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* Д.д やっと *

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 領地内の騎士団宿舎は、セシルの邸側から少し裏側に設置されている敷地だ。元々、何もなかった場所に、騎士団創設の際、騎士団の宿舎も設立したのだ。


 最初は、小さな宿舎だった。団体で眠る寝室ばかりで、個人部屋だって作ることはできないほどに(資金が足りないから)。


 でも、近年、やっと、領地の騎士団の運営が落ち着いて来て、人数も安定しだしたので、騎士団の宿舎も拡張され、部屋も増え、ミーティングルームなどの部屋も出来上がり出していた。


 そんな宿舎の前に、領地の騎士団の制服を着た騎士達が揃っていた。丸く囲うように全員が並び、その真ん前に、祝典用の高い机が置かれていた。


 セシルがゆっくりと中央に進んでくる。


 中央で、すでに背筋を伸ばし、ピシリと起立している一人の騎士の前に立つ。


「誕生日おめでとう。そして、成人おめでとう、ジャン」

「ありがとうございます」


 セシルから祝いを受けて、ジャンが礼儀正しく一礼した。

 パチパチ、パチパチと、周囲を囲んでいる騎士達や、騎士見習いが、温かな拍手を送ってくれる。


 セシルの領地では、「成人式」 という式典を開催して、その年に成人した子供達全員を祝う催しが、年末の十二月にある。


 クリスマスがないだけに、その代わりと言ってはなんだが、領地の「成人式」 は少し派手にしている(つもりだ)。ちゃんと、成人する少年・少女達は着飾って、領地の大広場に集合し、セシルからお祝いの言葉と同時に、一人ずつ、成人したギフトが渡される。


 その時には、護衛に回されていない騎士達を回りに並べ、剣を(かか)げながらの祝祭を(うた)う。

 一応は、正式な祝典らしくみせて。


 貴族の子息や子女達なら、成人の時に、パーティーでも開いたりするのだろうが、平民は、家族内で「おめでとう」 程度のお祝いだ。


 それではつまらな過ぎると考えたセシルは、自領でも「成人式」 を推奨し、その式典を()り行うことにしたのだ。

 「成人式」 も、今では領地の大切な式典で、慣習の一つとなった。


 それとは違い、領地の騎士団では別の習慣がある。当人の誕生日に、こうやって、成人する騎士に、セシルが直接祝いを伝えにやって来てくれるのだ。


「ジャン、あなたは今日成人しました。あなたの進む道を決めましたか?」

「はい。私は騎士として、領主セシル様にお仕えし、私の生涯を懸けることを、この場で誓います」


 初めから、そのジャンの答えを分かっていても、セシルが、ほんの少しだけ、困ったような顔をしてみせる。


「意思は変わりませんか?」

「変わりません」


「わかりました。私はその誓いを受け入れましょう。そして、ジャン・フォルテ、あなたを、正式な騎士として任命いたします」

「ありがとうございます」


 ジャンは、スッと、膝をついた。


 傍にいたイシュトールから長い剣を受け取り、セシルが、剣先をジャンの右肩に乗せる。そして、次に左肩に。


「誇りある騎士として、これからも励みなさい」

「ありがとうございます」


 これで、ジャンは正式な騎士叙任を済ませたのだ。

 やっと、騎士になれたのだ。


「ここに、正式な騎士任命書があります。サインを」


 スッと、ジャンが立ち上がった。

 渡された皮の台帳の中には、任命書の書類があり、領主セシルの名がサインされている。


 同じように、ジャンの名をサインした。

 ジャン、フォルテ。


 手元にある任命書を見下ろして――ぎゅっと、台帳を支えている手に力がこもる。


 パチパチ、パチパチと、先程よりも大きな拍手が上がっていた。


「おめでとう、ジャン!」

「おめでとうっ、ジャン!」


 歓声が上がって、拍手が上がって、皆が祝福してくれる。


 だが、今のジャンは、手元にある任命書を見つめ――そして、その喜びを噛み締めていたのだ。



――――やっと……。やっと……!



 ジャンは、今まで、「騎士見習い」 だった。


 別に、見習い騎士だから、そう呼ばれているだけではなく、セシルの領地では、成人になる子供達の仕事は、みんな「見習い」 だった。


 だから、「騎士見習い」、「庭師見習い」、「侍女見習い」 などなどと、正式な任命を受けていない子供は、全員、「見習い」 なのだ。


 早くから大人に近い仕事をしたり、そう教わったり、習ったり、一人前に近い仕事ができるようになったりと、それぞれだったが、それでも、いつも「見習い」 の立場だった。


 それは、十六歳の成人の年までは、自分の将来や仕事を色々試し、自分の道を決めるまでは「見習い」でいなさい――と、セシルが、子供達に子供としての時間を与える為の政策だった。



「子供でいられる時間は少ないから、成人するまでは将来を決めず、できることを取り組み、挑戦しなさい」



という習慣だった。


 だから、ジャンは十六歳になって成人するこの日を――誰よりも待っていたのだ。ずっと、待っていたのだ。


 ジャンは、もうずっと以前より、領地の騎士になることを考えていた。

 だから、騎士になる為に、死ぬほどの努力をした。証明してみせる為に、死に物狂いで勉強をして、訓練をして、その努力を惜しまなかったのだ。


 この日の為に――――


 やっと……、ジャンは誰にも文句は言われず、止められることもなく、自分の将来の道を決めることができるのだ。


 そして、誓えるのだ。


 だから、ジャンにとってこの日は、誰よりも、何よりも、変え得るものがないほどに、待ち遠しかったのだ。


 ジャンの手の中には、正式な騎士任命書がある。

 今日から、もう、「見習い」 ではなくなるのだ。


 感慨深く、ジャンが任命書を見つめている。


 この四年、あっという間だった。ものすごい必死だった。

 ただ、認められたくて、我武者羅(がむしゃら)だった。


 今、その努力の成果が、正式に認められたのだ。


 パタンと、ジャンが台帳を閉じていた。セシルに礼儀正しい一礼を済ませ、ゆっくりと後ろの輪に戻っていく。


「ジャンっ、おめでとう!」

「ジャン、おめでとう!」


 いつものメンバーがすぐに近寄ってきて、全員が嬉しそうに、ジャンの背中や肩を叩いていく。


 ジャンは、グループの中で、一番早くに生まれた子供である。

 そのせいか、ケルトとは同い年なのに、グループの中で、いつもお兄ちゃん的存在だったし、役割だった。


 グループの中で一番に成人を迎え、そして、一番初めに「見習い」 を終わったジャンに、全員が嬉しそうだった。


 この四年間、ジャンを含めた全員が、どれほどの血が滲む努力をしてきたか、まだ若い人生を懸けるほどに、どれだけ必死になってきたか、メンバー以外は、あまり分かっていないだろう。


 今のジャンは、()()()平民として、成人を迎えたのだ……。


 周りでは、ジャンの正騎士任命式に集まった他の騎士達が拍手を送っている。

 スラム街のクソガキだったジャンに、拍手を送ってくれる仲間がいる……。


 こんな場面で、涙が流れてきそうだった。そんなこと、恥ずかしくて皆の前で見せられないのに。


 今まで「騎士見習い」 として、必死で訓練してきた。鍛練し続けて来た。それでも、きっと、ジャンはまだまだ力不足であろうことは、自覚している。


 きっと、まだまだ習わなければならないことがあるはずだ。力をつけなければならない。


 成人したからと言って、その鍛練が終わったわけではない。まだまだ、これから前に進んで、もっと強くなっていくだけだった。


 やっと……、この日がやって来た。


 ジャンは、自分自身で道を選び、自分の将来を決めることができた。

 自分の――世界を見に行くことができた。掴み取った。


 運命のあの日から、セシルに拾われて、猜疑心だらけで領地にやって来たあの時から、全てが変わった。なにもかもが変わった。


 あの頃のジャン自身に、大声で叫びたい気分だ。



「やったぞっ! やればできるじゃんかっ」



 どんなに悔しくても、どんなにみじめでも、ずっと諦めずに生き抜いてきた先で――セシルが、ジャン達の手を引いてくれた。導いてくれた。

 世界が(ひら)けて行く。まだまだ、もっと先に(ひら)けて行く。



「マスター……。なによりも、誰よりも、あなたに全てを感謝します。あなたに、全てを捧げます――」




読んでいただきありがとうございました。

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