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В.в つかの間の休日 - 02

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「王国では、こういった色合いが流行(はや)っているのかしら?」


 アプリコットに、淡いエメラルド、淡いミントに、淡いピンク。

 全部、パステルカラーに近い、軽やかで、淡い色合いばかりだ。


 今は、春の終わりにかけて、初夏にさしかかろうとしている時期だから、まあ、そういった明るいパステルカラーの布地が多くても、不思議ではない。


 でも、セシルは、自分の容姿が白っぽくみられがちなので、パステル系だけのドレスは着ない。


 そんな淡いカラーを身に着けていたら、ただ、強弱もなく、銀髪の髪の毛と一緒に同化したような、薄い印象だけを見せてしまうものだ。


「刺繍は凝っていて、素敵なんですけれどねぇ……」


 どこの織物だろうか?


 随分、丁寧な刺繍がほどこされ、その模様も、手触りも、完璧に仕上がっている。

 これが、淡いピンクでなければ、即座に、セシルだってこの布地を買っていたのに。


 グルリと、店内を見渡してみても、今回は、セシルが望むような色合いの布地はないようである。


 それを簡単に見切ったセシルは、もう、このお店には用がなかった。


「あの……、お客様」


 オーナーの女性が、まだ、にこやかな笑みを浮かべながら、セシルに声をかけてきた。


「なんでしょう?」

「なにか、お探しのものがございましたか?」


「いえ、今日は――そうですね、探していたものが見当たらなかったようですから。また、次の機会にでも」


 だが、セシルには、次の機会などないも同然だ。


 まだ、にこやかな表情を崩さず(張り付いたまま)、オーナーが上品に首を少しだけ倒してみせた。


「どのようなものをお探しでいらっしゃったのか、お聞きしても、構いませんでしょうかしら?」


 まあ、これくらいの接客は、客商売には必要な行動だ。


 セシルだって、そうやって領地の商売人に教え込んでいるくらいだから、このオーナーの努力も、無視するのは失礼だろう。


「私の容姿には、淡い色使いだと、ぼやけて、大した強弱も見られなくなってしまうものでして。それで、もっと、色合いのはっきりしているものを選ぶ傾向がありましてね」


「まあ、そうでございましたか。実は――ここに置いてあるもの以外は、お店の奥にもしまってあるのですが、その中には、色合いの違うものもございます。そちらの方も、ご覧になられますか?」


「あら、そうなんですの? では、見させていただけます?」

「もちろんでございます。申し訳ございませんが、どうぞ、こちらの方へいらしてくださいませ」


 丁寧にセシル達を誘導するオーナーに従って、セシル達三人は、ゾロゾロと、ドアを抜けた奥の部屋にも向かってみた。


 オーナーの話す通り、その場所にも布地がたくさん置かれていて、でも、お店のように売りに出している品物ではないのか、壁側などには、蓋の閉まった大きな木箱も、何台も積み重なって置かれていた。


「こちらは、今年の秋に、お店に並べようかと考えていた布なのですが――」


 それで、棚に並べられた大きな筒を、オーナーが引っ張り出してきた。


「あぁ、これは素敵なバイオレットですのね。布地も――少し厚手で」

「はい。秋から冬にかけて、ジャケットのような上着にも、合わせることができると思いますの」


「ええ、それもいいですわね。これ、このまま買いたいのですけれど、今すぐ持ち帰るわけにも――いかないと思うんですのよね……。それに、まとめ買いした場合、今日は、絶対に一人で運べませんしね」


「――まとめ買い?」


 セシルの漏らした一言に、オーナーの瞳が、きらりん、と輝いたのは、セシルも見逃していた。


 セシルは、たくさん買い込んだ荷物をどうやって運ぶか、置く場所はどこか、どうやって自領に持ち帰るか、そんなことを考えているのに忙しく、オーナーの態度には気を配っていなかったのだ。


「まとめ買い――など、よく、なされますの?」

「ええ、そうですね。わざわざ、何度も王都に戻って来るのは面倒ですから、王都にやって来たら、つい、簡単に、まとめ買いをしてしまうんです」


 それは、自国のノーウッド王国での話だ。


 アトレシア大王国でのショッピングは、今日が初めてなので、アトレシア大王国での場面には当てはまらない。


「別に、今年の新作ではなくても、シーズン遅れの布地とかありません?」

「ええ、ございますけれど……。少々、トレンドから外れてしまうかもしれませんわ」


「別に構いません。私は、ほとんど、シーズンやトレンドなど追っていませんから」

「まあ、そうでしたか……」


 でも、貴族の令嬢なら、流行(はやり)物を身につけなければ、時代遅れと思われ、ドレス一つも着飾れないような、野暮ったい令嬢だと思われてしまう。


 そんな悪口や悪評など、このお客は気にしないというのだろうか。


 なんて、オーナーも考えてしまう。


「いい布というものは、流行など関係なく、たくさんの使い道があるものですわ」

「ええ、そうでございますね……」


 売れ残りや、余った布地は、今でもちゃんと倉庫にしまってある。

 流行遅れになってしまっても、布地を取り寄せた経費だってあるだけに、オーナーだって、簡単に投げ捨てたりはしないのだ。


 それに、オーナーだって、そうやって買い付けた布地は、多少なりとも、思い入れがあるのだ。


「ただ……、今日は、さすがに、持ち運びに無理がありまして……」

「よろしければ、こちらから、お買い上げされた商品を、お届けすることもできますが?」


「できるんですか?」

「はい」


 普段は、貴族のお屋敷に届ける程度の配達はするが、個人的な配達サービスはしていない。


 だが、まとめ買い――してくれるかもしれない、ある意味、上客を逃しては、商売繁盛にはならないことも、オーナーは十分に承知している。


「それは……とても助かりますけれど……」


 でも、セシル達は、今、王国騎士団の宿舎の一部を借りている状態だ。


 そんな場所に、セシルの私物を持ち込んでもいいのだろうか?


 ちらりと、セシルの視線がギルバートに向けられた。


「えーと……、我々の場所では、問題はありませんが」

「そうですか?」


「ええ、そうですね。荷物を王宮の方まで運んでくれるのでしたら、お帰りになられるまで、荷の管理もできると思います。あの場所は、用の無い人間は入れませんので、むしろ、私物を置いていても安全かと」


「もし……ご迷惑でなければ、すごく助かりますの……」

「もちろん、迷惑ではありませんよ」



読んでいただきありがとうございました。

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