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А.а 始まり - 08

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「洗濯機――とは、洗濯を手でしない為なのですか?」


 クリストフも貴族だ。貴族のお坊ちゃまだ。


 使用人が手洗いで洗濯をしている場面を見たことがあっても、洗濯機の使用目的を全く理解していない、()()()()()だ。


「たぶん……、そうだと思うのだが……」


 自分自身で洗濯をしたことなどないだけに、ギルバートも確かではない。

 もし――次に、セシルに会える時があったら、「洗濯機」 の使い方や目的を聞いてみたいものだ。


 二階には、「おもちゃ」が売られているらしいが、ギルバートとクリストフは、未だに、「おもちゃ」なるものを確認したことがない。


 生まれてこの方、“遊ぶ”などという経験がないだけに、「おもちゃ」 を買って、一体、何をするのか、二人には全く想像がつかないのだ。


 それで、たたらを踏まれて、未だに、二階には上がって行ったことがない。


 次のお店には、“便利なかばん屋”に立ち寄ってみた。


 “なんでも雑貨屋”でギルバートとクリストフの話を(盗み聞き)耳にした新たな二人の騎士も、ギルバートとクリストフが身に着けているバッグのようなものには、以前から不思議がっていたのだ。


 不思議がっていて、珍しそうで、それで、上官二人が揃って身に着けているものだから、自分達も欲しいなぁ……なんて、ちょっと(あこが)れてもいたのだ。


 セシルの知らない場で、アトレシア大王国でも、ギルバートのおかげで、ぼちぼちと“便利なかばん屋”の宣伝が広がって行っていることは、夢にも思わないことだろう。


 新たな騎士二人も、かばん屋で「ショルダーバッグ」 なるものを買い込み、早速、身に着けている。


 それから、のんびりと大通りを歩きながら、たまに興味深そうなお店に立ち寄ったり、以前、来た時の食堂のメニューが増えていたり、そんなことをブラブラと確認しながら、ギルバートはこの宿場町にやって来て、まだ見たことがなかった露店を見つけていた。


 ギルバート達のいる区間は、雑貨屋や、家具修理屋、鍛冶屋など、生活に必要な店が立ち並んでいる。その店と店の合間に、通りの端に、車輪がついた、屋根付きのかわいらしい露店が並んでいたのだ。


 どうやら、ギルバートの知らない新しいお店のようです。

 それで、もちろんのこと、その店に足を進めてみる。


「いらっしゃいませ」


 二人分入れればいいほどの小さなカウンターの向こうで、店主が明るく挨拶をする。


「ここは何の店なのだろうか?」

「クレープ店でございます」

「クレープ?」


「はい。クレープというのは、小麦粉を牛乳で溶かし、薄く焼いたものです。クレープの生地に色々と挟んで、メインとしての料理にもなりますし、甘いものを挟んで、デザートやスイーツとしても食べられます。私の店では、クリームとフルーツなどを挟み、甘いスイーツとして売っております」


「なるほど」

「是非、いかがでしょうか?」

「では――」


 自分の分を注文しようとして、ギルバートが後ろを振り返っていた。


「もしかして、お前達も試してみるのか?」

「もちろんです」


 一番初めに返答するのは、いつものことながらクリストフである。


「じゃあ、仕方がない。全員の分を(おご)ってやろう」

「ありがとうございます」

「六人分をお願いしたい」


「かしこまりました。こちらに、中に挟めるトッピングの種類がございます。または、こちらのメニューの中かから、注文なさることもできますので」

「そうか」


 それで、カウンターに上に立てかけられているメニュー表を取り上げ、品物を読んでみる。


「じゃあ――この、イチゴのクレープがシンプルそうだ。それを6人分」

「かしこまりました。少々、お待ちください」


 まだ、若そうな店主がボールを持ち上げながら、中に入ってる液を掻き混ぜ、まっ平らな鉄板の上に、とろーっと、薄い黄色がかった液体を落として行く。


 クレープ店を出すにあたり、この鉄板も特注で作ってもらったものだ。


 火加減は、焼きを付けない時は、火力の弱い炭火で鉄板を常時温めている状態だ。そして、クレープの焼きに入る前に、細い焚きつけ用の木で火力を上げるようにしている。


 T型になっている木のトンボで、店主が手慣れた様子で、鉄板の上のクレープを伸ばしていく。


 それがあまりにスムーズな動きで、さっきまでの液体のようなものが真っすぐに伸び、きれいな薄い円型になったので、ギルバート達もその光景を見ながら、ほぅ……と、素直に感心している。


「それが、クレープ?」

「はい。こうして薄く丸型に焼いて出来上がりなのです」


 それで、今度は木べらでクレープを簡単に引っ繰り返し、それで出来上がっていた。


 鉄板の隣のまな板の上で、店主がクレープをカットし、クリームを盛り付け、イチゴも並べ、それから、クルクル、クルクルと、手早く回していく。

 その作業を続け、簡単に6人分が出来上がっていた。


 四角い木の皿の上に、イチゴを挟んだ小さな三角型のクレープが4つずつ並べられている。


「どうぞ、お召し上がりになってください。こちらの方に、オシボリもございますので」


 露店の前には、数個だけ可愛らしい椅子も置いてある。

 だが、六人では座れない。


「立ったままでもいいだろうか?」

「はい。椅子が足りなくて、申し訳ございません……」


「ああ、それは気にしていない。この地の露店では、立って食べる場所が多いだろう?」

「はい、そうなのですが……」


 カウンターの前に、六人分の皿が並べられているので、ギルバートはその皿を全員に回す。


 おしぼりで手を拭こうか考えたが、昼食時におしぼりを使用しているし、その後は、それほど外のものを触ってはいなかったので、今回はいいか、ということで、おしぼりは使わないことにした。


 それで、簡単に、一つの三角クレープを掴み口に入れて行く。

 ほのかなクリームの甘さが口の中に広がり、イチゴがしゃきしゃきとして、甘酸っぱさがあって、おいしいものだった。


 以前から、クリームの生産はできるようになっていたのだが、それでも生産量も低く、この領地では――王国内でも、高級嗜好品(しこうひん)として扱われていた。


 だから、クレープが食べたいセシルは、邸内のキッチンでは極たまに作ることはあっても、宿場町で気軽に――は、なかなか無理な話だったのだ。


 その上、ショッピングモールなどでお手軽に食べられるクレープは、デザート用のクレープで、持ち歩きができることが魅力の一つでもある。



読んでいただきありがとうございました。

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Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)

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