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Е.г 豊穣祭を終えて - 04

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 セシルが口を挟む前に、ギルバートが、その点だけは、しっかりと強調してみせた。


 あまりに大真面目に言い切られて、あまりに真剣に、セシルに言い聞かせるようなギルバートの態度に、セシルもパタパタと瞬きをしてしまった。


「まあ……。そのようにおっしゃっていただきまして、ありがとうございます」


「あのですね、お世辞ではないんですが。あなたの領地にある施設など、私は生まれて初めて見ました。衛生管理だって、王都だからと言って、端から端まで、その管理が行き届いているわけでもありません。祭りはあっても、豊穣祭のように、領民が一丸となって祝う祭りなどありません。領民全員から、あれほどの支持を受けていらっしゃる領主など、見たこともありません。ですから、あなたの領地は、はっきり言いまして、ものすごい特別だと思っております」


 そして、今度は、ものすごい勢いで、締めくくられてしまった。


 その迫力に、勢いに、セシルも、少々、驚いてしまう。


 ギルバートは隣国なのに、なぜか、ものすごく、セシルの領地のことを、賞賛(絶賛)してくれているのだ。


「あ、りがとう、ございます……。そのようにおっしゃっていただいて、私も、とても嬉しく思います。他国のお方の感想を聞かせていただき、なんだか、嬉しいです……」


 最後の一言は、セシルの本音だったのだろう。


 なんだか――稀に見ぬ、セシルがほんの微かに照れているような様子に、ギルバートの眼差しが、ジッと、固定されたまま、セシルを凝視してしまっていた。


 そんな――表情を初めて見たので、ギルバートは、つい、あまりに可愛らしい……などと、口走ってしまうところだったのだ。


 変なことを、口走るわけにはいかない。


 それで、ギルバートが、一度だけ、咳払いをし、そこで背筋を伸ばし姿勢を正す。


「ご令嬢、あなたにお会いできて、とても光栄でした」

「私も、皆様にお会いできて、とても光栄でした。道中、お気をつけて」


「ありがとうございます」


 それで、ギルバートを含めた全員が、姿勢を正し、礼儀正しく、騎士の一礼をした。


 ギルバートが馬に乗り上げて行くと同時に、残りの全員も、簡単に馬に乗り上げて行く。


「では、失礼いたします」


 その挨拶を最後に、ギルバート達の馬が動き出していた。


 後ろ髪惹かれる思いで、ギルバートは絶対に後ろを振り返ってはいけない。振り返れない。


 きっと、セシルは、ギルバート達が門を過ぎ去っていくまで、見送ってくれているのだろうが、それでも、今、振り返ってしまったら……もう、立ち去れなくなってしまう。


 軽快に門を通り過ぎ、邸へと続く一本道を、軽く駆け出していく。

 通行門では、書類を渡し、ギルバート達の滞在日程が書き足されていた。


 それから、大通りの一本裏の馬車道を走り抜け、領門で書類を渡し、そこで、ギルバート達は、コトレア領から完全に去っていたことになる。


 それから、軽快な足並みで、自国のアトレシア大王国に向かって行く。


 最初の陸続きの国境までは、コトレアから、馬車で3時間ほどの距離がある。

 早足で駆けている騎馬のギルバート達なら、数時間もしないで、すぐに、アトレシア大王国の最初の国境に到達する。


 アトレシア大王国の国境側まで、一気に飛ばしても、疲れは感じない。

 そこから長距離になるが、その程度の移動も、気にはしていない。


 そして、アトレシア大王国の最初の国境地の名前が立てられた標識を、簡単に走り去っていた。


 いきなり、ズシリと、(おもり)が一気に襲い掛かって来たかのような錯覚がして、はっ……と、ギルバートが息を呑んでいた。


「……はっ……」


 胸に何かが入り込んだかのような、身体(からだ)の中から、何か、強く圧迫されたかのような感覚に、一瞬、息が苦しくなったのだ。


 なんで…………。

 こんな気持ちを感じているのだろう……。


 ギルバート達の馬は、今、国境を越えた。


 もう、地理的にも、国的にも、完全に、あの領地とは関係のない土地に入ってきてしまった。


 目で見える境界線が、あるわけでもない。

 ノーウッド王国とアトレシア大王国の国境など、なんとなくある境界を歩いて超えるだけでも、隣国に到着するようなものだ。


 それなのに、今、ギルバートが国境を越えた瞬間、あまりに言い(がた)い痛みに襲われて、胸が苦しくなったのだ。


 馬の足を止めず、軽快に疾走していく。


 馬の足が止まらず、前に進めば進むほど――ギルバートの背後からは、あの場へ続く道が遠ざかっていく。


 遠ざかっていく距離の分だけ、セシルとの繋がりが消え去っていくかのようだった。


 段々と、距離が遠ざかっていく。

 もう――二度と会えない距離になっていく。二度と会えない立場、だから……。


 ああ…………。


 なぜ、こんな思いが浮かんでしまうのだろう……。


 まさか、このギルバートが――一人の女性に()がれ、そして、会えない事実に、胸が締め付けられるほどに、痛い。


 ギュッと、手綱を強く握りしめた。


 もう、会えない――

 会うことなど、できない――


 二度と、会うことなどできない、許されない存在だから。立場だから――


 ああぁ…………。

 信じられないほどの虚無感だけが襲ってくる。


 ぽっかりと、胸の真ん中に穴が開いたかのように、何もなくて、それなのに、あの人に会えない事実が、辛すぎる。


 こんな風に――誰かを激しく思う日がやってくるなど、ギルバートだって、今まで、一度だって考えたことはなかったのに。


 ギュッと、また手綱を強く握りしめる。


 離れれば、離れて行くほど、もう二度と、会うこともできない。


 あの姿を見ることもできない。


 これは――もう、ギルバートの人生も終わったかもしれない……。


 なぜなら、ギルバートは気が付いてしまったからだ。


 あの人以外の女性など、決して、愛することはできない、と。



読んでいただきありがとうございました。

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