Д.д 新たな - 04
ブックマーク・評価★・感想・レビューなどなど応援いただければ励みになります! どうぞよろしくお願いいたします。
「では、今から、5分の休憩に入る。全員、しっかりとストレッチして、筋肉を伸ばしておくように」
ギルバートが午前中と同じセリフを言って、最初の一時間は終えていた。
それを聞いた全員が、ものすごい安堵の息を吐き出していたのは、言うまでもない。
ジャン達四人も、前屈みになり、手を太腿に置きながら、肩を激しく上下させている。
汗も、かなりかいている。額が濡れて、髪の毛が張り付き、首から、ポタリと、汗が落ちていた。
「……厳しい、訓練って……」
「……毎日なら、死にそう……」
今回は、領地の騎士の訓練だから、フィロは訓練から外れている。
フィロは、セシルの付き人で、補佐役、だから。
ここにやって来ているたくさんの子供達は、領地の「騎士見習い」 である。だから、仕事を終えた子供達や、休みの子供達は、全員、参加している。
他の正騎士と同様に。
「いやいや、死にませんよ。毎回、騎士達は、死にそうだ、とは言っていますがね」
聞き慣れた声が近づいてきて、全員が顔を上げた。
薄っすらと、口元が上がっているような笑みをみせ、クリストフが四人の前にやって来ていたのだ。
そのすぐ後ろに、ギルバートもやって来ている。
疲労困憊に近いが、全員が、スッと、体を起こし起立していた。
「騎士だったんですねえ」
だが、子供達はクリストフを慎重に見返したまま、喋る気はないようだった。
「紹介が遅れましたが、私はクリストフ・ノード。アトレシア大王国、第三騎士団の騎士をしています」
「右に同じく、第三騎士団副団長をしている、ギルバート・アトレシアだ」
正式な紹介をされてしまっては、無視し続けることもできない。
セシルの領地の騎士は躾がなっていない、などとバカにされては、セシルに顔向けもできない。
それを承知していて、この二人、きっと、四人の前にやって来て、わざわざと、自己紹介を済ませたのだろう。
「ジャン・フォルテ。騎士見習いです」
まだ子供であっても、かなり体格が大人に近づいてきている一人が、手を後ろで組み、真っ直ぐに起立した。
茶色に近い濃い金髪で、くすんだグリーンの瞳だ。
ジャンが自己紹介を済ませたので、残りの全員も後ろで手を組み、真っ直ぐに起立する。
「ケルト・フォルテ。騎士見習いです」
ジャンと同じく、背も伸びてきている少年が、自己紹介をする。短く刈り上げた焦げ茶の髪に、焦げ茶の瞳。
「ハンス・フォルテ。騎士見習いです」
黒髪に、焦げ茶の瞳。
「トムソーヤ・フォルテ。騎士見習いです」
最後に、一番小さな体格の少年が、自己紹介を済ませた。明るい茶毛に、鈍い青色に近い瞳。
全員が同じ苗字で、まさか――兄弟か血縁関係だったなどとは思いもよらず、その点には、ギルバートもクリストフも、少々、驚いてしまっていた。
「それは、よろしく」
少年達は騎士の姿勢で起立したまま、それには返事をしない。
隣国の王国騎士団の騎士などとは、よろしくしたくないのは明らかだった。
本当に、こんな子供で、少年達が、アトレシア大王国ではハチャメチャに動き回って、敵の貴族を叩き潰したのだから、驚きである。
おまけに、ブレッカの戦況報告書を読む限りでは、この子供達は、全く聞き慣れない未知の戦法を使って、部族連合を叩きのめした、というほどである。
セシルが指揮をしていたとは言え、こんな子供達に、王国は救われたことになるのだ。
本当に、驚きの事実だ。
「そこまで、警戒する必要はありませんよ。挨拶に来ただけですから」
「敵情視察じゃないのか?」 と、少年達全員は思っているはずだ。
そう、その顔が言っている。
クリストフの口元には、まだ、薄っすらと弧を描いた笑みが浮かんでいて、なんだか、目の前にいる少年達を、随分、楽しそうに見下ろしている。
「剣を使い初めてから、どのくらいですか?」
さっさと向こうに戻って欲しいのに、クリストフとギルバートは、まだ、この場に居座るつもりらしい。
それで、無視することもできず、仕方なくジャンが答える。
「三年です」
「なるほど。ギルバート様の訓練に参加して、尻もちをつかなかったとは、感心ですねえ」
「そうですか」
「ええ、そうですよ」
この子供達の反応から、どうせ、子供達は、クリストフが子供達をからかっていると思っているのだろうが、その言葉は本心からだ。
王国騎士団の騎士達だって、初めてギルバートの訓練に参加してくる新米騎士など、一時間と持たずに、地面に崩れ落ちる騎士達がたくさんいる。
ベテランの騎士だって、今では、やっと訓練についてこられるようになったが、それだって、毎回、毎回、ギルバートに厳しくしごかれた成果のおかげだ。
それなのに、息切れして、今は動けないような子供達なのに、ギルバートとクリストフの前で、子供達は地面に崩れ落ちてもいない。
子供なのに、これは、相当な体力をつけている証拠だった。
益々、興味深い。
「この領地の騎士訓練は、剣技だけですか?」
「色々です」
「そうですか。時間があったのなら、是非にとも、訓練に参加させてもらいたかったですねえ」
王国騎士団の騎士が、たかが一領地の騎士訓練に参加したいなどとは、到底、思えない。
どうにも、子供達には信用してもらえないようで、さっきから、子供達からは、明らかな猜疑心で、クリストフとギルバートは見られているようだ。
そこまで、警戒する必要はないのに。
「この訓練を終えて、体力が残っているようでしたら、個人的に、剣の指導をしてあげましょう。そのことは、ヘルバート伯爵令嬢にお願いしてみましょうか」
「なぜですか?」
「剣を使い始めてから、まだ年数が少ないですからね。これからでも経験を積んで行けば、剣技は伸びていくでしょう。ただ、かのご令嬢ほどの主の付き人となるのであれば、その程度の腕では、問題になってくるでしょうね」
四人が全員、本気の顔を見せてくる。
「それで、個人指導をしてくれるんですか?」
「ええ、そうです。なにしろ、ご令嬢には、王国で、大変、ご迷惑をおかけしてしまいましたからね。そのお詫びと言ってはなんですか、私のできることと言えば、まあ、騎士の訓練程度ですから」
「では、お願いいたします」
「いいでしょう。ですが、まあ、次の一時間、ギルバート様にしごかれて、死ななかったら、の話なんですがねえ」
次の一時間で、午前中のように、騎士達のほぼ全員が、全滅していないといいのですがねえ。
でも、セシルは手抜きをしなくて良い、とにこやかに約束してくれたので、ギルバートも手を緩めるつもりはない。
はぁ……と、ジャンが溜め息をつき、
「……仕方がない。水風呂だ」
「げっ……」
「やっぱり……」
残りの全員は嫌そうな顔をするが、今回は、その手でしか、生き残れないだろう。
「水風呂? それは、何ですか?」
「なんでもありません」
「そうですか? 知らないことは質問して良いと、言われていますので、ご令嬢に質問しても、同じことだと思いますが?」
それで、セシルが答えてくれるのなら、隠し事をするほどの質問でもない、ということになる。
それで、嫌そうに、ジャンが、また、溜息をついていた。
「水風呂です」
「そう、聞きましたね」
「この場合、極度に動かして、疲労してしまった筋肉を冷やす為に、水に浸かる方法を言います」
「ほう?」
「本来なら、凍り付く温度に近い水を使用し、その水の中で、筋肉の部分を、10分程、冷やします」
本来は、山程の氷をお風呂に投げ、お水で風呂の水を貯めて、そこに浸かる方法なのだ。
だが、この世界では、氷の精製は知られていない。今の所、真冬でも、零下にはならない。
ジム通いのスポーツマンなどが、極度の筋肉痛を避ける為に、氷水に数分浸かる、という技術というか、方法を、聞いていたセシルだ。
セシルは、試したことがない。
だが、スポーツをしていた同僚は、効き目があると、ものすごいお墨付きだ。
凍えそうな氷水に全身を浸からせるのではなく、特に、足の筋力運動をした時など、足だけや、太腿までを浸からせるだけでいいらしい。
浸かっている間は、体が縮み込みそうなほどの冷たさだ。
慣れれば大したことはない、とは言っているが、セシルは挑戦したくない。
それでも、領地の騎士訓練で、成長盛りの子供達が、あまりに筋肉を酷使してしまった場合、ひどい筋肉痛をさせない為に、日の当たらない水場を作り、そこで“水風呂”をさせてみたのだ。
子供達は震えあがっていたが、それでも、次の日は筋肉痛にならなかった。普段と変わらず、通常運転でも問題なかったのだ。
いやいや、子供達で、実験したわけではありませんのよ……。
「そんな冷たい水に冷やして、問題にならないのですか?」
「いえ、10分だけです。そうすることによって、過度に使用された筋肉の炎症を抑え、筋肉痛を防ぐことができます」
ほうと、ギルバートとクリストフが素直に感心している。
また、新たな情報を教えてもらった。
「それ、本当に効くのですか?」
「効きます」
でも、毎回は、やりたくないのも事実だ。
なにしろ、“水風呂”は日陰にある水場だから、寒いのだ。水だって、冷たいのだ。
真夏ならともかく、気温が下がり始めた季節には、ほとんど挑戦したくないのが、現実だ。
「ほう、便利な方法ですねえ。我々も、試してみるべきでしょう」
「どんな水でも、良いのだろうか?」
「いいえ。冷たくなくてはならないそうです。領地では、日陰に水場があり、川から直接引いた、流し水を使用しています」
「それは、かなり冷たいのかな?」
「冷たいです」
王国で、王宮の騎士団の近くで、そんな場所などあっただろうかと、ギルバートも考えてしまっている。
この二人、たかが、子供が呟いた程度の話に、本気で試みてみようなんて、考えているようなのである。
貴族なのに、変な二人だ。
「後で、ご令嬢にも、もう少し、詳しく聞いてみよう」
「そうですね。今は、休憩時間を終えてしまいましたからね」
それで、ギルバートとクリストフの雑談は、終えたようなのである。
「では、残り一時間も生き残れるよう、健闘を祈ってますよ」
「はあ……」
全然、祈ってるようには聞こえない口調だ。
読んでいただきありがとうございました。
一番下に、『小説家になろう勝手にランキング』のランキングタグをいれてみました。クリックしていただけたら、嬉しいです。
Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)