А.г せめてもの慈悲を… - 05
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「醜態? そんなもの、あるはずもない」
「それなら良いが。未婚でありながら、貴族の令嬢が姦淫罪――などと、あまりの恥で顔など出すこともできないのではないのかな? ヘルバート伯爵家が、そんなふしだらな娘がいる男爵家を許すとは思えないが。きっと、今頃、徹底して、元クロッグ男爵令嬢の粗探しでもしているかもしれないとは、考えないのか?」
面倒で厄介事をヘルバート伯爵家に押し付けるなんて、なんて卑怯な宰相か。
これなら、伯爵家と男爵家を引き合わせて、互いに戦い合えばいいだろう、などとけしかけているも同然だ。
宰相自身が男爵など扱いたくないものだからと、先に裏でけしかけるなんて、卑怯じゃないか。
うぬぬぬぬぬぬぬ、と男爵の顔が更に険しくしかめられ、唸り声が上がる。
「もし……もし、娘が侯爵家の息子と――もしも、恋人関係に近い親しい間柄だったとしても、姦通罪ではないだろう? それなら、きっと、一時の気の迷いだったはずだ。若い時は誰でもあるじゃないか? それなのに、刑罰を与えるなど、なんと非情な行いだ……。宰相、慈悲というものはないのか?若い娘なのだ、せめて、慈悲くらいみせてくれてもいいじゃないか……」
その懇願は無視して、宰相は表情も変わらず口を開く。
「まだ、今ここでの自分の立場を理解していないのか?」
「だから、わしは、宰相に懇願しているのだ……。娘はまだ若い。間違いだっておこすものだ……。せめてもの慈悲くらい、いいじゃないか……」
「第二に、ホルメン侯爵家はお家お取り潰し、家名断絶の刑罰を受け、逮捕されている」
「逮捕? なぜ?」
「国家反逆罪で」
「国家……反逆罪? ――えええぇ?! なぜだ」
「理由はクロッグ男爵が知る必要はない。だが、元侯爵家令息が元男爵家令嬢と随分親しい仲にあったのなら、当然のこと、悪事の裏で、クロッグ男爵家を疑うのが定石の捜査方針ではないのか?」
「な、なにを……。まさか、わしを疑っているのか? わしは何もしておらん」
「その証明は?」
「証明? ――わしは何もしておらんっ」
そこで、発狂したように、クロッグ男爵が大声で叫んでいた。
「うるさいな。一々、喚き散らさないように。次は摘み出すが?」
「だが――わしは、なにもしておらん。なんで、知りもしない罪で、ホルメン侯爵家の悪事など、押し付けられなければならんのだ? 宰相、そんな陰謀で、わしを貶めるつもりなのか?」
三度目の警告は無視された。
ここで、ちょっと、余談を。
小さな子供のしつけは、三度繰り返しても言うことを聞かなかったら、“Time-out(反省)”場に送るという方法もある。
だが、児童心理学者によると、三度ではないそうな。
二度だけである。
一度目に注意する内容をきちんと説明し、次に同じことを繰り返したら、即、“反省場”に、ということらしい。それで、二度目に注意する時は、さっきちゃんと説明したのに無視をしたから反省してきなさい――ということになるらしい。
でも、宰相は――ものすごく面倒だが、仕方なく三度の猶予を与えてやったではないか。
「クロッグ男爵家に捜査が入り、自らのボロでも出さぬよう、しっかりと証拠隠滅でもしておくべきでは?」
そうでなければ、クロッグ男爵家だって、国家反逆罪で捕縛・逮捕されてしまうだろうに――なんて?
「そんな……!?」
やっと、宰相の示唆する意味を理解したようで、サーっと、一気にクロッグ男爵の顔が青ざめていた。
「最後に、貴様こそ、一体、何様のつもりだ?」
もう、感情の機微もなく、声色もあまりに平らなまま変わらず、それを一語、一語、まるで頭の悪い子供に言い聞かせるかのように、区切りまでつけて、クロッグ男爵に叩きつけられた。
「男爵の分際で、先程から、随分と私を侮辱してくれたものだ」
「いや――それは、違う……。そんなつもりはない……!」
宰相は侯爵である。国のトップを務める宰相で、侯爵家でも上位貴族。
一男爵ごとき、気軽に話しかけられるような立場ではないのだ。
「無実無根の誹謗、非難をしてきたのは、一体、誰だと思っているんだ? 誰が、一体、理不尽な行い、ひどい対応、差別、非道、ヒトデナシ、慈悲もない、陰謀、貶める――などという行為をしたと言っている?」
そして、わざとに、その指をゆっくりと折って数えて見せる。
「数々の愚弄、誹謗、非難。全て無実無根のものばかり。不敬罪、侮辱罪で、即刻、捕縛されないだけ有難く思え」
「なっ――それは、誤解だ……」
宰相は片眉をきれいに上げただけだ。
ひっ……と、クロッグ男爵は息を呑み、
「いや――そうじゃない……。済まなかった……。わしも、娘が心配で興奮していただけなのだ。悪気はなかったのだ……。だから、今日の所は、見逃してくれ……」
「二度と私の前にその姿を出さないように。あの薄汚い娘同様、貴族籍剥奪――などという事態に陥りたくなければ」
「ひっ……」
ものすごい動揺のしかたで、その小柄な身体が後ろにひっくり返るほどの勢いで、男爵が飛び上がっていた。
「いや――悪かった……。本当に、悪かった……!」
そして、脱兎のごとく、挨拶も済ませず、クロッグ男爵が執務室から逃げ去っていった。
おいおい?
無実の娘の釈放要求はどうしたんだ?
宰相に意見してきて、文句をブーブー垂れていた間抜けな父親はどうしたんだ?
ええ、ええ。
もちろん、宰相ですもの。
うるさい蠅が飛び回ろうが、蠅叩きで一発、パシンッ――と叩き落すことくらい、朝飯前ですよ。
やーっと、静かな執務室に戻り、宰相の仕事ができるというものだ。
なにも、宰相の時間は、あのバカ息子とバカ娘だけの為にあるのではない。そして、間抜けなロクデナシの父親に費やすものでもない。
やーっと、通常の仕事に取り掛かれるようで、本当に、うるさい蠅だった。
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