Е.г 恒例の - 04
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「お客様……失礼いたします……」
気遣いがちに、そっと、後ろから声をかけられて、全員が振り返ると、働き盛りといった感じの女性が立っていた。
頭にはブルーの三角頭巾を被り、同じ柄の前身ごろだけのやつを身に着けていた。ギルバート達は、これが「エプロン」 というものだと言うことを、まだこの時点では知らない。
「なにか?」
「あの……お邪魔してしまいまして、失礼いたします……」
「いえ。なにか?」
「あの……お客様、失礼でなければ、パンの買い方の説明など……ご説明、いたしますが……。いかがでしょうか?」
「パンの買い方?」
それは、クリストフも知らない話題だ。
「では、お願いする」
「はいっ。ありがとうございます」
嬉しそうに深々と頭を下げた女性は、隅っこに置かれていた四角い木のトレーを持って来た。
「こちら側のパンは、お一人でも食べられるサイズで焼かれています。中央の棚には、焼きスイーツなど、スナックにお手頃なものが。お好きなパンをこのトレーに乗せ、お買い物が終わりましたら、中央のレジの方にお越しになられて、会計を済ませてくださいませ」
「ほう、なるほど。そうなると、手で持てない部分でも、トレーでしっかりと運べる、という訳だな」
「はい、そうです。反対側には、食事用にもできるパンが置かれております。日当たりの少ない場所で保管なされれば日持ちもしますので、数日は持ちます」
「まとめて買った場合は、バスケットがいるのでは?」
「ご自分でバスケットの籠などをお持ちの方は、その中にパンを入れさせていただきます。お持ちでないお客様は、こちらで用意してございます綿の袋に入れることもできます。その場合は、袋代として1アイリスを頂きます……」
「なるほど。それなら、地元の領民でなくとも、好きなだけパンを買えるというわけだ」
その程度の理由でお客様を逃してしまっては、客商売もできない。
だから、綿でできた袋を用意して、旅人でもパンをたくさん買えるようにとの配慮だ。
なるほど、なるほどと、いつものように感心――しているようには聞こえないのだが、クリストフは素直に感心している。
「たくさん買った場合、日持ちは? 長く持っていたら、腐ってしまうだろう?」
「日が当たらない場所に置かれるのでしたら、今日、一日は問題ありません」
「馬で移動の場合は?」
「馬で……?」
うーん……と、女性の方も真剣に考えながら、ガラスの窓越しから外を眺めてみる。
今日も、朝から晴天だ。
だが、夏程の暑さではない。秋が始まり、外の気候も段々と下がってきている今日この頃。
「皆さまは……これから、暑い場所に向かわれますか?」
「いや、この領地よりは少し気温が低いだろう」
「それでしたら、馬で移動中でも、問題はないと思います」
「そうか。それを聞いて安心した。では、私も、そのトレーをもらいたい」
「はい、ありがとうございますっ」
この様子だと、クリストフは、(ちゃっかり) トレーに乗る分だけのパンを買う気なようである。
わざわざと、日持ちするかどうか聞いたのは、移動中でも、摘まみ食いする気なのだろう。
「朝食を食べ終えたばかりだろう?」
それも、皿山盛り分を。
「そうですね。ですが、移動しながらでも問題ないそうですから、私の昼食とスナックには丁度いいでしょう」
「そうか」
まあ、その程度の量なら、クリストフは簡単に完食することだろう。
クリストフが(遠慮なく) トレーに自分用のパンを乗せ出したので、ギルバートも女性から手渡されたトレーを持って、自分用のパンを買ってみる。
こうやって、自分自身用のパンを選んで、それをトレーに乗せるなんて初めての経験で、実は、ギルバートもちょっとワクワクと嬉しくなってしまった。
「このアップルパイなど、豊穣祭でも小さくて食べやすかったですね」
「そうだな。隣りには、梨のパイもでているようだ」
その他にも、一人で食べられそうな甘い焼き菓子がたくさん並べられている。
「こんなにたくさんの種類を焼く作業も、大変なことだろうな」
「そうでしょうねえ。私は厨房を見たことがありませんが、これだけの品揃えなら、時間もかかることでしょう」
そして、ギルバート達は、先程の店員から「マフィン」 なるものの説明も受けていた。
焼き菓子の一つなそうな。
もちろん、四人とも、お試しで「マフィン」 を買い込んでいる。
朝食を終えたばかりだと言うのに、「マヨネーズ」 の入った卵サンドを買い込んだだけに、店内の奥に設置されていたテーブルを囲み、ギルバート達はサンドイッチだけを先に頂くことにした。
「やっぱり、これでしたね」
「なにがだ?」
「初めてこの領地にやって来た時にも、ご令嬢からいただいた夕食です。あの時、卵が入っていておいしいな、と思っていたのです」
「ああ、そうだったな」
そして、人生初の立ち食いも経験したギルバートだ。
つい、去年のあの光景を思い出して、ちょっと笑ってしまうギルバートだ。
「豊穣祭でも出ていて、おいしかったです」
シリルがたくさん買い込んでくれた料理の中に、サンドイッチも入っていて、あっさり系のキュウリのサンドイッチだけではなく、この卵サンドもあった。
「塩加減と、この「マヨネーズ」 なるものが、癖になりますねえ」
「確かに」
綿の袋には、それぞれが買い込んだたくさんのパンが詰められている。
1アイリスなど、子供の小銭程度の金額なだけに、袋代を取られても、ほとんどのお客なら気にせずに、袋を買うことだろう。
おいしそうなパンがたくさんあって、たくさん買えるのなら、1アイリス程度、問題にすることでもない。
四人は、ホクホク顔でパン屋を後にし、馬車停留所に戻って行く。
「今日は、昼食とスナックも問題なさそうだ」
「そうですね。休憩は取るでしょうが、店に立ち寄る必要がなくなり、楽ですね」
コトレアを去ることは、未だに気が重い。
セシルとの距離が離れて行くことは――耐えられない……。
セシルに会えない距離になることは――心臓が抉られるほど、苦しくなる……。
もう、ギルバートはセシルなしでは、生きてはいけないから。
それでも、アトレシア大王国に戻る道中、コトレアで買い込んで来た食事で、おいしいパンを食べながら、セシルのことを思い出せれるのは、ほんの一時だけ、気分を上げてくれる。
次に会える時――会いに行く時、ギルバートは今日食べたパンの話を、セシルにしてみたい。
おいしかった、と伝えたい。
きっと、セシルなら嬉しそうにギルバートの話を聞いてくれることだろう。
その時の光景を思い浮かべて、胸にしまい、ギルバートはコトレア領を去って行く。離れてしまう。
届かない……。
ギルバートの痛みが苦し過ぎて呼吸ができなくなる前に――絶対に、セシルに会いに行くことを考えなければ。
それが、今のギルバートにとって、次の最重要課題と最重要事項だった。
それまでは、今日のパンをおいしく頂きながら、セシルを思って――去って行くだけだった……。
読んでいただきありがとうございました。
風邪で体調不良の為、数日、お休みします。次回の投稿は、来週初めにできるように考えています
Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)





