Д.в 手始めに - 12
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自分の頭元に落ちる影が差し、子供が顔だけを地面から少し上げるようにする。
「まあ、このくらいの元気があれば、多少のことでもヘコたれないでしょう」
自分を見下ろしている影は、小さな子供だった。
すぐ隣に立っている大人の男と、子供の背丈を比べて、そう思ったのかもしれない。
フード付きのマントを被り、フードから覗く顔は陰になって見えない。
「あなたには、今、三つの選択肢があります。まず一つ目に、抵抗せず、大人しくするのなら、話をしましょう。警備兵に突き出すこともしません。ただ、話があるので、その話し合いをするだけです」
「誰が、そんな、クソみたいなことを聞くかっ」
「二つ目に」
頭元に立っている子供は、地面に押さえつけられている少年を無視して続けて行く。
「抵抗し続けるのなら、このまま警備兵に突き出すことも余儀なくされるでしょう。盗みの現行犯ですから」
そんな場面になってしまったら、警備兵たちに殴られ、蹴られ、牢屋に閉じ込められる前に、少年の命だって保証できない。
警備兵だって、暇潰しの為に、日頃からの鬱憤晴らしの為に、捕まえた孤児などを虐待して喜ぶ奴らはたくさんいるのだ。
「三つ目に、このまま何もなかったように見逃され、自分の住んでいる場所に帰ることができる。けれど、その選択は、以前と全く状況は変わらず、地獄のような生活が続くだけ。さて、どの選択肢を取りますか?」
「ふざけるなよっ! 誰が、そんなきれいごとを信じるって言うんだよっ」
「そのように大声で叫び続けていたら、通行人に見つかってしまう怖れがありますよ」
あまりに落ち着いた態度で、あまりに落ち着いた口調で、おまけに淡々と説明し返してくる子供に、妙な苛立ちを感じてしまう少年だ。
「ふざけんなっ!」
「何度も繰り返しませんよ。きっと、今まで、誰一人、信用することなどできず、一人きりで戦ってきたのでしょうが、それでも、与えられた機会を見逃すべきではありません。例え、誰一人信じられなくて、猜疑心だらけでも、状況を判断し、最善の選択を得られるよう、そういった警戒する手段を学びなさい」
「うるせーなっ!」
「では、警備兵に突き出しましょう」
「待てよ――!」
少年が、咄嗟に、子供を止めていた。それも、考えもせず、条件反射のような反応で。
「突如、現れた変な人間を前に信用すれ、とは言いません。怪しげな人間に利用されるかもしれないと、疑っているかもしれません。ただ、私は話があるだけです」
そして、落ち着いた口調で、静かな声音、少年が見上げている先の瞳はぶれず、怒りも見せず、なによりも――軽蔑や嫌悪の色さえ映していない。
ただ、どこまでも静かな瞳が、強い感情も見せずに、少年を見下ろしていたのだ。
こうやって、ほとんど感情の色が出ていない静穏の瞳を見たのは、少年も初めてだった。
だからだったのだろうか。
少年がそこで(一応の) 抵抗を止めていた。
「抵抗せず、一緒についてきてください。ただ話があるだけです」
「うるせーな……」
少年を押さえつけていたイシュトールが、一応、確認するかのように、少しだけ押さえつけている力を緩めてみた。
まだ、少年は動かない。逃げ出す様子も、一応、なかった。
それで、イシュトールが慎重に少年を立たせながら、自分も立ち上がって行く。
「自分の身に危険が迫ってると判断したのなら、いつでも逃げ出せば良いのです。ただ、その場合、他の人間に捕まえられる可能性が増えてしまいますけれど。私達は、あなたが抵抗しないのであれば、何もしません」
立ち上がった少年の目の前には、少年よりも背の低い少女がいたのだ。声音から、女だろう、とは判断をつけていたが、それでも、自分よりも年下の少女だったとは、思いもよらなかったのだ。
ジーっと、静かな――深い藍の瞳が少年を見上げていて、何を思ったのか、突然、目の前で、少女が来ているマントを脱ぎだしたのだ。
「その恰好では目立ち過ぎてしまうので、これを被ってください」
それで、自分の身に着けていたマントを少年の肩に被せ、フードも被らせていく。
「何度も繰り返しませんよ。抵抗しなければ、私達も何もしません」
「わかったよ……。くそっ……」
最後の罵倒は無視して、少女が動き出した。
少年を両脇から挟むように、少女に付き添っていた男達(護衛だろうか) 並んできた。
マントを取った少女の出で立ちは、少年のような洋服を着ていた。だが、仕立ての良さそうな真っ白なシャツに、ベスト、そして、汚れ一つないズボンを履いていた。
ただ、少年の目を奪ったのは――マントの下の少女の髪の毛が、サラサラとした銀髪で、動揺や嫌悪を見せない深い藍の瞳が大きく、お人形みたいな少女の顔が出て来た、ということだった。
それで、嫌々に、両脇から二人の護衛に挟まれて、少年は少女の後をついていく。
街の人間に顔を見られないように、フードを深く被り込み、歩きながらでも、下向き加減で、歩いて行く。だが、決して、警戒は緩めない。
いつでも、すぐに逃げ出せるように、逃げ出す準備をして、少年の体はものすごい緊張していた。
それからしばらく歩いて行き、どこかの宿屋のような場所に辿り着いていた。
少女の後を追って店の中に入って行くと、女将のような女性が出迎えに来たが、少女の指示を受けて、消えて行く。
階段を上がり、二階の部屋に向かう際だって、少年は警戒を緩めず、誰かに襲われないように、見られないように、叩き出されないように、神経を研ぎ澄まさせていた。
部屋に入ると、サッと、少年が部屋の中を見渡す。
それほど高価な部屋でもないのだろうが、それでも、家具があり、椅子やテーブルがあり、ベッドまである部屋は、少年に取っても今日が初めてだった。
「掛けてください」
小さな木のテーブルがあり、少女は向かい側の椅子に腰を下ろしていく。
さっきの護衛達は、椅子には座らないようで、一人はドア側に、一人は少女の後ろで起立している。
椅子を引っ張り、少年が席についていた。
「なんだよ」
さっさと話し合いとやらを終わらせて、少年はトンズラしなければならない。
今の所、少女の言葉の通り、少年は暴行を受けていない。手荒く扱われてはいない。
「まず、食事を済ませましょう」
「は?」
思いっきり顔をしかめた少年に対し、部屋には軽食が運ばれて来た。
「どうぞ。食べていいですよ」
目の前には、パンとスープ、二枚ほどのクッキー、それに、ミルクが入ったようなカップが並べられた。
スープはまだ温かいのか、ほっこりとした香りが鼻に届く。
ごくっ……と、少年の喉が鳴っていた。こんなまともな食事を見たのは、あまりに久しぶりだったのだ。
「どうぞ。食べていいですよ。話し合いは、食事の後でできますから」
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