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Е.в 後夜祭 - 05

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「はい。豊穣祭を祝い、領民への褒美として、『祝福』 の儀の時に一緒に、姉上がブラウニーを授けてくださったのです」


「ブラウニー?」

「はい。あの小さな茶色のお菓子です」


 それで、すぐに、ギルバートもシリルの話を理解していた。

 領民達がセシルから授かった茶色のお菓子は、一口サイズのケーキのようなものだった。


「最初は、チョコレートを混ぜられるだけのお金の余裕もなかったので、砂糖と小麦粉を混ぜたようなクッキーだったのですが、この領地の領民に取っては、そのような甘い嗜好品(しこうひん)など初めてで、大変、大喜びしたものです」


「冷夏が続いたのですか?」


「はい。この領地も、まだ、自給自足などという発展を遂げてもいない時でしたので、それはもう、あの一年は、大変だったことだったでしょう。その一年を乗り越え、次の年に、ある程度の収穫もできるようになりまして、苦しくても頑張ってきた領民に、「「豊穣祭」というものをしてみましょう?」 と、姉上が提案なさったのです」


 あの時は、シリルだって、まだとても幼い子供だった。


 でも、大好きな姉に会いたくて、今はそれほど町の営みが(うる)んでいないのよ、と忠告されたが、両親と一緒に、初めての豊穣祭に参加する為、冷夏の影響がまだ残っていた、この領地にやって来たのだ。


「豊穣、というほどの収穫でもなかったのですが、それでも、そうやって、日々の生活ができるようになり、幸せなこと、嬉しかったことを祝ってみるのはどうか、と。毎日の、ただ繰り返しだけのつまらない生活だけではなく、お祝いや行事を組んで、一日でも変化をつけて楽しみましょう? と、そこから豊穣祭が始まったのです」


「そうだったのですか」


 そんな風に、たった一日を、お祝いする日に変えて、幸せを祝福する――という考えだって、普通、誰が考えるだろうか?


 毎日が同じでも、日々の生活が手一杯で、それが普段の生活と化している。

 それに疑問を持つこともなく、ただ、食べて、働いて、寝て、その繰り返しのはずだ。


 なのに、生活に変化をつけて楽しみましょう?


 そうやって、心のゆとりや、違った生活の一日を、無理なく領民達に与えることができたセシルに、ギルバートは――ただ、胸が温かくなっていた。



――寛大で、誰にでも、「幸せ」 というものを、簡単に与えることができるんだな…………。



 「幸せ」 という、きっと、この領地の民にとっても、新しい考えで、習慣でも、そうやって、セシルは誰にでも、そういった知識を、経験を与えることができたのだと、また胸が熱くなってしまう。


 それからも、長い行列は止まない。


 賑やかな歓声に交じって、長い列を作り、『祝福』を待っている領民達の一人一人に、セシルはケーキを渡している。


 その壇上のセシルを眺めているギルバートの隣で、シリルが、ふっと、ギルバートの方に向いた。


 その気配で、ギルバートも壇上から視線を外し、隣にいるシリルに顔を向けてみた。


「この豊穣祭は、年々、活気も沸き、盛大になってきています。それでも、今年は、特別な年なのです」


 柔らかな声音で、それでも、周囲の雑音や歓声に負けない、はっきりとしたシリルの声が耳に届く。


「特別ですか?」

「はい。今年は、姉上が、正式に、領主承認された年なのです。今までは、「領主名代」 という立場でしたが、今年からは、正式に、この地の領主になりましたから」


「そうでしたね。おめでとうございます」


 確かに、ギルバート達にも、そういった報告が上がってきていた。


 よくよく思い出しても、この地にやって来たギルバート達ではあったが、改めて、領収就任の公式の祝辞を述べていなかったのではなかっただろうか。


 「領主名代」 であっても、なぜか――セシルが、あまりに領主もどきで、この地を統治しているので、ついつい、セシルのことを、「領主」 として、すでに扱っていたからだろうか?


「ありがとうございます。そして、祝典には、もう一つのお祝いがあるんです」

「そうなのですか? それは?」


「今年は、晴れて、姉上の婚約解消が決まり、やっと、自由の身になれた年なのです。長い苦痛から解放され、やっと、自由のお身になられました。ですから、領民一同、それを喜び、盛大な祝いをすることに決めたのです」


「それは……」


 なんと言って良いのか判らず、ギルバートは、少々、口ごもる。


 婚約解消――など、若い令嬢の立場としては、名誉も傷つけられ、家名を汚されたも同然の状況なのではないのだろうか。


 それを、大判振る舞いでお祝いする――ということも、少々、理解し難くて、返答に困ってしまっていたのだった。


 くすっと、シリルがおかしそうに笑みをこぼす。


「別に、婚約解消のことは、姉上も、領民達も、全く問題にしておりません。もちろん、私も、その事実に心から喜んでおります」


「そう、ですか……」

「婚約解消の件は、そちらにも、伝わっていらっしゃるのでしょう?」


 そういう報告は上がってきたが、ギルバートはそれには返事をしない。


「どうか、お気になさらないでください。私も、この地の領民達も、姉上の婚約には、全く賛成しておりませんでしたから。それに、婚約解消の件は、この地でも周知の事実ですし、誰も、特別な問題だとは考えておりません」


「そう、ですか――」

「まさか、あのような無能で威張り散らしているようなだけの男に、姉上を嫁がせろ、などとおっしゃっているのですか?」


「いえ、そのようなことは――」


 婚約相手である侯爵家の嫡男の話も、一応、しっかりと報告書にはまとめられている。


 だが、ギルバートは、実際に、その本人に会ったわけでもない。それ故に、下手に、他人の性格のことまでは、口出しはしないのだ。


「我々は、元より、姉上の婚約には反対でしたが、どうにもならない状況でしたので……」


 それで、七年もの間、大切な姉が苦痛を強いられたのだと、シリルの顔も不快感を隠しもしない。


 この反応を見る限りでも、よほど、相手の男は、伯爵家からだけではなく、領民からも、嫌悪されていたのだろう。


「ですが、七年もの長い苦痛と苦労から、やっと解放された姉上に、私も、本当に安心しています」


 心から安堵している様子と、喜んでいる様子のシリルを見やりながら、ギルバートは、少々、立て込んだ質問になるかな? ――と、次の質問を口にしてみることにした。


「――伯爵は、どのように?」


 最後までの言葉を出さなくても、シリルは、ギルバートの質問の意図を、簡単に理解しているようだった。


「父上は、あの婚約解消の事件については驚いていますが、姉上の行動から、きっと、そういった状況になるであろうことは、想定されていらっしゃったのだと思います。ですから、婚約解消が成立して、父親としては、今は、ほっと、安堵なさっているのではないでしょうか」


 婚約解消したことが決まったあの日、屋敷内では使用人まで含めて、全員で踊り出しそうな勢いで、大喜びしたくらいである。


「姉上は、亡くなられた私達の母上によく似ていらっしゃいます。ですから、父上は、姉上のことを、誰よりも大切になさっています。その大切な娘が不幸になるような結婚は、親としては望んでいなかったことでしょう。姉上のおかげで、その問題も今は解決しましたし、伯爵家でも、全く問題はありません」


「そうでしたか」


 娘が(なげ)き悲しんでいる様子もなく、なんだか、一家揃って大喜びしている様子なので、ギルバートも――なんだか少し驚いてしまっていたのだろうか。


「姉上はとても美しいお方ですから、きっと、結婚する相手に困ることはありませんでしょう。ですから、その程度の些末な問題を気にするような殿方は、伯爵家の令嬢を(めと)ることなどできません。全員が、認めませんから」


 なんだか、にこやかに、そして、はっきりと断言されてしまって、ギルバートも、そうですか……と、返事をするより他はなかったのである。




読んでいただきありがとうございました。

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