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* В.б ようこそ、コトレアへ *

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「皆様、今日は、ようこそお越しくださいました。私はコトレア領領主、セシル・ヘルバートと申します。皆様を、心より歓迎いたします」


 そして、スッと、セシルが背筋を伸ばしたきれいなお辞儀をしていた。


 だが、そのセシルを見上げているオスミンは、ポカンと口を開けている。


 セシルは叔父であるギルバートの“こんやくしゃ”だから、これから、オスミンの叔母になるご令嬢だ、と説明されていた。


 オスミンだって、幼くとも、貴族の令嬢は理解できる。


 こんなまだ幼い年でも、お茶会やらに連れ出される度に、オスミンの周りには、ごっそりと貴族の令嬢が寄ってくるからだ。


 だが、今のセシルは、「領主」 だと説明した。おまけに、令嬢なのに、ドレスではなくズボン姿だ。

 それで、状況が理解できないオスミンは、パチクリと目を輝かせている。


 貴族の深層令嬢であるリドウィナは、ズボン姿のセシルに驚いていても、一切、それを指摘しない。

 微かに瞳を伏せるように、深い事情は問いたださず――ただ静かに、そこに控えているだけだ。


「……セシルじょう、あなたは、なぜ、おとこのかっこうをしているのですか?」


 くっと、レイフが吹き出していた。そして、くつくつと、肩を揺らしだす。


「オスミン……。失礼なことを言うものではない。ご令嬢に謝りなさい」


 だが、なぜ自分が謝罪しなければならないか解らないオスミンは、ギルバートに(いさ)められて、すぐにしょぼんと顔を曇らせた。


「はい……。セシルじょう、しつれいを、いたしました」

「あら? 失礼ではございませんわ。貴族のご令嬢は、ドレス姿ですものね。ズボン姿のご令嬢? 私だって見たことはございませんもの。ですから、私は特別で特例、なのです」


「とくれい? それはなんですか?」

「今までに例のない、変わった令嬢だ、ということです」


「そうなのですか?」

「ええ、そうです。ですから、変わっている人間に、わざわざ謝罪なさる必要はございませんわ」


 いや、なにも、そんな風に自慢するのは――かなり間違っているような気がするのだが……。


 ふふと、セシルは笑いながら一歩前に進み、オスミンの前でしゃがみこんだ。


 セシルを見ているオスミンのすぐ目の前にセシルの目線が合って、セシルがまた、ふふ、と軽やかに微笑んだ。


「男の格好をしているのは、動き回るのに楽だからですのよ。仕事をする時に、移動をしたり、動くことがたくさんあるのです。ドレスでは、馬にも乗れませんわ」


「セシルじょうは、うまにのれるのですか?」


「ええ、乗れます。ですから、ズボンの格好が一番動きやすいんですの。男の子の格好をしているからと言って、オスミン様は、私のことをお嫌いになりますか?」


「なりません。セシルじょうは、おとこのかっこうをしていても、きらきらとしています」


「そうですか。ありがとうございます。本当なら、私の方がオスミン様に謝罪すべきなのに、オスミン様が謝罪なさってくださって、ありがとうございます」

「――セシルじょうは、なぜ、ぼくにあやまるのですか?」


「素敵な殿方の前で、はしたなく、男の子の格好で出てきてしまったからですわ。ドレスを着て、きちんと挨拶すべきですもの。ですから、オスミン様の気分を害していないと良いのですけれど?」


「ぼくの、きぶんですか?」

「ええ、そうです。大変、失礼な格好で申し訳ございません、オスミン様」


「ぼくは、セシルじょうが、おとこのかっこうをしていても、おこりません。セシルじょうは、きらきらしています」


「まあ、ありがとうございます。オスミン様にそうおっしゃっていただいて、私も嬉しく思います。コトレア領へようこそ、オスミン様」


「母うえが、よろしくおねがいします、というのですよ、といいました」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 それで、オスミンがはにかんだように口元を緩め、気取った風に背筋を伸ばす。


「よろしくおねがいします、セシルじょう」

「ええ、オスミン様」


 それで、セシルが立ち上がる際、とても自然に、たぶん無意識で、サラッと、オスミンの髪を梳いて頭を撫でていたのだ。


 オスミンには――急に誰かに触られることなど生まれてこの方一度もなく、ビクリ、と体を揺らして驚いてしまっていた。


 だが、今の光景を見ていたギルバートも――そこで驚きを隠せなかった。


 失礼なことを口走ってしまったのはオスミンでも、セシルは謝罪の必要はないと言った。オスミンにとって、ズボンを履いている令嬢は、オスミンの日常ではなかったからだ。


 だから、失礼な言葉ではない、と。


 そして、オスミンが、素直に、いつもとは違う“日常”を受け入れることができて嬉しいと、セシルはオスミンを褒めた。


 違う意見を持つことは失礼なことではない。自分の知らないことを口に出しても、理由が分かって、受け入れてくれたら嬉しい。


 それで、オスミンは“失礼な子供”から、“理解してくれる子供”として、オスミン自身の尊厳も保たれた。


 オスミンは自分のした行動が許されたのと、少しの解釈の違いで、間違いではなかったことを知ったから。


 そんな数分もしない会話だったのに、今のオスミンは、晴れやかな気持ちで、セシルのズボン姿を受け入れることができる。


 それを、こんな数分で、そして、さもあっさりと、わざとでもなく、会話の流れで、なんだかスルリと無理もなく、オスミンの気持ちを変えてしまったのだ。


 だから、ギルバートは驚きが隠せなかったのだ。


「皆様、移動でお疲れのことでしょう。部屋を用意させておりますので、まずは一息、休憩なさってくださいね。今は、お部屋の方に軽食を運ばせますので、昼食を終えたら、これからの予定などをお話したいと考えておりますので、よろしいでしょうか?」


「ええ、問題ありません」

「では、お部屋にご案内する前に、私の家族も紹介いたしますね」


 セシルの視線が、後ろで静かに控えている父親に向けられた。


 ヘルバート伯爵が一歩前に出て、スッと、一礼する。


「私はヘルバート伯爵家当主、リチャードソン・ヘルバートです。私の右手に妻のレイナ、左に息子のシリルです。皆様、ようこそお越しくださいました。お会いできて、とても光栄に存じます」


 セシルの母親とシリルも揃って、丁寧なお辞儀をする。


「私はレイフ・アトレシアです。そして、甥のオスミン。こちらにいるご令嬢は、ガルブランソン侯爵令嬢リドウィナ嬢です。残りは、もう、皆さんもお会いしていることでしょうから、省きましょう。今日はこのように歓迎していただき、私達も感謝しています。滞在中、お世話になります」


「ようこそお越しくださいました」


 どうやら、一応、挨拶も無事に終えたようだった。


 それぞれの客室にゲスト達が案内され、セシルの邸からは、ゲストに二人ずつのメイドが専属で()くことになっている。


 ガルブランソン侯爵令嬢のリドウィナは、普段からリドウィナに仕えている自分の侍女を一緒に連れてきたので、リドウィナの身の回りの世話をする必要はなかったが、それでも、王国の侯爵様のご令嬢である。


 コトレアで滞在中、リドウィナに不自由ないように、二人のメイドが付き添っている。



読んでいただきありがとうございました。

Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)

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