Е. б 豊穣祭 - 05
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長い行列は続き、興奮した様子の子供達、待ち切れない領民達が、次々に、セシルから『祝福』を受け取って行く。
アッと言う間に二時間ほどが経っていても、『祝福』 の儀式を見ているギルバートは、そんな時間が過ぎてしまったことさえ、頭に入っていなかった。
ただ、焚火の灯りにともされて輝いているセシルの姿を見詰めながら、『祝福』 を送る動きや、セシルの表情、それをずっと見つめていて、それだけで――心が満たされていく気分だったのだ。
壇上には――見慣れた顔が上がっていた。
以前に、セシルから聞いていた、セシルが雇っているという傭兵だ。でも、この領地の出身で、ずっとセシルに仕えている一人だと聞いている、リアーガだ。
セシルからの『祝福』 受け終わり、リアーガがスッと立ち上がった。手に持っている小さなケーキも、パクッと口の中に放り込んでいく。
一口で簡単に食べ終えたリアーガが、セシルに向き直った。
それで、何を突然思ったのか、その腕が伸ばされ、セシルの腕の周りを柔らかに流れている銀髪の裾を、手に取ったのだ。
スーっと、流れるような髪の毛をリアーガが指で梳いていき、それで、毛先に届いた手で軽く握り返した。
リアーガはゆっくりと屈んでいき、握っているセシルの髪の毛先に、そっと、キスをしたのだ。
その光景を、席に座っているギルバートが、ただ何も言わず、静かに見上げている。
チロッと、クリストフの視線だけが隣にいるギルバートに向けられるが、ギルバートも何も言わない。
髪の毛にキスし終えたリアーガが立ち上がると、自分を静かに見ているセシルに向かい、ニィっと、口元を曲げてみせた。
「お嬢にも、健やかに、そして、強く前に進んでいけますように」
「ありがとう、リアーガ」
それだけの短い会話で終わっていた。
次に並んで待っている領民の為、リアーガが壇上をゆっくりと下りていく。――その一瞬だけ、リアーガの視線だけが、一番前の席に座っているギルバートに投げられた。
すぐに、そんなことさえもなかったかのように、リアーガが、のんびりと後ろの席の方に戻っていく。
「――――宣戦布告、ですね」
ギルバートは、クリストフに返事をしない。
あのセシルを望む、求める男がいたって、全く不思議ではないからだ。
そして、あのリアーガは、セシルの話からしても、セシルと共に、領地の歴史をずっと一緒に経験してきた、最初の領地の移民である。
それだけ長くセシルの傍にいて、セシルを見て来た男が――セシルを望まないはずがなかった。
それから、領民全員の『祝福』 の儀式が粛々と行われ、豊穣祭実行委員長からの最後の挨拶を終えていた。
セシルは壇上から下りてきて、最前席のギルバート達の前にゆっくりと寄ってくる。
スッと、ギルバート達が、一斉に立ち上がっていた。
それを見て、セシルが後ろの執事からケーキを受け取った。
「どうぞ」
ギルバートは、両手で小さなケーキを受け取った。そして、言われる前に、スッと、膝をつく。
セシルが少しだけ屈み、そっと、その唇が、ギルバートの額の上の髪の上に寄せられた。
サラサラと、長い髪の毛がギルバートの顔に落ち、そして、鼻に届く――仄かな薔薇の香り。
「次の一年も健やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」
「ありがとうございます」
どうやら、ギルバートは、今年も、女神から『祝福』 を授かることができたらしい。
なんて、幸運なことだろうか。
立ち上がったギルバートの隣で、クリストフも同じように膝を折っていた。
間近で見たセシルのドレスは、薔薇の花の模様が刺繍されていたのだ。
あれだけの凝った華麗な刺繍をドレスに縫い込むなど、ものすごい時間と労力を費やしたことだろうに。
それでも、領地のお針子達は、この豊穣祭で、理由なしにセシルを飾り立てられるだけに、それだけの時間と苦労をかけて、セシルのドレスを作り上げたのだろう。
なにしろ、領主であるセシルの『祝福』 の儀式は、豊穣祭・後夜祭のメインイベントだ。
セシルが目立たなくてして、意味があるはずもない!
その意気込みも強く、去年の豊穣祭が終わるとすぐに、次の年の豊穣祭のドレスのデザインに取り掛かるお針子達だ。
デザインが決まると、セシルと相談しながら手直しをし、今度は、デザインにあった布探しで大変なのだ。
お針子の何人かは、大抵、布探しの役割を当てられ、それからノーウッド王国の王都に向かい、ありとあらゆる縫製商や、生地・洋裁店などを回りに回り、特上の“セシル”のドレスの為に、余念がないほどだ。
時には、リアーガ達のような外回りの傭兵にだって、外国の生地やら、糸やら、飾りものやら、ありとあらゆるものをお願いして(ものすごい勢いで命令して……)、そこら中から、色々な布地を集めることだってあるらしい(シリル談)。
それだけ手の込んだ、精魂込めた傑作を、豊穣祭の為に作り上げる。
豊穣祭は、領地でも特別なイベントであり、一年でも、この日だけは、本当に特別な意味を持つ。
だから、領主であるセシルのドレスが神々しく、それでいて華やかだったり、麗しげだったり、豪奢だったり、その時によりドレスのテーマが違うらしいが、そのドレスを着るセシルを見に来るのも、領民達の間で(密かな) 楽しみになっているのだ。
シリルに言わせると――もっと、普段から、貴族らしいドレスを着込んでいれば、きっと、ここまで意気込んで、全身全霊をかけたドレス(コンテスト) にはならなかっただろう、という話ではあるが――うん、ギルバートは、その点には深く指摘しない。
セシルは、いつ見ても、いつ来ても、ズボン姿が多い。
もう、そのセシルに慣れたから、驚くことはない。
でも、貴族のご令嬢のようなドレスを着ているセシルだって、毎日が美しくて、見惚れていたギルバートだから、ズボン姿でもドレス姿でも、ギルバートにとっては、どちらでも良いのだ。
本当に、ここまでくると、重症のギルバートだ。
セシルが何を着ようと、セシルがいるだけで、なんでも美しい……とさえ、思えてしまうのだから。
見惚れてしまうのだから。
「ご令嬢は、これから宿場町の方に出向かれるのですか?」
「ええ、そうです」
「もし……ご迷惑でなければ、私も一緒に同行しても良いでしょうか?」
「もちろんですわ。退屈になりませんこと?」
「いえ。このような儀式を見させていただけるのは、この領地だけです。見ているだけで、なんだか神聖な気分になります。それだけで、明日から、私も頑張っていけそうな気持になりますので」
「そのようにおっしゃってくださって、私も嬉しく思いますわ。では、二人だけですが、よろしいですか?」
「もちろんです」
ギルバートが目線だけで合図をすると、残り二人の護衛は、心得た、という顔で頷き返した。
去年も、ギルバートを待って、この大広場の会場で待っていた二人だ。待っている間も、領民達が寄って来て、食事を渡してくれたり、ジュースを渡してくれたりと、親切に世話をしてくれたのだ。
「姉上、私もご一緒していいですか?」
「ええ、もちろんです。では、今年もまた、このメンバーでよろしくお願いしますね?」
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