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А.а 始まり - 09

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 そうなると、この時代では、クレープを包む紙がないのだ。いや、紙自体はある。だから、本もあるし、書類もある。


 だが、使い捨て出来るほど、簡単に手に入るものでもないし、そんな安価なものでもない。

 それで、クレープにかかる費用が、庶民で買える価格を簡単に超えてしまう問題が出てくる。


 ここ数年、その問題克服の為、セシルも色々と試してみていたのだ。


 その結果、通常のクレープの大きさのままクリームや中身のフルーツなどを作っていては、現状では、価格低下は、到底、無理であると判断され、通常のクレープの半分程度の大きさにして、丸めるのではなく、三角に折って商品化してみることにしたのだ。


 サイズが小さくなったので、クリームもフルーツの量も半分で済む。それで、丸めない分、三角なら安定していて、包み紙が必要ないので、お皿に乗せて食べられるという仕組みだ。


 だから、露店の前には、3~4個の丸い椅子が置いてある。食べ歩きしながら、という状況はまだ無理であるようだから、今は、“露店の前でちょっと休憩” が売りである。


 その計画案を出して、領地から、クレープ屋を出したい人はいないか、と(つの)ったところ、何人かの申請があり、今の店主が最終的に選ばれたのだ。


 まだ若い青年で、領地にある食堂の一つの三男坊である。

 家を継ぐのは長兄がすることになっていたので、自分はどうしようか、と宿場町の食事(どころ)で手伝いをしていた青年だった。


 露店を出すことによって、一軒家やレストランのように家を持たなくても、お店が出せる。だから、出店資金も今まで溜めていて貯金と、両親が少し手伝ってくれた資金で、なんとか店を出せれるようになったのだ。


 もちろん、一番最初のお客さまは、セシルである。


 それから、お店を出すとすぐに、物珍しそうに、領地の領民が毎日のようにやって来て、最初の一カ月は大盛況で大繁盛だった。


 その後は、クレープに慣れた領民は、午後のデザートに(つま)みにきたり、仕事の移動中に(つま)みにきたりと、お客の足は絶えない。


 今では、観光客や、宿場町を()(どころ)にして通過していく商隊などのお客もボチボチ増えて、商売は順調である。


 その稼ぎ資金を元に、今年の十周年の豊穣祭で、露店出しの申請も終えて、その許可も下りたので、若い店主は、大忙しになるであろう十周年の豊穣祭に向けて、今から、手伝いの子供達の訓練に余念がない。


「ああ、おいしいものだな」

「ありがとうございます」


「こう言った、通りでの露店も増えてきたんだな」


「はい。こう言った、通りの露店なら、家や土地を持たなくとも商売は可能です。外で食べ物を出していますので、食堂やレストランよりは、少し衛生基準が厳しくなっているのですが、それを守れば、あまり問題はないのです」


「店を閉める時は、どのようにして?」

「それは、この露店ごと移動します」


「移動? どうやって?」

「この車輪がついていますよね」


 それで、カウンター側から前屈みになって、店主が大きな車輪を指さしていく。


「ああ、そうだな」

「この露店自体、この車輪で支えられているので、実は、外装に反して、中はほとんど空洞なのです。それで、椅子を中にしまい、自分でお店を引いて、一日の終わりとなります」


「移動可能?」

「はい、そうです」


「それはすごいっ!?」

「ありがとうございます。露店作りには、領主様からのご提案がございまして、領地の技術師にお願いして、この露店を組み立ててもらったのです」


 お店を()()()、ではなくて、お店を()()()()()、と言うところが、セシルの領地のすごさだろう。


「では、家まで、毎日、移動している?」

「いいえ。露店商には、自分達の露店を駐車できる施設があります。1カ月おきに賃借料を払って、停めさせてもらえるのです」

「へえぇ……」


 そして、そんな発想も聞いたことがない。


 それだと、自分達の露店を家まで引っ張って、また次の日に運んでくる必要が全くなくなる。


 どんな時でも、どんな場合でも、本当にセシルの発想は無駄がなくて、時間を潰さなくて、効率的を優先しているものだ。


「毎回、この地にやってくる度に、驚かされてばかりだ」

「ありがとうございますっ」


 その賞賛は、誰よりも嬉しい言葉だったらしい。まだ若い店主が、満面の笑みを浮かべた。


「これも全部、領主様がなさってくださったことなんです。私は、今まで、調理場や裏方の仕事をしていましたので、接客……は、あまり得意ではありません。ですから、領主様のお邸で、一カ月、接客の徹底講座を受けまして」


「それはすごい」

「それで、どうにか……、このように、お店を出すこともできるようになりました」


「良かったじゃないか」

「はいっ、ありがとうございます」


 そして嬉しそうに破顔する青年の顔は、その表情が語る以上に、満足しているようだった。



「世界は不条理で不平等であっても、それでも、平等に機会が与えられ、そして、それを選べる()()を持てることが、人としての在り方だと――」



 ああ、そうだった。


 セシルの指針である「生き抜いて、生き延びていきましょう」 が徹底されていて、生き抜いた後にはどうなるのか? ――と問えば、「人として生きていける権利」、そう簡単にセシルは答えていた。


 「人として生きている価値、生きていける価値」――それを、セシルは領地の民に与えると約束したんだと、セシルは話してくれた。


 そして、こんな小さな露店の店主にさえ、その“価値”を見出すことができるのだ。

 “()()()価値”というものを、誰にでも与えることができるのだ。


「ああ、すごいな……」

「ありがとうございます」

「ごちそうになった」


「ありがとうございました。もし、領地にお超しになられることがありましたら、どうぞ、私の店にも、また、お立ち寄りくださいませ」

「ああ、そうだな」


 それで、深く、丁寧に頭を下げている店主を残し、ギルバート達がその場を後にしていた。


「いやあ、あなたは、いつでもどこでも、惚れ直していますね」


 ポショと、残りの部下達には聞こえないほどの小声で、クリストフがギルバートの耳に口を寄せる。


「当然だ」


 だから、ギルバートは、あのセシルに首ったけ、なのだ。



読んでいただきありがとうございました。

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