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Д.в 手始めに - 07

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「他にも護衛が一緒なのですか?」

「いいえ」


「では、護衛がたった一人だけで、こんな僻地まで子供一人でやって来た、などと言っているんですか?!」

「そうです」


「バカなっ……!? ヘルバート伯爵は、一体、何をお考えになっていらっしゃるのか……?! こんな小さな子供を、一人だけで旅させるなど……」


「父は最初から反対しております。ですから、私の行動は、全て私の独断で、我儘(わがまま)でしているものです。父は関係しておりませんのよ」


 『セシル』 の勝手な行動で、父であるリチャードソンが責められるなんてお門違いだ。ヘルバート伯爵の変な噂が流されてしまっては、元も子もない。


「そのように心配してくださって、ありがとうございます。ただ、こちらにも、こちらの事情がございまして」


 (うやうや)しくお礼を言っておきながら、その陰で、



「一々、うるさく口出すな」



などと釘を刺しているような気配も見られなくはなく、リソがそのことに気付いて、唖然としてしまっている。


「ご多忙な中、ケルビー男爵にはお時間を割いていただきまして、ありがとうございます。辺境伯にはお会いできませんでしたが、どうか、よろしくお伝えしてくださいますか?」

「それは、構いませんが……」


「ありがとうございます。では、これ以上、ご迷惑をおかけしたくございませんので、ここで、失礼させていただきます」

「待ってください」


「なんでしょう?」

「事情――があるのだろうと、さすがに、目の前に子供が一人きりでいるのに、そのまま放り出すわけにはいきません」


「どうか、私のことは、そのように心配しないでくださいませ」

「普通なら、心配するでしょう?」


 苛立たしくそれを口にしたリソが、なんだか、長い溜息をこぼしていた。


「部屋を用意させましょう」

「いえ、そのような……」


「さすがに、ご令嬢であろうと、まだ幼い子供を放り出すことはできません。放り出した後に事故でも遭ったのなら、それは我々の責任問題になってしまう」


 勝手に領地にやって来た貴族の令嬢だろうと、自分の領地内で事件や問題が起きてしまったのなら、さすがに、ヘルバート伯爵に弁明しなくてはならなくなってしまうのは、辺境伯の方だ。


「皆さんにご迷惑をかける為に、挨拶に伺ったのではないのですが……」


 その返答に、リソが何とも言えなさそうな表情を浮かべる。


「……まあ、部屋を用意する程度は、迷惑ではありませんよ」


 それからすぐに、客室を後にしたリソの指示なのか、先程の執事らしき年配の男性とメイドらしき女性がやって来た。


 セシルはタダで寝泊まりさせてもらう為に、アーントソン辺境伯の領城を訪ねたのではなかったのに、なんだか、状況がかなり変わってしまった。


 あてがわれた豪奢な客室の椅子に座り、『セシル』 は、一息を吐き出していた。


「ユーリカ、座っていいのよ。この部屋には、他に誰もいませんから」

「私のことは気にしないでください、お嬢様」


「ですが、テヴェオス領にやって来るまで、かなりの強行軍で飛ばして来たでしょう? それで、ゆっくり休む暇もなかったのですから」


「そうですね。ですが、私のことは気にしないでください、お嬢様。このように立っていることは、私の仕事ですから」


「今は……誰もいないじゃないですか。護衛するにも、敵が襲ってくるわけでもないですし」

「そうですね。ですから、あまり警戒せずに、待機することができます」


 なるほど。ユーリカは丁寧な態度を取ってはいても、はいはい、と何でも主の言いなりになっているわけでもないらしい。


 今の所、仮の主である『セシル』 から座れと勧められているのに、ちゃんと、『セシル』 の気分を害さずに、それでも、自分の言い分はまろやかに主張している。


 これも新たな発見である。


「お嬢様、本気で、軍隊の兵士を護衛役になどさせるのですか?」

「そうですね。実戦経験があるのは、後々にも役立ってくるでしょう」


「危ないことをなさるおつもりではありませんよね……」


「そういう状況にならないことを祈っていますが、もし、そういう状況に出くわした場合、何もできずにたたらを踏んで自滅することは、したくありません。望んでもいません。ですから、色々な可能性を考えて、臨機応変に対応できるように、今から準備をして、対応策を考えていくつもりなんです」


「そう、ですか……」


 十歳の子供とは、到底、思えない大人の態度で、大人の会話をする『セシル』 を護衛してからというもの、納得いかない状況や行動ばかりが目について、ユーリカだって密かに困惑している。


 『セシル』 と直に接する機会はなかったから、その『セシル』 を知らなかっただけなのかもしれないが、それでも、ヘルバート伯爵家にいた時は、それほど『セシル』 の噂を聞いたことはなかったのに。


「まあ、ユーリカも、これから徐々に私に慣れて行くことでしょう」


 まるで、ユーリカの心の葛藤や疑問を読んだかのような『セシル』 の反応に、ユーリカも、少々、困った顔をみせる。


「いえ……。そのようなつもりは、ありませんでした……」


「怒っているのではないのよ。私も、以前から、ユーリカと一緒に行動する機会がなかったので、これからユーリカのことをたくさん知って行くと思うもの。お父さまから、一応の事情を聞いているのでしょう?」


「――はい」


「ですから、まずは、十七歳の私の“運命”を決めるその時まで、もっと、私のことを知って行くことになると思います。これからよろしくね」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


「でも……、こんな風に客室をあてがってもらったけれど、お世話をしてもらう為に、領城に立ち寄ったのではないのにね……」


 普通なら、こんな小さな子供を目の前にして、宿屋に泊れ、などと放り投げだすような所業はしないだろう。それこそ、非人道的な行いではないか。


 セシルはかなり困っているようだが、ユーリカとしては、見知らぬ土地で得体の知れない宿屋を取るよりも、辺境伯の領城に泊らせてもらい、危険を心配しなくても良くなって、ホッと安堵しているものだ。


「夕食を一緒になされるのでしょう?」

「ええ、そうです。夕食を一緒にできるような洋服を持参してきていないので、と断ったのですけれど……」


 でも、特別、着飾る必要はありません、とリソに言いつけられ、結局、辺境伯が揃う夕食に招待されてしまったのだ。


「夕食の時は、護衛に付き添ってこなくてもいいわ」

「……よろしいのですか?」


 貴族の令嬢で、まだ小さな子供一人きりで、大人の集まりに残していいものだろうか……と、ユーリカだって心配になってしまう。


「大丈夫よ。ユーリカにも部屋をあてがってくれたのでしょう?」

「はい。ありがたいことです」


 ユーリカにも、わざわざ、使用人の部屋をあてがってくれたリソだ。

 急に押しかけて来て、随分な好意を授かってしまった。やはり、『セシル』 としても、しっかり、リソと辺境伯にお礼を言わなければならない。


 夕食前に、メイド達がお風呂まで用意してくれて、かなり久しぶりに、『セシル』 は足を伸ばして、のんび~りとお風呂に入ることができたのだ。


 やはり、貴族に仕えるメイド達は、貴族の令嬢の体を洗うのが仕事だと考えているようで、他所様(よそさま)の家で、口うるさく、そんなことはしなくてはいい、なんて強く言えず、結局、『セシル』 はメイドに体を洗われて、体を乾かされ、その全ての世話をしてもらったのだった。


 元一般人だった『セシル』 は、他人にあれこれと体を触られたり、世話をされたりするのは好きではなかったが、お風呂に入ったおかげで、ギシギシと動きが硬くなっていた筋肉痛も、多少はほぐされていたのだった(ほっ……)。





読んでいただきありがとうございました。

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