В.д 囮に? - 08
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なにしろ――セシルの側には、王国騎士団の騎士サマ達が揃っている。セシルの護衛をしている(優秀な) 子供達もいる。
これが、お屋敷の奥深くに閉じこもって、何もできない貴族の令嬢だったのなら、王都の警備隊などに通報でもするのかもしれなかったが、セシルは、そこらの役に立たない令嬢でもない。
むしろ、役に立ちすぎるほどの機転が利き、剣だって、おもちゃではない程度に使うことができる。
これだけしっかりと犯人逮捕ができるメンバーが揃っているのに、現状を無視して通り過ぎろ――というのも、少々、無理な話だ。
「そのような危険な行為は、絶対にさせられません」
「副団長様、そのように心配してくださって、ありがとうございます」
「礼を言われることではありません」
ギルバートは真摯な性格をしているから、セシルを利用しようだなどと考えもしないのだろう。
騎士道精神も混ざって、令嬢に危険な真似はさせたくないのは一目瞭然だ。
その優しい気持ちと心配は、セシルも感謝している。
ただ、少々、状況が予断を許さないだけなのだ。
「捕縛した男達からは、もう、あれ以上の情報を得られるとは思えません。捕まった時の状況を想定して、自分達の仕事を分担しているくらいですものね。言い訳ができるように」
そして、セシルが気付いた事実にも、ギルバートが気付いていないはずはない。
「この場に、他の仲間がやって来るのなら、囮を使い、どこに誘拐した娘を連れて行くのか、追跡するべきでしょう。せめて、アジトを辿れなくても、足取りは負うべきです。そして、そのような機会は、二度とやって来るものではありません」
「馬車で移動した場合?」
「その場合、残念ですが、その場で、全員、捕縛するより他はないでしょうね。こちら側は、移動の準備を整えていたのではありませんもの」
馬車の中に連れ込まれ、追跡もできないまま、見知らぬ場所に連れ去られてしまったら、セシル達だって、完全に手持ちのカードが切れてしまう。
その場合は、セシル自身の身を危険にさらしてまで、事件に関わるつもりはない。
関わってやる気もない。
セシルは、お遊びでこの国にやって来て、趣味で誘拐事件に首を突っ込んでやるような立場でもなければ、セシルの領主としての責任放棄だってできない。
馬車に連れ込まれる前に、ギルバート達が、残りの誘拐犯を捕縛すべきなのだ。
それで、また尋問し直しだろうが、それは、アトレシア大王国の問題であって、セシルの問題ではない。
セシルが心配しなければならない問題でもない。
「副団長様に付き添って来た護衛が、かなりいらっしゃるでしょう?」
セシルは、その数がどのくらいなのかは、はっきりと判断できないが、セシルの安全を確保する為に、そして、ギルバートが第三王子殿下という立場である現状からしても、しっかりと腕の立つ護衛が揃えられていても、全くの不思議はない。
それなら、少々、乱闘騒ぎになっても、援軍を呼ばずに、犯人確保に及ぶことができるかもしれない。
セシルの言っていることは、理に適っていると分かっているのだ。
セシルの協力があれば――きっと、裏にいる犯罪人にも、接触できる可能性は出てくる。
そして、その場で、現行犯で取り押さえることだってできるだろう。
それは、分かっているのだ。
分かってはいても――ギルバートは、絶対に、そんな危ない真似を、セシルにはさせたくないのだ。
それで、葛藤しているギルバートは、(あまりに珍しく) 片手で両目を覆うように顔を隠し、そして、顔を上げたまま、何も言わない。
クリストフも、その(少々) 感情的になっているギルバートを無言で見やりながら、口を挟もうかどうか迷っている様子だ。
さすがに、ギルバートの最愛の思い人となったセシルに、囮になってその身を危険にさらしてください――などと、ギルバートが言えるはずもなし。
王国騎士団の“紳士道”だって徹底的に教え込まれて、身に沁み込んでいるほどなのに、貴族のご令嬢に、誘拐犯と一緒に閉じ籠ってください、なんてそんなひどいことを言えるような躾だってされていない。
あまりに渋っているギルバートの様子と、その葛藤している態度も、セシルはちゃんと理解しているつもりだ。
たぶん、セシルの話していることは、現時点では、一番の解決方法であるのだろうが、ギルバート自身には、無理なお願いをしてしまっていることも、ちゃんと理解していた。
時間が、限られている今は、あまり選択肢が残されていない……。
「トムソーヤ」
「わかりました」
名前を呼ばれただけなのに、トムソーヤは、全てセシルの意図を理解しているようだった。
着ているシャツのボタンを外し、スルスルと、シャツをまくり上げていく。
シャツが上がっていき、露わになった腕には――腕に巻かれた布に、ナイフが何本も刺さり、隠されていたのだ!
それを見たクリストフの瞳が、驚きで、一瞬、パっと、上がっていた。
そんな場所に、暗武のナイフを隠して持っていた事実には驚いたが、ギルバートには、以前、トムソーヤの攻撃した場面を見ている。だから、暗武を隠していた事実には、もう、驚きはしなかった。
セシルは、今日は、襟の突いたシャツに薄手のジャケットを羽織っている(ズボンはいつものことだが)。
トムソーヤからナイフの刺さっている巻き布を受け取り、ジャケットの下で、自分の腕に巻き付けて行く。
「なにか、縄ではなく、縛り付けられるような紐が欲しいですね」
「じゃあ、ベッドにあるシーツにしたらどうですか? グルグル巻きにした場合、縛り付けられているように見えると思います」
フィロの提案に、セシルも賛成だった。
大急ぎで、ジャンがシーツを切り裂いていき、長い紐を作った。
「トムソーヤの隠れる場所が必要だな」
「なにか、箱でも探してきて、部屋に置いてあるようにでもすればいいんじゃないのか?」
ケルトとハンスの二人が勝手に動き出したそうな気配で、ギルバートが割って入っていた。
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