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Б.д まずは、土台造り - 07

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「ガルブランソン侯爵令嬢は、ギルバートとの婚約を望んでいたのですか?」

「兄上……」


 そんなあからさまに、今はギルバートの婚約者となっているセシル本人に、聞くことではないだろう……。


 だが、セシルは気にした様子もなく、態度も変わらず、落ち着いた穏やかな瞳を微かに細めていく。


「ガルブランソン侯爵令嬢は、お父上が望んでいたことだから、それに従っていたようですわ。自身の意思など、あまり感じられませんでしたわね」


「そうでしょうね。ギルバートと一緒にいる時でも、二人の間に、恋愛ごとが成立するような気配一つさえなかった」

「兄上……」


 もう、それ以上――余計な昔話を持ち込まないで欲しいのに……。


 だが、レイフはあっさりしたもので、全く、その程度の機微など気にしていない。


「ガルブランソン侯爵令嬢は、どうでした?」


「とても真面目なお方でしたわ。いきなり現れた他国の令嬢である私を前にしても、礼儀正しくていらして、大切に育てられた侯爵家のお嬢様でしたわ。全く見知りもしないのに、格下の私に、いきなり宿題を出されても文句は言わず、嫌であっても、それでも、真面目にしっかりと、宿題の答えを考えてきてくださいましたもの」


「しゅくだい? それはなんですか?」


「課題のようなものです。何点か質問をさせていただきましたの。それで、そのお答えをお待ちしています、と別れ際に申しましたの」


「それで、今日もまた、お茶会ですか?」


「ええ、そうです。その場で、しっかりと、自分の答えを考えてきていらっしゃったようです。性格が真面目でいらっしゃいますから、宰相閣下の手伝い役でも、きっと文句を言わず、しっかりと説明を聞き、そうやって、仕事のお手伝いなさること間違いなしでしょう」


「なるほど」

「ただ、これはただの提案ですので、無理矢理、お願いしていることではありません」


「あなたが、ただの提案をするとは思えませんがね」

「そのようなことはございませんが」


 セシルの態度はさっきから変わらず、静かで穏やかで、そして、殊勝なものだ。


 少しだけ口を上げたようなレイフだったが、ふーむと、しばらく考え込んでいた顔を上げる。


「いいでしょう。ガルブランソン侯爵令嬢を、私の手伝い役、兼、補佐役の見習いとして、私に付けることにしましょう」

「よろしいのですか?」


「ええ、そうですね。確かに、あなたの指摘される通り、ガルブランソン侯爵家は()()()()ですが、ギルバートとあなたの婚約で、ガルブランソン侯爵も、多少、気分を害しているでしょうからね。亀裂や摩擦が入る前に、しっかり、その絆は繋げておくべきでしょう」


「ですが、私が提案したからと、そのように決断なさってよろしいのですか?」

「ええ、問題ありません」


 セシルは、わざと首を倒してみせるようにした。


「随分、信用されているものですのね」

「そうですね」


「なぜですか?」

「驚きですか?」

「ええ」


「あなたの今までの行動を見ていれば、一々、あなたと討論するのは、無駄だと知っているからですよ」

「アトレシア大王国の有名な宰相閣下が?」


「ええ、そうです。別に、それで、光栄に思え、ありがたく思え、と押しつけがましくするつもりもありません。なにしろ、あなたのその能力も、手腕も、証明済みですからね」


「それは、ありがとうございます。宰相閣下ほどのお方から、そのようなお言葉をいただきまして、光栄でございます」


「ああ、私の前で、そういった社交辞令は必要ありません」


 それで、邪魔くさそうに、手まで振ってみせるレイフだ。


 セシルの口元に、薄っすらとだけ、微笑が上がる。


「あなたは、いつでもどこでも冷静だ。とても、ただの伯爵令嬢とは思えないほどに。その冷静で、鋭利な判断力、洞察力には、私でも脅威を感じるほどですからね」


「まあ、ありがとうございます」


「冗談ではありませんよ。確かに、私はギルバートほどあなたのことを知りませんし、そこまで深く関わってはいませんが、あなたのその瞳が、初めて出会った時より、無意識に警戒を呼ぶものでね」


「敵意を向けたつもりはなかったのですが」


「敵意ではありません。あなたもご自分でよくご存知のはずだ。その観察眼(かんさつがん)が並外れているから、あなたには、誰よりも先に物事を見抜くことができる力がある、と。初めて出会ったあの時より、本当に隙の無い目をしていらっしゃる。その瞳の奥で、一体、何を考えているのかと、無意識で警戒をしてしまうほどに」


「そのようにおっしゃっていただいて、光栄でございます。確かに――私は、昔から物を見る癖があります。意識しているのではありませんが、見ていると、なんだか、問題が簡単に見えてきてしまうのです。浮き上がっているような感じで。ただ、それだけなのですが」


 いや、()()()()のレベル、などと言い切れないだろう。

 見ているだけで問題が浮き上がってくるなど、誰にでもできる芸当ではない。


 レイフの口端が、皮肉気に上がる。


「この癖は――皆様は、能力、と呼ばれていらっしゃいますが、これは、予知ではありません。知らないこと、見えないことは、私には全く分かりませんから。見えていることだから、問題点がなんだか見えてきてしまうのです」


「状況判断と状況察知能力が、桁外(けたはず)れに磨かれているのでしょう。その手の人間を見るのは、私も初めてですがね」


「まあ、人には、それぞれ持っている能力や習性があるのでしょう。私の場合は、ただ、人より判断が早いだろうな、ということを自覚しているだけです。昔からよく、私は、まず先に、相手や他人を失敗させろ、と言われてきましたから」


「失敗させろ? それは、どういう意味ですか?」


「私は、昔から、問題発見と言いますか、こう――無駄なことや、非効率的な事柄など、つい気が付いてしまうんです。ですが、どうやら、それに気づくのは私だけのようでして、残りの人間や周囲の人間に私の考えを話しても、大抵は信じないで、大した問題扱いにもしません」


 どうやら、このセシルの特性というか習性は、前世(または現世) だけではなく、この世界でも同じようだった。


「ですが、それから――そうですね。半年、または八カ月、九カ月くらいしたら、私が取り上げた問題点や懸念点が浮き彫りになり、そこで初めて、問題があったかもしれない、と気づくことがよくあるのです。そこでやっと、残りの人間が私に追いつく、というような状況が」


「それは――また、すごい……」



読んでいただきありがとうございました。

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