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この章は、手も繋げない純愛ですが、一緒にいられるほっこりとした気持ちが嬉しいギルバートの可愛い恋愛話になればいいな、と。

「お早うございます、ヘルバート伯爵令嬢」


 約束の時間になり、セシルが泊っている客室にやって来たギルバートは、爽やかな笑みを口元に浮かべ、まずは騎士の一礼をする。


「お早うございます、副団長様」


 そして、挨拶を交わすセシルは――昨日のギルバートの好意に授かり、しっかり、普段のズボン着である。


 護衛に当たる王国騎士団の騎士達は、“男装”(ただのズボン姿なのに)しているセシルの格好を見て、



「一体、なんなんだ、この令嬢は……?!」



などと、あまりの驚きで、四六時中、しかめっ面をしていないといいのだが。


「私の護衛を一緒に付き添わせては、問題になってしまいますでしょうか?」

「いいえ、問題ではありませんよ」


 初めから、セシルには付き人と護衛を一緒に随行してきて良い、と言う話をしている。


 今は、ほぼ四六時中、騎士団から、ギルバートがセシルの護衛役として一緒にいるからと言っても、問題ばかり押し付けてきた王国に滞在しているのに、セシル自身が信用している護衛を外しては、セシル達も心落ち着かないものだろう。


 セシルの周囲に、セシルが信用する護衛がいないこと。


 セシルを護る護衛が、敵国――とまではいかなくても、まだ信用していない王国の中で、セシルの側にいられないこと。


「ありがとうございます」


 それで、傍で控えているイシュトールに、セシルが視線を向けた。


 イシュトールが、心得ている、というように頷いた。


 どうやら、いつも一緒に付き添っている二人の護衛ではなく、一人だけで、残りはこの王宮に残すようだった。


 セシルがいない場で、何か(あることはないのだが)あったら、セシルの付き人を守れるのは、もう一人の護衛だけだ。


 セシル達がそんな懸念をしていることも、すぐに読んでいるギルバートだったが、その点については、何もいわない。


 アトレシア大王国の、それも、王宮内で信用しろ、などと期待できるはずもない。

 さすがに――あまりにひどい過去の事件ばかりが目について、普通なら、信用どころではないはずだから。


 ギルバートに連れられ、長い、長い、廊下を進んで行き、馬車が用意されている場所に向かっていった。


 ギルバートがやって来ると、準備ができていた騎士達が一斉に一礼をする。

 だが、その全員が全員、私服だった。


 ちらり、と隣のギルバートに目を向けてみると、ギルバートとクリストフも私服である。そして、生成りに近い色のマントを身に着けている。


 マントの下で帯刀している様子は隠しきれていないが、それでも、どこから見ても、“お金持ちの貴族のお坊ちゃま”のようなナリにしか見えない二人だ。


 どうやら、セシルの為に、今日は、わざわざ騎士達全員に私服に着替えさせ、王国騎士団の護衛として目立たないように、細心の注意を払ってくれたのだろう。


 そこまで気遣われなくても、王国騎士団の護衛付きの観光でも大丈夫だと、セシルは思うのだが。

 目立ち過ぎてセシルを危険にしたくないとの、ギルバートの配慮だろうか。


「今回は、私達も相乗りさせていただきますので」

「わかりました」


 ドアを開けてくれた騎士が場所を空け、イシュトールにエスコートされながら、セシルは馬車の中に乗り込んだ。


 以前に使用した馬車のように目立たない馬車のようではあるが、それでも、馬車の中はゆったりとした空間がある。


 椅子もふかふかのクッションで、乗り心地は断然にいい。


 セシルの隣にイシュトールが座り、馬車の中に乗り込んで来たギルバートがセシルの真向かいに、その隣にクリストフが座った。


 前回のように、全員で騎馬の移動ではないようである。


「お疲れではありませんか?」

「いいえ」


 超豪華なふかふかのベッドで、毎晩、ゆったりと休ませてもらっているセシルだ。


 なにか、ジッと、目の前にいるギルバートが馬車の中でセシルを観察しているようなので、その眼差しを受け取って、セシルも不思議そうだ。


「どうかなさいました?」

「いえ……。あの、これは失礼であるかもしれませんが、なにか――私の気のせいではないのかな、と思いまして……」


 不思議な形容の話し方だ。


「それは、なんでしょう?」


「いえ……。ただ、ご令嬢が身に着けていらっしゃるマントが、なにか……以前、身に着けていらっしゃったマントに似ているような気がしまして……」


 だが、マントなど、飾り気がないのなら、上から被る程度で、ほとんど同じような代物だろう。

 わざわざ、注意して見比べるようなものでもなんでもない。


 それでも、初めてセシルに出会った時は、全身がスッポリと隠れてしまうほどの長さのマントで、それも、()()()()マントで、()()()()フードがついて、()()()()覆面をしていた。


 全身真っ黒の()だった(不吉が蘇って来る……)。


 今は、セシルが身に着けているマントは白地に近く、前回の真っ黒なマントではない。


 ただ、今日もまた、スッポリと全身を覆うようなマントがセシルの身体を隠し、動いている時に履いているブーツやパンツが、少し垣間見える程度だ。


 ギルバート達が身に着けているマントは、膝に届くか届かないほどの長さであり、帯刀していても、それを少し目立たせない程度の役割にしかなっていないものだ。


 少々、困惑しているようなギルバートに指摘されて、セシルも、その答えを教えてあげようか考えている。


 セシルの身につけているマントは、もちろんのこと、セシルが考案したこの世界初のリバーシブルのマントだ。


 そして、襟からはフードをつけることもできるし、フード無しの時は、大抵、お揃いのケープハットを被るような仕組みになっている。


 色は、生成り、黒、迷彩色、そして、赤の四色だ。


 赤色のマントはかなり目立ってしまうが、わざわざ人目に付けさせ、マントだけの印象を強烈に残したい時に使用する為に、赤色を混ぜてみたのだ。


 セシルの領地の騎士団の制服は黒地。だから、マントも大抵は黒地の時が多い。

 ギルバートが覚えているマントの色は、もちろん黒地だろう。


「領地では、この手のマントを使用していまして」

「そうでしたか」


 それで、全員身に着けているマントが同じなのだろう。


 どうしようか?

 ちょっと、ここで自慢してみようかしら?


 リバーシブルマントは超お役立ち商品だ。でも、それほど、極秘にしなければならないほどの門外不出品ではない。


「副団長様は、領地にいらっしゃって視察もなされましたから、私の領地が少々変わっている場所だというのも、お気づきになられましたわよね」

「ええ……」


 ()()、ではなく、()()()()()変わり過ぎていて、言葉を失ってしまったほどである。


 ()()、なんていう次元ではないのだ。



読んでいただきありがとうございました。

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