13.戦争は突然
七宮さんと一緒に弁当を食べるために、机を合わせる。
カナニアコンビは満足そうにして帰って行ったが、クラスの男子連中はずっと殺意のこもった視線を向けてくるし、女子は恋愛ドラマを観るような視線を向けてくる。
こういう視線を向けられることや、七宮さんの本性を知ってしまったため、一緒に弁当を食べたくないというのもある。
しかし1番俺が嫌なのは…
「伊月弁当食べよっ…なんで七宮さんがいるの!?」
七宮さんは普段カナニアコンビと隣の教室で弁当を食べているため、知らなかったのかもしれないが、俺はいつも芽衣と弁当を食べているのだ。
あんなイザコザがあったこの2人と、一緒に食べるのは地獄でしかないだろう。
「あっ柳木さん、こんにちは。今日は桜田くんと食べたいなと思って」
七宮さんは『通常モード』の笑顔で芽衣に話しかけるが、俺には七宮さんが「お前は邪魔なんだよ」と言っているのがわかった。
それは芽衣も理解しているよう苛立ちを隠せない表情をしている。
「わたしはいつも伊月と食べているからね?」
芽衣も負けじと笑顔ではあるが、「お前がどけ」と言わんばかりの雰囲気だった。
こういう修羅場や恋愛沙汰に敏感なクラスのみんなもこの状況に反応して、「もしかして修羅場?」と女子たちはコソコソと話し始め、男子たちは「おいアレ持ってこい」「イエッサー!!」と訳のわからないことを言っている。
「アレ」って何!?怖いんだけど!?
「と、とりあえず席につこ?食べる時間がなくなるしさ?」
俺は七宮さんと芽衣の間に入り、笑顔の睨み合いをやめさせた。
二人とも「はっ…!?」と俺が困っていることを察した表情をする。
「七宮さん…とりあえず休戦しましょ?」
「わかりました、時間も有限ですしね」
とりあえず最悪の事態は避けられたため、俺は内心ほっとする。
いきなりナイフか何か取り出して、戦わないか心配だったが大丈夫そうだ。
芽衣もいつも通り俺の前の席を動かして、俺と机を合わせて席につく。
「「桜田くん(伊月)、これお弁当(弁当)」」
七宮さんと芽衣は俺に弁当を差し出す。
見事に2人のセリフと動きがシンクロした。
「柳木さん…その手に持っているのは何ですか?」
「七宮さんこそ何を持ってるんですか?」
再び2人の睨み合いは始まる。
ほんの数秒前に平和条約を結んだのにあっさりと破られてしまった。
今までそんなことなかったのに、なぜ今日に限って2人とも俺に弁当を作ってきてくれたんだ!?
「わたしと桜田くんは愛によって心が繋がっているので、今日弁当を作れなかった桜田くんのために作ったの」
あのーその心の繋がりは一方的ではありませんか?
たぶん俺に首輪でもつけて鎖で繋いでません?
引っ張られて七宮さんの方に体が引き寄せられていくのが脳裏に浮かぶ。
「わ、わたしはあんたのせいで伊月があまり眠れなかったから、朝弁当が作れてないだろうなーと思って作ってきたのよ!」
「本当に思ってたんですかね?実際に朝見てたんじゃないですか?」
「ぐっ…」
全然話しについていけなかったがどうやら七宮さんが優勢らしい。
芽衣は「ぐぐぐぐ…」と何か悔しそうにしている。
七宮さんに弱みでも掴まれているのか?
昨日の件もあるし、芽衣のほうが七宮さんの弱みを握ってそうだけど…
「さあ桜田くん、わたしのお弁当を食べて」
俺のほうに弁当を差し出してくる七宮さん。
芽衣の方をちらりと見ると下唇を噛みながら悔しそうな顔で俺を睨んでくる。
しかし、特に俺が弁当を受け取るのを妨げる様子もないため受け取り、弁当を開いた。
半分は白く艶やかなお米が敷き詰められており、もう半分は卵焼きやタコさんウインナー、鮭の塩焼き、ブロッコリー、ミニトマトが入っていた。
色合いも良く、見た目がとても可愛らしい。
家庭科部であるため、きっと味も相当おいしいのだろう。
すぐにでも食べたい衝動が抑えられず、箸を取り出そうとするが、よく見ると俺の箸が入っていない。
「ごめん七宮さん、俺の分のお箸ってある?」
七宮さんは俺の言葉を待ってましたと言わんばかりに、ニコニコしながら自分のピンクのお箸を見せてきた。
「まさか…」
「そう!私が食べさせてあげる!」
「なん…だと…?」
七宮さんは本当に1膳しかお箸を持ってきていないらしい。
「あ~ん」されるだけでも恥ずかしいのに、このままだといずれ間接キスに発展するぞ!?
「お箸忘れてるなら私が2膳持っているから…」
そうだ、芽衣も俺の弁当を作ってくれているから大丈夫だ!
「芽衣、お箸貸し…」
「柳木さんは黙っていてください」
「ぐぐぐぐっ…」
やはり今日の芽衣は威勢が良くない。
もしかしたら七宮さんが苦手なのか?
それともまた別の理由が…
「伊月くん、あーん♡」
卵焼きを箸にとり、俺の口元へと向かってくる。
クラスメイトからの視線と、目をウルウルさせながら睨んでくる芽衣。
そんな目で見られると食べにくい。
「こっち向いて」
俺の顎をがっしりと掴んで、芽衣の方を見ていた俺の顔を強制的に七宮さんの方へ向けられる。
「はい、あーん♡」
ごめん芽衣、食べます…
「やっぱりダメーーー!!」
「うわっ!?」
芽衣は俺の顔面を手で押しのける。
その勢いで俺は椅子ごと後ろに倒れた。
「なんで柳木さんが食べるの!?」
「あ、あんたのことだから何を食べ物に入れてるかわからないからよ!」
「「ぐぐぐぐぐっ…」」
2人がお互いにらみ合う。
キーンコーンカーンコーン
しかし戦争の終わりを告げる昼休みを終えるチャイムが鳴り響く。
結局3人とも、弁当を食べきることはできなかった。
俺は2人を説得して弁当をもらい、明日洗って帰すことにした。