А.в ヘルバート伯爵領コトレア - 10
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本人は無理をしていないわよ、などといつも笑って皆の心配を一掃するが、器用なのか、頭の回転が誰よりも早いのか、決断力があり、決断するスピードも尋常ならざるものがあったのだ。
そのせいなのか、そのおかげなのか、持ち前の機動力・行動力に加えて、決断力も素早いせいで、仕事が早いこと早いこと。
迷うこともあまりない。
時間をかけて熟考――というより、熟慮はする。いつも、どこでも、最善の選択ができるように、多方面から色々なことを考える。だが、その時間も他人に比べると数倍も速い。
それで結局、セシルがこなしている仕事の量が、ものすごい早さで終わっていくことになる。
顔を上げてお若い領主サマを迎えている邸の使用人一同は、さて、一体、誰が、「ゆっくりなさるべきですわよ」 と、進言するのか考えものだ。
大抵、その手の進言は、執事であるオスマンドの役目ではあったのだが……。
なにしろ、今まで一度として、その進言を聞き入れたことがない、手強い領主サマが目の前にいる。
だが、皆の敬愛する領主サマは、今日、領地に戻られたばかり。
長旅で到着したのに、玄関先で進言もどき(説教) のような行いで、これ以上の疲労をかけてはいけない。
結局は、領主サマに甘々で、その話は――後に持ち越されてしまった。
その日は、
「戻られたばかりなのですから、絶対に仕事はしてはいけませんっ!」
などと、全員から押し切られた形で、セシルはコトレア領に戻ってきて、最初の休憩を取ったのだった。
それでも――
「帰ってきたから、皆に、一応、顔見せでもしてくるわね」
そして、さっさと、馬に乗って、領地回りに行ってしまったお若い領主サマである。
領地の領民達全員だって、ずっと王都に詰めっぱなしだった領主サマの帰還で大喜びで、お若い領主サマのお顔だって拝見したい。
その気持ちはよーく理解できても、長旅を終え、セシルは領地に戻って来たばかりなのである。
仕事をしない代わりに、領民達に顔見せ――だって、結局は、仕事をしていることと変わりない。
はあぁ……と、邸の使用人全員が諦めたように溜息をこぼしていたのは、セシルも知らないことだ。
セシルが本格的にコトレアの領地に戻ってきたことで、今までゆっくりとスローペースになっていた領地の仕事も、すぐにそのスピードが戻っていた。
このお若い領主サマが動き出すと、もう、テキパキ、テキパキ、テキパキ、テキパキと仕事が進む――だけではなく、一気に猛進の勢いを見せて仕事が終わっていき、更に、それを上回る仕事が上がってくるので、セシルに仕えて働いている一同も、そのスピードに置いて行かれないように、気合いが入りまくりである。
新年も明け、今年もまた忙しい一年が始まっていた。
そんなある日、今日は、コトレア領に珍しい来客がやって来ていた。
「姉上、お久しぶりです」
「まあっ、シリル。久しぶりですね。今日はどうしたのですか?」
執務室で仕事をしていたセシルの前に、弟のシリルがやって来たという報せが届き、そのシリルを連れて、オスマンドが部屋に入って来たのだ。
セシルはすぐに立ち上がり、机を回って、シリルの前にやってきた。
嬉しそうにシリルを抱きしめる。
「遊びにきましたの?」
「いいえ、違います」
セシルを抱きしめ返しながら、シリルが意味深めいた言葉を出した。
「あら、では、なにかしら?」
ふふと、シリルはまだ意味深めいた笑みを口元に浮かべているだけだ。
「それなら、座って、シリル」
「はい」
執務室の応接用の長椅子を勧め、セシルも長椅子に腰を下ろした。
「ああ、オスマンド。お茶のことは気にしないで」
なぜか、シリルはいつものお茶を断っていた。
「かしこまりました。他にご用件はございませんでしょうか?」
「いいえ。下がっていいですよ、オスマンド」
「では、失礼いたします」
一礼して執務室を後にしたオスマンドの気配が消えて、セシルがシリルに向き直る。
「なにかしら?」
「今日は朗報をお持ちしました」
「朗報ですか? あら、それは楽しみですわ」
「まずは、こちらを」
シリルはまだ説明をしてくれないが、手にしていた台帳のようなものを、セシルの前に差し出した。
セシルはそれを受け取って、中を開いてみる。
「あら!」
予想していなかったのか、普段、落ち着いていて冷静沈着な姉の瞳が、微かに上がっていた。
その様子を見やりながら、シリルが嬉しそうに瞳を細めていく。
「おめでとうございます、姉上」
「準伯爵? まあ、それは大きく出ましたのね」
台帳の中には、一枚の書類が入っていて、そこには、セシルの正式なコトレア領領主任命が提示されていたのだ。
おまけに、ちゃんと、国王陛下のサインまでしてある。
父のリチャードソンが以前話していたように、本気で、父はセシルにコトレア領を譲渡する気だったのだ。
それで、その要請が王宮からも許されたらしい。
その上、準伯爵、という爵位まで与えてくるとは。
「そうかもしれませんが、それでも、姉上は爵位を授かり、正式な領主に任命されたのですから、とても喜ばしい報せです」
自分のことのように嬉しそうに語るシリルに、セシルもふふと笑う。
「そうですね。私も、領主任命をとても嬉しく思います」
「これで、誰にも文句を言われず、コトレア領は姉上の領地になりましたね」
「ふふ、そうですね。シリルも、その報せを届けにきてくれて、ありがとう。遠路を駆けさせてしまいましたね」
「そんなこと、気になさらないでください。父上からこの朗報をお聞きして、すぐに、姉上にも知らせてあげようと思いまして」
「ええ、ありがとう。とても嬉しい朗報ですわ」
「では、早速、オスマンドにも知らせてきましょう。準備が忙しくなりますからね」
「え? なんの準備ですか?」
ふふと、今度はシリルの方が可笑しそうに笑ってみせた。
「新年明けてすぐに、お祝いですよ。領主の任を拝命なさったのですから、盛大なお祝いになることでしょう」
「あら、そんなことなどしなくてもいいのですよ」
「いえいえ。お祝いしなかったら、領民全員から苦情が上がってくることでしょう。ですから、早速、オスマンドに知らせてきますね」
「そんな慌てなくても」
「いえいえ」
ふふと、(なぜか不敵な) 無邪気な微笑みを浮かべ、シリルがスクッと立ち上がった。
「姉上のお祝いですから、侍女達だって、大張り切りなことでしょう」
ああ、それですか……。
セシルは滅多にドレスを着ないせいか、お祝い事のように、何かにかこつけなければ、セシルを着飾らせる機会がない侍女達は、その機会がやってくると、全員、ものすごい大喜びで、大張り切りで、セシルを着飾らせていくのだ。
「ですから、今は失礼しますね」
「わかりました。――そんなに大袈裟にしなくて良いのですよ……」
「いえいえ」
ぽそっと出されたセシルの呟きも、なんのその。
輝かしいほどの笑顔を投げ、シリルは颯爽と部屋を後にしていた。
執事のオスマンドにこの朗報が伝えられ――たぶん、五分もしないで、邸中の使用人が知る事実と化すだろう。
そして、きっと、三十分もしないで、領地中の領民全員の知り渡る事実となるはずだ。
そうなると――もう、午後からの仕事は諦めた方がいいかしら?
きっと、お祝いの言葉を述べに、全員が全員、セシルの元を訪ねてくるはずだから。
コンコンと、執務室の扉がノックされた。
「えっ? もうですか? シリルが出て行って、まだ数分しか経っていないのに……」
それで、すぐに執事のオスマンドが姿を出した。
まだ長椅子に座っているセシルの姿を見つけて、嬉しそうに瞳を細めながら、ゆっくりとお辞儀をしていく。
「マスター、正式なコトレア領領主任命を拝命なされたと、お聞きいたしました。おめでとうございます」
「ありがとう。私も、ホッと一安心です」
「そうでございますね。この領地にとっても、この上ない朗報でございます。直ちに、祝いの準備にとりかかりますので、なにかご要望はございませんでしょうか?」
「いえいえ、なにもありませんわ。オスマンドに任せていたら、十分ですもの」
しっかりものの、とても有能な執事である。
セシルが指示をしなくても、何事にも万全で卒がないのはオスマンドである。
「それでは、失礼いたします」
「ええ、よろしくね」
「かしこまりました」
「ああ――それから、扉は……、そうねえ、開けておいた方が良いのではないかしら? きっと、他の皆も、お祝いの言葉を述べに来てくれることでしょうから」
「かしこまりました。そのように」
そして、嬉しそうな顔を見せている執事のオスマンドは、丁寧にお辞儀を済ませ、執務室を後にしていた。
セシルの指示通り、執務室に続く扉(両方の扉) を開けたままに残して。
それからすぐに、邸の使用人達が、次々とセシルの元に顔を出した。
「おめでとうございますっ、マスター!」
「おめでとうございます。とても嬉しい朗報でございます」
満面の笑みを浮かべてやってくる使用人全員からのお祝いの言葉を受け取り、セシルも、その度に、「ありがとう。私も嬉しく思います」 と、返答する。
次の三十分から一時間は、ずっとその調子だった。
ものその頃には――領内全土にセシルの正式な「領主」 任命の報が届き渡り、道端から、お店から、そこら中で大歓声が上がっていたのは言うまでもない。
ついこの間だって、領地内での大騒ぎで、「“婚約解消”大喜び!」 の祝いがされていたはずなのに……。
そして、今夜も領地内では無礼講!
婚約解消に続き、第二段の盛大な“お祝い”である。
もちろん、邸内でも――侍女たちに、きっかり、しっかり、見事なまでに着飾らされたセシルを迎え、領地を治める重鎮達が、急遽、呼ばれた晩餐会が開かれていた。
結局、シリルからの朗報を受け取ってからのセシルは――仕事を諦めて、皆の祝辞を受けている一日だったとさ。
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