Д.б 無理でしょ - 05
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ここ三カ月ほど、勉強の合間をぬって、『セシル』 は、ヘルバート伯爵領の中心街にも出歩いてみた。
もちろん、ヘルバート伯爵家の私営騎士が付き添って来たが。
それで、できる限りの場所を、色々と回ってみた。土地勘を養うだけではなく、この世界での民の生活も知らなければ、『セシル』 も生きて行くことなどできない。
貴族の令嬢だろうと、元は平民。
婚約解消が成立した場合、貴族社会や社交界では明らかな醜聞となる大問題。そうなれば、いつまでも、貴族社会や社交界に顔を出し続けてはいられない状況になるだろう。
『セシル』 自身も、社交界なんかに顔を出す気苦労が嫌だ。
必要のない集まりなんて、顔を出さないのが一番だ。
他の(くだらない) 貴族達に頼らずに自活して行く為には、なにか仕事を見つけなければならない。だから、街の様子、民の様子を知っておく必要があったのだ。
この世界で目を覚まし(勝手に飛ばされてしまったのに……)、家族揃って旅行するなど初めての経験である。
幼いシリルは、馬車の中でも、常に嬉しそうではしゃぎっぱなしだ。
最初は、『セシル』 だって、
「馬車で旅行なんて、どんなのかしらね?」
などど、ちょっとだけ胸を躍らせてはいた。
今までの(昔の) 経験からしても、馬車に乗ったことなど、生まれてこの方ない。ちょっとは、憧れてはみるでしょう?
そんな思いは、『セシル』 の勘違いだったと、初日ですでに気付いてしまった『セシル』 だった……。
ヘルバート伯爵家の馬車は広い。装飾のされた、頑丈で、立派な二頭四輪馬車だ。
小説や漫画で出てくるような、本物の馬車だ。
馬車のかごのサスペンションはつけられているようだったが、ガタガタ、ゴトゴトと、揺れる度に振動は伝わって来る。
椅子のクッションがフカフカでなければ、今頃、お尻がジンジンと痛んでいたことだろう。
街を抜けたり、街道を走っている時は、ある程度、外の景色を眺めて楽しめる。
だが、すぐに人里離れ、物寂しい山道にはいると、大自然を満喫する――なんていう状況でもない。
開拓されていない森林の中を、ただ、馬車道となったような獣道を進み、景色を見ても何も変わらない。
山ばかり。森ばかり。民家もない。電灯もない真っ暗な道もある。
そして、長ーい、長ーい間、ただただ馬車の中に閉じ込められて、することもない。ゲームもない。娯楽もない。音楽もない。
読書をしようにも、道が悪ければ、馬車が激しく揺れて、集中もできない。
父親やシリルとの会話にも限度がある。毎回、喋り続けているなんて、無理がある。
携帯電話がないので、すでに、ビデオも見れなければ、携帯ゲームもできない。なんにもない。
暇すぎる以外、は。
もう……、よく、こんな我慢ができるものだ。
シリルがまだとても幼いから、休憩はたくさんしてください――と、父親にお願いしてみなければ、最悪……、セシルとシリルは、馬車の中で、一日中、閉じ込められたままだったことだろう。
長旅をするのに、なぜ、この世界の人間は、休憩を取る重要性を知らないのだろうか。
「まあ、窮屈だけれど、仕方がないね」
仕方がないね……で、どうやら、父のリチャードソンだって疑問を抱かず、ただ、我慢をしてきたような口調だ。
その言葉を聞いて、ガックリ……と、肩を落としていた『セシル』 だ。
馬車に乗れるのは、裕福な証拠だ。平民用の辻馬車など、まだ発達していない。幌馬車に近い荷馬車などはあるが、それだけだ。
だから、馬車で移動するのは貴族だけで、街道を外れれば、どこもかしこも整頓された道などないだけに、この世界の貴族達は、ただ、苦痛を我慢して、それが当たり前の交通手段だと思い込んでいるようなのだ。
(悪習って、恐ろしいわね……)
知識がないだけに、今まで慣れ親しんで来た習慣が、あたかも“普通”や“日常”となってしまい、誰一人として疑問を持たないのだ。
それで、馬車の中では、休憩の重要性をしっかりとリチャードソンに説いていた『セシル』 だった。
真面目に『セシル』 の話を聞いているリチャードソンも、本当に、優しい父親である。
この経験のおかげで(せいで)、『セシル』 の“婚約解消計画”に、また一つ、新たな課題が加わったのだ。
一人で自由に移動ができるように、乗馬は必須!
馬車で移動し続けるなど、無理でしょ……。
絶対に、無理でしょ……。
セシルのストレスレベルが更に上がってしまうこと、間違いなし。
移動中は、『セシル』 は、いつもシリルと一緒に寝ている。ヘルバート伯爵家でも、勉強で忙しくなったせいで、以前より、シリルとの遊ぶ時間が減ってしまった為、夜に一緒に寝る機会が増えていたのだ。
シリルは大好きな姉と一緒に寝れるので、大喜びしているし、長く(あまりに退屈な) 旅行でも、いつも嬉しそうな笑みを浮かべている、本当に、愛らしい子供だ。
シリルがいなければ、ささくれた『セシル』の心も、更に歪んでしまっていたことだろう。
この数か月で、『セシル』 の器に入った現代人の自分がいても、シリルが大好きで、大切な家族の一人、という認識も、気持ちも、嘘偽りではなくなっていた。
『セシル』 達に一緒に付き添って来たのは、私営騎士達が数名、リチャードソンの侍従、セシルの世話係りでオルガ、シリルの世話係り。
彼らは使用人だから、旅の荷物と一緒に、二台目の素朴な馬車に乗っている。
十日以上もかけた長旅を終えて、やっと、『セシル』 達一行は、コトレア領に到着していた。
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