Д.д やっと - 02
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* * *
「「おめでとうっ、ジャン」」
就寝前のいつもの時間。
この領地にやって来てから、大抵、いつも就寝前のちょっとだけ、五人は孤児院の後ろ側にある森にやって来て、一日の報告会をしている。
適当な木のログに座って、ジャンの前で残りの四人も適当に座っている。
「ありがとう」
「成人だな。やったな」
「ああ」
孤児院では、月末毎で、誕生日を迎える子供達のお祝いをする習慣がある。夕食が、ちょっとだけ張り切ったご馳走になるのだ。
だから、ジャンを含めた他の子供達の誕生会のお祝いは、もう少し先だった。
「成人した気分はどうだ?」
「すごくいい……。やっとだ……」
そして、昼間の正騎士叙任式を思い出して、嬉しさを噛み締めているジャンだ。
その顔を見て、四人が微笑まし気に笑っている。
ジャンは昔からグループのリーダーだった。“悪巧み”はフィロの役目でも、グループを最後にまとめていたのは、いつもジャンだった。
ジャンは兄貴分な気質があるのか、そういう性格なのか、なにかかしら弟分達の面倒を看るのが癖だった。
それで、盗みを働く時でも、捕まった仲間を庇ったり、逃がす為に囮になったり。ジャンは、そのせいで、グループの中でも、よく殴り飛ばされる機会が多かったのだ。
でも、ジャンは、一度として、グループの仲間を見捨てたことはなかった。殴られ、蹴られても、メンバーを突き出さなかったし、メンバーに文句を言ったことはなかった。
だから、残りのメンバーも、いつも、ジャンの後をついて回っていたのだ。
残りの四人としても、ジャンがすでに成人したなんて、ちょっとくすぐったい事実だ。目の前にいるジャンは、全くいつもと変わらないのに、もう、大人扱いになるのだから。
「そうだ。これ、俺達からのプレゼント」
「プレゼント?」
ひょいっと、座っていた場所から飛び降りて来たケルトが、手の中の箱をジャンに手渡した。
この領地にやって来てから、給金を貰えるようになり、ジャン達は自分達の誕生日にプレゼントをあげる習慣を作ってみた。セシルに、そう、勧められたからだ。
プレゼントと言っても、小さなお菓子程度だと決めている。簡単に買えるので、選ぶ必要もなくて。
でも、今夜は違っていた。
ジャンが不思議そうな顔をして、ケルトを見返す。
「成人したから、やっぱり、少しはいつもと違うやつ」
ケルトも少し照れくさそうにして、プレゼントの箱をジャンの手の中に押し付ける。
「ほら、早く開けて見なよ」
「そうだ、そうだ」
トムソーヤとハンスにせがまれて、ジャンは照れ臭いまま、箱を開けてみた。
中には、シルバーのネックレスが入っていて、チェーンにぶら下がっているのは、小さな黒曜石がはめられた四角いペンダントだった。
「マスターが、王都では、お守りとか、護符の役目があって、人気があるって言ってたから」
「そうそう。騎士になるなら、丁度いいじゃん?」
「男だって、別に、ペンダントしても変じゃないんだぜ。マスターがそう言ってたし」
「騎士団の制服の下なら、目立たないしね」
黙り込んでしまったジャンの前で、四人が焦って付け足しをする。
「別に……嫌いなら、しなくていいんだぜ……」
「そうじゃないよっ」
ジャンがそれを叫んで、箱の中からネックレスと取り上げた。
手の中には、本物のシルバーのネックレスがあった。黒曜石だって、本物に見える。領地のお店など、そこらで買えるような品物には見えなかった。
高価なネックレスが、ジャンの手の中にあった。
今年は、アトレシア大王国に合同訓練で出向いたから、全員の出費は遊び代に消えた。食費に消えた。
生まれて初めて、他国へ行って、正式に招待されて、それで、一ヵ月も滞在できたから、今まで貯めた貯金は全部使い切ってしまったはずだった。
それなのに、残りの四人は、一体、いつ、ジャンの誕生日プレゼントを買えたのだろうか。
「……ありがとう。こんなの……初めて、もらった。ありがと……」
涙を見せまいとして、ジャンが顔をしかめているが、それでも、お礼を言う声音が、ほんの微かにだけ震えていた。
それで、四人が嬉しそうに破顔する。
「成人だしな」
「そうそう」
「一応、特別な日だから」
「そうなると、残りの全員も、同じ習慣になるわけ?」
「やっぱり、そうじゃないの?」
「成人だし」
四人会話を聞きながら、ジャンが声を出して笑っていた。
「ありがとう。嬉しいよ。こんな……立派なもの、初めてもらったからさ……。次の時は、ちゃんと皆の分もするから」
「じゃあ、次はケルトだね」
「そうそう」
「別に、俺はいいんだけどな」
「いいんじゃない? 僕達の新しい習慣だから」
そうやって、お祝いする日を選べたり、好きなことを選べたり、自分達の選択で未来が拓けていく。
つい、五人共もにやけ顔が止まらない。
「成人、したんだな、無事に……」
感慨気に漏らしたジャンの呟きを聞いて、全員がその言葉の重みを感じていた。
生き延びることだけに必死で、前も見えず、先もなく、行き場所がないのではない。ただ、ジャン達は普通に、平凡に、成人を迎えることができた日だ。
「まだまだ、やることなんてたくさんあるよ。感傷に浸ってる時間もないくらい」
「確かに」
ただ、今この瞬間だけは、少しだけ昔を思い起こして、感慨深げに感傷に浸っても、罰は当たらないだろう。
この領地にやって来てから、もう、それだけの時間が過ぎていたのだから。
ジャンは荷物を全部運び終え、部屋を去る前に、もう一度だけ、自分の部屋を振り返っていた。
孤児院では、成人するまで、子供達が全員生活している。
大抵は、共同部屋で一緒に寝泊まりするが、最後の年の十五歳の子供だけは、一人部屋が与えられる。
成人して孤児院を出ていく前に、一人暮らしに慣れていく為である。
小さな部屋で、ベッドと机が向かい合って、着替えをしまう小さなクローゼットに、壁に設置された本棚。
本当に小さな部屋であるが、ジャンにとっては、生まれて初めてもらった、きちんとした一人部屋だったのだ。
孤児院の院長先生から、
「孤児院の敷地を壊したり、傷つけたり、荒らしたりしたら、しっかり働かせて、弁償してもらいますからね!」
と厳しく言いつけられているので、自室を与えられても、さすがに――こっそりと、自分の名前を刻んだりすることはできない。
そんなことが見つかって、孤児院のトイレ掃除をさせられる羽目になるのは、御免である。
だが――その程度で、スラム街育ちのジャンが諦めるはずもない。諦めが悪いのは、他のメンバーだけではないのだ。
この一人部屋が与えられたその夜、ジャンは嬉しくて寝付くことができなかった。
だから、極力、音を立てないようにクローゼットを動かして、その裏の壁に――内緒で、自分の名前を彫り込んだのだ。
そして、何事もなかったかのように、クローゼットは、元通りの位置に直されている。
誰にも知られていない、ジャンだけの秘密である。
ジャンは正式な騎士になったから、騎士団の宿舎で生活することができる。
領地の「アパート」で一人暮らしをする選択もあったが、まず初めは、宿舎生活というものも、経験してみたいのだ。
一人で暮らしたくなったら、いつでも宿舎は出ていける。
四年間があっという間だった。
孤児院は、本当の意味で「ジャンの帰れる家」となって、なんだか……、孤児院を出ることに、少し寂しさを感じてしまう。
孤児院が消えてしまうわけでもないし、いつでも、すぐに、顔を出せれるほどの距離なのに。
でも、ジャンは、今日、大人になって。成人した。
正式に、騎士として任命された。
信じられないほどの達成感だ。
孤児で、スラム街のクソガキで、将来なんて絶対にないと思っていたのに……。
目頭が熱くなって、ジャンの視界もぼやけてしまう。
ああ……、この四年間がアッと言う間だった。
そして、ジャンは、今、生きている。
人として、生きている。
ああ……、なんて、素晴らしいことなんだろう――――
読んでいただきありがとうございました。
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