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А.а 始まり - 04

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* * *



「空いている部屋はないだろうか? 六人分なのだが、相部屋でも構わない」

「――ええ、今日は、空き部屋がございますよ。人数分の、相部屋もございますが……」


「それは何人用で?」

「相部屋は、全室、二人一組となっております」


「では、相部屋で三部屋、一泊だけの宿泊を」

「もちろんです。すぐに、お部屋を用意しますね」


 宿場町に戻って来たギルバート一行は、町でも、ある程度、上質に入るであろう宿屋を見つけていた。


 宿場町なので、高級宿屋とはいかないが、それでも、セシルからも、その宿屋なら馬も宿屋の裏の(うまや)で引き取ってくれるだろう、との推薦もあって、ギルバート達はその宿にやってきていた。


 宿場町に馬連れの客や商人はたくさんいる。


 何件かは、自分での(うまや)を用意している宿屋もあるらしいが、宿場町では、専門の(うまや)を用意し、まとめて馬の世話をする仕事ができていた。


 宿場町の裏側に、大きな馬小屋が立てられ、町にやってくる馬の世話を、一手に引き受けている場所だ。


 お客さんの貴重な馬を盗まれないように、馬小屋では厳重な警戒も敷かれ、見張りも立てられ、馬を世話する専門の厩務員(きゅうむいん)も雇っているという話だ。


 だが、宿屋の受付に顔を出したお客さまを見て、年配の宿屋の女将だろう女性も、少々、困惑顔だったのだ。


 もう、何度かこの地に訪れているギルバートの顔は、はっきり言って、領地内の領民全員が覚えている。


 元々、それほど人口も多くない場所で、ここ数年、毎年、豊穣祭に顔を出すギルバートのことは、もう、誰もが知っている存在だった。


 最初にやってきた時も、王国騎士団の制服を身に着けていただけに、すぐに外部の、おまけに、お偉い方が町にやってきたと、その日のうちに、ギルバート達の話は、すぐに領土中に広がっていたほどだ。


 おまけに、隣国アトレシア大王国の騎士団の騎士、という事実も知られているので(王子という立場は伏せられている)、



「騎士のようなとても偉い方が、なぜ自分の宿屋に泊まるのだろう……?」



と、激しい疑問が上がっていたのだ。


 もしかして、今回は、領主様の邸には泊まれない事情でもあるのだろうか……などと心配はしてみても、ただの宿屋の女将に、騎士サマのご事情など分かるはずもない。


 それからすぐに、娘や手伝いの子供達と共に部屋を整えたのか、女将に連れられ、ギルバート達は二階へ上がっていた。


「どうぞ、こちらの部屋から続きで、三部屋お使いください」

「ああ、ありがとう」


「こちらが、部屋の鍵になっております。お出かけになられる際は、鍵を受付で預けることもできますので、その際は、お気軽にお呼びください。お部屋には、オシボリを用意しております。使い終わりましたら、隣の籠の中に入れておいてください。(のち)ほど、回収いたしますので。それから、クッキーも用意してございます。どうぞ、よろしければ、召し上がってくださいね」


「ああ、ありがとう」


 この地の商売は、本当にお客の世話に行き届いているのだ。


 ギルバートも遠出や、勅使などの仕事で移動することには慣れているし、宿を取ることも慣れている。

 そんなギルバートでさえも、この地でされているサービスなど、今まで経験したことがない。


 セシルは、宿場町を設置するにあたり、徹底した「カスタマーサービス」、「カスタマーケア」 というものに力を入れたらしい。


 セシル曰く、



「お客さまは神様です!」



とのスローガンもどき、それを徹底して、“客商売の秘訣”に繋がるらしい。


 渡された三つの鍵には番号が書かれていて、目の前のドアを見上げると、番号札のプレートが埋め込まれていた。

 番号のついた部屋を用意されたのも、初めてである。


 クリストフが、手早く残り二つの部屋を確認し、

「全部、同じようなサイズの部屋ですね。特別、違いはありません」

「そうか」


 それで、二つの鍵を部下に手渡し、ギルバートは廊下を進んだ部屋に向かう。


「まず、荷を下ろして、その後は食事にでもいかないか? 今朝は、朝早くに出立したから」

「わかりました」


 ギルバートが部屋に入っていくのを見送り、残りの四人も自分たちの部屋に進む。


 クリストフも部屋に入ると、ドアのカギは、両方からかけられる点に気が付いた。


 部屋にはシングル用のベッドが壁側の両脇に置かれ、そのベッドに挟まれて、中央に、小さなテーブルと椅子が二脚置かれていた。


 ベッドのリネンは清潔な匂いがし、窓には小さな花瓶に花が生けられ、内装も明るい白系統で揃えられている。


 まだ明るい日差しが窓から差し込むと、部屋の中も、一層、明るく感じられた。


 クリストフはテーブルにある書類を見つけ、それを読み上げた。


「非常時での避難方法? 貴重品の預かり? 部屋の掃除、衣類の洗濯サービス? それで、これが、「今は邪魔をしないように」 の札? ――なんですかね、これは」


 聞いたこともないサービスに、ギルバートも、クリストフの持っている説明書を上から覗き込む。


「おもしろいな」

「不思議なもてなし方法ですよねえ。私は、聞いたこともありませんが」


「確かに。でも、この領地なら、あまり不思議はないかもな」

「そうですけれどねえ」


 宿の説明書には、宿の敷地内の説明に絵もついていて、避難場所も書き込まれている。

 本当に、セシルの領地は、なににおいても、全く抜かりがない。


「すごいな」

「ええ、そうですねえ」


 毎度、毎度、驚かされているが、未だに、その驚きが止まない事実の方が、驚きなのじゃないだろうか。


 今回のコトレアへの訪問は、ギルバートの個人的な理由だから、王国の騎士団を動かすつもりはなかったのが、ギルバートの立場を考慮して、やはり、ごそっと、護衛がついてきた。


 それでも、二十名の騎士だけに留まらせ、南西から迂回して、ノーウッドに入る国境側の街で、今は待機させている。


 本当はコトレアの領地に入るまで、などとしつこく追ってくる気でいたらしいが、無理矢理、説得して、一応、国境側で待機させているのだ。


 ギルバートは、テーブルの上の「おしぼり」 を取り上げ、以前、教わった通りにきれいに手を拭く。

 ほこほこと温かくて、手に気持ちいいものだ。


 その白いタオルに茶色の跡が残り、それで、馬を引いていただけなのに、意外に、手が汚れているんだな、と改めて気づく。


 衛生管理に力を入れている、セシルの領地ならではの発見だった。



読んでいただきありがとうございました。

誤字・脱字の報告を、いつもありがとうございます。アドバイスをいただいて、本当に助かっています。

私の日本語表現が拙く、大変申し訳なく思っています……。読みづらいかもしれませんが、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。


Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)

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