А.г せめてもの慈悲を… - 03
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その報告を受け、嫌そうに顔をしかめ(そうになった) 宰相は、本当に仕方なく、遣いをヘルバート伯爵領まで送る羽目になった。
婚約破棄、婚約解消で問題事件を起こしたホルメン侯爵家の嫡男の処罰だって決まっていなかったのに、さっさと王都を離れ自領に戻るなんてけしからん――などと、国王陛下はぶつぶつと文句をこぼしていたが、そんな苦情など知るものか。
ヘルバート伯爵家の全員だって、王都には何の用もないのである。
この二年間、セシルが王立学園に通う間、セシルの将来を心配して、ただ王都にいただけだ。その用事が済んだ今、社交界シーズンでもないのに、王都にいる必要性などほぼ皆無に等しかった。
ただ、可愛い一人娘を七年間も苦しめた――王家、というか、国王陛下は、リチャードソンだって(密かに) 許していない。
ホルメン侯爵家から、無理矢理、婚約を押し付けられた時だって、伯爵家では娘がもう少し成長してから様子を見たい、と意見はしてみた。
それなのに、「貴族同士の婚約などサッサと済ませればよいではないか」 などと、伯爵家では誰一人、セシルの婚約など望んでいなかったのに、国王陛下のあの(無神経な)一言で、ホルメン侯爵家との婚約が成立してしまったのだ。
あれから、セシルの苦労と苦痛は、七年間も続いたのだ。
あの時、可愛い、可愛い一人娘の縁談を勝手に決めて、リチャードソンがどれほど腹を立てていたか、この(無能な) 国王陛下など知る由もないだろう。
だから、調査の一環やら、セシルの身辺調査で、きっと王都の伯爵家には王宮から何度も使者が送られてくるだろうな、と簡単に読んでいたリチャードソンは、そんな使者達に手を貸す気もなく、王宮に顔を立ててやる気も(全く) ないだけに、さっさと王都を離れ、自領に戻っていたのだ。
それで、確認の為に使者が訪れても、伯爵家揃って屋敷はもぬけの殻(使用人を抜かしては)、 だったのだ。
セシルにあれだけ世話されていて、感謝されこそすれ、これ以上、手を貸してやる理由など伯爵家には全くない。
無駄足踏んで、時間の無駄でもすればいいさ――
なんてね?
王宮から飛ばされた使者がヘルバート伯爵領にやってきて、召集がかかった旨を聞いて、仕方なくリチャードソンもそれに承諾した。
王都から伯爵領までは、三日ほどだ。それで、一週間は使者の行き来で終わっていた。
次の日に伯爵領を発ったリチャードソンが王都に着いたのが、(ゆっくり) 四日後。
それから、リチャードソンが王都に戻って来たことを王宮に報告するので次の日が潰れ、宰相が国王陛下との面会の日を決めて、更に二日が潰れていく。
たかが、あの侯爵家のバカ息子の処罰を話す程度で、すでに二週間は無駄にしている。
手紙で済ませればいいものを、わざわざ、リチャードソンを呼び出して、その場でリチャードソンに恩を着せなければ気が済まないらしい。
他に重要な仕事はないんですか?
貴族というのは、何をするにも余裕をもって、優雅に動くこと。過ごすこと。せこせこ働くことは、貴族の美学に反するのである。
いい時代ですねぇ。
仕事が(トロ過ぎるほど)遅くても、貴族の社会の常識で、怒られもしない。
のんびり、移動に4~5日かかっても、それが通常で、問題視もされない。
ああ、一生懸命働いている振りをすれば、貴族として全く問題ないではないか。
別に、リチャードソンは仕事をしている執務官や宰相をバカにしているつもりはない。リチャードソンはちゃんと領地を治め、自分の仕事の責任を持っていると自負している。
だが、今回に限っては、王宮からの召集だろうと、使者だろうと、(ほとんど) 相手にしていないリチャードソンだったのだ。
この程度の腹癒せで終わるつもりはないが、あまりひど過ぎても、それは仕事をしている執務官達への八つ当たりになってしまうから。
「娘の様子はどうなのだ?」
「あのような仕打ちを受け傷心し、領地に戻り静養しております」
それは、宰相も第一王太子殿下も受けた全く同じ報告である。
「まあ、あのような醜態を見せては、おちおち、王都にはいられんだろう。誉ある卒業式で、私の顔に泥を塗るなど。なあ? しばらくは反省して、王都を離れているのが良かろう」
ピクリ――
ほんの微かにだけ――誰もが見落としそうなほど微細に――リチャードソンの眉間が揺れていた。
誰が、一体、国王の顔に泥を塗っただって?!
リチャードソンの可愛い娘は被害者で、醜態をさらけ出したのは侯爵家のバカ息子だ。
その一言――
伯爵家にケンカでも売っているのか――ともとれそうな、随分、安易で、無思慮な言葉ではないか。
この国王。
若い時から全く成長していない。
この国王が王位に就いてから大分経つが、全く昔と変わらず、成長の兆しも見られない。
前国王が病で体調を崩した為、現国王陛下は、今の第一王太子殿下くらいの年に、国王即位を済ませていた。
その時からリチャードソンは目の前の国王を知っているが、あの時から全く成長していないではないか。
年をとって、王子達だって成人しているほどの年齢になっているのに、昔から全く変わらずの――無神経な男だ。
だが、その程度の言動で、リチャードソンの苛立ちなどぶつけても、全く無意味。
リチャードソンはただ普段通り穏やかな態度のまま、表情も変わらず、ただ、静かに控えている。
ゴホン、と宰相が取りなして、
「今日は、ホルメン侯爵家嫡男ジョーランの処遇について報告がある」
「はい」
「ホルメン侯爵家嫡男ジョーランには、名誉棄損罪、侮辱罪、偽証罪、虚偽告訴等罪、姦淫罪、そして不敬罪で投獄の刑罰を」
「そうですか」
「同じように問題を起こしたクロッグ男爵リナエ嬢も、同等の罪状により、貴族籍剥奪。修道院送りの刑罰で」
「そうですか。そのような処遇をしていただき、感謝申し上げます」
セシルの(ものすごい) 苦労に対して、なぜ、リチャードソンが国王陛下に礼など言わなければならないのか。
まあ、それはそれ。
感謝している様子(振り) でもみせて、顔を立てなければならない。中級管理職って辛いものですねえ。
「ホルメン侯爵家は、お家お取り潰しを考えている」
「そうですか。それは大変なことでしょう……」
「そうだな」
「ですが――娘は、公であのような辱めを受け……。なんと、ひどい仕打ちでありましょうか……」
「うむ……」
スッパリ、キッパリ、大逆転ホームラン並みの大活躍を遂げた――事実は抜きにしても、さすがに、伯爵家の令嬢が婚約解消を言い渡された事態は、貴族社会でもかなりの笑いものになるだろう。
「……これからも冷たい目でみられ、つま弾きにされ、きっと……辛い思いをすることでしょう……」
「うむ……」
一応、ヘルバート伯爵を呼び出した手前、誰一人として――同情した言葉をかけていないだけに、宰相も悲しみに打ちひしがれている様子の伯爵に、口うるさく言えない。
「……私は、娘の将来が心配でなりません……。このような辱めを受け、笑いものにされ……今はひどく傷心し、誰にも会いたくないと……、領地で静養しているのです……」
「うむ……。確かに、ひどい――扱いではあった」
「はい……。ですから……私は、娘に領地の一つを譲渡したいと考えております……」
「譲渡?」
「はい……。このような辱めを受けた令嬢など、早々、縁談を持ちかけてくる子息などおりませんでしょう。それでは、娘はきっとこれからずっと独り身になり、そんな娘が……哀れでなりません……。ですから、小さな領地でも与え、爵位を継がなくとも、静かな生活が送れるように――せめてもの、父親としてできることではないかと……」
「ふむ。確かに――」
一応、宰相はリチャードソンの話に賛同をみせているようだった。
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