Д.в 手始めに - 13
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なにか、少年を騙す気なのだろうか。敵意のないことを見せつけて、後から、少年を誘拐して売り出すとか。
モヤモヤと、色々な最悪の事態が頭に浮かんで来て、少年の方も、簡単に少女を信用することなどできない。
「私達を信用しなくても、食事は無駄にするべきではありません。食べた後に状況が変わり、逃げ出したくなったのなら、それも、その時の判断次第でしょう」
またも、さっきと同じようなことを繰り返す(生意気な) 少女だ。
なんだか、あまりに態度の変わらない落ち着きさに苛立って、少年は少女を無視して、パンにかぶりついた。
それから、勢いのまま、ガツガツ、むしゃむしゃと、パンを食べては、スープを丸飲みし、またパンをがっついては、ものすごい勢いで、食事を食べ尽くしていく。
クッキーだって――こんな甘いお菓子なんて、生まれて初めて食べたのに、二個とも口の中に放り込み、一気に食べてしまった。
それで、ミルクを一気に飲み干して、そのカップをテーブルに叩きつけた。
「それで、なんだよ。俺のようなクソガキに飯を食わせて、一体、なにさせるつもりなんだ?」
「「人」 として生きていきたいのなら、どうしますか?」
「は?」
突拍子もない質問に対し、少年があからさまに顔をしかめる。
「なに言ってんだよ。ふざけんなっ」
だが、少年を見返している少女の態度は全く変わらず、そのどこまでも静穏な深い藍の瞳が、静かに少年を見返しているだけだった。
「私達は、「人」 として生まれて来たのに、その最低限の権利を剥奪され、「貴族」 というその身分や立場だけで、全ての人生が決められてしまっています」
「はん? なに言ってんだよ。てめーだって、貴族だろうが。貴族のオジョーサマが、たいくつしのぎにクソガキでも見つけて、痛めつけるってか?」
「確かに、私は貴族の令嬢ではあります。ですから、「貴族」 として、その特権が与えられ、生活を一応は保障されていますね。だからと言って、その全てが全て、受け入れているわけではありません。もし、「人」 として生きる機会が与えられたら、あなたはどうしますか?」
「どうもしねーよっ! はんっ。頭のイカレタ貴族のオジョーサマは、余程、狂ったことをしないと、気がすまないらしいな」
「今まで、「人」 として扱われてきたことはありますか?」
「あるわけねーだろっ。ふざけんなっ」
「でも、私は、今、あなたを一人の「人」 として、話をしています。接していますよ」
「なにを――」
ふざけんなっ――と吠え付きかけた少年が、ハッと、その場で止まっていた。
どこまでも静かで、動かない藍の瞳が、ただ、ジッと、少年を見詰めていた。いや……観察していた、と言った方が正解だろうか。
動かない姿勢。椅子に真っ直ぐに座った姿勢が崩れず、態度が変わらず、崩れず、口調も声音も変わらない。
貴族の令嬢の癖に――出会った時から、スラム街のクソガキに向かって、普通の会話、いや、丁寧語できちんと話を進めて来た。
乱暴もしなかった。忌み嫌って、ゴミ扱いもしなかった。
口籠ってしまった少年の前で、少女は変わらず続けて行く。
「「孤児」 というだけで、世間から、世界から拒絶され、差別を受け、獣以下の扱いを受けてきたことでしょう」
「テメーに何がわかるっていうんだよっ!」
苛立たしく、腹立たしく、少年が叫んでいた。
「私はそう言った経験をしていませんので、私には判りません。ですが、「人」 としての最低限の尊厳を奪われ、人生を奪われてしまう屈辱や苛立ち、または怒り、そういった気持ちは判るつもりです」
「はんっ。テメーのような女が、わかるわけもねーだろうが」
「それは、個人個人の判断でしょう」
だから、少女はそれ以上説得することもしなければ、説明を繰り返すこともしなかった。
「「孤児」 というだけで、それだけで差別の対象になってしまうでしょう。それでも、「人」として生きてみせるのなら、その根性と覚悟を見せるのなら、自分の価値を、その存在を証明する機会をあげましょう」
「ふざけんなっ」
「何度も繰り返しませんよ。機会が与えられているのに、それも理解せず、しようともしないのはバカがすることですね。バカのままでいたいなら、勝手にすればいい。でも、そうじゃないと証明するのなら、私の領地に招待します」
「は?」
小生意気な少女に苛立ちを感じていると同時に、全く訳の分からないことを口に出してきて、少年の方も(一瞬だけ) ポカンと口を開けてしまっている。
「なに、言って……」
「信用の全くない場で、自分の価値を、その存在を証明するのは、並大抵の努力では済まされません。努力をしている間も、差別を受けたり、悪口を言われたり、そう扱われたりすることは何度も出て来るでしょう。ですが、その度に、挫けず、諦めず、前に進んで行くと言うのなら、生き抜いて行くというのなら、私はあなたにその機会を与えましょう」
「なに、いって……」
「「人」 として生きて、そして、世界を見なさい」
「ふざけんなっ!」
少年が大声で叫んでいた。
耳のいいことを話して聞かせて、同情でもしているのだろうか。孤児だから、可哀想に、と。
それで、「人」 として生きていけ、なんて、そんな綺麗ごとを並べ、あたかも正論を述べているかのような、胸糞悪い態度だ。偽善だ!
少年よりも年下の子供のくせに、偉そうに!
「先程から、吠えてばかりですね」
「うるせーなっ」
「何一つない場所から、自分の存在を証明するのは、並大抵のことではありません。まず、信用を得ることだって、ものすごい努力が必要でしょう。それでも、それをやり抜き、生き抜いてみせるというのなら、私はその機会を与えましょう」
「ふざけんなよっ」
「何度も繰り返しませんよ。自分の状況も立場も理解できないようなら、そのまま野垂れ死ねばいい」
「なんだとっ!」
「そうでしょう? 一体、今まで、誰があなたのことを、一人の「人」 として扱ってきたのですか? 大抵の人間なら、今、私が話していることも狂った所業と笑い飛ばすのでしょうけれど、その狂った所業を、大真面目にあなたに聞かせた人間が、一体、何人いると言うのです?」
そんな答えは、あまりに明らかだ。
誰一人としていない、だ。
「あなたには機会が与えられた。それでもまだ信用できないのなら、私の時間を、これ以上潰さないでください」
「生意気なクソガキがっ」
「証明したいのですか? それとも、できないのですか?」
「うるせーなっ。だったら、証明してやるよ」
「いいでしょう。あなたを私の領地に招きましょう」
「――領地って、どこなんだよ」
「王都から南方に下って、馬車で5~6日の場所です。今は、まだ、あまりに未開発の農村だけですが、これから、領地の発展をさせていきます。私と一緒に、生き抜いて、最後まで生き延びてみせましょう」
そして、今日初めて見せる――笑みを、少女が投げて来たのだ。
自信ありげな、強い意志を表した藍の瞳が強く、こんな子供なのに、なにか――底知れない力を感じるような、逆らえないような、そんな風格があったのだ。
「スラム街の孤児を引き取るなんて、狂ってるぜ」
「さあ、それはどうでしょう。あなたは、これから、他人の何倍もの努力を強いられることでしょう。今まで貼られたレッテルを覆す為には、何倍もの努力をして、それを証明していかなければなりませんから。それでも、その間、私は、あなたに「人」 として生きていける環境を作って行くと、約束しましょう」
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