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Б.а 気晴らしに - 06

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* * *



 午後からは、ギルバートは数時間仕事に戻り、セシルもその間は、フィロと一緒に自分の仕事を片づける。


 夕方、少し日が下がり、セシルはギルバートに誘われて、ある場所にやってきていた。



「丁度、良い時間だと思いますので、いかがですか?」



 よく分からない招待を受けたセシルは、困惑しながらも、ギルバートにエスコートされ、王城の一角――どうやら、見張り台の一つとして使用されている、塔の一番上にやってきていた。


「このように階段が多く、申し訳ありませんでした……」


 さすがに、貴族のご令嬢を連れ、階段を上らせてしまったギルバートは、ものすごく申し訳なさそうに謝罪する。


「お気になさらないでください。いい運動になりましたわ」


 少し長い階段ではあったが、一応、セシルも屋上まで登り切っていた。


 見張り台の塔なのか砦なのか、扉を開けて外に出ていくと、少し(ひら)けた場所が目に入って来た。


「どうぞ」


 屋上は少し風が強く、セシルは自分の髪の毛を押さえながら、出された手を取る。


 進んで行くと、胸程はある高さの塀の向こうに――王都の全景が視界に飛び込んできた。


「まあっ……! さすが大王国ですのね。大きな王都ですわ……」

「ここからは、一応、王都が、かなり見渡せるようになっているんです」

「……あぁ、素晴らしい景色ですわ……」


 人口も多く、大国の王都と言うだけはあって、視界に飛び込んでくる大きな街並み、高い建物、たくさんの住家。


 路が連なって、伸びていて、王都の生活がそのまま、セシルの目の前に映し出されているかのようだった。


 夕方になり、日が沈みだした秋の日差しが斜めに差し込み、今日は赤色と、ピンク色が混じって、遥遠くの大地を照らし、家屋を照らしている。


 太陽の中心だけが燃え盛るような赤を残し、それなのに、まだ空は澄み切った蒼さが対照的で、白い雲がのんびりとその色彩の間を流れていた。


「あぁ……、すばらしい景色ですのね……!」

「以前、この時間帯に、この場所に来た時に、夕日と大地と空が混ざり合って、とても珍しい光景が見れたのです」

「ありがとうございます。このような場所に連れていただき、とても光栄です」


 素直に感動しているセシルを見て、ギルバートの瞳が嬉しそうに細められる。


 王国には近寄りたくなかったセシルだっただろうが、それでも、ギルバートは、今のセシルに、嫌な思い出ばかり残さなかったことに、成功したようだった。


 少し風が強く、セシルの長い髪が、セシルの押さえている手の間から舞い上がっていた。


「これをどうぞ」


 手早く脱いだ制服のジャケットを、ギルバートはセシルの肩にかけた。


 それで、少しだけ、セシルが後ろを振り返る。


「ありがとうございます」


 ジャケットを前で寄せると、髪の毛がジャケットの重みで収まっていた。そして、まだ体温が残るジャケットの温かさが、ほんのりとセシルの体に伝わってくる。


 ギルバートがセシルのすぐ後ろに立っていてくれる。だから、今のセシルには、先程までの強い風の抵抗がなくなっていた。


 本当に、どこまでも、紳士なギルバートである。


「ここは、見張りをなさる場所ですか?」

「昔はそうだったようです。今は、ただ――そうですね、気晴らし用? でしょうか」


「そうですか。王都全体が見渡せて、こんなに見晴らしのよい場所などないですわ」

「そうですね」


「これだけの大きな王都。そこに住んでいる国民。それぞれの生活があり、時間があり、そして、その全てを背負っていく、ここが王国の要。とても重く、責任のある場所ですわね」

「ええ。私も、そのように考えさせられることがあります」


 この視界に入る全てを守っていく。それ以上を、守っていく。


「副団長様には、私の世話をしていただきまして、本当に感謝申し上げます」


「そのように、お気になさらないでください。私が領地を訪ねた時は、ご令嬢から、この上ないほどの好意を授かりました。この程度でお返しができるとは、到底、思えません」


「そのようなことはございませんわ」


「いいえ。ご令嬢の領地では、本当に、皆さんによくしていただきました。突然やって来た我々に、視察を許してくださり、視察先ではどこでも、誰もが親切でした」


「学べる機会があるということは、本当に幸せなことですもの」

「ええ、本当に。ですから、明日、よろしければ、王都の方に出向いてみるなど、いかがですか?」


「えっ? よろしいのですか?」

「ええ、構いません」

「ですが……、護衛の方も、大変なのでは?」


 さすがに、新国王践祚、即位で、王宮も王都だって浮ついているはずだ。


 そんな場で、第三王子殿下のギルバートが外をうろつくなど、危険な状態を作ってしまうだけだから。


「いえ、問題はありません。邪魔にならない程度の護衛は、一応、つきますから」

「皆様の……お仕事の、邪魔になりますわよね」

「そうやって気遣ってくださるのは、ご令嬢だけですね。ありがとうございます」


 いや、そこでお礼を言われるようなことは、何一つしていないセシルだ。

 だが、ギルバートは嬉しそうに笑んでいる。


「学ぶ機会は、早々、あるものではございません」

「ええ、そうですわね」


「では?」

「ご迷惑をおかけしてしまいますが、どうか、よろしくお願いいたします」


 セシルは律儀に、おまけに丁寧に、頭を下げてお礼を言う。

 そんなことする必要など、全くないのに。


「では、九時過ぎに迎えに行きますので。ここだけのお話ですが――」


 それでギルバートが、こっそりと、内緒話をするかのように、少しだけセシルの耳元に口を寄せた。


「どうぞ、動きやすい格好で」

「よろしいの、ですか?」


「もちろんです」

「騎士の方、ショックで心臓が破裂してしまったり?」

「はは。それは面白いですね」


 そんな状況になってしまったら大パニックだろうに、ギルバートは肩を揺らして笑っている。


「お気になさらずに。ご令嬢の動き易い格好で、よろしいのですよ」

「それは――お心遣いに感謝いたします」


「いえいえ。その程度は、気遣いでも何でもありませんので」



読んでいただきありがとうございました。

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