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Б.а 気晴らしに - 04

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* * *



 ローズガーデンの見学を終えて、三人はまた広大な敷地内のガーデンをゆっくりと散歩していた。


 何個めかの噴水を通り過ぎると、可愛らしいベンチがあり、ベンチの上には綺麗な細工のアーチが囲んでいた。


 その周囲には、芝生の端を飾るように、小さな花々が揺れている。


「ここも可愛らしい場所ですのね」


 なんだか、さっきから通り過ぎて行くガーデン内の造りは、可愛らしい、という印象がすぐに上がって来るものばかりだった。


 乙女チックにも当てはまるだろうし、ロマンチックとも当てはまるような、女性が好みそうな、癒されそうな雰囲気が溢れていたのだ。


「きっと、以前の王妃陛下の趣味だったのかもしれません」

「国王陛下の意向ではなく?」


「アトレシア大王国は剣が象徴されている国ですから、王子でも、貴族の子息でも、まず初めに剣技が教えられます。きっと、それがあまりに(おもむき)に欠けるものだったので、ガーデンは王妃陛下の意見を取り入れたのでしょう」


 周り中が剣を振り回す男性ばかりだから色気もなく、女性らしさを生かして、ガーデンだけはその特徴が一番に反映されていたのだろう。


「芝生の周りの小さな花が揺れていて、蝶々が舞っている様子も、かわいらしいですわ」

「私は、一人きりで座っていると、きっと居心地が悪いと思いますが」

「ふふふ、そうかもしれませんわね」


 昨夜と言い、今朝の朝食会と言い、ストレスの溜まる行事に参加ばかりさせられて、心身共に疲れ切っていたセシルだったが、ギルバートの好意でやって来たガーデンの散歩は、とてもリラックスできるものだった。


 ただゆっくりと散歩しながら、可愛らしいガーデンの間を通り過ぎ、目が癒されて、心も落ち着いて来る。


「花がたくさんあるので、花冠(はなかんむり)もたくさんできますわね」


 それも、まだ冬の終わりに近い気候なのに、色取り取りの可愛らしい花冠(はなかんむり)を作れそうである。


「はなかんむり、とはなんですか?」


 小さなオスミンが不思議そうな顔をして、とても素直にセシルを見上げている。


「花で作る冠のことです。冠のことは、ご存知ですか?」

「はい。ちちうえも、ははうえも、かんむりをします」


「ええ、そうですね。ただ、花冠(はなかんむり)は花で作るものですから、女性が好むものになるでしょうか。花冠(はなかんむり)を頭の上に乗せると、とても可愛らしいのですよ」


「ははうえも、ですか?」

「ええ、そうですね」


 その光景を想像してみたのか、オスミンも瞳を輝かせている。

 だが、本物の花冠(はなかんむり)を見たことがないので、一体、それがどんなものなのか、オスミンは分からない。


「少しだけ、このガーデンのお花を借りて、花冠(はなかんむり)を作ってみては、いけませんでしょうか?」

「はなかんむりを……? でも……」


 そんなことをしてしまったら、オスミンはすぐに叱られてしまう。


 王子なのにはしたないですよ、と。


「花を摘む時に手が少し汚れてしまうかもしれませんが、後で手をきちんと洗えば問題ありませんよ」

「え……?」


「汚れた部分は、しっかりと洗えば良いのです」

「いい、のですか?」


「私は、そう思います」

「でも……ぼくは、はなかんむりを、つくったことが、ありません……」


「もしよろしければ、私と一緒に作ってみるのは、いかがでしょうか?」

「いいんですかっ?!」


 パっと、期待を込めた瞳を向けてオスミンがセシルを見上げて来る。


「さすがに、無断使用は問題になってしまうでしょうから……」


 ちらっと、セシルの視線が隣のギルバートに向けられる。


「少しだけ、内緒に、など?」


 無理でしょうかしら?


 セシルの瞳が、そう、語っていた。


「では、内緒でやってみようか」

「ほんとうですかっ、おじうえ?」


「ああ、内緒にしよう」

「ないしょ、ですね」


 ふふと、頬を盛り上げて、オスミンが本当に嬉しそうだ。


「では、少しだけお花を摘ませてもらいましょう」


 そよそよと揺れている小さな花々の元に寄って行き、セシルはドレスのスカートを膝の下に入れながら、その場に屈んでみた。


「このハンカチの上に、お花を摘んでみたいのですが、私、一人では無理があるかもしれません……」

「ぼくも、てつだいます」


「よろしいのですか?」

「はい、もちろんです!」


「では、よろしくお願いしたします。――これくらいの長さの花を、こう、茎の部分から取ってみてくださいますか?」


 はいと、お行儀良い返事を返し、オスミンが緊張した様子で、セシルの隣にしゃがみ込む。

 そろそろと手を伸ばし、生まれて初めて、花を手折ってみた。


「あっ、とれた……!」

「お上手ですね。花冠(はなかんむり)を作るには、もう少し必要ですので、お願いできますか?」

「はい、わかりました」


 それから、小さな手で、一生懸命花を摘むオスミンの隣で、セシルの膝上に置いたハンカチの上には、小さな花々が乗って行く。


「これくらいで大丈夫だと思います。オスミン殿下、ありがとうございました」

「これで、はなかんむりが、できますか?」

「はい、できます」


 それで、オスミンの目の前で、セシルが二つの花を取り上げてみせ、それをどう繋げるか、オスミンに分かるように説明していく。


 二つ目も同じようにして、三つ目も。


 少し長さができると、オスミンにも花を繋げていくように勧めてみた。


 セシルが花冠(はなかんむり)の最初の方を手で押さえ、オスミンが必死に花を繋げてみる。

 まだ、小さな手で、不器用に、それでも、一生懸命、真剣に、オスミンは花を繋げて行った。


「丁度いい長さになったと思いますの」

「これで、いいんですか?」


「はい。これから、この最初の部分と、最後の部分を一緒に繋げていきますね」

「どうやって、ですか?」

「見ててくださいね」


 端の茎を花に絡ませるようにと、セシルがオスミンの前で最後の調整をしてみせてあげている。


 オスミンの前で屈んでいるセシルの長い髪の毛が、パサリと、肩から滑り落ちてきた。


 自分の目線がセシルと同じになって、目の前に、サラサラと癖のないセシルの髪の毛がそっと揺れていて、その光景を見ているオスミンが素直に口にした。


「セシルじょうのかみは、とてもきれいですね。ひかりにうつって、キラキラと、とてもきれいです」

「まあ、ありがとうございます」


 少し顔を上げ目線を合わせたセシルが、ふふと、笑みを浮かべる。


「セシルじょうは、とてもきれいなれいじょうなのですね」

「まあ、ありがとうございます」


「ぼくは、セシルじょうのように、キラキラとした、とてもきれいなれいじょうは、みたことがありません」

「ふふ。きっと、たくさんお会いなさりますわ」


 いや、そんなことはないはずだ。


 ギルバートの贔屓目(ひいきめ)があったとしても、ギルバートにとっては、セシル以上に美しいご令嬢など、見たことがない。


「ほら? できましたわよ。最後の部分は、花の茎の部分を長目にしまして、しっかりと巻き付ければよろしいのですよ」

「うわぁ……! これが、はなかんむりですかっ?」


「ええ、そうです。とても可愛らしいでしょう?」

「はいっ! ははうえのかんむりなのですっ」


「きっと、とてもお喜びになられると思いますわ」

「すごいですっ」


 生まれた初めて自作した花冠(はなかんむり)である。


 オスミンの頬が盛り上がり、嬉しさが止められないと、その表情がとても子供らしく素直だった。


「自分で作ったものは、嬉しさもひとしおでございましょう?」

「ひとしお? それはなんですか?」


「もっともっと嬉しくなる、という意味ですわ」

「はいっ。ぼくは、うれしいですっ」



読んでいただきありがとうございました。

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