を後ろに組みながら直立不動に待機した(さすが、騎士サマ……。姿勢が真っすぐである)。
それで、自分達はセシルの護衛なのだ、という立場をオラフソン伯爵家嫡男に明らかに見せつけるかのようにしたのだ。
そのギルバートの行為には、セシルも感謝するが、セシルはギルバートが怒っているほど、オラフソン伯爵家嫡男の行動に腹を立てているのではない。
男尊女卑が激しいこの世界。女が領主になるなど有り得ない、許されない――そんなくだらない慣習で、セシルの立場を攻撃したり、責めて来たりした者は、数知れない。
今更、その程度のくだらない行動で、一々、気に病むようなセシルでもない。
二人の男性が、セシルの“護衛騎士”だと理解したアリーの顔色は優れない。初っ端から、コトレア領の領主であるヘルバート伯爵令嬢を侮辱してしまったのだから……。
おまけに、セシルは“準伯爵”の地位まで授かっている、れっきとした爵位持ちだ。まだ伯爵家の爵位を継いでいないアリーなど、さっきの失礼な態度に怒り、セシルがこのままアリーを邸から追い出しても、アリーには文句など言えない。
「要件は何でしょう?」
社交辞令をぶっ飛ばして、セシルが質問する。
「まずは……、今回のボイマレの件につきまして……。ヘルバート準伯爵には、多大なご迷惑をおかけしてしまい、その謝罪を申し上げたく……。そして、ボイマレの救済援助を施してくださりまして、感謝しております」
「そうですか。ですが、私はボイマレの救済援助を施したつもりはありません。今は、緊急状態ということで、仕方なく、その確認に出向いただけです。無償ではありませんので」
誤解する猶予もないほど、あまりにきっぱりと明確にセシルに訂正されて、ちょっと度肝を抜かれたアリーだ。
「も、もちろんですっ……。お借りした物資や食料、また救済にかかった費用は、きちんとお返しするつもりです……。あの、今すぐ……とは、お約束、できないのですが……。ですが、きちんと、お返ししますので」
約束もなにも、あの父親を説得すること自体、アリーにできるか判ったものではない。
「では、そのお話は後程正式に」
「わかり、ました……」
読んでいただきありがとうございました。
Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)
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