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Б.д では、さよならの前に - 03

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「副団長様も、改めて、このように私の世話をして下さいまして、ありがとうございます」


 そして、セシルがその素直な感謝を瞳に映し、微かに瞳を細めながら、ふふと、笑顔を投げた。

 素直で、あまりに綺麗な微笑みだった。



(あっ……)



 そのきれいな微笑みだけで、ギルバートの心がきつく締め付けられる。


 舞い上がってしまいそうなほどに、嬉しさが沸き上がって来る。


 そうやって――ギルバートの前でも、セシルが微笑んでくれて、信じられないほどに、心が満たされていく。


「喜んでいただけたようで、私も……とても、嬉しく、思います……」


 やはり、ギルバートには、もう、セシルだけしか瞳に映らない。


 こんなに激しく心を揺らされる女性は、セシル一人しかいない。


 湧き上がるほどの嬉しさと、満たされていく満足感、そして、なによりも、もっと恋焦がれていってしまうこの強い愛情が、セシルを前にするだけで、今にも爆発して行ってしまいそうだった。


 そんな激しい感情に揺られ、それでも、あまりの嬉しさに言葉でさえ詰まっているギルバートの隣で、クリストフも、少々、感動して涙を流しそうだった。



(良かったですねえ……。必死の努力が報われて……)



 夜会が決まった去年からずっと、ギルバートはセシルの為に、必死で“おもてなし計画”を立て、考え悩み、セシルが王国にやって来るその日だけを待ちわびていた。


 感情的になどなったことさえなかったあのギルバートが、セシルに会えるその日が待ち遠しくて、待ち切れなくて、そんな感情を持て余し、自室ではウロウロと悩んだり、セシルを思っては落ち込んだりと、ずっとそんな態度ばかりだった。


 目の前に座っているセシルは、滞在中、ギルバートがとても親切に世話をしてくれたから、素直に感謝の気持ちを込めて、その嬉しさを表してくれたのだろう。


 たぶん、それ以上の意味もなかっただろうし、意図もなかったはずだ。


 セシルはそういった裏が全く見られない、あまりに稀な令嬢だったから。


 王国にいる間のセシルは、今まで見て来たセシルのように、キリっと、完全無欠のような隙の無いピリピリとした感じは見られなかった。


 クリストフの勘違いでなければ、コトレアで会った時のように、ギルバートと話しているセシルは、どこまでも穏やかで落ち着いていて、それで、あのどこまでも静穏な藍の瞳には、優しい色だけが浮かんでいたように思える。



(ギルバート様、本当に、苦労が報われましたねえ……)



 幼いころからずっと一緒で、側近で腹心のクリストフだって、隣で感動に浸っているギルバートを見て、およよよ……と、感慨深げに喜んでいたなど、一体、誰が知り得ようか。


 王国最後の夜。


 この一週間と同じように、その夜も全く問題はなく時間が過ぎて行き、ギルバートの好意で、たくさんの夕食を食べさせてもらった一同は、感謝感激でギルバートにお礼を言っていた。


「ギルバート様、今回は、本当に、ギルバート様の努力が報われましたねえ……」


 セシルを客室に送り届け、廊下を戻って行く際に、クリストフがわざとらしく、およよよよ……と、涙をすくってみせる。


「うるさいぞ……」


 そう文句をこぼすギルバートだったが、言葉に強さもなく、実は――その事実に一番喜んでいる照れ臭さを隠し、微かにだけ、本当に、ほんの微かにだけ、頬が赤らんでいたなど、セシルは全く知る由もなし。





 ここだけの余談なのですが――


 アトレシア大王国を発ち、コトレアに向けての旅路は(あまりに)順調で、文句も言わない、文句も上がらない貴族の令嬢の長旅は、無事に終えていたそうな。


 ギルバートを先導に付き添ってきて二十人ほどの王国騎士団の騎士達を前に、セシルの邸の前でお礼を言ったセシルに、騎士達が一糸乱れぬ礼をして、そして、王国騎士団は去って行った。


 セシルの邸から真っ直ぐに伸びている道を通り過ぎ、通行門を出て行くと、ギルバートは、馬車を引いている騎士と、残りの護衛の騎士達を先に領門側に向かわせ、その場で待機するよう指示していた。


 そして、クリストフと他二人の護衛を従えて、ギルバートはある一軒のお店に足を向けていた。


 セシルの話を聞いてから、ずっと、ずっと、ギルバートもそのことが頭に残って、おまけに、気になってしまって仕方がなかったのだ。


 そして、お店に一歩足を踏み入れただけで、クリストフも、すぐに、ギルバートの意図を悟っていた。


「え? 購入されるのですか?」


 だって、ずっと気になって仕方がなかったのだから、その機会があるのに、見逃すなんてもったいなさ過ぎるだろう?


 その顔が正にそう言っていたが、ギルバートはクリストフを無視して、たくさん並んでいるカバンの棚の前に立っていた。


 じーっと、きれいに並べられているバッグを観察しながら、ギルバートも真剣に考えてみる。


 赤もデザインは洒落ている。

 騎士団の制服が濃い紫なので、黒だって目立たなくていいかもしれない。


 同じ黒でも、ストライプが入ってデザインが違っていたり、結構、男物用に見えるのに、凝った刺繍が施されていたり、さすが、領地で大流行しているだけはある。


 じーっと、真剣に商品を見比べているギルバートの視界の前で、一つのバッグが目に入った。


 濃紺のショルダーバッグだった。


 無意識でそれを手に取って、感触を確かめてみた。大きさも悪くはない。重さもしっかりしているし、頑丈そうだ。


 バッグの口の部分には、派手過ぎず、それでも、洒落た銀の刺繍がされていた。


 この程度の飾りなら、派手過ぎないし、目立ち過ぎないから、普段使用していても問題はないだろう。

 もうそこで、ギルバートはその紺色のショルダーバッグを購入していた。


 その後、“なんでも雑貨屋”にも足を伸ばし、エンピツ付きのメモ帳と、セシルが推薦していたドライフルーツにナッツも購入し、(密かに)ホクホク顔でコトレア領を去っていたギルバートだったとな。


 王国に戻る帰路では、騎乗したギルバートのすぐ隣をクリストフも馬で並んでいる。


 チラッと、今では、ギルバートの腰にぶら下がっているショルダーバッグに、クリストフの視線が向けられていた。



(あれは、無意識ですかね)



 ギルバートはバッグをじーっと観察はしていても、あれは、かなり無意識だった行動ではないかと、クリストフも見ている。


 きっと、クリストフが指摘しない限り、本人だって自分の行動に気付いていないはずだろう。


 あまりに恋焦がれた自分の思い人を浮かべ、正に、それを身に着けているなんて――





読んでいただきありがとうございました。

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