А.а 始まり - 06
Happy New Year!
謹んで新年のお祝いを申し上げます。
昨年は何かとお世話になりまして、大変ありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
「工事、ですか?」
「はい。ご迷惑をおかけしてしまいますが、申し訳ございません」
「いや、それは構わないが」
不思議そうにしながら、ギルバート達は観光情報館の中に入り、観光の手続きを済ます。
それから、目的地の“ラ・パスタ”に立ち寄った。
「いらっしゃいませ!」
お昼時になりかかる時間で、店内にはすでにお客が食事をしている。だが、混雑して、テーブルが当たらないほどではなかったようだ。
「6名様でよろしいですか?」
「ああ」
「わかりました。どうぞ、こちらにいらしてください」
爽やかで小綺麗な雰囲気のする店内で、8人用の大きなテーブルに案内され、ギルバート達はそれぞれに腰を下ろした。
それからすぐに、メニュー表に、“パスタの説明”ボードに、全員分のお水とおしぼりが運ばれてくる。
「パスタの説明はいかがですか?」
「いや、多分、今回はいらないと思う」
「わかりました」
「なんだか――観光情報館では、忙しいようだったんだが」
「はい。只今、観光情報館での改築の為、その作業が行われていますので」
「改築? 新しくするのかな?」
「いえ、今は時計塔の建設に、その改築工事がされています」
「時計、塔?」
「はい、そうなんです。今年は十周年記念をお祝いし、宿場町の中央に、時計塔が設置されることになりました。ただ今、建設中ですので――少々、うるさく思われるかもしれませんが……、申し訳ございません……」
「ああ、それは気にしていない。一体、何だろう、と思ってね」
「ああ、そうでしたか……」
宿場町の喧騒で、文句を言われると心配していた店員が、ホッとしている。
「どんなものができるのか、私は想像もつかないが」
「はい、わたしたちも想像がつきません。その出来上がりが楽しみで」
浮き浮きと心待ちにしている様子が明らかで、楽しそうである。
「完成は、いつ頃?」
「あと数カ月ほどだと聞いていますが……」
ギルバートにも、“時計塔”を見る機会がやってくるのだろうか。
ギルバート達にメニュー表を残した店員が去っていき、二人の騎士は、つい、レストランの内装を、ぐるぐるりと、確認してしまう。
二人の知っている食事処や食堂などでは、木のテーブルが置かれ、その周りに木の椅子が並んでいる。
壁や窓は、もともとの取り付けや、石やレンガがそのまま出ていて、特別、飾っている場所はない。
ズカズカと、外からの格好でそのまま店に入り、食事を注文し、それで出ていけるような場所を思い浮かべる。
だが、この食堂は「レストラン」 と呼ばれ、お店に入った瞬間から、日の当たりのよい明るい室内が飛び込んできて、窓には飾り用なのか、カーテンが窓の真ん中を隠す程度にかけられていて、それもオシャレに見える小綺麗なものだ。
それで、壁は白系統で統一され、薄汚いシミ一つ見当たらない。
テーブルにはテーブルクロスが掛けられ、テーブルの真ん中には、小さなロウソクが一つ、小さな小鉢に入った花が一つ置かれている。
そして、極めつけは、頼んでいないのに、全員に、コップに入ったお水が。
こんな――“オシャレ”とも形容できるきれいな食堂にやって来たのは、二人の騎士も初めてである。
キョロキョロと、物珍しそうに店内を見渡している騎士達の気持ちは、ギルバートもよーく理解できる。
ギルバートも、初めてやってきた時には、
「もしかして、自分は、あまりに場違いな場所にやって来てしまったのだろうか」
と思ったほどだ。
「この領地では、基本、食事関係のサービスは、全部、お水が出てくる。オシボリの概念は元々なかったらしいが、領地内での衛生管理を推進する上で、食事を扱うお店には、全部、オシボリの義務付けがされた」
「はあ……」
「宿の部屋にも置いてあっただろう? 外出先から戻ってくると、手には、自分で見える以上のバイキンや雑菌がついているらしい。医療施設や常備医をつけることは簡単ではない。だから、領民でもできる、簡単な衛生方法が取られている」
「はあ……」
それで、ギルバートが「おしぼり」 を取ってみせて、二人の前で、教えてもらった手の拭き方を見せていく。
「こうやって手を拭くと、改めて、自分の手が汚れていたことに気づく。先程、宿でも手を拭いたが、タオルが少し茶色くなっていた。その程度には、手が汚れていた証だろう」
「はあ……」
「人の手と言うものは、体の部分で、一番、使用する場所で、触る場所で、その汚れを食べている時に口に一緒に運んでいくから、病気になったり、食中毒になったりする機会が増えてしまう。おまけに、汚い手で顔をふく癖があったりすると、顔や体中に、そういった雑菌をまき散らしている原因にもなる。だから、手を洗ったり、手を拭くことを徹底させている」
二人の騎士は、完全に理解不能だ、という顔をしている。
「はあ…………」
「あの……そのような考えは、一体、誰が……?」
「この地の領主で、かのご令嬢が、全て推奨していることだ」
「はあ……」
あまりに間抜けな返事ばかりでも、今の騎士達には、自分たちの説明できない知識が詰め込まれて、反応ができていない。
「私は、そうですねえ、今日は「ラザニア」 にしましょう。今は、ガッツリ食べたい気分ですから」
「そうか」
クリストフは、すでにメニューを確認しながら、注文する料理も決めていたようである。
「二人とも、注文は急いでいないから、ゆっくり確認していい」
「は、はい……」
メニュー表を持っている二人は、ものすごく複雑そうな顔をして、そのメニューに書かれている内容を(あまりに真剣になって) 読んでいる。
いやいや、その気持ちも、ギルバートには、本当に親身になるくらい分かっているよ、君達。
初めてやって来た時だって、まだ一年と数カ月程度しか経っていないだろうに、この領地にやってくる度に、密度の濃い情報ばかり詰め込まれて情報過多で、それが驚きで、驚きが止まなくて、未だに驚いてばかりで。
なんだか、それほど遠い昔でもないのに、随分、昔の出来事のように思えてしまうのは、ギルバートだけの感傷ではないだろう。
「あの、ギルバート様……」
「どうした?」
「以前いらした時には、どのような料理を、注文なさったのですか?」
「私は、クリームパスタというのを頼んだんだ。クルクルと巻き付けて食べるらしくて、最初の時は少し苦労したがね。クリストフは、ラヴィオリという料理を頼んでいた」
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