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Е.д これからは - 03

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* * *



「さあ、話したまえ」


 ジャジャーン、という効果音が派手に鳴り響いていてもおかしくはない。

 そして両手を広げて、万々歳でギルバートを迎えいれる兄のレイフ。


 これ、このシーン、この場面、このセリフ――――


 一体、もう、何度目だろうか。


 毎度、毎度、ギルバートがコトレアの領地を訪ねていく度に、帰ってきてすぐに、レイフから呼び出しを受けるギルバートだ。


 またか……、とは分かってはいても、実の兄であるレイフからの呼び出しである。

 拒否することはできないギルバートだ。


 拒否する――態度などしてみたら、仕事場まで、毎回、催促の文句が飛ばされてくることだろう……。


 それで、もう完全に諦めているギルバートは、何も言わず、レイフの前の椅子に腰を下ろしていく。


「それで?」

「また、新しいことがありました」


 ほう? と、レイフの瞳が興味津々と輝きだす。


 去年、視察も許してもらえて、豊穣祭にまで参加させてもらって、毎日が驚きで、圧倒されて、言葉を失っていて、あまりに――自分の知らない世界ばかりを見せつけられて、完全に圧巻されていたギルバートだったのに、その驚きは、今年も止まない。


 これ、期待を裏切らず……なんて言える次元だろうか?


 いやいや、そんなことはないはずだ……。


「一番に驚いたのは――ご令嬢の腕に、傷があったことです……」


 それで、あの白い長い腕を見た時の記憶が蘇ってきて、ギルバートが浮かない顔をみせる。


「は? 傷? なんの?」

「兄上を(かば)って、毒を受けられた時にできた傷です……」


 それだけで、ギルバートが示唆ししてる内容を、すぐに理解したレイフだ。


「まだ、完治していなかったのか?」

「いえ、もう完治していました。ただ、傷痕(きずあと)が残っていて……」


 ふむ、とレイフも考える。

 確かに、剣の切り傷というものは、簡単に痕が消えるものでもない。


「それで、ご令嬢は文句を言っていたのか?」

「いえ、全く。傷物――になったのなら、婚約者も現れず、幸運だった、と……」


「なるほど」

「貴族のご令嬢の――女性の身体に傷をつけてしまっただなんて……」


 申し訳なくて……と、更にギルバートの表情が翳っていく。


 王子だろうと、王国内の貴族の子息は、全員、剣技が必須教科として課されている。剣一つ持てない男は、男ではない――というような風潮が。


 それと同時に、王国では“騎士道”が行き渡っている。王国騎士団がいなくても、“騎士道”精神を強く受け継いでいる国家だと言えよう。


 そのせいで、“騎士道”とほぼ同時に教わる、躾される、“紳士道”も徹底されている。


 だから、王家の三人の王子殿下だって、とても幼い子供の時から、“紳士道”は、暗記できるほどに厳しく仕込まれてきた。躾されてきた。


 その点から言えば、アトレシア大王国の貴族は、“紳士道”ができない貴族は、“外道”扱いされる傾向が強い。


 “紳士道”が自然に出てこれるような貴族程、マナーがしっかりとしていて、貴族の鏡とも称される。


 淑女の(たしな)みが、口答えせず(たお)やかに、いつも笑顔で、その姿勢を崩さないのが美であれば、紳士の(たしな)みは、“紳士道”を、考えもせずにできるエチケットやマナーが身についている者が、美徳とされる、と言ったものだろうか。


 それで、三人の王子殿下達だって、“紳士道”は、もう、寝ながらでも暗唱できるほど、しっかりと叩き込まれている。


 ただ、レイフの場合、レイフの性格のせいで、ギルバートほど――そこまで“紳士道”を気に掛けていないのだ。


 時間の無駄、と判断したのなら、“紳士道”などという理論になど頼らず、さっさと、女性であろうと、貴婦人であろうと、見切りをつけて、スッパリと、切り落としてしまう。


「だが、これからは、違うだろう?」

「何がですか?」


「婚約者が現れないのか?」

「――諦める気は、ありませんが」


「なら、これからは、違うではないか」

「確かに、そうですが……」


 それでも、ギルバートは、セシルの傷跡も見て申し訳なく思ってしまう……。


 それは、もう、自分の性格以前の前に、叩き込まれた(しつけ)が体に染み込み過ぎていて、自分でも止められない感情なのだ。


「他には?」

「次に驚いたことは、特別クラスがあるということです」

「特別クラス? それは?」


「事情のある孤児達は、“特別クラス”という別のクラスに入れられ、そして、他の普通の子供や孤児達と生活できるようになるまで、数人の限られた世話役だけが、子供達の世話をすることが許される、()()()クラスです」


「なるほど」


 その話を聞いても、レイフは、特別、驚いた節がない。


 ()()――など、孤児ともなれば、その状況も簡単に想像がつくものだ。


「それで、特別クラスの孤児達は、必ず、ご令嬢が世話をしている、と言う事実を」

「なぜ?」


「事情のある孤児達は、その扱いがとても難しいそうです。子供達を怖がらせず、とても慎重な対応が必要とされるそうです。ご令嬢は、あの観察眼があるおかげか、そう言った子供達の感情の機微を簡単に察し、見逃さないお方ですから、ご令嬢が――いえ、たぶん、ご令嬢だけが、そのような子供達を扱うことができるのでしょう」


 セシルはギルバートよりも三つも年下なのに、もう、ずっと以前の()()の時から、子供を救ってきていた。


 その事実を知って、もう、ギルバートは言葉がでなかった。


 セシルに会う度に、話す度に、ギルバートは驚かされてばかりだ。驚きが止まないままだ。


 でも、もう、そんな驚きなんていう次元を、簡単に超えていた。

 ただただ、『セシル』という女性の存在に、その大きな価値に、圧倒されてしまっただけだった。



読んでいただきありがとうございました。

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