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А.г 一人きりの時間 - 02

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「結婚話、お受けします――」


 もう、セシルの心は決まった。


 そうとなれば、明日、ノーウッド王国にいる父の承諾を貰う為に、手紙を出さなければならない。


 父親のリチャードソンがセシルに会いに来た時も、かなり残念そうな顔をしながらも、



「セシルの決断なら、反対することはないよ」



と、その言葉を残してくれた。


 本当に、セシルの父は、昔から、そうやって、セシルをずっと支えてくれて、文句や非難を言って来たことはない。


 伯爵家の屋敷を空けてばかりの娘で、大した、親孝行もしていないような状態だ。文句の一つや二つ出てきてもいいはずだったが、それでも、セシルの父であるリチャードソンは、いつもセシルのすることを誰よりも尊重してくれた、本当に素晴らしい父親である。


 セシルはこの世界に飛ばされて――転生させられて――それでも、リチャードソンの娘になれたことを、心から感謝したい気持ちだった。


「お父様が、ああやって(ふところ)の大きい方でなければ、今頃、私も型にはめられて、あまりに窮屈で、心が死んでしまっていたわよね」


 もっとちゃんとお礼を言って、セシルは父のリチャードソンを誰よりも大切にしているし、尊敬している父親だと、次に会った時には言わなくては。


 父の承諾を得れば、次はアトレシア大王国のギルバートに返答をしなくてはいけない。

 二カ月近くも待たせてしまった。


 その時間と猶予をくれたギルバートには、セシルも感謝している。

 勢いだけで、混乱したまま、ただ、結婚の申し込みを承諾しないでいられたから。


 でも、もし、セシルが同じような立場だったのなら、二カ月近くも待たされ、返答もなく、毎日、モヤモヤと気分が落ち着かないままだったことだろう。


 ギルバートも、もしかして、そんな風に感じてしまっていたのだろうか?


 セシルの(ある意味) 我儘(わがまま)を許す代わりに、もしかして、セシルは、ギルバートにかなりつらい思いをさせてしまったのかもしれない。


 次に会う機会には、少し、そのことをも聞いてみるべきじゃないだろうか?


 あのギルバートなら、きっと、「いいえ、そのようなことはありませんよ」 と、セシルに気を遣わせないように、気を遣ってくれそうだけれど。


 この世界で、初めて――心からセシルを望み、セシルを手に入れる為に行動に移すほどに、決心を固めて来てくれた男性だ。


 もうセシル以外の女性は愛せない――なんて、あんな切実に、それ以上に、恋焦がれているかのような熱い瞳を向けて、真剣に告白されたことなど初めてだ。


 前世(なのか現世) でも、そんな風に、本気を見せて、セシルを口説(くど)いてきた男性などいなかった。


 (両方の世界でも) ()()()()初めての、熱い告白だった。


 あの時は驚いてしまって、それでも、あまりに真剣で、熱くセシルを見詰めてくるギルバートには――ちょっと……セシルだって、ドキッとしてしまった。


 この話は、ギルバートにだって、まだ内緒である。


 セシルが結婚……?


 一体、どんな近未来が待ち受けているのか、セシルにだって想像がつかない。


 もしかしなくても、今年もまた、セシルには平穏無事で静かな時間、なんていうものはやってこないこと間違いないだろう。


 また、今年も、色々な意味で忙しくなりそうだ。



* * *



 ギルバートはベッドの上で横になりながら、天蓋(てんがい)の天井をただ凝視している。


 別に、天井を見つめ続けて、その色を確認しているのではない。形を確認しているのでもない。

 ただ、じーっと、真っ直ぐ上の天井を凝視したまま、横になっていたのだ。


 仕事をしている間は、多忙さに追われ、余計なことを考えずにすむ。余計な思念に邪魔されて、心乱されることはない。


 でも、こんな風に、仕事を終えて、就寝前、一人きりになると、あまりに静かで、誰にも邪魔されない一人きりの時間が――苦痛になる。


 ギルバートは右腕を上げて、額の上に乗せるようにした。


 はあぁ……と、すぐに溜息めいた息が吐き出される。

 もう、ここずっと、毎日、同じ動作の繰り返しだった。


 もうそろそろ、二月(ふたつき)が終えようとしていた。

 セシルに会ったあの時から、二月(ふたつき)も経ってしまっていた。


「返事――」


 くれるのだろうか?


 いや、返答をくれるのは当然のことだ。

 ただ、その返答の内容が、どちらかなのかは――ギルバートには、確信が持てないだけなのだ。


 自分ができる最大限の条件は、提示したつもりだ。


 それでも、もしかしたら、まだ他にも提示できたことがあったのではないか? ――と、すぐに後悔しそうになってしまう。


 ギルバートがこんな風に自分自身の決断に自信がなく、何度も考え直してしまうなんて状況は、本当に生まれて初めての経験だ。


 セシルに出会ってからと言うもの、ギルバートは、“生まれて初めての経験”ばかりをしているような気がする。


 セシルに出会わなければ、きっと、一生かかっても気づかなかった、経験できなかった経験ばかりだ。


 悩むのも、気落ちするのも、後悔しそうになるのも、そんなネガティブな行動も、感情も持つこと自体、ギルバートには珍しい。


 ギルバート自身だって、今までは、ほとんど感情を揺さぶられることはないな、と自負していたほどなのに。

 確信していたことなのに。


 こうやって、一人で考え事をしている間でも、すぐに、セシルのことが思い出されてしまう。


 会いたい…………。


 その姿が浮かび上がって来るだけで、激しい思いがせりあがって来る。

 距離の分だけ、実らない思いが、どんどんと募ってしまう。


 一緒になることは(かな)わないのかな……? (かな)うのかな?


 ああぁ……、会いたい――――


 ただ、その激しいほどの渇望(かつぼう)焦燥(しょうそう)が、身体(からだ)(むしば)んでいくかのようだった。


 ギルバートの意識を、(むしば)んでいくかのようだった。


 だから、こんな一人きりの時間は、嫌なのだ……。


 何度目かも分からない長い溜息(ためいき)だけが、その静かな部屋に、空間に落ちていた。






読んでいただきありがとうございました。

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