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Е. б 豊穣祭 - 06

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* * *



「ジャンとケルトは、どうしたよ?」


 先程の夕食の残りを酒のツマミにしながら、そこらで、賑やかな酒盛りが始まっている。


 この頃では、大抵、リアーガを見つけると、懐かしそうに、領地の古馴染(ふるなじみ)が、リアーガを掴まえて、近況報告を聞きたがる。


 それで、今年は、初めから、さっさと挨拶を済ませておいて、今は、仕事が終わったフィロを見つけて、会場のベンチに席を取っている。


 ハンスとトムソーヤが、ごっそりと盛った夕食の残りを持ってきた。


「ジャンは、宿場町の警備の仕事。ケルトは、領地の方。ジャンは成人したから、もう正騎士だし」

「ほう? あいつ、成人してたのかぁ。そうかぁ……お前らも、そういう年になってたんだなあ」


 ちょい昔までは、ただの()()()()共だったのに。

 随分、懐かしい昔話だ。


「ケルトは、12月で成人だけど、年齢で言えば成人の組だから、警備の仕事は外されない」

「お前らは?」


「俺は、午前中だったから」

「俺は、今までだったから」


 それでラッキーなことに、トムソーヤとハンスは、夜の警備の任に()かなくて済んだのである。


 やはり、ごちそうをその場で食べ放題で、おまけに、後夜祭メインである、領主セシルの『祝福』の儀式を見逃すのは、全員にとっても残念なことなのだ。


 もう、ジャンは正騎士となってしまったから、これからも、きっと、後夜祭に参加することはできなくなってしまうだろう。

 ケルトだって、正騎士を望んでいるから同じだ。


 すぐに、ハンスとトムソーヤだって、もう、この儀式に直接参加できる機会は、なくなってしまうのだろう。


 五人にとって、この領地にやって来たその年に、初めて参加した豊穣祭は、五人の人生を変えるものだった。


 今でも、あの時の光景が、目に焼き付いている。

 全員が、壇上に立つセシルを見て、「こんなきれいな人がいるんだ……」 と、生まれて初めて感動したものだった。


「ケルトも騎士になるのか?」

「そう」


「ふうん。お前らは?」

「そう、考えてる」

「俺も」


「そうなると、フィロだけ、余裕で儀式に参加できるな」

「まあね」


 なにしろ、セシルの補佐役をしているフィロは、大抵、いつもセシルと一緒にいる。

 領地の護衛や警備の仕事をしなくていいだけに、後夜祭は、ある程度、仕事を終えてフリーになる。


「ジャンが成人したなら、次は、お前じゃないの、フィロ?」

「うん、そう。来年。ハンスも」


「どうするんだよ」

「どうもなにも、僕は補佐役だから」


「執事見習い、じゃなかったのか?」

「もう、それは辞めたみたい」


 当初は、執事のオスマンドの後継者として、フィロを育ててみようかと、セシルは試みたようだった。


 その期待に反して、いや、期待以上に、フィロはセシルにとっても、領地にとっても、なくてはならない重要な役割を果たしている。


 なにしろ、頭が良いフィロは、セシルの仕事の補佐の仕事を教えたら、もう、ぐんぐんとその知識をつけて、今では、セシルの補佐に欠かせない重役を務めているのだ。


 それで、オスマンドと話し合った結果、執事見習いの仕事の方は、まだまだ学ぶことも、やることもある。

 補佐役で時間が押されるフィロには、執事見習いは無理だろうと、判断されたのだ。


 これから、また、オスマンドの後継者をゆっくりと育てていく方向で、セシルとオスマンドが同意したのだ。


「じゃあ、補佐役、なんてなるのか? ()補佐役?」

「執務官。領地の」


 へぇと、ハンスもトムソーヤも、初めて聞いた、と言う顔をして、フィロを見やる。


「執務官? って、何やるんだ?」

「今までと同じ仕事」


「じゃあ、補佐官と同じなんだろ?」

「でも、マスターに変わって、ある程度の決定権はもらえる」


「えっ、マジ? だったら、フィロが、勝手に好きなこと決めていいのか?」

「僕の好きなことじゃない。そんなことしたら、速攻でクビにされるじゃん」


「じゃあ、なに?」

「ただ、マスターの指示で、領地の方針や政策に沿って、マスターが領地にいない間、僕が決定権を持つだけだ。間違った決定なんかしたら、僕の評価に響くだろ?」


「そうだけど」

「でも、すごいじゃん。補佐役じゃなくて、執務官、なんてあったんだな」

「作るんだって」


 「おおっ!」 と、ハンスとトムソーヤが大袈裟に驚いてみせる。


「さすが、フィロ()()

「うるさい」


「まあ、あんなチビだったフィロがなあ……」

「そんなトコで、年寄り臭く、感慨に(ふけ)んないでよ」


 フィロは昔から、利口で現実的で、淡々とした子供だった。

 ジャン達が、結構、子供らしい感情をみせている時でも、フィロは、大抵、冷たく淡々としている場面が多い。


「まあ、お前は、昔から可愛げのないガキだったけど、お前たちのグループの中では、一番頭が良かったからな」


「まあね。フィロは、悪の大元だしな」

「当然でしょ」


 喜べる事実ではないのだろうが、フィロは、あまりにあっさりと認めている。


 それで、ハンスとトムソーヤの口元が上がっている。


「今夜もまた、来てたじゃん、あの王子サマ」

「そう。今年は、あの国で、合同訓練させてもらったから」


「へえ。お前らが?」

「そう。ゲリラ戦を習う為だって」


「俺達は、正式な騎士の訓練受けた。さすがに、きつかったけど」

「確かに……」


 「厳しい訓練になるわよ」 とは、セシルにも言われていたが、さすがに、王国の正規の騎士団の訓練は厳しいものだった。――それは、ただ単に、ギルバートの訓練が厳しいという事実を、まだこの時の五人は知らない。


「リアーガさん、いいの?」


 リアーガは、チラッと、フィロを見下ろす。


「いいもなにも、お嬢の決めたことに、一々、口出すかよ」


 ふうん、とフィロはそれだけだ。

 済ましたこましゃくれたガキである。


 それで、リアーガの口元が皮肉げに曲がる。


「お嬢が決めたことなら、俺は何も言わないぜ。昔から、お嬢とは格が違うって、分かってる。だから、お嬢に惚れない男はいない」


 昔も、そうやって、フィロ達にリアーガが言った言葉だった。


「そう、だけどさ……」


 まあ、思うところがあるのか、ハンスもトムソーヤも、モゴモゴと、言葉が濁っている。


「別に、マスターが何を決めようが、僕には関係ないよ。僕は、ただ、マスターの傍で、マスターに仕えるだけだから」


「お前は、昔っから、そういうトコが理性的っていうか、冷めてんな」

「別に、熱くなることじゃないでしょ」


「まあなぁ……」

「それに、僕は、恋愛感情なんて持ってないし」


 フィロのセシルに対する感情は、絶対的な尊崇(そんすう)だけだ。

 いつも圧倒されている。いつも敬服している。

 ただ、それがあまりに(まぶ)しいだけだ。


 だから、他のメンバーのように、騎士になる選択は、フィロには初めからなかった。


 初めから、フィロはセシルの傍に仕えることだけを考えていた。それが、どんな仕事だろうと関係なかった。


 「執務官」 っていう立場や位だって、別にいらない。

 ただ、それでセシルの傍で仕えられるなら、それを受け取るだけだったから。


「まあ、俺も、昔は、よくお嬢の後をついて回ったからな。お前の気持ちも、分からないではない。ある意味、フィロ、今のお前は、この領地の中で、誰よりも一番近くにお嬢の傍にいる。今のお前は、お嬢がやること、為すこと全部、傍で見ていることになるな」


「うん、そう」

「お嬢がなあ、動き出すと止まんないんだよな、これが。あいつ、全力で()っ走るだろ?」


「うん、そう。だから、追い付くのがやっとだし」

「ええ? フィロ、お前が?!」


 フィロなど、いつも、淡々と、全く苦労も感じさせず、見せず、セシルの仕事をこなしているではないか。


「やっとだけど」

「ええ、マジ?」

「それ初耳ぃ」


「ハンスもトムソーヤも、知らないんだよ。あの人が本気になったら、ついて行くのがやっとなほどだ。おいて行かれないように、駆け足だって、全速力だって、全然、足りない」


 へええぇ……と、ハンスとトムソーヤの二人が感心している。


「お前のような冷めたガキには、刺激的で丁度いいだろうさ」

「そうかも。だから、僕には、マスターの決めることには関係ない」


「あの王子サマに仕えることになってもか?」

「仕えるのは、マスター一人だけだ。マスターの周りに知り合いが増えようが、僕の知ったことじゃないよ」

「なるほど」


 そこまで徹底しているフィロには、リアーガもお手上げである。

 淡々としている癖に、「セシル絶対主義」は健在である。






読んでいただきありがとうございました。

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