Д.г 根性見せろよ - 02
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「お嬢」
「なあに?」
「お前、また、スラム街に行く気なのか? ついこの間も、うろつき回って、結局は、ゴロツキに囲まれてケンカになりそうになっただろうが」
「でも、ケンカはしなかったでしょう?」
「屁理屈だ」
文句をブーブーこぼしながら、それでも、結局は『セシル』の隣を歩いて護衛しているリアーガだ。
当初、スラム街から引き取った、コトレア領での一番初めの孤児だった少年だ。
今では、『セシル』 よりも背が高くなり、体格もしっかりと安定し、筋肉もつき、剣を扱えるほどに成長した青年である。
今日の目的は、別に、スラム街に顔を出すことが目的ではない。ただ、『セシル』 が歩いて行っている方向が、少々、ガラの悪い場所になりつつあるだけだ。
でも、まだ、人通りだってある。お店だって並んでいる。
リアーガが指摘するような、スラム街最奥に進んでいるのではない(屁理屈ではありません)。
つい最近、『セシル』 が雇っている傭兵から、少々、面白い情報を耳にしている『セシル』 だ。
なんでも、子供が組になって盗みを働いているが、逃げ足が早く、追いかけている側が、逆に、痛い目を見ている――なんていう話だ。
傭兵の話は、ただ単に、傭兵が集まるような酒場で上がって来た噂話だったのかもしれない。それとも、ただの噂に、尾ひれがついているだけなのかもしれない。
ほぼ、酒のつまみで、大した重要な情報でもないかもしれない。
それでも、盗人を追いかけていった相手が、逆にこらしめられている――なんて、ちょっと普通じゃないわね、とも『セシル』 は考えている。
それで、気になっているので、今回、自分の目で確かめてみようかな、なんてことは、リアーガ達には話していない。
「危ねーだろうがっ」
「危ないですよ、マスター」
「ダメです、マスター」
なんて、リアーガだけじゃなく、元からの護衛をしてくれているイシュトールとユーリカの二人からも、一斉に反対されそうなのは目に見えている。
そう言えば、ユーリカは、元はヘルバート伯爵家の私営騎士だったが、イシュトールが『セシル』 の護衛として、一年雇用契約を受け入れてからしばらくして、ユーリカはヘルバート伯爵家の騎士を辞めている。
それで、今は、正式に、『セシル』 に仕える騎士となったのだ。
そして、幸運なことに、一年契約の後、イシュトールもまた、『セシル』 に仕えると誓い、それからずっと、二人は『セシル』 の個人的な護衛をしている騎士となった。
傭兵から聞いた情報では、前回の盗みの事件が一週間前ほどだったから、そろそろ、盗人もまた動き出すのではないだろうか、と『セシル』 も予想を立てているのだが、どうだろうか。
そんなことをぼんやりと考えている『セシル』 の視界の前で、怒鳴り声と共に、包丁を振り回している男性が、ものすごい勢いで走り去って行くのが目に入る。
(あれ、かしらね?)
なんて、いいタイミング。
セシルの望んでいる情報元なのかどうか、確かめる価値がありそうだ。まあ、間違っていたのなら、状況把握程度の偵察でも問題ないだろう。
「では、追ってみましょう」
「は?」
突然の(またも突拍子もない) 『セシル』 の行動に、リアーガは完全に呆れ顔。
今日この頃では、なにか、『セシル』 のあまりに突拍子もない行動も頻繁になってきているだけに、またかよ……という諦めと同時に、もう説明を促すだけ無駄……とも、リアーガは呆れているほどだ。
それで、勝手に動き出してしまった『セシル』 の後を追って、三人が仕方なく走り出した。
こっそり後を追うように駆け出した『セシル』 達の向こうで、包丁を高く掲げて走り込んで行く男性の背中が見える。
「――おわっ……! なんだっ、これは……!!」
追いかけて行く先で、なぜかは知らないが、男性が――なにかの塊をぶつけられているようなのだ。
「……くそっ……! ああっ……、い、いたっ……!?」
何個も、何個も、続けざまになって飛んで来る塊が男性を狙っていく。
右と左の両方から塊が飛んで来て、よくよく深く観察してみると、なんだか、泥の塊のようだった。
男性の全身が真っ黒泥だらけで、顔を庇っていた男性は、ついに、膝をついてしまっている。
「あらあら。随分、巧妙ですねぇ」
逃げ道の先で、最初から狙っていた作戦だったとは、なかなかに感心である。
「リアーガ、気配を感じますか?」
「いや、逃げ切ったようだな」
泥の塊を投げつけていた相手は、その場所から逃げ去ったようである。
男性が地面に崩れ落ちて行く場で、前方には二人の子供らしき姿が確認できた。その二人は、どうやら、追っ手を撒くことに成功して、今は散ったらしい。
「二手に分かれたら、掴まえられるかしら?」
リアーガが少し考えるようにして、
「いや。逃げ去ったなら、必ずどこかで落ち合うはずだな。人気のない場所を狙った方がいい」
さすが、昔取った杵柄。頼りになりますね。
「そうですか。では、案内をお願いね」
「外れても、文句言うなよ」
「その時は、その時で、仕方がないですね」
人気のない場所を探し回っても、偶然に見つけられる可能性も高くはない。まあ、試してみるだけだ。
『セシル』達は、リアーガのすぐ後を走り込んで行きながら、裏道を逸れ、また裏道に入り、くねくねと入り組んだ通りを走り抜けていく。
「さっきのは、四人のように見えましたけど?」
「たぶんな」
「四人を掴まえるって、両手に二人ずつかしら?」
「一人をとっ捕まえて、脅せばいい」
「あまり強硬な手段はしないで欲しいわ」
その返事は返ってこない。
リアーガの足が止まり、しっ、と指だけで全員を黙らせる。
少し奥の方で、微かにだが話し声が聞こえた。
「イシュトールさん、ユーリカさん、俺が一人とっ捕まえたら、どうする? 揃って抵抗して来ると思うぜ」
「それなら……私達も、一人ずつ押さえつけるしかないだろうな。――マスター、どうなさいますか?」
「あまり手荒な真似はしたくないのですが、猛烈な抵抗をしてくるでしょうから、仕方がありませんね。最後の一人は、私が相手をします」
「わかりました」
「行くぜ」 とのリアーガの合図と同時に、全員がその場を飛び出していた。
驚いて振り返った四人が身構える前に、リアーガが、一人の子供をそのまま押さえつけていた。
「――あっ……!」
「ジャンっ…………うわっ……!」
それと同時に、イシュトールとユーリカにも二人の子供が捕まり、地面に押さえつけられている。
「抵抗を止めなさい」
そして、最後の一人の前で、『セシル』 が自分のレイピアを抜いていた。その剣先を、子供の顎下に突きつけ、ゆっくりと近づいて行く。
「抵抗を止めなさい。あなた達を害するつもりはありません。信用ができなくても、下手な抵抗を繰り返して、怪我をするよりはマシでしょう? 話があります」
剣を突きつけられた子供が、憎しみも露わに『セシル』 を睨み付けて来る。
「随分と、統制が取れた動きですね。組になって動くことに慣れているようですから。その子供がリーダーですか?」
リアーガに押さえつけられて、地面から『セシル』 を睨み付けて来る子供を、『セシル』 がゆっくりと見下ろしていく。
リアーガ一番初めに飛び込んだ時、この子供は、咄嗟に、残りの子供達をかばうように、一人、前に出て来たのだ。
「ジャン、ですか?」
ものすごい勢いで、子供が憎悪を露わに睨み付けて来る。
『セシル』 は地面にいる子供から視線を離し、自分が剣を向けている子供に顔を向け直す。
「武器を捨てなさい。私を傷つけた場合、あなた達の命は保証できませんよ。冗談ではありませんからね」
女の声音で、女の話す口調。着ている洋服は男物で、足首まである黒いマントをすっぽりと被り、フードで頭を隠している。
だが、子供よりも少し背の高い目の前の女の顔は――驚くほど、きれいな顔だった。
そして、深い藍の瞳がどこまでも静穏で、強い感情を見せずに、ただ、子供をじーっと観察していたのだ。
だが、敵意は感じられなかった。殺意も、感じられなかった。憎悪も嫌悪も、ない。
「両手を上げて、武器から手を離しなさい。私は、ただ、話があるだけですよ」
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