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* Б.г やっぱり *

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 ボキッ――――!



 あまりに執務室に不向きな不穏な音を耳にして、クリストフが、ギルバートを振り返った。


 それで、ギルバートの手の中に握られている羽ペンが、真っ二つに折れていたのだ。


「どうしたんですか?」


 不穏な様子で、不機嫌さも隠さないギルバートを前に、クリストフも首をかしげてしまう。


 なんと言っても、今は、ギルバートの最愛のご令嬢が王宮にいる。

 ギルバートは、午前中だけ仕事を片づけに、そのご令嬢からは離れてしまっているが、それでも、午後からは、またすぐに、愛しのご令嬢とお茶会のはずである。


 浮かれて、周囲に花でも飛んでいてもおかしくはない現状のはずだったが――なぜかは知らないが、自分の主の背中からは、ものすごい冷たい殺気が、ゴォーっと、音を立ててきそうな勢いで上がっているのだ。


「いや、ただの私情だ」

「ものすごい私情ですねえ……」


 一体、騎士達の誰が、今日、このギルバートを怒らせたのだろうか――クリストフも考えてしまう。


「殺しても、殺し足りない男がいたもので」


 ゾワッと、絶対零度の凍り付きそうな殺気を飛ばし、ギルバートの目がかなりマジである。


「――――一体、誰です?」


 そんな身の程知らずの男は――とは、口に出されない。


「根暗で、華やかさに欠け、目立つところも何一つない地味な女で、それから、陰湿(いんしつ)で、男一人も(よろこ)ばせられないような女――など、よくも言ってくれる」


 セシルは、あまりにバカらしくて、と笑い飛ばしていたが、つい、おまけに、不意に、昨日の会話を思い出してしまったギルバートは、また、あの怒りを思い出してしまっていたのだった。


「――――――」


 一体、どこのどいつが――ギルバートの前で、そんな命知らずな暴言を吐いたと言うのだろうか。

 さすがに、クリストフも、背筋から冷や汗が流れ落ちてきた。


 絶対に、これは、死罪直行だ。


「ああぁ、今、思い出しただけでも、腹が立つ。斬り殺せないのが、()()()悔やまれる」


 ギルバートはそこまで怒気を露わにし、おまけにその目には、瞋恚(しんい)の色が燃え(たぎ)っている。


 これは、どこぞの大馬鹿者が、本気でギルバートを怒らせたに違いない。


「――――いつ、ですか? 昨日の婚約の儀で?」


 クリストフだって、二人の婚約の儀では、二人がダンスを踊っている時や、話をしている間は側を離れていたが、それでも、すぐに駆け付けられる位置に待機していたのである。


 昨日の婚約の儀で、それほど問題もなく済んで、ホッとしていたはずなのに。


「いや。婚約解消の時だ」

「えっ? 婚約解消――って、昨日、婚約の儀を取り付けたばかりじゃありませんか」


「馬鹿を言うな。私は、あのお方と婚約を結んでいるんだ」

「だったら、誰です――」


 それを言いかけて、ハッと、クリストフも、ギルバートの示唆する、正にその男を理解していた。


「――バカ息子じゃありませんか」

「その通り。斬り殺せないのが、()()()悔やまれる」


 聞きしに勝るバカっぷり。

 信じられない発言を投げてくれたものだ。


「ご令嬢は、怒っていらっしゃるのですか?」

「いいや、全然。あまりにバカ過ぎて言葉も出ない、と笑い飛ばしていらっしゃったが」


 いや、セシルの性格なら、きっとそうだろう。


「以前は――きっと目立たないようにしていらっしゃったのですが、今は違うのですから、いいじゃないですか?」


「それでも、腹が立つ」

「まあ、そうでしょうねえ……」


 ギルバートの前で、最低最悪の侮辱と、その発言だ。


 もう、女神のように(あが)めている自分の最愛の女性を侮辱しようものなら、このギルバートなら、絶対に、そんな輩を斬り落としていることだろう。


「でも――考えようによっては、あの婚約破棄があったからこそ、ギルバート様は、ご令嬢に会うこともできたのですし、それで、今は(やーっと) 婚約もなさったでしょう?」

「そう、だが……」


 それでも、不快感を表した顔には、眉間が寄せられたままだ。


「そうでなければ、今頃、ご令嬢は他の男のものになっていたんですよ」

「それは――絶対に、考えたくない光景だ」


「そうでしょうねえ。えぇえ。それに、ご令嬢が、あのように美しい女性だったという事実は、あのバカ息子は知らないのですから、良かったじゃないですか――うん? あれ?」


「どうした?」

「いえね――もしかして――いやいや、もしかしなくても、ノーウッド王国の貴族は、ご令嬢がものすごい美女だという事実を、知らないのではないかと思いまして」


 はたと、ギルバートもその言葉で思い当たることがあったらしい。


「――――家族以外、領地の領民以外、知らないんじゃないのか?」

「そうですよねえ。これって、実は、すごいことなんじゃないですか?」


 なにしろ、学園内では存在が薄い(全くなくて)、社交界でも知られてなくて、()()()()()()ご令嬢である。


「――ということは、ご令嬢がものすごい美女だったという事実を知ったのは、余所者(よそもの)では、きっと、ギルバート様が初めてですよね。まあ、ご令嬢の下で働いている護衛やら傭兵やら、その手の人間は抜かして、でしょうけど」


「そう、かもしれない。それは……よかった」

「ええ、そうでしょうねえ。やはり、一番初めに見つけた男性が、さっさと、美しい女性を奪いにいくのが、世の常でしょうね」


「そんなことがあるのか、本当に?」

「いえいえ。小説などでも、よくある話だそうで」


「お前まで、そんな話を読むのか?」

「いえ、私ではありませんよ」


 では、一体、誰が、恋愛小説のような(たぐい)の本を読んでいるのか。



読んでいただきありがとうございました。

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