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Д.в 手始めに - 03

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 人間の脳の働きの一つとして、生存本能がある。

 だから、未知のもの、自分の理解不能なこと、受け入れられないことなど、まず一番初めに、脳が危険物だと判断する。自分自身で理解できない事象に怖れ、その恐怖心が危険信号を出してしまう。


 脳が、自然的に、そういった事柄を排除しようとする。それが、差別にもなってくる。

 自分の知っている世界なら、知らないことを怖れる必要もなく、安穏として、安全でいられるから。


 その脳の働きは、特別、悪いことでもなければ、むしろ、自然な行動だ。


 ただ、その安穏とした安全圏に浸かっているだけでは、前には進めない。知らない世界も、見ることはできない。


 そして、何よりも、その安全圏に浸かりに浸かっているから、差別をして区別することが“当然”、なんて悪習が生まれて来るのだ。


 相手が冷遇されればされるほど、自分の地位や立場が確立されたと勘違いしてしまう輩が、たくさんい過ぎるのだ。特に、こんな世界では。


「だから、私は、そんな人間にはなりたくないわ。「人」 としての尊厳を忘れ、無視して、あからさまに、他人の頭を床にこすりつけるような行為を平然とするような人間には、絶対になりたくないわ。私が、そういった行為を受け取る側だったのなら、一番に嫌悪する行為だから」


「ですが、お嬢様……」


「オスマンドが心配してくれる気持ちは、私も理解しているつもりよ。貴族なのに、舐められたままじゃ、立場もなにもあったものじゃないものね。ただ、そういう態度を取って来るのなら、その時はその時で、しっかりと対処するわよ。そんな侮辱を許しておくつもりもないものね」


 丁寧な態度を取ったから、礼儀正しくしたからと、他人に下手に見られ、軽んじられるなんて、馬鹿馬鹿しい。

 そんな失礼な態度を返してくるのなら、『セシル』 だって、それ相応の対応をさせてもらおうじゃないか。


「お嬢様……」


 まだ心配そうな表情を浮かべ、『セシル』 の言い分は聞き入れたが、それでも、受け入れ難そうなオスマンドだ。


 これから、オスマンドも『セシル』 と長い付き合いになるのなら、この『セシル』 に慣れて行くのには、少し時間がかかることだろう。


 何事も、一歩、一歩。小さな前進が、時間をかけてでも、大きな実りに変わって行く。

 何もしないままでは、何も始まらない。


 だから、オスマンドにだって、何度も説明をしなくてはならないだろうし、説得をしなくてはならないだろうし、色々だ。


 これから『セシル』 がしようとすることは、きっと、この世界では、荒唐無稽なことだと考えられるのかもしれない。


 『セシル』 には慣れ親しんだ習慣や知識でも、この世界の人間にとっては、新たな経験になるだろうし、未知の知識を見せつけられたら、それを忌避したり、拒否したりする人間だって、たくさん出てくるだろう。


 理解できないことに恐怖を覚え、『セシル』 がすることを拒絶したり、果ては、その『セシル』自身を拒絶する人間がでてきても不思議ではない。


 だから、『セシル』 自身がこの世界で生きていける環境を作るのには、間違いなく、長い時間がかかるだろうし、猛烈な抵抗や反対も逃れられないだろう。


 その苦労や我慢、忍耐を越えて、『セシル』 が自分の居場所を見つけられるかどうか、『セシル』 の一生が懸かっているのだ。


 まずは、何事にも最初の一歩。


 できることを一つずつクリアして行って、問題を一つずつ解決して行って、どこまで『セシル』が進んで行けるか、これから知って行くことだろう。


 挫折するのか、挫折しないのか。まずは、生き抜いていく根性の見せ所、である。


「オスマンド、これから、きっと、オスマンドだって、私に不満を抱く時が来るかもしれないわ」

「そのようなことはございません」


 きっぱりと言い切るオスマンドは、執事の鏡だ。


 『セシル』 はちょっと笑ってみせ、

「あら? 私は、そう言った不満が出て来ても、怒りはしないし、責めもしないつもりよ。その不満を聞いて、どう改善できるか、何が直せるか、そういうことが判って行くものだと思うもの。お互いに理解し合えるように、そういう話し合いは必要だわ。今は、まだそういう行動に慣れていないかもしれないけれど、これから、徐々に、ね?」


「お嬢様……」


 あまりに子供らしからぬ話し振り、子供らしからぬ思考、子供らしからぬ物事の受け止め方。

 あまりに、なにもかもが――オスマンドには見慣れないものだった。


 この『セシル』 は、少し変わってしまったように思えるかもしれないが、それでも、『セシル』 は『セシル』 で、リチャードソンの大切な一人娘だ、とコトレアに発つ前に、オスマンドはリチャードソンから言い渡されていた。


 『セシル』 が無茶をしない限り、見守って欲しい、とも。


 オスマンド自身としては、まだ困惑が拭いきれないが、それでも、オスマンドの責任と立場は決まっている。変わりはしない。


「私は、ヘルバート伯爵家に仕える者でございます。ですから、お嬢様にも、そのように扱っていただきたくございます」


「うん、わかったわ。でも、私は、他人に接する時は、それなりの礼儀を持って接したいと思うの。自分にされたくない行為を、同じように、相手にしたくないわ。大切なことは、自分がどのように相手から接してもらいたいか、ということで、それと同じように、私も行動で示すのが、礼儀の一つだと思うから」


 なんだか、オスマンドの頼みは聞き入れてもらえなかったのか、そうでないのか……、オスマンドにもはっきりとしない。


 それで、屁理屈――ではないだろうが、セシルの理論で言いくるめられてしまったのだろうか?


「お互いに、もう少し知り合いになれるまで、時間がかかると思うの。だから、徐々に慣れて行くと思うわ」

「はあ……。そう、で、ございましょうか……」


「そうよ。それまで、よろしくね」

「はい、もちろんでございます」


 躾の行き届いた優秀な執事は、結局、最後の最後では、(最高潮の) 困惑があろうと、しっかりと(マスター)の話を聞き入れているのである。


 『セシル』 の周りには、『セシル』 を大切にしてくれる人達がいる。味方になってくれそうな人達がいる。

 たった一人切りで、変な異世界に放り込まれてしまったと思っていたが、それでも、『セシル』 は、一人切り、ではなかった。


「オスマンド、これからきっと、たくさん私に驚かされると思うけれど、その時は、驚いた、って言っていいのよ。ショックで倒れられたら、それこそ、大問題になってしまうものね」


 それは――宣戦布告、だったのだろうか?


 今から、あまりに驚くことが起きて、驚かされて、オスマンド自身だって大ショックを受けてしまう、と?


 さすがに、それにはどう返答して良いのか、その答えが見つからない執事だった。




読んでいただきありがとうございました。

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