Е.в 眠り姫 - 04
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二人とも高位貴族であるから、世話をする侍従達はいる。侍女もいる。付き人もいる。
だが、騎士団で移動する時は、大抵、侍従などを付き添わせない為、制服の脱ぎ着くらいは、自分達でできるのだ。
「驚きましたね」
「確かに」
「お疲れだったのは理解できますが、我々のように、他人が一緒に乗っている馬車でも、気を抜くほどお疲れだったなどとは、思いもよりませんでした」
「確かにな……」
普段のセシルは、付け入る隙などなくて、隙も見せなくて、気を抜くような令嬢などではない。
なのに、先程は馬車に乗り込むなり、そこで、完全に力切れてしまったかのように、数分もしないで、眠りに落ちてしまったのだ。
シリルは、全員に『祝福』 を終えて気が抜けたのだろう、とは口にしていたが、その程度で、あのセシルが意識を途切れさすなど、到底、有り得ないだろう。
むしろ、もう、あの場がすでに限界だったかのようで、それで、馬車に乗り込むなり、崩れ落ちるように、深い眠りに落ちてしまったのだ。
先程のセシルの様子を思い出して、ギルバートが浮かない顔を見せて、微かに眉間を寄せている。
「そのように心配なさらなくとも、もう少し休まれれば、元気になられるでしょう。あれだけお疲れなのですから、邸の者も、明日、ご令嬢に無理をさせないでしょうし」
「いや、そうじゃない……」
「何か心配事なのですか?」
「傷があった……」
「傷? 何の傷ですか? 歯形は残っていないと、シリル殿も言っていましたが」
「いや、その傷じゃない。左腕に傷があった。兄上を庇った時にできた、切り傷の痕だ」
「えっ? ――まさか、ブレッカでの――?!」
「たぶん、そうだろう。兄上のおっしゃっていた場所と、あの傷跡が、一致しているように思える……」
ブレッカで王太子殿下であったアルデーラを庇って、セシルが毒を受けてしまった――と、あの説明は聞いていたはずなのに、なぜ、今まで、それを思い出さなかったのだろうか。
ギルバートが会っているセシルはいつも元気で、普段通りに動いていて、なんの問題もなかったから、全く、あの事件のことが、ギルバートの頭から抜け落ちていたのだ。
「ご令嬢なのに……」
辛そうに顔を歪めているギルバートが、あまりに浮かない顔をみせて、黙り込んでしまった。
騎士として、王子として、“紳士道”を徹底的に教え込まれてきたギルバートにとって、か弱いご令嬢の体に傷を負わせてしまった事実に、そして、その傷跡ができてしまった事実に、あまりにやるせなく、申し訳なく、今更、謝罪しようが、取り返しのつかない事実だけは消え去らない。
それで、更に落ち込みを激しくするギルバートだ。
「それは……」
クリストフだって、幼少の頃から、ギルバートと揃って、“紳士道”を徹底的に教え込まれてきた一人だ。
だから、ご令嬢の体に傷をつけてしまったなど、あまりに申し訳なくて、ギルバートにかけてやる言葉が見つからない。
「――――明日、そのお話を、一応、お聞きなさってはどうですか?」
「ああ、そうだな……」
今更、あの事件を掘り起こすつもりはなかったが、それでも――兄のアルデーラを庇って毒を受けてしまったセシルが――本当に生きていて、良かった……。
そうでなければ、今頃――ギルバートは、セシルに出会えることさえも、できなかったはずだろうから……。
その状況を考えてしまって、ギルバートが苦し気に顔を歪め、ぎゅっと、強く自分の着ているシャツを握りつぶす。
「――そのように、悪い方向に考えなさらない方が、よろしいですよ」
「わかって、いる……」
だが、頭では分かってはいても、この心臓を抉られるような痛みは――消えてくれない。
「――――もう……無理、なんだ……」
まだシャツを握りつぶしているようなギルバートが、聞こえるか聞こえないか程の、あまりに苦し気な呟きを吐き出していた。
「何がですか?」
「……今、気が付いた。もう、無理なんだ……。絶対に、無理だ」
「――――何がです?」
「私は、あの人がいなければ、生きていけない……」
「――えっ……?!」
今の告白に、クリストフの瞳が飛び跳ねていた。
このギルバートの口から――信じられない告白を聞いて、クリストフだって、呆然として口を開けてしまっていたのだ。
「――――もう……、重症だ……」
ゴクリと、クリストフが、渇いた喉の奥で唾を飲み込むようにした。
「それ、は……」
重症、などという次元ではないだろう!
生まれて初めてのギルバートの恋だった。
そうやって愛することを許された、初めての愛情だった。
それは、クリストフだって承知していた事実だった。
そのクリストフさえも――まさか、ギルバートの愛情も、そして、その執着も、そこまでの度合いだったなどとは、考えもしなかったのだ。
これは――クリストフが考える以上の……最悪の事態なのではないだろうか。
失恋などしたものなら……一生気落ちするどころか、もしかしなくても――このギルバートなら、本気で、生きていけないのではないかもしれない最悪の状況を悟ってしまって、サーっと、クリストフの顔からも、血の気が一気に失せてしまっていた。
――――なんてことだ……。
ギルバートとは、大昔からの、古く、長い付き合いだ。
その性格も、人となりも知っているし、二人とも気心が知れている仲だ。
それでも、王族の――王家の者の執着……など、クリストフも甘く見過ぎていたのかもしれない。
生きながら死んでいるギルバートなど、クリストフだって見たくない。
もうギルバートの結婚問題は……ただの愛情や恋愛事などでは、片づけられない次元に達していた。
死活問題、である。
本気どころか、もう、なにがなんでも、ギルバートの結婚を成功させなければ――きっと、ギルバートの未来などないも同然だった事実に気付かされたクリストフは、信じられない思いで――ものすごい頭痛の種を押し付けられてしまったかのような気分だったのだ。
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