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Д.в 手始めに - 04

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* * *



「お嬢様、大丈夫ですか?」

「ええ、そうね……」


 ここ数日の強行軍を経て、『セシル』 は、ノーウッド王国の西に位置する、ある領地にやって来ていた。


 乗馬にも慣れ、一人で馬を乗りこなせれるようになったとは言え、さすがに、こんなに長い距離を一人きりで乗馬したのは初めてで、『セシル』 の体は、体中がギシギシと音を立てそうなほどに、ひどい筋肉痛が襲い始めていた。


 頭脳は大人とは言え、まだまだ、体は子供である。それも、今まで、甘やかされて育って来た貴族の令嬢の体である(要は、なまった体、と言う意味だ)。


 前世(なのか現世) のように、子供は学校に行き、体育があったり、移動で歩くことがあったりと、なにかと運動する機会が多いものだ。


 この世界の貴族の令嬢が、体育などするはずもない。勉強は家庭教師で、十六歳になると、貴族の子息・子女は全員、王立学園に登校しなければならないだけだ。


 貴族の嗜みとして、令嬢の乗馬はある。乗馬レースもある。

 だが、騎馬をしたまま長距離の移動など、個人的には絶対にしない。貴族の移動は馬車だから。


 はっきり言って、貴族の令嬢など、運動不足もいいところだろう。何もしないで世話をされまくりの生活というのも極楽だと思う。何もしなくても、誰かが勝手に世話を焼いてくれるのだから。


 それと同時に、怠惰な生活にどっぷりはまり込んでしまって、絶対に、貴族の令嬢など運動不足に違いない。歩くことで養われる筋肉さえもないだろう。


 まあ、ダンスレッスンにはきちんとした筋肉が必要ではあるから、そう言った教育を受けているから、全く筋肉が養われていない、とは言えないのかも。


 初めての長距離の移動で、ここ5~6日ほどずっと、朝から晩まで馬の乗り続けて来た小さな『セシル』 の体にムチ打って、やっと、『セシル』 はテヴェオス領にやって来たのだ。


 あちこちが筋肉痛で、ギシギシ、ギシギシと、体中できしんだ音がでてきそうなほど、『セシル』 の体はカチコチだった。錆びついて、動きが鈍った機械人形な動きをしている『セシル』 なのだ。



(ああ……、もう、体がギシギシと痛くて、動けないわ……)



 のんびり温泉に浸かり、疲労も、筋肉痛も洗い落とせたら、どんなに良かったことか……。残念なことに、この世界には温泉はない。


 それで、しんみり……前世(なのか現世)を、つい、思い出してしまう、『セシル』 だった。


 テヴェオス領は、ノーウッド王国の一番西に位置した、国境沿いの領地である。報告によると、その領地の領主は、アーントソン辺境伯だと言う。


 なぜ、まだ幼い『セシル』 が、ヘルバート伯爵家から遠く離れた西にやって来たかと言うと、まず手始めに、『セシル』 の味方として、護衛を増やすことが任務だったのだ。


 西には、ノーウッド王国国軍が駐屯しているらしいのだ。東西南北程度に、国軍は配置されているらしいから、西でなくても良かったのだろうが、ヘルバート伯爵家からの位置では、西の国境に駐屯している国軍が一番無難な場所なのだ。


 実戦経験のある兵士を探しに、今回の旅が始まった。


 ヘルバート伯爵家にも、私営騎士達はいる。今回だって、『セシル』 の移動の護衛の為に、『セシル』 に付き添って来た騎士が一緒だ。


 ユーリカ・フリースという。


 まだ若い青年の部類に入るのだろうが、腕が立つとのことで、コトレア領に一人()ってしまった『セシル』 を心配して、父のリチャードソンが、『セシル』 と一緒にコトレア領に付き添わせて来た騎士の一人だった。


 なんでも、ノーウッド王国には、領内などに騎士訓練所のような場所があり、騎士としての剣術や剣技を習える場所があるらしいのだ。


 ヘルバート伯爵領にも、少年用の小さな騎士訓練場のような場所があるらしいが、成人した男性の騎士訓練所はない。


 それで、ユーリカは、王都の騎士訓練所のような場所で、剣技などを習って来た騎士の一人だという。


 ただ、ユーリカは平民出身なので、平民が騎士となるのは、大抵、貴族に雇われた私営の騎士だけである。王宮に仕えられるような王宮騎士団などには、入団できない。


 それで、ヘルバート伯爵家の、年一回の騎士面接で雇われた青年なのである。


「ああ、やっと、着いたわぁ……」


 長かった……。

 馬で5~6日はかかりますよ、とは教わっていたのだが、朝から晩まで馬に乗りっぱなしで移動など、さすがに強行軍で、小さな『セシル』 の体にはきついものだった。


「大丈夫ですか、お嬢様?」

「ええ、まあ、一応は……。ユーリカは、平気なんですか?」

「私は問題ありません」


 ユーリカは、コトレア領にも付き添って来たことがあるし、王都に行く時も、一緒に付き添ってくることが多いようなので、移動は慣れているらしい。


 セシルも慣れれば、ここまでの筋肉痛に(さいな)まされることもないのかもしれない……。


「やっと、テヴェオス領にやって来ましたね。一応、この領地を治めているというアーントソン辺境伯に、ご挨拶でもしておかなければならないかしら?」


 貴族の令嬢が勝手に領内をうろついて、おまけに、国境側にある国軍にも出入りをするとなると、怪しい動きをしている貴族がいる、などと変な噂が上がってしまうかもしれない。


 問題になる前に、一応、顔見せはして、挨拶は済ませておくべきだろう。


「辺境伯にですか?」


「ええ、そう。やっぱり、他所様の領地内を、他の貴族が勝手にうろつき回ったら、怪しまれるでしょう? 子供とは言え、一体、自分達の領地に何しに来たんだ、なんて?」


 と言うよりも――たった一人きりで、こんな小さな子供が、それも貴族のご令嬢が、一体、何をやっているんだ、とものすごく驚かれる状況の方が大だろうな、とはユーリカも思う。


 ただ、『セシル』 には、それを口に出してはいない。


 ユーリカだって、仕えている伯爵家のご令嬢の護衛として、コトレアに付き添って行ったはずなのに、そのご令嬢と一緒に子供連れで、二人だけの長旅をするなど、夢にも思わなかったことだ。


 子供と一緒に旅をするのは、ユーリカだって初めてである。

 貴族のご令嬢と一緒に、馬を走らせるなど、前代未聞の出来事だった。


 移動中、宿に泊まる時だって、付き人もいなければ、侍女もいない。たった一人きりで、着替えや荷解き、寝る時の準備など、貴族の令嬢ができるはずはない。


 なのに、『セシル』 は一度も文句を言わず、文句が上がらず、長い移動を続け、そうやって、平民が泊まるような宿屋で寝泊まりをし、外で簡単な食事を済ませ、貴族の令嬢らしからぬ生活を強いられても、それを苦にしていないかのような生活振りだったのだ。


 移動しているユーリカの方が、あまりの驚愕で、何度も、何度も、『セシル』が大丈夫なのか、本当に移動なんて可能なのか……と、繰り返し、繰り返し、確認してきたほどである。


 『セシル』は、前世(なのか現世) で言えば、平民だ。一般市民、だ。

 だから、貴族の扱いをされなくても、全くの問題はない。


 この世界で――おまけに、子供の体で長距離の移動ができるか、と言えば、そうとは限らない。おまけに、前世(なのか現世) とは全く違った世界で、情勢で、不便ばかりが目に付く時代。


 移動中、宿に泊まろうが、ホテルはない。ホテルのサービスもない。お風呂を頼んでも時間がかかり、面倒だから、大きな樽にお湯を張ってもらっても、その後片付けだって一苦労だ。


 宿などでの食事は、パンとスープがほとんどだ。それも、ものすごい硬いパンだ。

 味気のないスープにパンを漬けなければ、到底、歯で噛むことなどできない、ものすごい硬いパンだ。


 文句は、山程ある。大声で、気が狂いそうなほどに叫びたいことは、山程ある。不満だって、山程ある。


 嫌だあぁぁぁっ――って。



読んでいただきありがとうございました。

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