А.в 世界は…… - 03
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ハンスは、壁に埋められている金のプレートを睨むかのように、凝視していた。
金のプレートには、
『時計塔制作者 技術部門主任 ハンス・フォルテ』
見間違えることのない自分の名前が、くっきりと刻まれていた。
――――ここまで、やっと、やって来た。たどり着いたっ……。
セシルから、領地繁栄への十年計画で、
「十周年目には、なにか記念となる大きな印を残したい」
と話されて、時計塔の制作が決まってから、ハンスは三年半近くもずっと、時間が許す限り、時間を見つけては、時計塔制作に携わっていた。
時計塔から飛び出してくる「からくり仕掛け」 など聞いたこともないし、見たこともない。金属から音が出てくる「オルゴール」 だって、聞いた子もない。
それでも、セシルからその話を聞いた時、ハンスはそんなすごいものが造れるのだ、と胸が躍ったものだった。
セシルの計らいで、たくさんの専門家に会った。話を聞いた。
王都にも何度も通った。
何度も――何百回も試作品を試し、試行錯誤し、失敗し、調整して、その繰り返しで、それでも、今日、やっと時計塔の完成を迎えた。
――――やっと……、ここまで来たっ……!
ハンスの瞳がぼやけてきて、グイッと、ハンスが乱暴に自分の目をこする。
だが、溢れてくる涙が止まらず、グッと、唇を噛んで、涙を押さえてみようが、止まらなく頬を流れ落ちていく。
「世界を見なさい」
そう、セシルはハンス達に言った。
そして、今日、ハンスは、今まさに、その世界を見た瞬間だった。
感じた瞬間だった。
世界を掴んだ、その瞬間だった。
領地に来たばかりの頃など、字を読むこともできなかった。書くこともできなかった。
今は、読み書きも、全く問題なくできる。専門書だって、大分、読めるようになった。
難しい用語や専門語も、大分、解るようになった。
王都の王立大学を出たようなものすごい偉い専門家達と、何度も、時計仕掛けの構成について、たくさん議論した。
スラム街出身のクソガキなのに。
剣も使えるようになった。
ジャンほど剣技が上手くはないし、強くもない。でも、何もできないような、子供のままでも、弱者のままでもなくなった。
苗字なんて知りもしない。でも、苗字を付けてもらった。
ハンス達は血の繋がりがなくても、“Brotherhood(兄弟愛や兄弟縁)”を忘れないようにと、全員が同じ苗字をもらった。
“フォルテ”は響きがいいから、みんなで決めた苗字だった。
今は、毎日、着替えができる。毎日、ご飯が普通に食べられる。毎日、友達に会える。
死ぬ恐怖に怯えず、毎日を、ただ生きる為に必死でいたあの頃とは全く違って、ハンスは――今、生きている……。
そして、生きている価値――を、初めて知った瞬間だった。
その全部が全部、セシルがくれたものだった。
「ハンス……」
グイッと、乱暴にハンスの肩を抱いたケルトが、その力のまま、ハンスの肩を抱いてくる。
ケルトのその肩が震えていた。
ハンスは何も言わず、グッと、拳を握ったまま、ケルトの肩を抱きしめていた。
今この場で、どれほどハンスが感動していて、自分の掴んだ成功を喜んでいるのか、それを噛みしめているのか理解できたのは、このケルトだけだっただろう。
ハンスが技術部門主任なら、ケルトは建設部門主任で、この時計塔は、二人の集大成とも言える、二人が世界を掴み取った、まさに“成功の証”なのだから。
ハンスが時計のネジやら、オルゴールの部品作りに集中している間、ケルトは仕掛け人形の仕掛けを手掛けていた。
木枠で、何を動かしたら人形が踊って、動いて、戻るには――その設計だって、二人で、毎回、毎回、やり直してきたものだ。
夜更かしどころか、夜なべした夜だって、何度だってあった。
この三年半の血と汗の集大成が、今日、完成を終えた。迎えたのだ。
スラム街のクソガキだったのに……。
ハンスとケルトは、王国内初の時計塔制作者として、そして、初の「からくり仕掛け」 と「オルゴール(初期版に近い)」 の発明者として、その名が、後世まで語り継がれていくことになるだろう。
ただの、スラム街のクソガキだったのに……。
誰一人、ハンス達を見ようともしなかったのに。
助けようともしなかったのに……。
小汚いクソガキで、邪魔になる犯罪者扱いで、孤児で――――
「世界は真っ黒で先が見えないとしても、その一歩を踏み出してみて、そして、まだ世界は明るいことを、広いことを、その目で見なさい」
全部が全部、セシルがハンス達にくれたものだった。
人として生きていける機会を、セシルがくれたものだった。
「……ハンス――」
「ケルト……」
世界は――大きくて、可能性がいっぱいで、そして、ハンス達にとっては、これ以上ないほどに眩しいものだった。
「……やったな……!」
「……ああ……。やった……。――やったんだ、俺達がっ……!」
「ああ……!」
ハンスもケルトも肩を寄せ合ったまま、顔を上げない。上げることができない。
スラム街にいた時など、世の中に批判的で、全てに全てを諦めていた。
誰一人信用できなくて、辛いとか、悲しいとか、そんな感情なんか、当の昔に投げ捨てたのか、消え去ったのか。
だが、あまりに嬉しくて、信じられないほど心が満たされて、心が震えることがあるなど、ハンスもケルトも全く知らない世界だった。
感情だった。
読んでいただきありがとうございました。
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