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Е.в 後夜祭 - 03

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 闇夜を吸い込み、そして、周囲の(あか)りにぼんやりと照らされたセシルの面影も、その様相も、あまりに……不思議な、なんとも形容のできない、神秘的な輝きが目についてしまう。


 白い肌が浮き上がり、薄くお化粧をしているセシルの面持ちは、色香以上の妖艶さも含み、吸い込まれてしまうほどの美しさを(かも)し出していた。


 壇上にいるセシルを見上げているギルバートも――一瞬、セシルに見惚(みと)れてしまっていた。


 よくよく考えなくても、こんな風に、セシルが正装をしたドレスを着ている場面を見るのは、今夜が初めてだ。


 前回の夜会に出席した時のセシルは――かなり……奇天烈とも呼べる、全く奇妙なドレスを着ていた。


 だが、今夜のセシルは違っていた。


 ほうぅ……!


 感嘆めいた溜息(ためいき)が、そこら中で上がっていた。

 壇上にいるセシルの姿を見て、領民達が見惚(みと)れているのと、その美しさが形容し難くて、嘆息(たんそく)を漏らしているのと。


 シーンと、静まり返ったその場で、壇上にいるセシルは、静かに、会場中の領民を見渡している。


 闇に吸い込まれていきそうなほどの深い藍の瞳。なのに、その意志を表しているかのような、強い眼差し。


「皆さん」


 これだけ広い会場内でも、セシルの落ち着いた澄んだ声が、流れるように耳に届いてくる。


「今日一日、豊穣祭を終え、ご苦労様でした。今年は、近年にない盛大な豊穣祭を迎えることができ、私もとても嬉しく思っています。ここ数か月、日々の仕事だけではなく、豊穣祭の準備も加わりまして、皆さんも多忙を極めていたことでしょう。今夜は、リラックスして、後夜祭を楽しんでください」


 うわぁっ……!


 歓声が上がり、領民達から、嬉しそうに拍手が上がる。


「今年は、私も、この地の領主の任を拝命しました。これからも、そして、今まで以上に、私は、この領地の発展に、全力を注いでいきたいと思います」


 その言葉に、更に、領民達の拍手喝采が沸き上がる。


 その領民達に、セシルがほんのりと(つや)のある笑みをみせた。


「私がこの領地にやって来てから、八年の歳月が過ぎました。今まで、色々なことがありました。たくさんの人に、出会えました」


 スッと、無意識で、セシルが自分の左手を前に出していた。


 その手を見つめ、怒涛(どとう)の八年を思い返す。


 この手の中には――掴めるものもあった。(こぼ)れ落ちていくものもあった。

 一握りほどの大きさなど、握りしめても、大した価値もないものもあっただろう。


 それでも、この手の中には――セシルが掴み取ったものがある。


 グッと、セシルが拳を握っていた。


 セシルが、掴み取ったものがあった。手に入れたものがあった。


「――この八年、アッと言う間に過ぎ去っていったのか、長かったのか――。それでも、私達は、生き抜いてきました。生き延びてきました。今日、この日まで。できないこともありました。できることも、限られていました」


 それこそ、毎日が、四苦八苦ばかりで、その終わりが見えなかったほどだ。


「それでも、今、この日、私達は、ここに集まることができました。生き抜いて行く為に、生き延びる為に、苦労も困難も乗り越えて、今ここに、私達は()()()います。今、この瞬間、私達は()()()います!」


 その澄んだ声音が、広い会場中に伝わっていく。


「たとえ、どんな困難が待ち受けていようと、苦労があろうと、明日は必ずやって来るものです。ですから、私達はこれからもずっと、生き抜いて、生き延びる。命を燃やし切っても、一緒に駆けて行きましょう。私達の明日の為に」


「マイレディー……っ!」

「――マイレディーっ……!!」


 うわぁっ! ――という大歓声が鳴り響き、その迫力や音量だけで、周囲で地鳴りがしてきそうなほどの勢いだ。


 さすがに――予想もしていなかったその勢いに、気圧(けお)されそうである。


 これだけの熱狂的な領民の支持を得ているセシルに、圧巻だった。


 壇上の上に立っているセシルは、前に出した左手を軽く握りしめ、そして、どこまでも強い眼差しが会場を見渡しながら、優雅に、それなのに、目が離せないほどの圧倒的な存在感を放ち、その口元に笑みを浮かべている。


 挑戦的にも見える、それなのに(あで)やかで、セシルの力強さを見せつけているかのような――魅惑的な微笑みだった。


 その魅惑的な微笑みに、自然、魅せられてしまう。


 目が離せない。


 目が()き寄せられる。


 今でも、会場に集まった全員からの歓声が止まない。その間、会場全員を見渡していくセシルが、ゆっくりと、その手を下ろしていった。


 歓声が上がっている中で、どこまでも静かな藍の瞳が、会場全体を見渡し、セシルが静かに立っていた。


 その様子を見て、段々と歓声が収まり、シーンと、一気に会場中が静まり返っていた。


 会場が静まり返り、セシルが、スッと、優雅にドレスの裾を掴み、ゆっくりと膝を折りながら、セシルが会場の全員に向かってお辞儀をしたのだ!


「――――マイレディー……?」


 その行動の理由が判らず、会場中が、ポカンとしている。


 そして、セシルがゆっくりと顔を上げ、立ち上がっていく。


「今まで、私と共に生きてくれて、本当にありがとう。皆がいたから、ここまで、やって来れました。ここまで、たどり着けました。皆に、私からの最上の感謝を、ここに。ありがとう、みんな」


「――っ……!」


 ハッと、その場の全員が驚いて、息を()んでいた。


 全員が食い入るようにセシルを見つめる前で、会場をゆっくりと見渡してくセシルの顔に、笑顔が浮かんだのだ。


 嬉しそうに、大輪の花が咲き誇るかのような――(あで)やかな、あまりに、眩しい笑顔が投げられたのだ!


 息もできないほど、その場の全員が驚愕を見せ、壇上のセシルを呆然と見上げている。


 今、完全に、呼吸を忘れたかのように――ギルバートは硬直していた。


 今、完全に、掴まれた!


 今、完全に、自分の心臓が、鷲掴(わしづか)みにされた――――!!


 信じられないほどに目を大きく見開き、今まで、動揺だってあまりしたことがないこのギルバートが、今、この瞬間――完全に、セシルの(とりこ)にされた一瞬だった。


 そして、呆然としてセシルを見つめていたクリストフが、ほんの微かにだけ――隣で身動きもしないギルバートを振り返って、そこで、理性など全く関係なく、正に、誰かが完全に恋に落ちてしまった瞬間を、初めて見た瞬間だった。


「……ギル、バート、様……?」


 だが、ギルバートからの反応は、なかった。


 ギルバートは壇上にいるセシルに目を奪われて、心を奪われて、全てを奪われて、そんな――信じられない光景を、今、クリストフが生まれて初めて目にしていた。


 だが――――


 ギルバートの隣にいるシリルや、向こうの席のセシルの両親であるヘルバート伯爵夫妻だって、信じられないものを見るかのように、全員が、全員、その場で、完全に呆然自失していたと言っても過言ではないだろう。


 セシルは、普段から落ち着いていて、冷静で、あまり感情の起伏が激しい令嬢ではない。

 笑う時は、ふふと、意味深な微笑を口元に浮かべたり、ただ、その場での軽い笑いが漏れたり。


 だが、いつだって、感情的な、素直な心をさらけ出したような、そんな笑顔を見せたことは、一度たりとない。


 嬉しそうな、花が咲き誇ったような、あまりに(あで)やかな輝かしい微笑みなど、今の一度として、見せたことがなかった。


 だから、身内である三人が、この場の中で、一番に驚いていたのだろう。



読んでいただきありがとうございました。

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