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А.б 困ったわ…… - 03

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 隣国、アトレシア大王国の騎士で、おまけに、()()()()殿()()でもあるあの青年だ。


 セシルからの手紙からで知らされていたとは言え、娘本人を目の前にして、結婚話を認められてしまうと、リチャードソンの方だって、一気にガックリとした気分になってしまう。


「そうか……」


「まだ……返事は、していませんの。繁忙期(はんぼうき)である今は多忙である為、繁忙期(はんぼうき)を終えた時期に返事をして欲しいと、言われまして」


「そう、だったのか……」


 まだ、セシル本人が結婚の申し込みに承諾していない事実を知って、つい、リチャードソンもほっとしてしまう。


「それで、セシルは……どうしたいんだい?」


 いつもなら返答の早い娘なのに、今は返答がなく、一拍だけ(変な) 間が下りていた。不思議に思い、リチャードソンだって、更にセシルを覗き込むように見返していく。


「……セシル?」

「……正直、困っています……」

「えっ……、セシルが?!」


 さすがに、セシルのその反応はリチャードソンも予想していなかったのか、リチャードソンは目を飛び出さんばかりに驚いている。


 リチャードソンが知る限りでも、娘のセシルは、今の一度として、困ってしまって返答ができない、などという場面はなかった。


 セシル自身が困ってしまって問題解決できない、なんていう場面だって見たことはなかった。


「ええ……、そうですわね……」


 また溜息をこぼしそうになりながら、セシルは手にしていた台帳のようなものを取り上げた。


「婚姻契約書をいただきましたの」

「婚姻、契約書……!?」


 勢いだけで、あのギルバートはセシルに結婚を申し込んだのではなくて、婚姻契約書まですでに用意していた事実に、リチャードソンの驚きが隠せない。


 もう……、リチャードソンはさっきから驚きの連続だ……。


 セシルが手前に差し出してきた台帳のようなものを反射的に取り上げ、リチャードソンは固い面持ちで中を開けてみる。


 一文字、一文字を確認するかのような真剣さで契約内容を読んでいくリチャードソンの表情が、段々と引きつっていく。


 最後の一行を読み終えて――リチャードソンが、パタン……と、台帳を閉じていた。


 なんの反応もないまま、突然、リチャードソンは自分の額を台帳に押し付けるようにして、うつむいてしまったのだ。


 父親の反応を見やっているセシルは、一切、口を挟まない。


 セシルは、なんとなく、今のリチャードソンが考えていることが判ってしまうような気分だった。



「なんてことだ……!?」

「好条件過ぎる……!」



 そんなところだろう。

 セシルだって同じ気持ちだった。


 父のリチャードソンは額を台帳に押し付けたまま、まだ、顔を上げない。


「お父様、どう思われますか?」

「…………いや……うん……」


 それだけである。

 余程ショックだったのか、リチャードソンからの反応はない。


「……セシルも……」


 ポソリと、リチャードソンが一言こぼしていた。


「なんでしょう?」

「セシルも……そろそろ、いい年頃になったからね……」

「年齢……は、特別、気にしていませんでしたわ」


 確かに……とは、リチャードソンだって考えていたことだ。セシルなら、まだまだ結婚しないかな、と安堵していたことだ。


 それなのに――全く予想もしていないところから、突然、どんでん返しを受けてしまった気分だ……。


「私はね……、父親として、セシルが幸せなら、それでいいんだよ……」

「お父様……」


 そうやって、いつも、父のリチャードソンは、セシルに好きなことをさせてくれた。許してくれた。

 いつも、たくさんの愛情を与えてくれた。


「お父様、私は、いつも、お父様に感謝しております。いつも、お父様が私達に惜しみない愛情を授けてくださったから、私はお父様の娘に生まれたことを、とても嬉しく思っています。誇りに思っています。親孝行もしてない娘ですけれど」


「そんなことはないよ、セシル。セシルは、私の可愛い娘じゃないか」


 だから、娘を愛するのに理由なんていらないじゃないか、とさえも聞こえそうな、リチャードソンの優しい言葉だ。


 それで、リチャードソンが台帳から顔を上げた。


「セシル、私はセシルの決めたことに反対はしないよ。ゆっくり考えて、自分の好きな決断をしなさい。私は、どんな決断だろうと、セシルをいつもサポートするよ」

「お父様……、ありがとうございます」


 やっぱり、父のリチャードソンは、こうやっていつも陰ながらセシルを支えてくれる一人なのだ。


「もう少し……、ゆっくりと考えてみます。結婚……というのは、一生に一度の問題だと思いますので……」

「そうだね。それがいいよ」


 ほんの微かにだけ瞳を細めたリチャードソンだったが、その瞳の奥には、寂しさが隠しきれていなかった。





「旦那様」


 静かにリチャードソンに近づいてくる気配で、リチャードソンは入り口の方に少しだけ顔を向けてみた。


 オスマンドが丁寧にお辞儀をし、ゆっくりとその顔を上げる。


 リチャードソンはそのオスマンドに何も言わなかったが、また、せつなそうに表情を曇らせ、少々、落ち込みを激しくしてしまう。


「おかわりはいかがでしょうか?」

「ああ」


 そんな短い返事でも、オスマンドは、リチャードソンが座っているカウチの前のテーブルからデカンタを取り上げ、ゴブレットにワインを注いでいく。


「オスマンド――」

「はい、なんでございましょう?」


「セシルが結婚してしまうだろう……。ああぁ…………」


 なんて残念なんだぁ――と、はっきりと聞こえそうな声音で、リチャードソンはうなだれたまま、顔を上げない。



読んでいただきありがとうございました。

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