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Д.в 手始めに - 06

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 それから気まずい沈黙が降りて、口を開かない、開く様子がない『セシル』 を見下ろしている青年。その青年を淡々と見上げている『セシル』。


 互いに互いを睨めっこ――が続き、青年の方が折れていた。

 はっ……と、息を吐き出したかと思うと、一応、『セシル』 に向かって軽く頭を下げたのだ。


「私は、アーントソン辺境伯嫡男リソと申します」

「そうでしたか。それは、お初にお目にかかります。ヘルバート伯爵家長女、セシルと申します」


 スッと『セシル』 が立ち上がり、丁寧に頭を下げながらお辞儀をした。


「いえ、その必要はありません。私の立場は、今は、ケルビーです」

「ケルビー?」


「ええ。男爵の爵位を授かりましたので、今はケルビー男爵です」

「そうでしたか」


 確か、『セシル』 が必死で習ったこの国の貴族制では、辺境伯は爵位ではなく称号で、貴族の爵位の他に与えられるものだ。


 だから、アーントソン辺境伯とは呼ばれているが、実際の貴族の爵位は、伯爵家と言われている。侯爵家ほどの力はあるが、アーントソン辺境伯自身は、伯爵である。


 「伯爵」 と呼ばれているからと言って、辺境()、ではない(勘違いしないように)。


 それで、嫡男である目の前の青年は、今は、男爵の爵位を授かったらしい。苗字が変わっているから、領土も譲渡されているようである。


 同じ辺境伯領内の領土なのだろうか?


 『セシル』 は、本当に、行く場所、行く場所で、この世界の新しい知識を学んで行っている。身に着けて行っている。


 行く先々で、知らない知識、新しい知識が出て来て、学ぶ意欲が更に上がって来るかのようだった。そうやって、学ぶことに多忙なおかげで、しばらくは、異世界に放り込まれた悲惨さを、少し和らげることができている。


「どうぞ、掛けてください」


 椅子を勧められて、『セシル』 はゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 リソと名乗った青年も、セシルの向かい側の椅子に腰を下ろす。


「父は、今、出払っていまして、こちらに来ることはできません。それで、私が代理として、こちらに伺いました」

「そうでしたか」


「挨拶に来た、というようなお話をお聞きしましたが?」

「ええ、そうです。こちらの領地に赴くことになりましたので、一応、ご挨拶は済ませておくべきだと思いまして。先触れも立てず、突然、このように押しかけてしまいまして、謝罪致します」

「いえ……」


 あまりに落ち着いた態度の、あまりに冷静な様子の『セシル』 を目の前に、リソも複雑そうな表情を見せ、そこから次の話が続かないようである。


 『セシル』 はその落ち着いた態度が変わらず、ただ静かにリソと向き合っているだけだ。


 まだ小さな子供なのに、見るからに、たった一人きりで護衛を連れて、こんな僻地までやって来て、それで、貴族の令嬢でありながらズボンを履き、とても令嬢とは見えない出で立ちの少女である。


 だが、その子供らしい体格に反して、随分と大人びた表情に、落ち着いて冷静な態度、真っ直ぐにリソを見詰めて来る――その深い藍の瞳が強く、とても印象的だった。


 少々、みすぼれた格好に見える様相でも、後ろで縛っているような髪の毛はサラサラとした銀髪で、白い肌に小さな顔。薄い桃色の唇に、印象深い藍の瞳。


 なんだか――リソだって、あまりに整い過ぎた小さなお人形さんを、目の前で見ているような気分になってくる。


 シーンと、気まずい沈黙だけが降りている。


「……えーっと、なぜ、伯爵令嬢であるあなたが、我々の領地にお越しになったのか、お聞きしてもよろしいですか?」


「この領地の端には、国軍が駐屯していると伺いました。そこに用がありまして」

「なぜですか?」


 国軍など、子供ができるような場所ではない。令嬢が訪ねて行くような場所でもない。

 それで、リソの顔つきがすぐに険しいものに変わる。


「今、私個人の護衛を増やそうかと考えておりますの。それで、実戦経験のある人材を探しています。それなら、実戦経験のある兵士が一番最適ではないかと思いまして」


 まさか、そんな素っ頓狂な理由で、国境沿いにあるテヴェオス領までやって来たと言うのだろうか。

 まさに、今のリソの顔が、その強い疑いをもろに現わしていた。


「……そんなことをしなくても、探せば、実戦経験のある騎士くらいはいるでしょう?」


 それで、チラッと、リソの視線が、『セシル』 の後ろに控えているユーリカに向けられる。


「剣術や剣技ができ、腕が立つ騎士はたくさんいることでしょう。ですが、私は、()()()実戦経験を持つ人材を探しておりまして」


 『セシル』は、剣の腕だけで自分の護衛を増やそうと考えているのではない。


 これから、『セシル』 個人が動き出すことにより、きっと、危険な場面にも遭遇してくることだろう。

 そう言った場面で、臨機応変に対応ができ、慌てず、冷静に、状況を対処できるような実戦経験者を、『セシル』 は望んでいるのだ。


 だからと言って、傭兵を探しているのではない。


 近未来――コトレア領で、『セシル』 が一生を過ごしていくこととなるのなら、『セシル』 は、いずれ、領地での騎士団成立を、もうすでに今の段階で考え始めていたのだ。


 領地の安全、領民の安全は、統治において根幹となる指針だ。安全が脅かされては、生き延びることなど、到底、できない。


 だから、将来、騎士団を成立するのなら、傭兵のような契約だけの人材では足りないのだ。

 コトレア領に移住する決意を(いと)わず、領地で騎士になることを望むような人材でなければ意味がない。


 長い目を見て、『セシル』 は、ただ技術面だけで、人材探しをしているのではなかったのだ。


「伯爵令嬢であられるのですから、そのようなことをする必要はないでしょう?」


 父親の伯爵にでも頼めば、すぐにでも、そう言った人材は探し当ててくれそうなものだ。

 その口に出されないリソの指摘も、『セシル』 は全て簡単に理解している。


 だが、『セシル』 の行動理由を、リソに認められる必要もなければ、正当化される謂れだってない。

 勝手にリソの常識を当てはめて、『セシル』 に押し付けないでもらいたいものだ。


 静かで落ち着いた態度が変わらず、『セシル』 は特別何かを言い返すこともない。ただ、ジーっと、リソを観察しているかのような大きな瞳が揺らがず、それだけだった。


 それが居心地悪いのか、リソはまた少し顔をしかめ、


「……いえ、私が伯爵家の事情に口出しすべきではありませんでした……」


 『セシル』 は、特別、何も言わない。


 更に、リソが顔をしかめて、

「いえ……、私が出しゃばったことを口にしました……」


「いいえ。そのように心配してくださって、ありがとうございます」


 素直にお礼にとって良いのか、皮肉だったのか、リソも判断しかねている。


「――国境側の国軍に用があるとおっしゃっても、さすがに――その……子供であるご令嬢一人が向かわれても、怪しまれるだけですよ」


「そうかもしれませんね。まずは、どう出て来るのか、その出方次第でしょう。無理があれば、また、他の手を探します」


「そ、そう、ですか……?」

「ええ、そうです」


 プツリ、とそこで会話が切れてしまい、リソが更に居心地悪そうに視線を泳がせている。


「今日は、ご挨拶に伺わせていただいただけですので、申し訳ございませんが、私は、そろそろお(いとま)させていただきます」

「これから国軍に向かうのですか?」


「いえ。まず、宿泊先の宿を決めたいと考えております」

「宿……って。まさか、一人で泊る気ですか?」

「いいえ。一人ではありません」


 だが、見るからに、護衛が()()()()()きりだけだ。



読んでいただきありがとうございました。

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