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Б.д では、さよならの前に - 02

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* * *



「今夜は、このように、私の付き人達も一緒に誘っていただきまして、ありがとうございます」


「いいえ、最後の夜ですので、堅苦しい王宮ではなく、多少、気を抜ける場所が良いのではないかと思いまして。それに――宰相が……、一緒に晩餐会などはいかがか、というようなことも――」


 それ以上深く説明はしないし、声を落とし、言葉を濁すギルバートに、セシルも、すぐに、言葉に出されない暗黙の意味を理解していた。


 ギルバートはセシルに気を遣って、どうやら、今夜は、セシルを含めた全員を、連れ出してくれたようなのである。


「まあ、そうでしたの。そのようなお心遣い、感謝いたしますわ」

「いえ、お気になさらないでください」


 最後の夜だと言うのに、兄のレイフに掴まって、一晩中話し合い――尋問じみた――攻撃を受けるなど、セシルは望んでいないだろうし、ギルバートも望んでいない。


 レイフに詰め寄られて、セシルが更に王族や王国から距離を置いてしまったのなら、それこそギルバートにとって最悪のケースである。


 セシル達を外に連れ出す程度は、ギルバートができる最低限の気遣いだろう。


「この店は、騎士団の騎士達もよく通う店なのです。独身の騎士達には、食事の量が多く、飲酒もできますので、手軽な店として知られているのです」

「そうでしたの」


 王国の王子サマなのに、平民も混ざった賑やかな食事処に連れてきてくれたのね、とセシルも考えていたところだ。


「好きなものを頼んでください」

「ありがとうございます」


「それから、たくさん頼んでくださいね」


 ギルバートに遠慮せず好きなだけ食べてくれ、との口に出されない暗黙の好意を受け取って、セシルも口元に笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」


 セシルは、ギルバートと付き人であるクリストフと一緒のテーブルを囲んでいる。


 さすがに、セシルの付き人は、平民で使用人も一緒に混ざっているだけに、少し間を置いた、隣のテーブルに座っている(陣取っている)。


「皆も、好きなものを頼んでいいですよ。今夜は、アトレシア大王国で、最後の夜ですからね」

「はいっ」


 それで、いそいそとメニューを確認していく。


 その光景を見ているセシルの横顔を(密かに)見つめていたギルバートは――最後――の一言で、ドヨーンと、一気に、暗くて重い気持ちに押し潰されたような気分になってしまった。


 最後の夜…………。


 今夜が終わり、明日になれば、また、セシルは隣国の自領に戻ってしまう。


 とてもではないが、簡単に会える距離ではない。


 会える理由もない。


 また、次にセシルに会いに行く理由付けを考えなければ、ギルバートは、セシルと離れ離れになってしまうのだ……。


 その状況を想像してしまって――さすがに、一気に気落ちしてしまうギルバートだ。


 一週間、一緒にいられる時間がたくさんあって、たくさん話す機会があって、いつも、隣にセシルが歩いていることがあまりに日常と化してしまったから、明日、セシルとお別れになるその状況も、瞬間も――今から(ものすごく)考えたくない場面だ……。


 思えば思うほど思いが募る、とはよく言ったものだ。


 その距離の分だけ焦がれてしまう――――


 でも、落ち込んでばかりはいられない。

 今回は、合同訓練の約束を取り付けたのだ。それで、また、セシルに会うことができる。


 それまでの間の辛抱だ。


 胸内で、一人で葛藤しているギルバートは、気持ちを切り替え、自分の料理も頼んでいく。


「副団長様には、今回、ご多忙な中、私の世話をしていただきまして、本当にありがとうございました」

「いいえ、お礼など不要です。私達がコトレアの領地にいた時は、皆さんには大変よくしていただきました。少しでも、そのお礼が返せたら、と思っております」


 なんだか、ギルバートはコトレアで世話になったことを、ものすごい多大な恩を受けたと感じてしまっているようである。


 元々、ギルバート達はセシルに招待されて、コトレアにやって来たのではない。

 晩餐会の招待状を持って、遣いとして、やって来ただけの立場だった。


 それなのに、視察の許可ももらい、豊穣祭に参加するまで世話になり、豊穣祭も招待してもらった。


 その状況を照らし合わせると、真面目なギルバートは、セシルに多大な恩を感じてしまっているのかもしれなかった。


 また、夜会に招待されてどうなることかと思いきや、今回は、あまり問題もなく、セシルは生き延びられたようである。


 さっさとトンズラしたかったが、一週間などアッと言う間に過ぎてしまった。


 ギルバートも、毎日、毎回、親切にセシルの面倒を看てくれたおかげで、王宮で滞在している間でも、セシルは――楽しい時間を持つことができた。


 観光もできた。


 王妃陛下とのお茶会――は余計だった気もするが、それも無事に終え、あとはコトレアに帰るのみ。


 この一週間、長かったのか、短かったのか、確かに、ゆっくりと考えてみると、セシルにとってもアッと言う間だった。


 去年は、もう二度と会うことないだろうと見切りをつけていたのに、随分、予期せぬ事の展開になったものだ。


「どうかしましたか?」


 ぼんやりと考え込んでいるセシルを見て、ギルバートが微かに心配そうな顔を向け、セシルを見やっている。


「いえ……、なんでもありませんの。ただ、一週間も、アッと言う間だったな、と思いまして」

「そうですね……」


 そして、明日は、セシルが王宮を発つ日がやってくる。

 その考えだけで、ギルバートはすぐに落ち込んでいきそうだ。


「アトレシア大王国は、陸続きで隣接した国ですけれど、それでも、私にとっては外国です。このように、外国にやって来て、一週間近くものんびりできる日がやって来るなど、考えたこともありませんでした」


 その話を聞いて、ギルバートも、ふと、あることが頭に浮かんでいた。


「多忙であられたのは、存じていますし、きっと今までもそうであられたのだろうと、私も想像はできます。ですから、王国にいらしてくださって、ありがとうございます」


「いいえ。お礼を申し上げるのは私の方ですわ。たかが、他国の一令嬢なのに、皆様にはとても良くしていただきましたもの」


 それは、今まで、アトレシア大王国側がセシルに(だけ)迷惑をかけ過ぎてしまって、お礼の一つさえ返せていないからだ。


「確かに……、私は今までずっと忙しかった気がします。気を抜けない毎日ばかりでしたもの。ですから、このように、のんびり過ごすことができた時間は、本当に久しぶりです。皆様のご好意に感謝しておりますわ」


「少しでも喜んでいただけたのなら、私も嬉しく思います……」


 ずっと、セシルに会えることを待ち望んでいた。


 ずっと、ずっと、セシルに会いたくて、焦がれていた。


 あの瞬間からずっと、ギルバートは――セシルだけを思い続けてきたのだから。


 だから、セシルに嫌われたくなくて、王国のことも嫌って欲しくなくて、少しでも、ほんの少しでも、王国に滞在している間に、セシルが楽しんでくれたのなら、笑顔を見せてくれたのなら、ギルバートには、もう、それ以上になにも嬉しいことなどないのだ。



読んでいただきありがとうございました。

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