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Е.в 後夜祭 - 06

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* * *



 長い行列の一人一人に、ケーキを配り終わったであろうセシルが、ゆっくりと、壇上から下りてきて、最前列で座っているギルバート達の方に寄ってきた。


 今では、領地の人口も増えて、その領民一人一人に『祝福』 を授けていただけに、その時間は、優に、二時間は経ってしまっていたのではないだろうか。


 セシルがギルバート達の前に寄ってきたので、ギルバートは座っていた席から、スッと、立ち上がった。

 それに習い、隣にいる残りの騎士達も、すぐに立ち上がった。


「今日の豊穣祭、及び、祝典に参加させていただき、とても感謝しております。そして、遅ればせではございますが、領主就任おめでとうございます」


「ありがとうございます。皆様も、有意義な時間を、お過ごしになられたでしょうか?」


「はい。その件に関して、ご令嬢には、本当に感謝しております。この地に滞在させていただき、皆様もお忙しい中、我々の世話までしていただき、そのお心遣いに、とても感謝しております」


「いいえ。私達も、滅多に、他国の方をお呼びする機会がございませんから、そのような機会に恵まれて、うれしく思っております。それに、“宣伝”は、商売繁盛の秘訣ですもの」


 そのお茶目な発想に、ふっと、ギルバートもつい笑ってしまう。


 それから、セシルが、後ろに控えている執事を、少しだけ振り返った。

 執事が持っているお盆のようなものから、セシルが腕を伸ばし、小さなケーキを一つ取り上げる。


「これを」

「いただいてもよろしいのですか?」


「もちろんです。たくさん作ってありますから」


 ギルバートが手袋をはめたままの右手を差し出すと、その上に、そっと、一口大に切られた小さなケーキの塊が置かれた。


「申し訳ありませんが、少し屈んでいただけますか?」

「はい」


 ギルバートは逆らうこともなく、スッと、その場で膝を折った。


 騎士の礼――とまではいかなくても、ただ、前屈みになってくれるだろう、と想像していたセシルだ。


 それに反し、ギルバートが丁寧に膝を折った礼を取ったので、一瞬、セシルの瞳が軽く上がっていた。


 だが、すぐに、セシルの手が、そっと、ギルバートの肩に乗せられ、前屈みになったセシルの唇が、ほんの微かにだけ、ギルバートの髪に当てられた。


 サラサラと、縛っていない真っすぐな髪の毛が、その動作に沿って、ギルバートの顔元にも落ちてくる。

 そして、それと一緒に、微かながらも、柔らかな花の匂いが鼻に届く。


「次の一年も健やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」

「ありがとうございます」


 領民全員に送られた『祝福』 の言葉を受け取り、ギルバートも礼を言う。


 セシルの手が離れていくと同時に、スッと、重さも感じさせず、ギルバートも立ち上がっていた。


 セシルの瞳が隣にいるクリストフに向けられ、同じように、クリストフもケーキを受け取った。

 セシルからの『祝福』 を受け、ギルバートに付き添ってきた三人の騎士も、その儀式を終わらせる。


「私は、これから少し席を外しますので、皆様はこの場に残り、祝典の後夜祭――と言っても、酒盛りのようなものですが、それに参加なさってくださってもよろしいですし、お疲れでしたら、邸への馬を手配いたしますが?」


「どちらかへお出かけに?」


「今夜、残念なことに、祝典に参加できず、警備を任された騎士達と、宿場町の警備に任された者達への(ねぎら)いに」

「そうでしたか。――私がご一緒させていただいては、ご迷惑でしょうか?」


「そのようなことはありませんが――今日、一日、歩き回っていらっしゃったので、お疲れではありませんか?」

「いえ、全く問題ありません」


「そうですか。でしたら、馬車で移動しますので、お二人までなら」

「わかりました」


 ギルバートは隣のクリストフに頷くと、了解した、という風に、クリストフも頷き返す。


「お前たちは、ここに残ってくれないか?」

「わかりました」


「酒を飲んで構わないぞ」

「いえ、そのような――」


 さすがに、この地へは任務としてやってきているだけに、今更、酒盛りに参加することも(はばか)れるのである。


「少々、時間がかかってしまいますが?」

「いえ……。どうか、お気になさらないでください」


 さすがに、手厚い好意を受けて世話になってしまっているだけに、二人の騎士達も、恐縮そうである。


「じゃあ、悪いが、ここで待っていてくれ」

「はい、わかりました」


 ギルバートが話の端を終わらせたのを見計らい、シリルが口を開いた。


「姉上、私もご一緒いたします」

「そうですか。では、オスマンド」


「かしこまりました」


 執事のオスマンドが持っていたトレーのようなものを、シリルが受け取っていく。


「では、皆様、こちらへ」


 セシルに促され、セシルを含めた四人と、セシルの護衛騎士が、数人、その場を後にしていた。





「女神からの『祝福』 を受けた気分だな」

「女神、ですか?」

「そうは思わないのか?」


 一拍の間があって、

「――――そう、思います」


 その返答に、ギルバートが、くすっと、笑みを漏らす。


 馬車のすぐ横で待っているギルバートとクリストフの視界の前で、警備に当たっていた騎士達の一人一人に、『祝福』 の言葉とケーキを授けているセシルの姿が目に入る。


 かがり火が煌々(こうこう)と炊かれている周囲は明るくても、暗くなった夜の暗がりでも、はっきりと浮かび上がってくるセシルの面影。


 サラサラとした銀髪の髪の毛が、月の光を反射して、柔らかな光を放っている。


 瞳と同じ色の深い藍のドレスは闇に紛れても、それでも、ドレスから垣間見える白い肌が浮かび上がり、絶対に見逃すことはないその姿。


 そして、その存在感。


 『祝福』を授ける儀式も、なんだか、月から舞い降りてきた女神のような――静かで、それでいて、(あらが)えないほどの神々しさを感じてしまうのは、なぜなのだろうか。


「私はこの地にやってくる時、任務のこと以外、深くは考えていなかった。まさか――その縁で、私は、自分が全く知らなかった、見たこともない経験をする機会に恵まれることになるとは、本当に、自分でも予想していなかった」


 珍しく素直な様子のギルバートに、クリストフが視線を向ける。


「見るもの全てが、聞くこと全てが全て、私が聞いたこともないような、経験したこともないようなことばかりだった。自分の知らない知識が一気に押し寄せてきて、それで驚いているのと、圧倒されているのと、困惑しているのと」


 目まぐるしいほどの情報だけが溢れていて、困惑して、それでも、自分の知らない世界を見ているギルバート自身は、全く嫌な気分はしなかった。


「今まで、然程のことで動揺などしたことがなかったのに、この地にやってきて以来――随分、言葉を失っている状態が多くなった。初めてのことだ……」


「殿下――」

「なにも言うな」


 心配そうな顔色を浮かべるクリストフを見ずに、ギルバートが、静かにクリストフを制していた。


 ギルバートを見やっているクリストフの視線を気にせず、じっと、ギルバートの静かな眼差しは、今も尚、真っ直ぐ前の――セシルに向けられている。


 セシルが動く度に、サラサラとした真っ直ぐな銀髪が背中を滑り、細身でしなやかな優しい曲線が、ドレス越しでも妖艶で、目が離せない。


 呼吸を、奪われてしまう。


 その仕草も、行動も、どれもが全て――美しい光景だった。


「なにも言うな。わかっている。私は、それを望める立場でもない。私自身も、望む気はない」

「ですが……」


「ただ――今は、驚いているだけだ。そして、圧倒されている」

「確かに……」


 渋々、といった様子だったが、それでも、それを認めざるを得ないクリストフに、ギルバートが、また、くすっと、笑みをこぼす。


「すごいことだな。私よりも年下で、それなのに、すでに領主就任をし、一領土を統治している。それも、「名代」 であろうと、幼い時よりずっとだ。そして、ここまでの繁栄を、領地にもたらした」


 独り言のように語るギルバートの声音は、ただ静かに言葉を(つむ)ぐかのように流れ、そして、静寂の闇へと消えていく。


「並大抵の苦労や努力だけでは、済まされなかったことだろう。それでも、やり遂げた。たった一人で。それも、少女が。だから――今の私は、ただ、心から素直に驚いている。こんな経験は、私も生まれて初めてのものだから」


「そうですね。――隣国であるというのが、残念ですね」

「どこであろうと、きっと、あの方には、関係のないことなのだろう。どこにいても、きっと、自分の力で、なにごとも成し遂げてしまうのであろうから」


「その点については、全くの異論がございません」

「珍しく、クリストフも驚いているんだな」


「ええ。殿下も驚いていらっしゃるようですので、私ごときが驚いたとしても、全く、問題はございませんでしょう」

「確かに」


 まさか――この地を訪れて、そして、そこで、月から舞い降りて来た女神を目にすることができるなど、一体、誰が考えただろうか。


 その女神から、もう、目が離せない。目を奪われる。


 心が、鷲掴(わしづか)みにされていた――――



読んでいただきありがとうございました。

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