表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/547

А.а 始まり - 06

ブックマーク・評価★・感想・レビューなどなど応援いただければ励みになります! どうぞよろしくお願いいたします。

 そうしている間に、さっきの店員がテーブルをきれいに片づけ、テーブルの上も拭いてくれて、長めの紅茶ポットとカップを両手に、テーブルに戻って来た。


 カップにハーブティーを注ぎ、ほんのりと甘みの残る香りが鼻に届いていた。


 その長めの紅茶ポットに――随分、可愛らしいカバーのようなものをかけ、店員は去っていく。


「これは、何なのでしょう?」

「ティーポットカバーですわ」


「――そう、ですか」


 ああ、そうだった。


 この地は、貴族達では紅茶を飲むことが日常なのに、毎回、毎回、お湯を沸かしては、ポットに紅茶を淹れなければならない作業をするのだった。


 だが、喫茶店などやホテルでも、ハイティー用には、紅茶のポットがテーブルに置かれる場合、可愛らしいティーポットカバーをかけて、ポットを置いておくことが普通だった。


 セシルにとっては、それが当たり前で、珍しいことではない。

 この地では、新発明、だったのを忘れていた。


「こうやって、ポットカバーをかけておくと、お湯が冷めず、テーブルでお茶を注ぐ時に便利なんですのよ。皆様は、新しく入れ直したお茶でなければ、なりませんでした?」


 つい、いつもの癖で、ティーポットカバーのことを忘れていたセシルは、ここに揃っている()()のお坊ちゃま達のことを、すっかり頭に入れていなかったのだ。


「デザートを食べている間くらいなら、熱いお湯も、それほど、ぬるくならないものなのですけれど」

「いえ――どうか、お気になさらないでください」


 セシルの領地にやってくる度に、いつも新しいことを経験していくギルバート達だ。新しいものを目にする、ギルバート達だ。


 今夜の料理も新しいものであれば、このティーポットカバーも新しいもので、それから、ハーブティーも新しい体験なのである。


「無理そうでしたら、すぐに言ってくださいね。紅茶の方に変えてもらいますから」

「いえ、どうか、お気になさらないでください」


 なにも、ギルバート達に“新挑戦”を叩きつけているつもりはないのだが、どうやら、セシルに遠慮して、ギルバートは“初めての経験”を優先させるようだった。


 そこら辺が、本当に真面目な王子サマである。


「この領地では、ハーブティーを奨励していますの。せっかく、ハーブガーデンが、上手(うま)く実をつけるようになりましたものね。活用しなくては」

「そうだったんですか」


「それから、今夜の梨は、果樹園からの収穫したものです。今年は、梨がたくさん()れましてね」

「果樹園で――リンゴ()りを体験しました」


「あら、梨はしなかったんですの?」

「いえ、リンゴだけです」


「もぎたての果実を食べるのはどうでした? 新鮮だったでしょう?」

「ええ、とても良い経験になりました」


 あれも、ギルバート達にとっては、初めての経験だった。


 丸ごとかぶりつく――などと説明されて、さすがに、最初は、あまりに躊躇(ためら)いがあったギルバートとクリストフだった。


 その二人の前で、案内役の男性に、「こうですよ」 と、リンゴに(かぶ)りつく様子を説明されてしまったので、同じようにせざるを得なかった二人だ……。


「やっと、果樹園もハーブ園も、今日この頃では、安定した収穫ができるようになりましたの。ホント、長かったですわぁ……」


 最後の一言は、セシルの呟きだったのだろうが、当初は人口百人程度の農村で、ほとんど何もなかった領地だ。


 確か、観光情報館で読んだ資料の中で、グリーンハウス同様、果樹園は、ほぼ最初の方から、領地の開発の一環だったはずだ。


「確か――グリーンハウスの建設と同時に、果樹園の建設だった、と?」


「ええ、そうです。まず、自給自足できなければ、話になりませんでしたから。それで、王都から、庭師から、果樹園の知識がある者から、なにから全部、知識をかき集めましてね。たくさん借金を作ったものですわ」


「――大変だったことでしょう」


 そうやって口だけで同情はできるが、当時の状況を想像できるだけで、本当の意味でその時代を知らないギルバートには、セシルがどれだけの努力をつぎ込んで、自給自足ができるようになるまでの――開発と発展を成し遂げたのか、もう、考えにも及ばなかった。


「今は、やっと、自給自足程度の収穫が、できるようになりましたものね」

「果樹園も、多種多様の種類が育てられていましたが」


「ええ、そうですわね。もう、片っ端から、なんでも挑戦しましたの」

「片っ端から? 全部ですか?」


「ええ、そうです。乾季に強い種類。冷気に強い種類。簡単に育つ苗。長持ちして実りがいい苗。雨季でも生き延びる苗。虫よけができる種類。夏でも収穫可能な果樹。考えつくもの全部です。ですから、グリーンハウスの建設と同時に、全部、植えさせました」


「そうですか」


「しっかり実がついてくるまでは、数年かかったのですけれど、今は、樹木が落ち着いてきて、しっかりと根を張ったようですから、毎年の収穫が安定してきましたの」


 飢えないことが最優先。

 そして、生活の維持が次の優先。


 そのどれも、しっかりと生き抜いて、最後まで生き延びる。

 ただ、それだけの指針を目標に、いつでも、どこでも、セシルがしていることだった。


 成し遂げたことだった。


「あら? (なし)のタルトが、とてもおいしそうね」


 運ばれてきたデザートを見て、セシルも嬉しそうだ。


「皆様、タルトは、お食べになったことなど?」

「ありません。アップルパイなどはありますが」


「では、この黄色の部分も、ご存じなくて?」

「はい。では、タルトの説明をお願いいたします」


 すでに新しいことを学ぶ“生徒”状態になって、ギルバートも真面目にセシルに向く。


 ふふ、とセシルが微笑をみせ、

(なし)のタルトは、まず(なし)をカラメルソースでからめますの。カラメルソースは、砂糖と水を溶かしたもので、甘みを増しますし、少し茶色くなっていますでしょう? それがカラメルソースです。そして、カスタードクリームを下に敷き、パイ生地で焼くものです」


「カスタードクリームは聞いたことがありますが、パイに入っているのは、初めて食べます」

「卵、小麦粉、牛乳を混ぜ合わせたものです」


 そうやって簡単に説明しながらも、セシルは手慣れた様子で、サービングナイフを使って、きれいに切り分けられたタルトを皿に盛りつけていく。


 ホールタルトを注文したので、皿の横にちょっとだけクリームが乗っているのとは違い、クリームボールが用意されていて、スプーンですくったクリームも皿の横に飾っていく。


「はい、皆様、どうぞ召し上がってください」

「ありがとうございます」


 それで、全員がデザートフォークを取り上げる。


 その間、セシルは、ナイフで、アップルエンチラーダの長いスライスを切り込むようで、それを別の皿に盛りつけていく。


 最後に、パウンドケーキをスライスして、アップルエンチラーダの隣に乗せてくれた。


「こちらもどうぞ。アップルエンチラーダが、この中で、一番、甘いかもしれませんわ。ハーブティーを飲まれるなら、甘さが緩和されて、丁度いいかもしれませんね」


「ありがとうございます」


 タルトはほんのり甘さがあって、(なし)の食感もあっておいしいものだった。


 アップルエンチラーダは――少々、ギルバートには甘すぎたので、すぐにハーブティーに手を伸ばす。

 はちみつ入りで、ほんのりと苦いのか、ほんのりと甘いのか、不思議な味ではあるが、デザートと一緒だったので、すぐに飲み干すことができる。


「ご令嬢は――お料理にとても詳しいのですね」

「私の趣味です」


「そう、ですか」

「おいしいものを食べられることは、幸せなことでしょう?」


「そう、かもしれませんね」

「ええ、そうですわ。おいしい、と感じられるのは、心にも、生活にも、ある程度、ゆとりがなければできませんもの」


「確かに」

「生活維持の次は、生活向上です」


「それは?」

「次の十年計画の最終目標です」


「すごい、ですね」

「順番に。一つずつです」

「なるほど。すごいですね」





読んでいただきありがとうございました。

一番下に、『小説家になろう勝手にランキング』のランキングタグをいれてみました。クリックしていただけたら、嬉しいです。


Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Funtoki-ATOps-Title-Illustration
ランキングタグ、クリックしていただけたら嬉しいです (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
小説家になろう 勝手にランキング

その他にも、まだまだ楽しめる小説もりだくさん。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ