Д.в 手始めに - 14
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「口約束だけだろーが」
「私は、「領主名代」 です」
「領主、みょうだい? なんだよ、それ」
「領主に代わり、領地を治める権限がある者のことです。ですから、私の領地では、それなりの規律や規則も出てきます。人が寄り集まった場所には、最低限でも、規律がなければ、ただの無法地帯になってしまいますからね。それは、あなたにも当てはまることです」
「それで、俺を罰するって?」
「罪を犯した場合は、そうなるでしょう。私は慈善事業で、孤児を拾っているのではありません。「人」 として生き抜いて行くのなら、その覚悟をみせて、生き延びてみせるのなら、その覚悟を支えて行く、と言っているだけです」
そんな綺麗ごとを、誰が信用するか。
信用するなんて、ただのバカがすることだ。
だから、少年だって、この生意気な少女の言うことだって、話だって、端から信用しようとは思わない。
だが、領地に連れて行って――このスラム街から抜け出せられるのなら、なんだっていい。隙を見つけて、そこから違う場所に逃げ出せばいいだけなのだから。
「あなたの名前はなんですか?」
「テメーの名前はなんなんだよ」
「セシル・ヘルバートです。ヘルバート伯爵家長女で、今は、コトレア領の「領主名代」 です」
「伯爵家……」
どこぞの貴族の令嬢だと思っていたが、まさか、「伯爵」 と名乗る高位貴族だったなど、少年も考えもしなかった。
そんなオジョーサマの趣味に付き合わされるなんて、御免だ。さっさと領地に着いたのなら、トンズラすべきだろう。
だが、猜疑心が解けず、警戒心の塊のような少年が密かに考えていることなど、この少女には、全てお見通しだったことを、まだこの時の少年は知らなかった。
「お嬢様、本気で、孤児など引き取るおつもりなのですか? それも、スラム街の孤児など……!?」
先程の少年を部屋に待たせ、廊下に出て来た三人は、部屋から少し離れた場所に移っていた。
「そうですね」
「ですが……孤児など、危険過ぎます。先程だって、現行犯で盗みを働いたではありませんか」
「そうですね。ですが、なぜ、盗みを働いたのですか?」
「それは……食糧が欲しかったのでしょう?」
嫌々に、ユーリカがそれをこぼした。孤児だから、その程度の環境や、状況は、ユーリカだって察しがつく。
「その通りです。ですから、「孤児」 であるということは、問題ではないのです」
「なにを……おっしゃっているのですか、お嬢様。孤児など、それもスラム街の孤児など、盗みを働くのが日常で、嘘をつくでしょうし、人を騙すことだってするでしょう」
「そう言った行為は、「孤児」だからするものではありません。それは、個人個人によるものです」
孤児と聞けば、必ず、“盗人 =《イーコール》 孤児” と結びつける。孤児でなくたって、窃盗の罪を犯す人間はたくさんいる。
「「孤児」 というのは現状の結果であって、問題そのものではありません。根本的な問題は、生活する環境も与えられず、保護されず、それでも生き抜いていかなければならないから、盗みを働くのです」
「お嬢様……」
『セシル』 に文句を言いたそうな様相のユーリカの前で、『セシル』 の落ち着いた態度は全く変わらなかった。
今、ここで言い争いをしても、今まで信じ込んで来た概念が、簡単に消え去ることはない。これから、あの少年と、セシルが、生き様を懸けて証明していかなければならない問題なのだから。現実なのだから。
「イシュトールもユーリカも、生き抜いて行くには、何が必要だと思いますか?」
二人が少し顔を見合わせる。
口を開いたのは、イシュトールの方だった。
「食料ですか?」
「そうですね。食料維持は、まず最優先事項です。食糧がなければ、生きることさえできませんから。ですが、それだけでは、生き延びることも難しいでしょう」
この世界では、不可能に近いかもしれない。
「生き延びて行く為には、その知識が必要となってきます。経験も必要となってきます。ですから、その環境作り、生きていける場所を支えていかなければなりません。領地を開発して行かなければ、生活維持も、向上も絶対に無理でしょう。では、領地開発には、何が必要だと思いますか?」
それでまた、二人が顔を見合わせる。だが、その答えは、出てこなかったようだ。
「領地開発には、まず手始めに、人口増加が必要なのです」
「ですが……、まさか、そんな理由で、孤児を引き取るのですか?」
「彼は孤児でしたが、孤児以外でも、必要な人材を集めて行く必要があります。知識を授けるには、環境作りだけではなく、育成も必要になり、そういった人材が必要になってくるからです。人口がなくては、資金が生み出されない。経済が回らない。発展しない。ですから、手始めに、人口増加が必要なのです」
たった、百人程度の農民だけでは、領地を支えていける資金も生み出せなければ、技術も開発・発展させられない。停滞したまま、前に進むことさえできなくなってくる。
「彼に出会ったことも、そういう機会だったのでしょう」
いや……。機会など、そんな簡単な言葉で片づけられるような度合いではないはずだ。
二人も複雑そうに顔をしかめたまま、何も言わない。
「彼には、最初の孤児として、根性も覚悟もみせてもらわなければならないでしょう。何事にも、一番初めに何かを成し遂げる者には、想像を及ぶ努力が要求されるでしょうから」
「ですが……、また、盗みを働いた場合は、どうなさるのですか?」
「その場合は、そう罰します。罪は罪です。放置しておくことはできません。ですから、彼も、「人」 として生きて行く為には、規律や規則があり、制限もあります。その窮屈な世界で暮らしていくことを、きちんと学ばなければなりません。だからと言って、「人」 としての尊厳を蔑ろにするつもりはありません。そうする人間も、私は許さないつもりです」
「お嬢様……」
何を言っても、今の『セシル』 には無駄なようで、二人共困ったように顔をしかめているだけだ。
「まだまだ、こんなことは序の口ですよ。ほんの手始めに過ぎません」
「お嬢様……」
不敵な笑みを見せる『セシル』の自信は、一体どこから来るものなのか……二人にも計り知れないものだった。
「二人共、驚くことは構わないけれど、呆れて私を見捨てることはして欲しくないわね。無理強いはできないけれど」
「それは、ありません」
「そうです」
「契約でも、一応、今は主なので、しばらく私に付き合ってね?」
もちろんです、とは即答したものの、先行きの不安が拭えない二人でもあった。
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