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Б.а 気晴らしに - 05

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「そうですわね。よろしゅうございました。母君様に、お見せになられますか?」

「はいっ。ははうえに、さしあげるんですっ」


 ギルバートが少しだけ後ろを振り返り、サッと、手を振った。


 すぐに騎士の一人が姿を現し、一礼をする。


「オスミン、ヘルバート伯爵令嬢にお礼を言って、気を付けて帰りなさい」

「はいっ。あの……」


「はい、なんでございましょう?」

「あの……、はなかんむり、ありがとう……。ぼくは、とてもうれしいですっ」


「それはよろしゅうございました」

「それでは、セシルじょう」

「はい。お会いできて光栄でした、オスミン殿下」


 ギルバートとセシルに見送られ、騎士の付き添いで、オスミンが嬉しそうに走り去っていく。


 まだ幼い王子殿下には、王国も、治世も、世間も、世界も知らなくて、素直な子供らしい世界が広がっている。


 だが、すぐに、そのきれいな世界も濁り、暗く染まっていくのが止められなくても、それが王族の責務だったとしても、あんな幼い子供には、他の選択は許されていないのだろう。


「オスミンと遊んでいただいて、ありがとうございました」

「私も楽しかったですわ。花冠(はなかんむり)を作るなど、久しぶりでしたもの」

「オスミンにとっては、初めての経験でしたね」


 それで、ギルバートの眼差しが、オスミンが去っていった方に向けられた。喜んでいたオスミンの様子が嬉しかったような、そして、その幸せな時が――あまりに限られている事実が寂しかったのか、その瞳は遠くを見つめ、そんな複雑な色を映していた。


花冠(はなかんむり)を作ったことはございまして?」

「ありません」

「では、挑戦なさったらいかがです?」


 くるっと、ギルバートがセシルを振り返った。


「――なるほど。では、私が上手く花冠(はなかんむり)を作れましたら、受け取ってくださいますか?」

「まあっ! 王子殿下から花冠(はなかんむり)を頂くなど、最上級の名誉ではございませんこと?」

「では、失敗しないよう、背一杯の努力をいたします」


 わざと大真面目に言い切ってみせるギルバートに、ふふと、セシルも笑んだ。


 ギルバートが屈んで、先程のオスミンと同じように、芝生に並んで生えている小さな花を摘みだした。


「どうぞ」

「ご令嬢のハンカチを汚してしまいましたね」

「洗えば済むことですわ」


 ギルバートはセシルの好意に甘え、摘んだ花をハンカチの上に落とす。

 小さな花々だから、花冠(はなかんむり)となるとかなりの量がいる。


「これは、庭師に怒られてしまいますね」

「後で、きちんと謝っておいた方がよろしいですわよね」

「うーむ、まあ、内緒、ということで?」


 内緒にしても、きれいに揃っている芝生の横の小さな花々に、少々、目立つ穴ができたら、誰でも気づいてしまうことだろう。


 それから、丁寧に花を摘み終えたギルバートはセシルと共に、ガーデンに置かれていたベンチに腰を下ろし、ギルバートが自分の太腿の上で花を一つ一つ繋げ行く。


 その作業も一つ一つ真剣で、王子サマなのに、手が汚れることを嫌がらず、本当に真面目に作業を続けている。


 こういうところは、ギルバートは根が真面目な男性だと、セシルも思う。


 礼儀正しくあるのは騎士だからで、王子だからそういった躾もされていることだからで、それでも、律儀で真面目だな、と何度か会っただけでも、セシルにはそんな印象が浮かんでいた。


 さすがにオスミンほど時間もかからず、ギルバートの方は、かなり大きな輪でもかなり早く作業を終えていた。


「最後は、茎の方を巻き付けるんですよね」

「ええ、そうです。お手伝いいたしましょうか?」

「いえ、たぶん――大丈夫でしょう」


 丁寧に、最後の花の部分を茎で留めることに成功したギルバートは、花輪を持ち上げてみた。


「ああ、少し大きかったかもしれませんね」


 自分で納得しているギルバートは、真ん中の花を引っ張って離し、それで調節しながらまたくくりつけていく。

 それで、長さの余った部分が、後ろに少し垂れている感じだ。


「即席ですが――まあ、後ろのは、飾りだと思ってください。よろしいですか?」

「最高の名誉を頂いた気分ですわ」


 はは、とギルバートが笑いながら、少し屈んでくれたセシルの頭の上に、そっと花冠(はなかんむり)を乗せてみた。


 貴族のご令嬢なのに、芝生からとった花で作った花冠(はなかんむり)を被らされても、セシルは嫌な顔一つしない。


 セシルには――ギルバートもオスミンも、花冠(はなかんむり)を教えてくれるような者が周囲にいなかったことも、いたとしても、花を、直接、触らせてくれなかったであろう状況も、手を汚す作業など、はしたない行為であると叱られる環境も、その全てを簡単に理解していたはずである。



「手が汚れてしまいますから、後で、きちんと洗ってくださいね?」



 そんな風に、問題が起きてからでも、それは問題ではないんだよと、ああやってオスミンに教えてくれたのは、このセシルが初めてだったはずだ。


 初めから全部を禁止ばかりして、許さないでいては、何もできないままだ。

 それなら、起きてしまった事から、学んでできることを探した方が、余程、効率的で生産的だ。


「ああ、花畑から舞い降りた、妖精のお姫様みたいですね。とてもきれいだ」


 ギルバートがセシルを見つめながら、嬉しそうに瞳を細めていく。

 王国の王子サマなのに、“妖精”を信じているなど、可愛らしいギルバートだ。


「花の匂いが、髪の毛についてしまいますね」

「洗えば済むことですわ」


「そうですか。ありがとうございます」

「お礼は私が申し上げるべきですわ。頭がズシリと重くなりまして、首を動かしてはいけない気分でございます」


「はは。落ちても構いませんよ」

花冠(はなかんむり)をありがとうございます」


「いえ。それは私の言葉です。生まれて初めて、花冠(はなかんむり)を作りました。子供臭いと笑われなく、安堵しております」


「童心に返った、ということにしておきましょう?」

「ええ、そうですね」


 だから、ギルバートはセシルに――もうゾッコンなのだ。真っ逆さまに恋に落ちて、セシル以外、もう、誰も見えない。


 誰も愛せない。


「よくお似合いです」


 それで、あまりに素直なままに、ギルバートの笑顔が顔に浮かんでいた。


「……………………」


 さすがに……、これだけの美貌を持つ王子サマから、キラキラと、目に眩しく輝かしいほどの満面の笑みを向けられたら、普通の婦女子など、一発で卒倒ものではないだろうか。


 この破壊力……。


 きっと、自分では全く自覚なしなのは、疑いようもない。


 笑顔の安売りはよくないのでは? ――とは、さすがに、セシルも、それは口に出せない。


 そんなこんなで、二人は、随分、穏やかな、のんびりとした午前中を過ごし、密かに大喜びなギルバートの隣で、親切にも、セシルは部屋に戻るまで、花冠(はなかんむり)をつけたままでいてくれたのだ。




読んでいただきありがとうございました。

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