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第四話 精密機械との対決と来たるべき宿敵の足音

 あまり、好評ではないようですが、最後まで続けます。


 よろしくお願い致します。


 次の試合の前日に野球部で練習をしていると、陸上用のレオタードを着た瀬口がやってきた。


 練習に復帰したそうだ。


「良いのか? 戻ってきて」


 日本人なら謝るだろうが、俺は残念ながらそれが出来ない。


 すると瀬口は「お父さんが公安を使ったことを認めた」とだけ言った。


 俺は口に含んでいた緑茶を噴き出してしまった。


「えぇぇ?」


 思わず声も挙げてしまった。


「しかも、それの何が悪いって言われた」


「・・・・・・お父さん、かなりのタカ派だな?」


「一応、自明党の議員だからね」


 自明党は現与党で保守的な政党である。


「あの人は嫌い」


 そう瀬口が言うと、俺は「何で?」と聞いた。


「警視庁の人たちを警護の為に、わざわざ大船まで車で来させるんだもん。驕っているよね」


 瀬口が大きなため息を吐いた。


「この前のことを受けて、お前がネットで何か書かれていないか調べたけど・・・・・・」


「うん」


「通常のネット検索ではお前の悪口は見つからなかったよ」


「浦木君もでしょう?」


「あぁ、俺の名前も検索したが出てこなかった」


「多分、XとかLINEで特定の人しか見れないようにされていたんだろうね」


 瀬口は空を見つめながらそう語る。


 その表情は何か憑き物が取れたかのように思えた。


「お父さんはあの人達はダークネットを使っていたって言っていた」


 ダークネットとは、通常のインターネット検索エンジンではたどり着かない、未使用のIPアドレスを指している。


 その地帯はテロリストやハッカーなどはこれらのIPアドレスを使って、サイバー攻撃などをするのだが・・・・・・


「まさか、俺たちのパソコンやスマホにサイバー攻撃をしていたとか?」


 真が小さな声で「そう」と答えた。


 あいつら・・・・・・


 そこまでのサイバースキルがあったのか?


 もっともハッキングなどの手段を使う犯罪者には若年者も多いが、クラスメイトが気に入らないという理由で、奴らは高等なスキルをくだらないことに使うのか?


 俺は呆れかえって、大きく「あぁ!」と声を挙げた。


「あいつら、実際に犯罪をしていたじゃないか?」


 俺がそう言うと瀬口が「お父さんはサイバー攻撃とウィルスを保有していた容疑で、近く全員逮捕するって言っていたよ」


「そしたら、俺たちの身元まで分かっちゃうだろう?」


「その場合は、ウィルスの不法所持だけで逮捕するらしい」


 瀬口の親父さんも少しやりすぎな感覚を覚えるが、結果的には彼らの自業自得という形で終わるのだ。


 俺にとっては万々歳だ。


「まぁ、結果的にはいいけど」


 俺はそう言うと瀬口の大きな目を見据えた。


「インターハイの予選大丈夫か?」


 俺がそう言うと瀬口は不安げな表情を浮かべて「練習休んじゃったからね・・・・・・」とだけ言った。


「致命的だな?」


 俺がそう言うと瀬口は「間に合わせるよ」と言った。


「私は川村先輩と違って、百パーセントの努力で成り立っているから」


 瀬口がサムズアップをしてそう答えると、俺は「お前は健全」とだけ言った。


 そう言った後に、瀬口はクスリと笑い出した。


 とそこに・・・・・・


「アイ~ン! ここにいたか!」


「おう、真ちゃん、復帰したんか!」


 余計な二人がやってきた。


「何だ、お前ら」


「お前こそ、何だ!」


 井伊が声を張り上げる。


「お前ら、二人でこそこそしあって、まさか・・・・・・」


 俺は柴原が何を言い出すか、身構えたが、返ってきた言葉は「談合でもしていたんか!」と言い出した。


 何で高校生が経済犯罪に手を染めなあかんのだ!


「おう、そうだよ。饅頭の下に金を詰めて賄賂を渡していたんだよ」


 俺がそう言うと瀬口は大声で笑い出した。


「何~! 許せん!」


「逮捕や! 逮捕!」


 井伊と柴原は二人で「うぅぅ~!」とパトカーのサイレンよろしく、唸り始めながら俺の周りを周回し始めた。


「あ~、警視庁から各局、警視庁から各局!」


 俺は内心、呆れ果てながらも何か安心した気分を覚え、グラウンドへと戻ることにした。



 真夏の太陽が降りしきる中で、俺早川高校野球部は大和スタジアムのバックネット裏に立っていた。


 先ほど俺達は神奈川県の強豪、菅本学院高校と戦い、延長一一回の末に井伊のサヨナラホームランで辛勝したばかりだった。


 正直言って疲れたので、早く家に帰りたかった。


 今日俺は沖田の降板した後に三十五度を超える炎天下の中で三回を投げたので、猛烈な疲労感を感じていた。


「いや~、ここがドカベンスタジアムか!」


「水島信二先生の作品の舞台に俺たちが立つとは・・・・・・感激や!」


 認めたくはないが、今日のヒーローである井伊が「うぉぉぉ!」と叫びながら、周りを見回す。


 そう言えば、ここは漫画ドカベンや大甲子園の神奈川県予選で、年中、舞台として出ていたな?


 それも関連して外にはドカベンの主役である、山田太郎の像が置かれ、別名としてドカベンスタジアムの名称がこのスタジアムに名づけられている。


 そんな中で井伊と柴原の二人はドカベンに出てくる、岩鬼の真似をして遊んでいた。


 俺はそれを無視して、金原と沖田の隣に座った、沖田は左肩をアイシングしていた。


「建長学園はエースを変えてきましたね」


 今、グラウンドで試合をしている、建長学園はエースナンバー一を背負うピッチャーが六月の練習試合とは違っていた。


 名前は高谷という投手だが、ここまで強豪の横浜経済高校を無失点に抑えていた。


 スピードはマックスで一四一キロだが、コントロールが良く、決め球のフォークも冴えているというのが俺の印象だった。


「まだ二年生か」


「練習試合には出ていなかったからな」


 木村と林原がそう言うと、金原が「山上に頼んで調べてもらったが、奴は今回が公式戦初出場だそうだ」


 金原がスマートフォンを片手にそう語った。


 恐らく今、山上とLINEを行っていたのだろう。


「六回を八奪三振ですよ・・・・・・」


「何で、建長学園はあいつを出さなかったんですか!」


 林原と木島が双眼鏡を眺めながら、そう言いだす。


 すると金原がラインの返信を眺める。


「理由が分かった」


 金原がそう言うと、部員全員が「どうしてですか?」と問いただした。


「あいつ、耳が聞こえないらしい」


「えっ・・・・・・」


 部員が驚く中で俺は緑茶を飲み干した。


 耳の聞こえない野球選手は実際に日本のプロ野球にもいる。


 珍しいことではあるが、野球の実力はそれとは別だろうと俺は思った。


 すると、建長学園のキャッチャーがタイムを取り、マウンドに内野陣が集まっていた。


 全員手話で会話をしている。


「あれでサイン出されたら、まったく分からねぇよ」


 木村と金原がそう会話している最中に、建長学園のナイン達は守備位置に戻り、高谷はノーワインドアップの態勢からテークバックをして、ボールを投げた。


 判定はストライクだ。


「奴らはとんでもないジョーカーを隠し持っていたな」


 金原がそう言ったと同時に場内は沸き立った。


 高谷がこの試合、九個目の三振を奪ったからだ。


「まだ、0対0だが試合は建長学園ペースだな」


 金原がそう言うと、沖田がスマートフォンを操作しながら「観客の判官びいきもあるんじゃない」と答えた。


 沖田は金原に「また、ゲームか!」と叫ばれていた。


 すると場内が再び沸き立った。


 高谷がフォークでこの試合一〇個目の三振を奪ったのだ。


「今、何回だ?」


「7回表のツーアウトです」


 木村が木島に確認すると、金原が「できれば奴とは当たりたくないな」とだけ言った。


 確かに高谷と当たれば球場全体が、俺達の負けを求める空気にはなるだろうな?


 手話を使ってのサインは遥かなる甲子園という話で沖縄のろう学校チームが取り入れたという話しは聞いていたが?


 それをやってくるか?


 俺がそう思っていると、高谷はこの試合一一個目の三振を奪って、7回を無失点に抑え、ベンチに戻っていった。


「・・・・・・頼むから、勝たないでくれよ」


「俺達がアウェーの雰囲気になるからね」


 沖田がそう言うと金原は「そういうことを言うなよ」とだけ言った。


 まぁ、実力面でも出来れば、当たりたくはないな。


 俺は緑茶を飲みながら、ベンチに引き上げた高谷を双眼鏡で眺めていた。



 大和スタジアムから学校へと戻ると、野球部は部室でミーティングを行った。


「あぁ~、この汗臭い部室に招待ありがとう」


 スポーツ統計学部の部長である、山上がマスクをしながら部室に入ってきた。


 その途中で「臭い、臭い」と言っていた。


 部員達の目線は山上に対して、敵意に満ちていた。


「金原から送られてきた動画を見る限りで、説明するよ」


 山上は持ってきたノートパソコンをプロジェクターとつなごうとしていた。


「まさか、建長学園がベスト八に残るとわな?」


「まさにサプライズや」


 井伊と柴原は何故か、ポップコーンとナチョス、ホットドックを頬張りながら、プロジェクターを見つめていた。


「ここは映画館じゃないんだよ」


「何!」


「これからアルマゲドンが上映されるんやないのか!」


 ブルースウィリスの名作な。


 俺はダイ・ハードが好きなんだけど・・・・・・


「さて、今日は大きなサプライズがあった」


 山上は眼鏡クイをし始めた。


「女子に過剰な妄想を抱いている、哀れな男子校、建長学園がジョーカーを使って、県大会ベスト八に残った」


 山上は途中で「はっ!」と言う笑い声を挙げた。


 俺を始め、部員の多くが「早く帰れ」と思っていたところだろう。


 一方で隣に座っている井伊と柴原は「早く始まらんかな、タイタニック」や「始まる前に全部食べてしまうぞ」と言いながら、映画飯三点セットを食い続けていた。


 何で見たい映画の大半が一九九〇年代から二〇〇〇年代の奴ばっかりなんだよ。


 俺はツッコミをしたい衝動に駆られながらも、目の前のプロジェクターに映し出される形で、ジョーカーと呼ばれる、建長学園の新エースである高谷純也の投球している映像が流れていた。


「何しろ、公式戦初出場の投手だから情報が少ない」


 山上がそう言うと「じゃあ、帰れよ」と部員の一人が言った。


「・・・・・・無能な脳みそ筋肉が」


 山上はそうつぶやいた。


「僕も受験勉強があるんだよ。金原がどうしてもと言うから来たのにな?」


 そう言った山上は「帰っていいか」と金原に聞いた。


 すると金原は「一応、続けて」とだけ言った。


「まぁ、付き合いもあるからいいだろう」


 山上がそう言うと神奈川のローカルテレビ局で流されていた、建長学園と横浜経済高校の試合も同時に流され始めた。


「君達のマネージャーからもらった映像の他、公式、非公式な映像も含めて、球種を絞ってみた」


 すると、高谷が投げた球種のパーセンテージを表した、円グラフが現れた。


「ストレートのマックスは一四一キロか? まぁ、高校生では速い方だ」


 円グラフと同時にローカルテレビ局が撮った、高谷の投球映像も流されていた。


「球種はストレートの他にスライダー、スローカーブにフォークがあるが・・・・・・」


 山上がそう言うと、横浜経済高校選で投げた、球種の球数も現れた。


「全体投球数九十四球の省エネピッチングで、フォアボールはゼロ。その中でストレートは六十二球でフォークは二十二球だ」


 つまり、投球の大半はストレートとフォークで成り立っているという事だ。


 俺がそう認識をしている隣で井伊と柴原がナチョスを食べている音が響く。


 これが本当の映画館だったらトラブルになっているところだなと思いながら、二人を眺めた。


「まぁ、パーセンテージに関しては今日一日で作るのは困難だ」


 山上はそう言うとノートパソコンをしまい込んだ。


「おい、仕事放棄かよ!」


 山崎がそう言うと、山上は「僕は受験勉強があるんだ」と言った。


「統計するのがお前らの仕事だろう!」


 山崎がそう言うと、山上は「僕達にそんな義務はない」と言いのけた。


 そして、山崎が「何だと!」と山上の胸倉をつかもうとすると、場内は騒然となった。


「まぁ、あの男のストレートはものすごいスピンが掛かっているのは確かだ」


 山崎が「どのくらいだ?」と聞くと、山上は「ストレートのマックスが141キロで、回転数は約二八〇〇回転以上だ」とだけ答えた。


 山上がそう言うと「つまり、球速表示よりも体感速度が速いという事だな?」と金原が言った。


「まぁ、その代わりにボールを捉えればピンポン玉のようにボールが飛ぶ可能性はある」


 山上がそう言うと、山崎は手を放した。


「つまり、球質が軽いってことか?」


 山崎がそう言うと「その分、バットに当たる可能性は低いぞ」と言った。


 山崎が手を放すと同時に山上は「ついでにフォークもあるから、ややこしい」とだけ言った。


 そう言いながら、山上はノートパソコンをしまい、プロジェクターはスポーツ統計学部の部員達が片付け始めていた。


「まぁ、頑張って、球遊びをしたまえ。僕は受験勉強があるのでこれで失礼」


 そう言う山上に俺は「山上さん、どこ受けるんですか?」と聞いた。


 すると間髪入れずに「東大の医学部だ」と答えが返ってきた。


 そして山上はそのまま、部室を出て行った。


「浪人してしまえ」


 俺がそう言うと、山崎が俺の肩を掴んだ。


「俺も同感だ」


 俺はサムズアップでそれに答えた。


「映画はまだなんか~」


「俺達はシュワちゃんやブルースのアクションが見たいんだ~」


 二人がホットドック、ナチョス、ポップコーンを食べつくした後に、地団駄を踏み始めた。


「・・・・・・ここが映画館だったら、俺はこいつ等を許すつもりはありません」


 俺がそう言うと山崎が「同感だ」と言って、俺の右肩を掴んだ。


 俺はサムズアップでそれに答えた。


 その中でも、バカ二人はスポーツ統計部が器具の片付けに入る中で「映画、映画!」と叫ぶ。


 二人を殴り倒したい気分になった午後の出来事であった。



 夏の午前中、俺達、早川高校野球部は神奈川県横浜市関内にある山下公園にいた。


「アイ~ン、ついにハマスタに戻ってきたぞ!」


 俺達、早川高校野球部は準々決勝まで残った為、結果的に開会式以来の横浜スタジアムのグラウンドに足を運ぶこととなった。


 井伊は鼻息荒く興奮した表情で話す。


 ついには「うぉぉぉ!」と意味なく叫び始めた。


「まだ、県大会ベスト八だろう?」


 俺がそう言うと、井伊は「オリンピックの会場だぞ!」と言った。


 それに柴原も「そうや、そうや!」と同調しだした。


「お前にはわかるまい!」


「俺達、田舎育ちからすれば、この大都会の斬新さはまさにアメイジングなのや!」


 まぁ、確かに俺はどちらかというと都会育ちだけどさ?


 ちなみにアメリカにいたとき、俺はニューヨークにいた。


「しかも街が綺麗や!」


「さすがはハイカラの街、横浜!」


 井伊と柴原が興奮しながらそう語ると、監督の林田が「それじゃあ、スタメン発表するぞ!」と言い出した。


 すると部員達が「オウ!」と掛け声を挙げた。


「一番センター、木村」


「はい!」


「二番ライト、木島」


「はい!」


 監督は打順を変えてきた、


 バントの名手、山崎を二番から代えて、


 アベレージヒッターの木島を二番に据えるか?


 どんな狙いがあるのだろうか?


 俺はそれが気になった。


「三番キャッチャー、金原」


「はい!」


「四番サード、林原」


「はい!」


 二番に木島を持ってきた以外は、普段と変わらないな?


「五番ファースト、井伊」


「はい!」


 井伊が五番に加わるのは気に入らないが、ここまで勝負強い打撃をしているので、何も文句をいう事は出来ないと思った。


「六番ピッチャー、沖田」


「はい!」


「七番セカンド、山崎」


「はい」


 山崎さんが七番ね。


 俺はリリーフか・・・・・・


 そう考えると俺は緊張感からか、早くブルペンで肩を作りたくなった。


 ついでに何故か、トイレにも行きたくなった。


「八番レフト、原田」


「はい!」


「九番ショート、柴原!」


 林田がそう言った瞬間、俺を含めた部員全員が、ずっこけ始めた。


 すると柴原が「マジか!」と狂喜乱舞し始めた。


 柴原一人が「ついにワシの出番が来たで~!」と騒ぐ中、部員達は開いた口が塞がらないと言った表情を見せた。


「・・・・・・監督」


 山崎が口を開いた。


「何だ?」


「柴原をスタメンに加えるんですか?」


 山崎が疑問を口にすると、林田は「今までの試合で盗塁失敗は0だからな」とだけ言った。


 つまりは機動力で高谷を揺さぶる狙いか。


 俺はそう解釈した。


「とにかく、今度の相手は今までで一番完成度が高い投手かもしれない。一点が重要だ」


 監督がそう言うと部員達は沈黙しだした。


 すると監督は「返事は!」と怒鳴った。


 部員達は虚を突かれた様子で「はい!」と答えた。


「よし、球場に乗り込むぞ!」


 監督がそう言うと俺達は、Gメン75よろしく、横浜スタジアムへと文字通り乗り込んで行った。



 試合前に控えブルペンでキャッチャーの倉井と投球練習をしていた。


「うぉぉ!」


 井伊が奇声をあげて、こちらに走ってきた。


「おい、ファーストだろう、お前は」


 俺がそう言うと、井伊は「俺はキャッチャーを諦めていないぞぉう!」と松岡修造よろしく片手を上げて、雄たけびを挙げていた。


「お前は良いなぁ~」


「何が?」


 これ以上、何がうらやましいんだ。


 井伊や柴原にしても?


 俺は投球練習を続けたかった為、正直に言えば今の井伊が邪魔で仕方なかった。


「横浜スタジアムはリリーフカーがあるんだぞ!」


 井伊がそう言った後、俺は「ふ~ん」とだけ言って、倉井との投球練習を再開した。


「何だ、驚かないのか!」


 井伊がそう言った後に俺は尻に蹴りを入れた。


「おぅ、暴力反対!」


「アマチュアでは使われないんだよ」


 俺がそう言うと、井伊は「何・・・・・・本当か!」と絶句した表情を見せた。


「うん、俺も乗りたかったんだけどな」


 本音を言えば、リリーフカーに乗ってみたかった。


 少年期におけるプロという大人の世界への憧れも手伝って、一度は乗ってみたかったが、今日、横浜スタジアムに入って以降、一度もリリーフカーの影も形も見たことは無い。


 井伊の無知ぶりは嘲笑に値するが、落胆していることに関しては俺は同意していた。


「・・・・・・よし、俺はプロになる」


 井伊はそう言った後に「俺はプロになって、リリーフカーに乗るぞ!」と大声で叫び始めた。


「お前はキャッチャーだろう」


 井伊はそのまま、走って、グラウンドを通り抜け、一塁ベンチへと戻っていった。


「・・・・・・邪魔でしたね、あいつ」


 俺がそう言うと、倉井が笑いながら「まぁ、メジャーにはキャッチャーから投手になった奴がいるからな」とだけ言った。


「あいつは打撃と肩はいいからな」


「リードは無駄球が多いですけどね」


「金原に比べたら、そうだけど、あいつは中々、筋が良いぞ」


「リードですか?」


 そう言うと倉井は「へっへっ」と笑い出した。


「俺達が引退したら、必然的にお前らは相棒になるんだからな」


 倉井がそう言うと、俺は「それだけは止めてほしいですね」と言った。


 すると倉井は「嫌よ、嫌よも好きの内ってね」と言ってはにかんだ。


 黙れ、くそゴリラが・・・・・・


 口には出さないが、俺は倉井に対してそう毒づいた。


 するとセカンドを守る、山崎がブルペンにまで来て「そろそろ、整列!」と言った。


「よし、いつでも登板できるように備えよう」


「はい」


 俺と倉井は整列をする為に横浜スタジアムのホームベース周辺へと移動した。


 今までの球場に比べて、広いな・・・・・・


 プロの感覚では狭いと言われているのが不思議だと思える、奇妙な感覚を覚え始めていた。


「整列!」


 球審がそう言った後、早川高校と建長学園の選手達が整列をした。


「今度は負けねえぞ」


 建長学園のキャプテンがこちらに対してニッと笑う。


 ここまでの相手チームのほとんどが、こちらに対して好戦的な態度を取る中で、中々好意的な態度だと感じた。


「こちらこそよろしくお願いします!」


 井伊が珍しく丁寧な言葉で相手のキャプテンと相対す。


 そう言った後に、球審が「君たち、私語は慎みたまえ!」と怒鳴りだした。


「じゃあ、フェアプレイで行こう!」


 建長学園のキャプテンがそう言うと、井伊は「人当たりの良い人だったなぁ~」ととぼけた調子で三塁ベンチを眺めた。


「だからと言って、相手に肩入れするなよ」


 金原が井伊に対して厳しい目線を向けた。


「はい~」


 井伊がそう言った後に早川高校の選手たちが、円陣を組む。


「よし、後、三つで甲子園だ」


 金原がそう言うと、木村が「分かってますよ」と言った。


「とにかく、目の前の試合・・・・・・勝つぞ!」


 金原がそう言うと選手達が「ウェイ!」と声を挙げた。


 そう言った後に金原が防具を付け始めた。


 先発の沖田はその間に倉井と共に、投球練習を始めていた。


「さぁ、行こう!」


 防具をつけ終えた金原が沖田の尻を叩いた。


「止めろ、俺は女の子が好きだ」


「俺はノーマルだよ」


 二人はそう言いながら、グラウンドへと向かっていった。


 俺は整列が終わった後、外野スタンドの室内にある、ブルペンへと向かっていった。



 試合は早川高校が後攻、建長学園の先攻で始まった。


 一回の表、高校野球特有の開始のサイレンが鳴る中でゲームはスタートした。


 その中で、早川高校の先発沖田は一番、二番、三番を内野ゴロでわずか五球で三者凡退に仕留めた。


 俺はその様子をブルペンで見ながら、キャッチャーの倉井に「立ち上がりはいいですね」と言った。


 倉井は「相手は完全な守備主体のチームだからな」と言った。


「確か、建長学園はここまでコールド勝ちが無いんですよね」


「ほとんどが五点差以内のスコアで、チーム防御率が低いからな?」


「その代わり、打線も比較的貧弱」


「その通り」


 俺達はそのような会話をしながら、立ってキャッチボールをしていた。


 建長学園はここまでエースの高谷を使わずに一回戦、二回戦、三回戦を五対〇と四対〇に二対〇で勝ち上がった後は、四回戦は二対一で、この前、視察に行った横浜経済高校戦ではエースの高谷が初登板して九回の裏の攻撃でサヨラ勝ちをした為、スコアは一対〇だった。


 すなわち投手力と野手陣のインプレーにおける硬い守備力が持ち味のチームだが、打線においては機動力と打線のパワーでは圧倒的に早川高校の方が上ではあるとの見方が、試合前の新聞などの予想ではあった。


 しかし、直前になって建長学園はジョーカーともいえる存在の高谷を投入してきた。


 これにより、早川高校の強みである機動力と打線のパワーが抑えられてしまう可能性が出てきてしまったのだ。


 どんなに高い機動力を持っていても出塁できなければ意味がない。


 不幸なことに高谷はこの前の試合では四死球0という数字を残しており、制球力に秀でているピッチャーと言う可能性がある。


 よって、四球での出塁を望めるかは怪しい。


 なら、パワーはどうかというと、横浜経済高校戦では回転数の多いストレートとフォークの組み合わせで九回、二七個のアウトの内、一三人から奪三振を奪っている。


 そして一番の特徴はそのうち見送り三振が九つを占めているという事だ。


 これは恐らく正確な制球力と体感速度の速いストレートに落差の大きなフォークがストライクゾーンぎりぎりに決まり、バットを振らなくても自然に三振と言う判定を下される可能性が高いのではないかというのが、スポーツ統計学部が追加で出した報告だ。


「よし、木村・・・・・・打てよ」


〈一回の裏、早川高校の攻撃は一番、センター木村君、背番号八〉


 横浜スタジアムのウグイス嬢がそうアナウンスする。


 いよいよ、早川高校の攻撃が始まるのだ。


 うちの自慢のラン&ガン打線が機能するかは、まず一番の木村と二番に起用された木島にかかっていると言えるところだ。


 木村が左バッターボックスに立つと一塁側応援席から、早川高校吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。


 木村の応援曲はスターフォックスのメインテーマだ。


 うちの学校は所々でゲームオタクぶりを発揮するな・・・・・・


 俺は呆れ返りながら、倉井とキャッチボールを続けていた。


 ゲームを見ると、建長学園のピッチャー高谷が投げた初球はアウトロー低めのストレート。


 球速表示は一三八キロと高校生では速い方だが、木村の表情は驚きに満ちたものだった。


 相当ノビがあるみたいだな・・・・・・


 俺がそう思いながら試合を眺めていると、高谷は木村に対して、インコース中段にストレートを投げた。


 木村はそれを見送った。


 本人はボールだと思ったらしいが、球審の判定はストライクだった。


 きわどいコースだった。


 木村は思わず審判を見て、アヒル口をして見せたが、判定が覆ることは無い。


 本当にコントロールがいいんだな・・・・・・


 俺とはある意味で真逆の投手かもしれないとも感じ始めた。


 三球目は建長学園のキャッチャーがインサイドへと構える。


 高谷はノーワインドアップのフォームからボールを投げると、ボールは打者の手元付近で下方向に落ちた。


 フォークだ。


 木村がそれを見送ると、


 球審はそれをストライクと判定した。


 木村は記録上見送り三振という形になった。


 フォークまで制球力が抜群だとは思わなかった・・・・・・


 直前まで早川高校の部員達は、フォークには手を出さないで、それで球数やカウントを稼ぐという作戦を考えてはいたが、フォークの制球力も抜群という時点でこの作戦は通用しないという事が今の時点で判明した。


「・・・・・・公式戦で当たったピッチャーの中では最強じゃないですか?」


 俺がそう言うと倉井は「まだ、北岡がいる」とだけ言った。


 あのにやけ男か?


 ハンサムではあるがどこか歪んだ自己愛に満ちている印象の投手だった。


「あいつはコントロールは高谷よりは大幅に落ちるが、この夏で一五〇キロ超えを果たしたらしいぞ」


「あぁ、新聞とテレビが騒いでましたね」


 この夏の間、テレビや新聞では甲子園の話題が多くなってきたが、その中で二年生でありながら、北岡は大きく注目され、高校野球のアイドル雑誌の表紙になることもあった。


 井伊と柴原は「許せんな」と憤慨していた。


「それにフォークとスプリットにツーシーム、奴は化け物に近いな」


 倉井がそう言うと、俺は「でも、越えなければいけないんですよね?」と言った。


 倉井は「勝てる見込みは無いが、俺達はそれを超えなきゃいけない」と言って、ボールを返球した。


〈二番、ライト木島君、背番号一六〉


 アナウンス嬢がそうコールすると同時に木島は左バッターボックスに立つ。


「木島って、スイッチですよね」


「あぁ」


 俺と倉井がブルペンでそう会話していると、木島は高谷が投げたインコース低めのストレートを捉えた。


「おっ!」


 俺と倉井がそう声を挙げたが、結果はセカンドゴロとなった。


「・・・・・・当てましたね?」


 倉井は「奴等は低め中心の配球をしているな」とだけ言った。


 ボールを低めに集めてゴロを取るリードか?


 俺は倉井とキャッチボールを続けながら、そうぼんやりと考えていた。


〈三番キャッチャー金原君、背番号二〉


「頼むぞ、キャプテン!」


 倉井がそう言った後に高谷はアウトコース中段にストレートを投げ込んだ。


 きわどいコースだが、これも判定はストライク。


 金原は顔をしかめていた。


「審判、あれは無いだろう」


 倉井がそう言った後に俺は「そろそろ座ってもらえますか?」と言った。


 緊張感からか早めに肩を温めておきたかったからだ。


「まだ、一回だぞ」


 倉井がそう言いながら、ボールを返球する。


「・・・・・・分かりました」


 俺はそれに対して反論することなく、ただキャッチボールを続けることにした。


 その一方で高谷はインコース低めにストレートを投げ込んだ。


 コースギリギリだったが、何と金原がこれに手を出し、結果はピッチャーゴロとなった。


 早川高校の初回の攻撃は〇点という結果となった。


「あぁ、ストライクとボールの判断がつかなくなっている」


 倉井がそう解説した後に俺は「あんなギリギリの球がストライク判定だとそうなりますね?」と言った。


 そして二回の表になって、早川高校のエース沖田が横浜スタジアムのマウンドへと向かっていった。


 これはもしかしたら、投手戦になるのではないだろうか?


 俺はそのような予感がしたが、仮にもしそうなれば、本来、機動力とパワーによる攻撃力を売りにしている、うちのチームが守りを主体とする建長学園のペースの中で、試合を進めるのではないのだろうかという懸念が俺の中で渦巻いていた。



 二回の表、沖田は四番・五番・六番を7球で打ち取った。


 ここまでは打たせて取る、省エネピッチングだ。


「相手よりは球数が少ないですね」


「三振が多い分、相手の球数を多くさせたいしな、それに五〇〇球ルールがあるし」


 高校野球の五〇〇球ルールとは一週間以内にそのような球数を超えたら、その投手の登板が停止されてしまうというルールだ。


 これは投手の故障を防ぐルールであり、戦力にばらつきのある高校野球ではより強く、層の厚いチームだけが勝ち残るという事態を招いているが、中堅クラスであるはずの早川高校は早くからこれに対応した戦略を練っていて、実際には一週間以内でその五〇〇球ルールの目安に沿って、沖田、俺、井上でローテーションを回している。


 もっとも、井上はいつも炎上するので、事実上は俺と沖田とで回しているのだが?


 俺と倉井はまだ立ちながらキャッチボールをしている、まぁ、このまま沖田が好投してくれれば、俺の出番が無いまま試合が終わるだろう。


 俺はそう考えながら、ブルペンで倉井の胸元にボールを投げ込んでいた。


 試合は二回の裏で、早川高校の攻撃。


〈四番サード、林原君、背番号五〉


 四番の林原を迎える。


 実はこの林原は高校通算五十本を誇る、長距離砲でプロも注目をしている逸材らしい。


 林田監督の誘いに乗って、うちの学校に入学したらしいが、どうして名門校の誘いを断って、うちの学校に来たのかを一度でいいから聞いてみたい次第だ。


 そう思いながら、俺は林原が右打席に立つのを眺めていた。


 相手ピッチャー高谷がストレートをインコース低めに投げる。


 林原はそれを見送るが、判定はストライクだった。


「この場合、きわどい球は全部ストライクだと思った方がいいな」


 倉井はそう言いながら、俺にボールを投げ続けていた。


 続く、二球目。


 高谷は内角をえぐるシュートを投げてきた。


 林原はタイミングを崩されながらもバットにそれを当て、三塁側スタンドに打球が飛んで行った。


「付け入るスキがあるとすれば、ああ言う、冒険した時ですかね」


 俺が倉井にボールを投げ続けていると、倉井は「あいつはストレートとフォーク以外はあまり投げないからな」とだけ言った。


 三球目、高谷はフォークを投げ、林原はそれを手を出して、空振り三振となった。


 キャッチャーが林原にミットで触れると、当人は首を傾げながら、ベンチへと走って戻っていた。


 そして俺は次の打者が打席に立つのを見て、何故か悪寒を背筋に感じ始めた。


〈五番ファースト、井伊君、背番号一九〉


 井伊は勢いよくバットを振り回しながら、左バッターボックスへと立つ。


 その顔は何故か満面の笑みだった。


 すると一塁応援席を陣取っている、早川高校吹奏楽部は井伊の応援歌としてゼルダの伝説のテーマを流し始めた。


「・・・・・・うちの吹奏楽部って何でゲームの歌ばっかりなんですか?」


 俺がそう聞くと倉井が「う~ん、みんな、ゲーム好きだからじゃねぇか?」とだけ言った。


 恐らく、倉井も何故だか知らないのだろう。


 ゼルダの伝説のテーマが流れる中で、井伊は左打席にオープンスタンスの態勢で立っていた。


 初球、高谷はアウトコース中段のストレートを投げる。


 井伊はそれに手を出し、見事に空振りをした。


「あいつ基本的にキャッチャーなのに、随分と軽率なんじゃないですか?」


「打撃とリードは別物って考えだろ?」


 俺達がキャッチボールを続けている中で、ゼルダの伝説のテーマが流れる。


 続く二球目、インコース低めのストレートに井伊はバットを当て、一塁側のベンチに打球は飛んで行った。


「当てたな」


「勢いだけの奴ですけどね」


 俺がそう言うと、高谷が三球目を投げた。


 フォークボールだ。


 すると、井伊は落差の大きいフォークに片手で対応し、バットに当てた。


 金属バットの甲高い音が聞こえ、ボールは二塁を超えて、結果的にライト前へのヒットとなった。


「・・・・・・フォークに合わせてきたな」


「あいつ、いつか死ぬんじゃないかな?」


「何で?」


「一年の内にあそこまで、神がかっていると、そう思いませんか?」


「まぁ、普段がバカ全開な奴だからな」


 井伊が一塁に立つと、続く六番バッターのピッチャー沖田が左打席に立つ。


「六番ピッチャー、沖田君、背番号一」


 高谷が初球を投げる。


 球種はフォークボールだ。


 初球から決め球を使うか?


 左打席に入った沖田はそれに手を出し、結果は最悪のダブルプレーとなり、早川高校の二回の攻撃が終わった。


「あれは、井伊に出来るなら俺にも出来るという、変な意地が働いた結果だよ」


 倉井はため息を吐きながらそう語った。


 俺はそれに対して、沈黙を決め、ただ黙々と倉井とキャッチボールをすることにした。



 三回の表は沖田が七番・八番・九番を全て内野ゴロで仕留め、この回はわずか四球で仕留め、ここまで、計一八球とかなり少なめの球数で相手をパーフェクトに抑えていた。


 一方の高谷は三回の裏、早川高校の七番山崎、八番原田を連続三振に切って取って、続く、九番ショート柴原は初球セーフティーバントで内野安打での出塁を狙ったが、高谷のフィールディングの良さが勝り、結果的に一球であえなくアウトとなってしまった。


 奴はどうしてあんな効率の悪い攻撃の仕方をするのだろうか?


 やっぱり、あいつバカなんだな。


 俺は思わず、柴原を鼻で笑ってしまった。


「ここまで、投手戦ですね」


「まだ分からないぞ、沖田の方が球数は少ないからな」


 高谷は二回まで一三球と割と球数は少ない方だったが、山崎に五球、原田に六球、頭の悪い柴原に対して一球を費やした為、三回だけで一一球を費やし、これで合計、二四球となった。


「球数では結構拮抗していますよ」


「下位打線が結構粘ったんだがな」


 倉井はそう言った後に、防具をバッグから取り出し始めた。


「座ってくれますか?」


 俺がそう言うと「早く準備したくて、うずうずしているんだろ?」とだけ言った。


 俺は倉井が防具を付けるのを手伝う事にした。


「でも、沖田先輩がここまでパーフェクトに抑えていますね」


「お前、それ言うと大体パーフェクトゲームが途切れるから止めろよ」


「もう、どうせ実況か解説が言っていますよ」


 確か、この試合の様子は神奈川のローカルテレビ局が放送しているはずだ。


 まだゲームは序盤なので、沖田のパーフェクトペースについては言及されているかは分からないが、終盤までこのペースが続けば、恐らくパーフェクトゲームについての言及が出てくるだろう。


「沖田先輩に達成してほしいですか?」


 俺がそう言うと倉井は、「完封勝ちか、コールドで早く終わるかだな。その方が負担が少なくていい」とだけ答えた。


「まぁ、チームメイトの立場からすれば、達成してほしいさ」


 倉井が防具を付け終わると、俺はブルペンのマウンド部分へと足を踏み入れた。


「よし、投げます」


「おう!」


 俺がそう言って、倉井にストレートを投げる。


 ミットが弾ける音が聞こえた。


「お前も結構、結構球が伸びるぞ」


 倉井がそう言いながら返球をする。


「統計学部に今度、俺の回転数を図ってもらおうかな?」


 俺がそう言うと、倉井は「正直に言えば、球がホップしている!」と大声で叫んだ。 


 すると「浦木君?」とどこかから声が聞こえた。


「えっ?」


 そして、俺の頭部にボールが当たる。


「気を抜くな!」


「すいません」


 今の声は・・・・・・瀬口だよな?


「いるかな?」


「ブルペンは外側からこの辺りだよ」


 川村も一緒かよ・・・・・・


 ブルペンの外側だから、山下公園の敷地内か? 


「何すか!」


 俺が珍しく大声を出すと、川村が「おっ、ぴったしカンカンじゃん!」と言い出す。


「浦木君!」


「何だ!」


「私たち、インターハイは沖縄に行くから、甲子園には行けないからね!」


「それ伝える為だけに来たのか!」


「ついでに観戦するのさ、ボーイ! ありがたく思え!」


「寒気が走るんですけど!」


「グッドラック!」


 そう言った後に二人の声が遠ざかる。


 すると倉井が「お前、ナチュラルにモテるな」とこちらを厳しい目線で眺めていた。


「ただ、会話しているだけですよ」


「俺が、女子からなんて言われているか知っているか」


 倉井が血走った眼を向けながら、こちらに近づく。


「何です?」


「パワーファイターだぞ!」


 いや、それのどこが問題なんだよ。


「かっこいいじゃないですか?」


「俺はもっと可憐なあだ名が欲しいんだ」


 倉井がそう言うと、俺は「例えば?」と聞いた。


「・・・・・・少なくとも、ゴリラとか主食がバナナとは言われたくない」


 倉井はそう言った後に、キャッチャーマスクを付け始めて「投げろ!」と言った。


 余計な邪魔が入ったが、気を取り直して肩を作り直そう。


 俺が三球目のストレートを投げ終えた後、場内のざわめきが聞こえた。


 気が付けば、四回の表の沖田の投球はまたしても、一番・二番・三番を七球で仕留め、計二六球と、パーフェクトかつ省エネなピッチングを展開していた。


 一方の堅調学園のピッチャー高谷は木村に五球連続ファールで粘られ、現時点で、二九球の球数を投げていた。


 俺はそれを気にせずに投球練習を続けた。


 その結果かどうかは知らないが、最終的に木村はフォークを引っ掛けてショートゴロとなった。


 これで高谷の投じた球は三〇球。


 今日の気温は三十六度と真夏日なので、上手く天気も味方をしてくれてもいいが、もっとも、そうなると沖田も影響を受ける可能性があるが。


「うちのバッター達は高谷に当ててますね」


 俺がそう言うと、倉井は「これで球数が稼げれば、沖田の援護にもなるとは思うな」と答えた。


 その後に木島がなんと七球連続で高谷の打球をファールボールにして、これで高谷の投球数は三七球となった。


「ちょっと、ボール球が目立ち始めたな」


 倉井がそう言うと、俺は「まさか、精密機械が狂いだしたとか?」と言った。


 すると倉井は「まぁ、精密機械といえど思春期の高校生だからな」と言って、俺にボールを返球した。


 俺は返球をもらうと、座っている倉井にストレートを投げた。


「うん、お前やっぱり伸びもいいよ!」


 倉井がボールを返球する。すると場内は大きなため息に包まれた。


 木島が高谷のストレートを打ち上げ、セカンドフライとなったのだ。


 これで高谷の投球数は三十八球、四回の時点では上々の数だ。


 しかし、早川高校は序盤はボールに当てることもできなかったが、高谷に対してこのような攻め方が出来るようになったことは突破口が切り開けるの吉兆ではないだろうか?


 俺は、そう考えながらもひたすらボールを投げ続けた。


「倉井さん」


「何だ?」


「縦スラ、投げていいですか」


 金原と練習してきたボールである。


「いいけど、俺捕れるかな・・・・・・」


 倉井はそう言いながらも「さぁ、来い!」と言って、ミットを構え始めた。


 俺をミットめがけて、人差し指と中指をボールの縫い目に押し込むようにして投げた。


 するとボールはまるでフォークボールのように、ものすごい落差で落ち、倉井の股間に直撃した。


「うぅ・・・・・・」


 俺は直ぐに帽子を脱いで、「大丈夫ですか?」と言った。


「うぉ~俺の男爵が・・・・・・」


 男の大事な部分を男爵と言った人間を見たのは、恐らく倉井が初めてではないかと思えた。


〈三番、キャッチャー金原君、背番号二〉


 キャプテンの金原が右打席に立った。


 すると相手の高谷はいきなりフォークボールを投げた。


 金原はそれにバットを当て、打球はセンター前を抜けるかと思えたが、建長学園のキャプテンである、セカンドがそれに追いつき、ジャンピングスローで、それをさばいた。


 記録上、これはセカンドゴロとなった。


 凡退した金原は開いた口が塞がらないといった表情を見せた。


 これで高谷の球数は四回の時点で三九球だ。


「倉井さん、大丈夫ですか?」


「俺の男爵に何かあったら、どうするんだ!」


「大丈夫ですよ、片方つぶれても機能するようになってますから、男爵は?」


「慰めにもならねぇよ・・・・・・」


 倉井はひたすら、横浜の中心で「男爵がぁ~」と唸っていた。



 五回の表、早川高校は先発の沖田が、四番・五番・六番を四番、五番を三振二つで仕留め、これで九球の球数を使い、続く六番バッターはツーシームで仕留め、二球を使った。


 インプレーのファーストゴロだった。


 ここまでトータルで五回を37球とかなり少ない球数で投げ切っていた。


 しかも、ランナーを許さないパーフェクトピッチングである。


 一方、五回の裏では建長学園のエース高谷が、早川高校の四番、林原に対して五球を擁して、最後の六球目はフォークボールを投げたが、林原はそれを上手く、バットに当てた。


 しかし、再び堅調学園のキャプテンであるセカンドがそれをセンターラインでキャッチをして、一塁に送球。


 林原はセカンドゴロとなった。


 これで高谷の球数は四五球だ。


「高谷の奪三振数が三つですか」


「少ないな、もっともおかげで試合時間はかなり早いけどな?」


 今日ここまでの試合時間は何と三五分と驚異的な速さで進んでいた。


「これで俺達が勝ったら、万々歳なんだけどな」


 倉井とそのような会話をしながら投球練習を続けている。


 抑えとして俺は出られるだろうか?


 俺はそう考えながらグラウンドの方面を見つめる。


 すると次のバッターとして井伊が左バッターボックスに立とうとしていた。


〈五番、ファースト井伊君、背番号一九〉


 井伊がオープンスタンスの構えで打席に立つと、一塁スタンドにいる吹奏楽部がゼルダの伝説のメインテーマを演奏し始めた。


 俺はその演奏を聴いて、げんなりとした気分で投球練習を続けていた。


「何で、あいつに対してゼルデンのテーマを流すんですか?」


「本人がどこかで『俺は勇者になる』とか言ったらしいぞ」


 そう会話しながら、炎天下の中で投球練習をしていると、球場に「おぉぉぉ!」という歓声が響き渡った。


「何だ?」


 倉井がそう言って、グランウンドの方向を見ると、井伊がダイヤモンドをゆっくりとした歩調で回っていた。


 まさか、あいつホームランを打ったのか?


「あいつ、何を打ったんですか?」


「分からん、とにかくホームランを打ったことは確かだ」


 俺は倉井からの返球を受けた後に、ブルペンからベンチへと向かう事にした。


「おい!」


「何です?」


「投球練習の途中だぞ!」


「倉井さんも井伊が何を打ったのか気になりませんか?」


 俺がそう言うと、倉井はしばらく沈黙した後に「・・・・・・聞いてみたい」と言った。


「ベンチに行きましょう。すぐ戻りますから」


 俺と倉井はブルペンから早川高校が陣取る一塁側スタンドへと向かっていった。


10


「打ったのは初球でインコースぎりぎりのストレートだったな?」


 金原がスポーツドリンクを飲みながらそう答えた。


「ボールぎりぎりだったのを力で無理やりスタンドまで持って行った」


 あいつ、小柄なのにそんなパワーがあったのか?


 ベンチでバナナを食べる井伊を眺めていると、目が合った。


「おぅ! アイ~ン!」


 駆け寄ってくんなよ・・・・・・


 俺は井伊から視線を外すが、本人はそんなのはお構いなしにこちらに近づいた後「俺の華麗な活躍を見たか!」と言い出した。


「打球はどんな感じでしたか?」


 俺がそう言うと、金原は「お前、試合見ていなかったのか?」と言った。


「ブルペンで準備していたので」


「協調性無いな~」


 木村がそう言った後に、井伊は俺の目の前に近づいてきた。


「アイン、無視しないでくれよ~」


 俺はそれに対して、びんたで返した。


「痛い!」


「俺からの餞別だ、受け取れ」


「お前、ひどい」


 金原は目も当てられないと言った表情でそれを眺めていた。


「ちなみに打球は弾丸ライナーでスタンド中段まで行ったよ」


「そうですか」


 俺がそう言った後に、柴原が井伊に対して「これで、君もパワーファイター!」と言って、特撮ヒーローのようなポーズを取っていた。


 井伊も「パワーファイター!」と言いながら、ポーズを取っていた。


 そして俺の前に二人がやってきた。


「これで、君も!」


「パワーファイター!」


 二人がそう言ったと同時に、俺は二人に対してビンタした。


「ギャー!」


「お前は猪木さんかいな!」


 ベンチに静けさが漂うと同時に七番セカンドの山崎がベンチに戻ってきた。


 早川高校の攻撃が終了したのだ。


「俺はブルペンに戻ります」


 俺がそう言うと、金原が「お前、ベンチが恐怖に震えているよ」と言った。


「倉井さん、行きましょう」


 俺がそう言うと倉井は「お前が上級生じゃなくてよかったよ」とだけ言った。


 俺は横浜スタジアムの一塁側ベンチから関係者用の通路を伝って、外野スタンドの内部にあるブルペンへと向かっていった。


11


 五回の裏、早川高校の攻撃が終わった。


 この回は五番の井伊が高谷のストレートを捉えて、ライトスタンドに運んで、一点のリードを勝ち取った。


 続く六番沖田が、五球でファーストゴロ。


 山崎が一二球もファールで粘り、相手のピッチャーである、高谷の球数は六三球となった。


 ゲーム中盤を迎える時点で多いとは思えないが、こちら側のピッチャーである沖田に比べて、かなりの球数を使っているのは確かだ。


 そう考えていると、ゲームは六回の表へと入った。


 沖田は先頭バッターである右の七番に対して、四球を費やし、最後の四球目はインローに入るスクリューでショートゴロに仕留め、続く八番バッターはスライダーを二球続けて投げ、相手を追い込み、これも三球目にスクリューを投げ、三振に仕留めた。


 これで沖田の球数はトータルで四十四球。


 それにしても、相手のチームは本当に打撃が出来ないんだな?


 俺がそう思っていると、打席には九番ピッチャーの高谷が打席に立っていた。


 前の打席ではインプレーの内野ゴロだったな。


 俺は投球練習を続けながら、スタジアムの様子を伺っていた。


 するとブルペンに二年生の井上が入ってきた。


「お前、来るのちょっと遅くないか?」


 倉井がマスクを取って、そう言うと、井上は「こいつが早いんですよ。一回から準備して」と俺を睨んできた。


「こいつ、緊張しているから早く準備したかったらしいんだよ」


「小心者なんですね?」


 井上はそう言った後、ブルペンで三年生の部員とキャッチボールを始めた。


「まぁ、今日の沖田先輩だったら俺の出番は無いですよ」


 井上がそう言うと、倉井が「この暑さで接戦だ。いつリリーフが必要か分からないぞ」と言って、キャッチャーマスクを付け始めた。


「まぁ、気楽に行きましょうよ」


 井上がそう言うとブルペンはピリピリとしたムードとなった。


 倉井は顔を高揚させた後、何も喋らなくなった。


 井上は発言が軽いことで知られており、しかも、ナルシストと言ってもいいぐらいの自己愛の強い投手だ。


 投手は自分に自信を持っていなければ、成り立たないポジションだが、井上のそれはどこか自分を信頼しているというよりは、自分の能力の無さと弱さを隠す為に去勢を張っているように俺を始めとする周りは感じていた。


 それはまるで思春期の中学生から、熱中することが何もない、青年期の大学生のそれを思い起こさせるものだった。


 俺を始めとして、部員の大半は井上を嫌っている。


「これで、俺が活躍したら、秋の背番号一は俺ですかね?」


 井上がそう言っても誰も口を開かない。


 皆、内心ではこいつの軽口に腹が立っているのだ。


 アインは汗が頬に伝るのを感じながら、座っている倉井に対してストレートを投げ続けていた。


 するとグラウンドから「キン!」という金属音が聞こえてきた。


 高谷がセンター前へと打球を転がしてきたが、それを柴原がグラブで掴み、反転して、ファーストへと送球した。


 判定はアウトだった。


 初球を叩いたので、沖田の投球数はトータル四五球。球数の時点ではこちら側に大きなアドバンテージが残る結果となった。


「あいつ、守備良いな?」


 倉井が口笛を吹きながらそう言うと、沖田に頭を叩かれながら、柴原が満面の笑みで一塁側ベンチへと戻っていった。


「何か、気に入らないですね」


 俺がそう言うと、倉井が「だからと言って、ビンタするなよ、猪木さん」と言って、笑い出した。


「猪木さん? 新しいニックネームですか?」


「まぁ、今日の試合に勝ったら、当面はそう呼ぶな」


 絶対に嫌だ・・・・・・


 猪木さんは偉大なプロレスラーで、あの人がいなければ総合格闘技は恐らく日本では発展しなかっただろうが、少なくとも俺はあの伝説の男と同じ名前で呼ばれるのは嫌だ。


 だって、こっちは野球だから・・・・・・


「まっ、勝ったらだから」


 いや、だからと言って俺はチームの負けを祈るような人間じゃないぞ。


 俺は横浜スタジアムのグラウンドで、右バッターボックスに八番レフト、原田が立つのを確認した後に倉井が「じゃあ、馬場さんにするか?」と言い出した。


 何で、昭和のプロレス限定なんだよ?


 原田が高谷のフォークを空振り、今日、四つ目の奪三振を許した。


 ここまで四球を要したので、六七球。


 そして、俺が猪木さんのあだ名を頂戴する原因になっている、奴が打席に立った。


〈九番、ショート、柴原君、背番号二十〉


 柴原はバッターボックスに立つと、奇声を挙げ、審判に礼をして打席に立った。


「あいつ、何て言ったんですかね?」


 倉井にそう言うと「まぁ、気合が入っているな」とだけ返ってきた。


 柴原が右バッターボックスに立つと、何故か一塁側スタンドの吹奏楽部から、ファイアーエンブレムのテーマが流れてきた。


 任天堂のゲーム曲が多いな・・・・・・

 

 俺がそう感じていると、柴原はアウトコース低めのストレートを見送った。


「ストライク!」


 審判がそう言った後に柴原は珍しく真剣な表情で、高谷を見据えた。


 これで六十八球。


 二球目は再びアウトコース低めのストレートだった。


 柴原はそれをひっかけて、サードへのゴロとなった。


「うぉぉぉ、柴原走れ!」


 倉井がそう叫ぶと、柴原は猛ダッシュで一塁ベースへと走っていった。


 するとサードはそれを落球し、柴原は一塁ベースに悠々と間に合ったのだが、何故か、ヘッドスライディングをしていた。


「そんなことしなくても、悠々と間に合うよ」


 俺がそう言うと、倉井は「まぁ、気分の問題だからな」と言って、俺の肩を叩いた。


 続くバッターは一番センターの木村だ。


 木村が左バッターボックスへと立つと、一塁側スタンドからスターフォックスのテーマが流れる。


 高谷がモーションに入ったその瞬間に柴原は一塁ベースから盗塁を決めた。


 するとボールを受け取った、建長学園のキャッチャーは、二塁へと急いで送球するが送球は二塁をバウンドし、それが直接セカンドに届くことは無かった。


「進塁だな?」


 倉井がそう言いながら、キャッチャーミットを叩く。


 俺はそれ目がけて、ボールを投げ続けた。


 すると、グラウンドから甲高い金属音が聞こえた。


 木村が左中間に抜ける長打を放ったのだ。


「インコースのストレートを上手くさばいたな」


 倉井がそう言うと同時に二塁ランナーの柴原がホームベース目がけて走る。


 すると一塁側ベンチからマリオのスター状態のテーマが流れていた。


 その無敵状態を匂わせる、テーマが影響したのかは定かではないが、柴原は見事、ホームへと生還し、早川高校のリードは二点となった。


 しかし、バッターの木村が二塁を蹴って、三塁へと向かったが、相手の中継プレーが勝り、ギリギリのタイミングでアウトとなった。


 すると一塁側ベンチからマリオがやられた時のテーマが流れた。


「・・・・・・あれは暴走だよ」


「それ以前に味方のミスをネタにする応援団はどうかと思いますけどね?」


「気取りが無くていいじゃねえかよ」


 俺と倉井は投球練習をしながらそうやり取りをしていた。


 すると、三球で二番ライトの木島がセンターフライに倒れ、早川高校の六回の攻撃が終わり、ゲームは七回へと進んでいった。


 これで高谷の投球数は七四球だ。


 今回は俺の出番はあるのだろうか・・・・・・


 マウンドへと向かう、沖田を眺めながら、俺はぼんやりとそう思っていた。


 すると倉井の返球が頭部に直撃した。


「またか、お前は!」


 倉井の怒号が妙に頭に響いていた。


12


 七回の表、早川高校の先発、沖田は一番を四球でセカンドゴロ、二番を五球で三振、三番を五球でファーストゴロに抑え、七回を五九球と省エネピッチングで尚且つ、パーフェクトゲームのペースだ。


「このまま、パーフェクト達成しねぇかな!」


 ブルペンで投球練習をしている井上がそう叫ぶと、倉井が井上の体目がけてボールを投げ込んだ。


「あぶねぇすよ!」


「お前、そういう事言ったら大体、途切れるんだよ!」


 倉井がそう言っても井上は「迷信っすよ」と言いながら、爬虫類のような笑みを浮かべていた。


 俺が倉井に座るように促すと、倉井は「すまねぇな、坊主」と言って、マスクを付けて、座り始めた。


 俺はそれに対してボールを黙々と投げ続けていた。


 すると、三番のキャッチャーの金原がセンター前へとヒットを打った。


 よく見ると高谷のストレートが高めに大きく外れていた。


「急にコントロールを崩し始めましたね?」


 俺がそう言うと、倉井は「沖田の投球が相手のピッチャーにプレッシャーを与えているんだよ」と言った。


 それに対して、俺は「ピッチャーは自分しか信じないものでしょう」と言ったが、倉井は「それは相当メンタルが強い奴だよ」と言って、ボールを返球した。


〈四番サード、林原君、背番号五〉


 ウグイス嬢がそうコールすると同時に早川高校吹奏楽部はメタルギア・ソリッドの戦闘曲を演奏し始めた。


 ここに来て、ようやく任天堂以外の曲を使ってきたよ。


 俺は何故か、安堵感を覚えていた。


 すると高谷はいきなりストライクゾーンど真ん中に失投をした。


 林原はそれを見逃さず、初球を叩き。打球は横浜スタジアムのバックスクリーンに直撃する、


 特大のツーランホームランとなった。


 これで得点は四対〇。


 早川高校のリードだ。


「決まりましたかね」


「まだだ、油断するな」


 まさか、沖田の投球が高谷のメンタルに影響し、その結果、高谷のコントロールを乱れさせる要因となるとは?


 沖田は皆が言うように本当はすごいピッチャーなのかもしれないな。


 俺は内心では過小評価をしていた、沖田に初めて、敬意を抱き始めていた。


 するとグラウンドから「キン!」という甲高い金属音が聞こえた。


 気が付くと、井伊がダイヤモンドをゆっくりと走っていた。


「フォークが抜けたんだよ」


「井伊に打たれるなんて、相手は相当精神的に動揺していますね」


 これでスコアは五対〇か。


 恐らく、今日、俺の出番は無いな。


 口に出せば、倉井に叱責されるだろうが、この瞬間に俺は自分達のチームの勝利と猪木さんというあだ名が自分に頂戴される事を確信し始めた。


13


「行くぞぉ!」


「一、二、三、ダァァァァ!」


 猪木さんのあの掛け声の後に井伊と柴原がアントニオ猪木の入場テーマである猪木ボンバイエを大声で歌いながら、横浜スタジアムのバックネット席にいた。


 毎度お馴染みだが、こいつらが少しでも公衆の面前で、TPOをわきまえる日が来ることを願いたい。


「おい、猪木さん」


 沖田が上機嫌な様子で、こちらに近づく。


 無理もない、今日は九回を九十球の省エネピッチングで、しかも完全試合まで達成してしまったのだ。


 試合後にはプロや大学に社会人のスカウト達が沖田に駆け寄る事態となった。


「景気づけに闘魂注入してくれよ」


 沖田がそう言うと、周りの部員たちが「よっ! 燃える闘魂!」と煽り始めた。


 地獄だ・・・・・・


 チームが勝ったことは良いのだが、こうしてチームメイトにネタにされるのが、屈辱的でしょうがない。


 これが一年生の宿命なのか?


 俺は腹をくくって「本気で行きますよ」と沖田を見据えた。


「さぁ、来い!」


 俺は沖田の顔面に全力で張り手をした。


 すると沖田は「猪木会長、ありがとうございました!」と言って、深々と礼をした。


 すると、今度は金原が「良し、俺には逆水平チョップを頼む!」と言ってきた。


 周りは「よっ、キャプテン!」と言ったり「お前は男の中の男だ!」と言い出す部員もいた。


 それはUWFのジェームス・ディーンと言われた、高田延彦だろう。


 まぁ、確かに二人とも総合格闘技には関わっているが、俺は言われるがまま、金原に全力で逆水平チョップを喰らわすと、普段は厳しい金原が「あざっす!」と勢いよく俺に礼をした。


 確かに今日の試合は序盤から中盤は投手戦で緊張感があった。


 その分試合が終わるのは一時間半と早かったが、代わりにブルペンでスタンバイする俺は、いつ出番が来るかと神経をすり減らしていたので、とても疲れた。


 結果的に出番は無かったが、一回からずっと、倉井相手にピッチング練習を続けていたので、とても疲れた。


 今度は一回から準備するのはもう止めよう。


 俺は猪木対モハメド・アリの試合を真似する、井伊と柴原や、猪木ボンバイエを歌い続ける、野球部の部員たちに対して、大きなため息を吐いた。


 すると監督の林田が「お前ら、王明実業の試合が始まるぞ」と言い出した。


 しかし、部員たちはそれを無視して、井伊と柴原が繰り出す、猪木対モハメド・アリの試合に熱狂するばかりであった。


 これが学校のクラスだったら、世に言う学級崩壊だろう。


 俺がそう思っていても部員達は井伊と柴原が行う、猪木対モハメド・アリの試合風景を眺めながらの猪木ボンバイエを歌うのを止めない。


 すると林田は猪木役の柴原にいきなり覆いかぶさり、柔術マジシャンと言われたアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラも真っ青な、動きの美しさで柴原から腕ひしぎ十字固めを決めた。


 すると、井伊が「ギブアップ?」と柴原に指を差しながら、詰め寄る。


 すると柴原は床を決めらていない方の腕でタップして、それを見た井伊が「スト~プ!」と言って、両者の間に入った。


「勝者、アントニオ・ホドリゴ・ノ~ゲイラ!」


 そう言って、井伊が林田監督の腕を高々と上げると、木島がラジカセからPRIDEの勝者のテーマを流し始めた。


「・・・・・・お前らも千の関節技を味わうか?」


 林田がそう言ったと同時に部員達は横浜スタジアムの座席におとなしく座り始めた。


「あぁ~、林田ちゃんのスピニングチョークは怖いぞ」


「あれだろう、ノゲイラがヒース・ヒーリングに決めた奴」


「ヘビー級グランプリ二回戦のな?」


 テキサスの暴れ馬と呼ばれた、ヒーリングとの試合か?


 あれで、ノゲイラはスピニングチョークを披露したんだよな。


 俺や野球部の部員たちは恐ろしいぐらいに格闘技好きだな。


 しかも、PRIDEが出来たころは生まれていないし、解体された時すら知らない。


 若干、無理があるんじゃないか?


 何でかは分からないけど? 


 俺がそう感じていると、木村が「腹減ったな?」と言い出した。


「今、何時?」


 沖田がそれに同調する。


「一時半過ぎぐらい」


 山崎の腹が鳴り始める。


 すると、木村が「うわぁ~、試合が早く終わりすぎてやることねぇ~」と唸り始めた。


 木村がそう言った後に監督の林田が「よし、昼食いながら試合観戦だ」と言い出した。


「おっ、監督のおごりですか!」


 井上がそう言ったが、監督は「一教員の給料でお前ら全員に弁当奢れるわけないだろう」と顔を歪めた。


「じゃあ・・・・・・どうするんです?」


「貯めていた部費を使う」


「あっ、成程」


 上級生達が一瞬の沈黙を貫いた後にキャプテンの金原が「おい、一年、四人」と言い出した。


「弁当買ってこい」


 これで断ることが出来ないのが一年生の性なのだ。


 井伊が「了解しました、軍曹!」と言って敬礼をした。


 すると金原は「違う、大佐だ」と言い出した。


 もういいよ、マニアックな話は・・・・・・


 俺はスタジアムから離れたい気分を抑えつつ、バカ二人とラジカセ男を従えて、部費を持ちながら、横浜スタジアムの弁当売り場へと向かった。


14


 先輩から弁当の買い出しを頼まれた、俺たち、一年生の四人はまず横浜スタジアムの三塁側へと向かっていった。


 結構な名店がこの辺には揃っているらしい。 


 もっとも部費が許す範囲内でしか食べられないが。


「まずは中華だな」


「横浜と言えば、定番やなぁ?」


 横浜スタジアムの三塁側には中華レストランが出店しており、事前にスマートフォンで調べるとシウマイ焼きそば、シウマイチャーハンが販売されていた。


「うぉ~ハイカラぜよ!」


 井伊が久々に高知弁を使ったところで、俺達は中華レストランでシウマイ焼きそば、シウマイカレー、シウマイチャーハンなどを人数分を買い、次の店へと向かっていった。


「一体、どのくらい食うんだ。あいつらは?」


 俺がそう言うと、木島が「まぁ、みんな、食べ盛りだから」と静かに言った。


「そう言ったら、確かに俺らもその範疇だろう」


 木島にそう言うと、微笑が返ってくるだけだった。


 そして気が付くと、別の弁当屋で今度はチーズバーガーを買った後にカレーを買った。


 大量に買ったので、その代金は三万を超えてしまった。


「あの人たちはこれを全て食べきる自信があるのだろうか?」


「うぉぉ~! 全部美味そうじゃないか!」


 井伊がそう言って叫んだのを無視しながら、俺は監督や先輩たちの待つ、バックネット裏へと引き返そうとしていた。


 すると川村と瀬口が大柄な男に絡まれていた。


「なぁ、電話番号教えてよ」


「いやん、私はもう心に決めている人が・・・・・・」


「そう言うなよ、なぁ?」


 川村が頬を赤らめながら、男に対して上目遣いで見つめる。


 あんな川村を見るのは初めてだが、奴は俺のことが好きだと言っていなかったか?


 つくづく、女とは御しがたいな?


 思わず、ガンダムF91のセリフをつい脳内でつぶやいてしまった。


 しかし、川村の隣に立つ瀬口はゴキブリでも見るかのように、目の前の男を見つめていた。


「先輩、行きましょう」


「いいじゃない。結構、良い男なんだから」


「何かの勧誘だったら、どうするんですか?」


「いわゆる、若気の至りも大事なものよ?」


 川村は返答に窮した形でそう答えたが、瀬口の言う事もある程度は分かる。


「何?」


「俺たちの真ちゃんと川村先輩がAVの勧誘を受けているのか!」


 ストレートに言うなよ!


 女子二人が大人の対応で勧誘と言っているのに!


 すると、二人は「許せん!」と言って男の目の前に向かって、走り始めた。


 そして、目の前に立つと男に対して、「待てぃ!」と二人そろって、特撮ヒーローが取りそうなポーズを取っていた。


 あいつらも本当に特撮好きだよな?


 俺がそう思いながら、ふと男を眺めると、男をどこかで見たことあるなと思い始めていた。


 あいつ、北岡じゃん。


 何、あいつはナンパなんかしているの? 


「何、お前ら?」


 すると、北岡と思わしき男は不快を絵にかいたような表情を見せていた。


「か弱い、女子たちを食い物にするAV業者め!」


「許せん!」


 そう言うと、井伊と柴原は二人で「ライダーキック!」と言ってドロップキックを繰り出した。


 すると北岡は井伊と柴原二人の顔面に右ストレートを放ち、拳が二人の顔面にめり込む形となった。


 いわゆる、ワンパンでの一発KOだ


「井伊君と柴原君って、弱いんだね?」


 川村はそう言うと北岡らしき男に「喧嘩、強いのね?」と言った。


「まぁ、親が自衛隊の幕僚だからな」


「へぇ~、何か仕込まれている?」


「小さいころから親父に軍用格闘技を仕込まれている」


 北岡がそう言うと、川村は「ワイルドね?」と言った。


 すると北岡は「だろう?」とだけ言った。


「先輩、早く帰りましょうよ」


 瀬口がそう言っても、川村は「ウチの学校の試合が早く終わったからいいでしょう?」と言い出した。


「いや、この人怪しいですよ?」


 瀬口がそう言った後に川村は「さすがに野球のユニフォームを着たAV業界のスカウトはいないと思うけどね」と言った。


「いや、そうじゃなくても・・・・・・」


「だから言ったでしょう?」


 瀬口がムッとした表情で「何をですか?」と言った。


「若気の至りも必要なものだって?」


 川村は「ふふぅ」と笑った後に、こちらを振り向いた。


 すると、顔から血の気が引いていった。


「浦木君・・・・・・いたの?」


「えぇ、川村先輩が北岡さんに甘い声を出しているのをバッチリ聞きました」


 俺はいつも以上に自信に満ちた声でそう答えると、川村は「井伊君と柴原君が入れば、セットで浦木くんが付いてくるのが相場だった!」と言いながら、地団太を踏み始めた。


 その光景を見ながら瀬口はくすりと笑い始めた。


「あの二人がいると、俺が付いてくるというのは心外ですね?」


 俺がそう言うと川村は「事実でしょう!」と言い始めた。


 そしてこちらの手を握ると「浦木君、信じて、私はあなた一筋だから!」と言い出した。


「いや、北岡さんは幕僚の息子ですから、強い男が好みの川村先輩にはぴったりです」


「違うの、違うから!」


 川村が涙ぐみながらそう言うが、俺はそれを無視して、北岡の方へと駆け寄った。


「どうも、ご無沙汰です」


 俺がそう言うと北岡は「その節はな?」と言った。


 その長身は細身で投手としては理想的な体形を維持していると感じ取れた。


「俺は登板しないと思いますが、試合で当たったら、よろしくお願いします」


 俺がそう言うと、北岡は「お前の友達、倒れているけどいいの?」と言った。


 倒れている井伊と柴原の二人を見ると、二人は「川村せんぱ~い」や「悪は許さんぞ~」と意識が朦朧としながらも、拳を高く上げて、正義を唱えていた。


「俺に友達はいません」


「孤独を愛する奴か?」


「いけませんか?」


 俺が北岡を見据えて、そう言うと「いや、良い投手の条件だな?」と言って、こちらに微笑を向けた。


「しかも、お前はハンサムだな?」


「はい?」


 俺がそう言うと北岡はこちらの耳もとに囁きかけた。


「俺は男も好きなんだよ」


 その瞬間、背中に悪寒が走った。


「どう捉えるかはお前次第だよ」


 そう言った北岡はこちらにサムズアップをした後に王明実業のユニフォームを着た男に駆け寄っていた。


「また、ナンパかお前は?」


「監督にどやされるぞ」


「まぁでも、やることはただ一つですから」


 そう北岡は言った。


「その心は?」


「強豪と言う強豪を完膚なきまで叩きのめす」


「自信家かよ、マジでお前」


 部員がそう言うと「その中には早川高校も入っていますよ」と言い出した。


 そして、北岡は俺に対して指を差した後に「バキューン!」と言って大笑いを浮かべていた。


「浦木君を手玉に取る男の人ってある意味、すごいね」


 瀬口が倒れている井伊と柴原を介抱しながら、そう言った。


「俺は犯されないように気をつけるしかないな?」


 俺は井伊と柴原の腹に蹴りを入れた。


 すると二人は「オウ!」と言って、目を覚ました。


「おのれ、悪のAV業者は・・・・・・」


「もう試合に向かったよ」


 俺は二人の頭を叩いた後に大量に買った弁当を持って、バックネット裏へと戻ることにした。


「待ってくれ~」


「ワシらを置いてかないでくれや~」


 二人が後からついて行くが、それを無視して、俺は歩き始めた。


15


 俺は早川高校野球部が陣取る、バックネット裏に戻ると、先輩達が「遅い!」と声を揃えた。


「すいません、不測の事態が起きたので・・・・」


 俺がそう言うと、瀬口と川村に担がれて井伊と柴原がバックネット裏に到着した。


「おい?」


「はい?」


「こいつら、どうした?」


 金原が弁当を物色しながら、こちらを射るような目で見つめていた。


「ヒーローごっこがいい具合に仇になったんですよ?」


「何言ってんの? お前?」


 金原がそう言う中で王明実業と京浜高校との試合が始まった。


 その合図として、横浜スタジアムに高校野球特有のサイレン音が聞こえる。


「始まったな?」


 金原はカレーを頬張りながらそう話す。


「金原、その姿勢で何か言っても威厳は一切無いよ」


 沖田はそう言いながら、チーズバーガーに噛り付いた。


 すると初回から横浜スタジアムの観客はどよめいた。 


 北岡のストレートが一五〇キロを計測したのだ。


「おぉう、いきなり一五〇キロですか?」


「これに、フォークとスプリットに、ツーシーム、攻略するのは難解だな?」


 金原がシウマイチャーハンを食べながら、そう答える。


「だから、食い物食いながら、そう言っても威厳が無いから」


 沖田がそう言った直後に再び観客がどよめいた。


 今度は一五二キロを計測した。


「どうやって、打ちます?」


 俺がそう言うと金原は「帰って考えよう」と言った後に弁当を食べながら「これ、ウメェな?」と言い出した。


「だからさぁ?」 


 沖田が金原に主将としての威厳が無いということを言った後に北岡はフォークボールで一番バッターを三振に切って取った。


 すると、マウンドにいる北岡がこちらを眺めた後に指をこちらに差し始めた。


「何だ?」


 金原が口から米を吐き出しながら立ち上がった。


「おっ、キャプテンの威厳が!」


 俺に対しての指差しだろうな。


 もっともそれを知らない金原は「あいつら、俺たちに喧嘩売りに来やがった!」と言いながら、シウマイチャーハンのコメを吐き出し始めた。


「火が付いたな、とうとう」


 山崎がそう言った後に、沖田は「うん、うん」と頷きながら、その様子を見つめていた。


 俺はシウマイ焼きそばを食べながら、その場を静観することにした。


 すると二年生を中心に「キャプテンご乱心!」や「落ち着いてください!」に「上様、上様はまだか!」と時代劇テイストで金原を大人しくしくさせようとしていた。


「野球部っていつもこんな感じ?」


 瀬口がそう言うと、俺は「うん、はっきり言ってバカばっかりだよ」と言った。


 俺はシウマイ焼きそばを啜らずに噛みしめて、夏の青空を見つめた。


 すると、北岡が一回を三者連続三振に切って取り、俺に対して指をまた差して来た。


「あの野郎!」


「だからぁ~」


「キャプテン、ご乱心!」


 そう言って、早川高校の部員達が騒ぐ中で、俺は焼きそばを食べ続けていた。


 これが平和と言うのだろうか。


 俺は夏の青空の中でチーズバーガーも頬張り始めた。


16


 学校に戻ると、早川高校野球部の選手達の大半が志願して、居残り練習を始めた。


「お前ら、今日は休んでいいよ」


 監督の林原が呆れ返った表情で部員達を眺める。


「目の前で一五二キロを計測された後に挑発をされたから、導火線に火が付いたんでしょう」


 俺は監督の傍に立つとそう答えた。


「うぉぉぉぉ、北岡!」


「許せんぞ、AV業者め!」


 勝手にAV業界の人間として扱われている、北岡も北岡だが、奴と当たるには決勝まで進まなければ行けない。


 その前に準決勝を戦わなければならないのだが、あいつらはそれを理解しているのだろうか?


 これこそまさしく、若気の至りではないだろうか?


 もっとも川村が言うようにそれは成長の中では必要な事なのかもしれないが?


「おい、浦木」


 金原が大粒の汗を垂らしながら、こちらに向かってくる。


 正直言って、避けたかったが、一応は上級生なので、応対することにした。


「はい?」


「井伊と柴原を何とかしろ」


 金原が指差す方向には井伊と柴原がいた。


「許せんぞ、AV男優め!」


「非リア充の力を見せてやるんや!」


 そう言った後に、井伊が大きくバッターボックスに近づけた、マシンが放つ球を次々とスタンドへと運んでいった。


「待っていろ、加藤鷹め!」


 そう言いながら、井伊はマシン打撃、柴原は素振りをしていた。


 いや、加藤鷹はさすがに重鎮すぎるだろう?


「・・・・・・加藤鷹は高校生の時点では、まずいだろう?」


 監督の林田がそう言う。


「今じゃあ、AVの無理なスカウトは社会問題ですからね?」


 俺がそう言うと、林田は「まぁ、ああいう非リア充にとっては、一種の生命線みたいなもんだからな」とだけ言った。


 すると、これまた汗だくの木村は「林田ちゃんだって、AV見るだろう?」と言った。


「学生時代にな? 男子の健全な成長には必要だよ」


「まぁ、確かにそれに興味ないっていう奴は一種、イン●だとは思うな」


 金原が頷きながら、そう語る。


 言っていることはある意味で正しいと思うが、真夏のグラウンドのど真ん中で、放送禁止用語を連発しながら、下ネタの話をする、野球部員たちか?


 運動部の王道だな?


 俺はグラウンドでひたすら、「うぉぉぉ、俺達の川村先輩!」や「AV業界には渡さへんでぇぇぇぇぇ!」と言いながら、マシン打撃と素振りを行う井伊と柴原を冷ややかに見つめていた。


17


 俺は井伊と柴原が夜の六時を過ぎてもマシン打撃を続けているので、二人には黙って、一人で帰ることにした。


 すると、校門から少し歩いたところにある、バス停に瀬口が立っていた。


「今日はご苦労さま」


 瀬口がそう言うと、俺は「出番が無かったから、今日は買い出しだけだよ」と言ったが、真夏の太陽の下、一回の表からブルペンで準備していたので、正直に言えば、疲れた。


 身体的にもそうだが、精神的にも緊張感が続いて、とても辛い。


 帰ったら、熱いシャワーを浴びたかった。


「川村先輩は?」


 俺がそう言うと、瀬口は「あぁ、先に帰ったよ」と言った。


「まさか、北岡とデートとか?」


 俺がそう言うと、瀬口は笑みをこぼすことなく「あの人だったら、あり得るかもね?」とだけ言った。


 すると戸塚駅行きのバスが停留所に着いた。


「乗るか?」


「乗らないと、帰れないから」


 俺と瀬口はそんな感じで会話をしながら、二人でバスに乗った。


「井伊君と柴原君は?」


「あの二人は居残り特打」


「浦木君はやらないの?」


「何で?」


「いつも、あの二人と一緒だから?」


 心外だな?


 あの二人と俺はトリオを組んでいると思われているのか?


「まぁ、それはちょっと心外だな?」


「何で?」


「あのバカ二人と一緒にされるのは嫌だ」


 俺がそう言うと瀬口は「ひどいね?」と言いながら、クスリと笑った。


「でも、あの二人は麻雀出来るでしょう?」


「いや、普段の発言と行動がバカ丸出しだから」


 そう言うと瀬口は「まぁ、あの二人は自頭が良いと思うんだけどね?」と言いながら、微笑を崩さなかった。


 するとバスは戸塚駅へと着いた。


「じゃあ、俺は本屋行くから」


「あぁ・・・・・・そうなんだ?」


 瀬口はそう言うと「参考書を買うついでに見に行こうかな?」と言い始めた。


 俺と瀬口は戸塚駅近くの商業施設にある二階の本屋へと向かっていった。


「井伊が言う通り、俺達はマイノリティかもしれないな?」


 俺がそう言うと、瀬口は「何で?」と言った。


「スマートフォン全盛の時代に紙の媒体を売っている、本屋へ向かうから」


 俺がそう言った後に瀬口は「でも、私は本屋さんの空間と雰囲気が好きだよ」と言った。


 すると、瀬口は鬼平犯科帳を取り出し始めた。


「お前、渋いな?」


「浦木君は何を買う?」


 何か試されている雰囲気がするな?


 そう思いながらも俺は目当ての本がこの店に無いことに気づいた。


「何、探しているの?」


「モンテ・クリスト伯」


「あぁ、巌窟王ね」


 俺は「あぁ」と言いながら本棚を眺めるが、モンテ・クリスト伯も巌窟王の名も目に入らなかった。


「あれって、復讐の話しでしょう?」


「正確に言えば、無実の罪で服役した男が巨万の富を得て、自分を陥れた人間に復讐する話だな?」


 俺がそう言うと、瀬口は「当たっているじゃない?」と言った。


「あぁ、そうだな」


 俺がそう言うと、瀬口は「浦木君は誰かに復讐したいの?」と聞いてきた。


 俺は言葉に詰まった。


「何で、そう思う?」


「巌窟王を普通の高校生は読まないよ」


「まぁ、高校生の読書率は低いからな?」


 俺はそう言った後に仕方ないので、新書のコーナーに行って、適当な本を選んで、それを店頭に持って行った。


「何、選んだの?」


「毒物の本」


 そう言うと、瀬口は「ちょっと、引いちゃうな」とだけ言った。


「俺の好奇心は誰にも止められない」


「その好奇心で痛い目に合わないようにしないとね?」


 店員から本を受け取った後に、俺達は駅へと向かっていった。


「おっ、もう来ているぞ」


 二人で横須賀線の電車に乗ると、走った為、心臓が激しい鼓動で動いていることを自覚した。


 そして、五分経つと電車の車掌が〈次は大船~大船~〉とアナウンスした。


「じゃあ、私、ここで降りるから」


「あぁ、気をつけろよ」


 俺がそう言った後に、瀬口は「浦木君、巌窟王が欲しいんだね?」とこちらを振り返った。


「あぁ、今日は無かったけど」


「もっと明るい本を読まないとだめだよ」


 瀬口がそう言うと、俺は「鬼平犯科帳も結構ダーティーだと思うぞ」と言った。


 気が付くと、俺と瀬口は笑い合っていた。


「じゃあね、北岡さんに当たるといいね」


「嫌なことを思い出させるなよ」


 俺はそう苦笑いした後に「またな」と言って、瀬口と別れた。


 その後に北鎌倉駅を一人で降りた後にふと後ろを振り返ったが誰もいなかった。


 瀬口の父親のおかげでストーカー紛いの連中も全員、処分されることになったのだろうか?


 俺はそう思いながら、北鎌倉駅を出て行った。


 今日はやけに静かだな?


 ふと、井伊と柴原の事が気になったが、俺はそれを振り払い、自宅へと歩いて行った。


18


 翌日、午前八時に学校の練習場へと向かうと、井伊と柴原がジャージ姿で現れた。


「オイっす!」


「オウ」


 俺は短くそう答えた後に生あくびをし始めた。


 ちょっと、眠いな?


「ところで、アイン?」


「何だ?」


 もはや「名前で呼ぶな」というツッコミも忘れた俺は井伊の方に目線を向ける。


「今日はマスコミが大量に押しかけているぞ」


 気が付くと、グラウンドに少数のテレビカメラが配置されているのを確認した。


「誰の特集?」


「確か、明朝テレビの激突甲子園への道って番組だったな?」


「あぁ、あれだろう? 毎年の夏に深夜枠で放送するやつ」


 俺達はそう言いながら、部室へと入ると、金原、沖田、林原、木村の四人が座っていた。


「おう、来たか」


「おはようございます」


 俺がそう言った後に井伊と柴原は「おざまっす!」と体育会系の挨拶をした。


「今日はマスコミの取材があるそうですね?」


 俺がそう言うと、木村が「女子アナが来るんだぜ?」と言いながら、ニタリと笑い出した。


「おっ、女子アナですか!」


「これは、興奮するわ!」


 井伊と柴原が発狂しだす。


 金原はそれに対して「新人だよ」とだけ言った。


「いや、いや、新人と言えどもアナウンサーですから」


 井伊がそう言うと、金原は「あの番組はあそこの局の登竜門みたいなものだからな」と言っていた。


 今日は何故か機嫌が悪そうだった。


「キャプテン、機嫌が悪そうですね?」


「いや、ただ練習に集中できなさそうだからな」


「金原が機嫌悪いのはそれだけじゃないよ」


 沖田はそう言うと、スポーツ紙を取り出した。


「マスコミ各社は神奈川県の注目選手は北岡で決めているから」


「どういう風の吹き回しか知らんが、うちに来た以上はちゃんとした扱いをしてもらいたいな?」


「まぁ、テレビ局は視聴率重視ですからね?」


 俺がそう言うと、監督の林田が部室にやってきた。


「お前等、今日は野球の若造達の取材が来ているぞ」


 林田が唐突にそう言うと、上級生達は「はい?」と言い出した。


「明朝テレビの取材じゃないんですか?」


 俺がそう言うと、林田は「ちょうどバッティングしたんだよ」と言った。


「どこ?」


「何の媒体?」


 上級生がそう言うと、井伊が「確か、かなりマニアックな野球雑誌ですね」と言い出した。


「あぁ~!」


「あれか! 千円以上する奴ね!」


 そんなにするのか!


 雑誌一冊で!


 俺は思わず、絶句しそうになった。


「まぁ、その分深い野球情報を扱っていますよ」


「例えば?」


 金原が怪訝な表情で井伊を見つめる。


「国内のプロ、高校野球、大学、社会人、独立リーグ、さらにはメジャーから、韓国、台湾、ヨーロッパなどの球界情報等です」


 井伊がそう言うと、木村が「ヒュー」と口笛を吹く。


「本当にマニアックだな?」


 金原は思わず、笑みを浮かべる。


 すると林田が「今日は名物コーナーの『山さんが行く』の取材だそうだ」と言った。


「あれか?」


 井伊がそう言うと、俺は「何だ?」と聞いた。


「老人のキャッチャーがアマチュアの選手の球を受けて、それを総括する名物コーナーだ」


 井伊が興奮した様子で、そう答えると、金原が「そっちの方が面白そうだな?」と言い放った。


「いや、ワシとしては女子アナの方がいいです!」


 柴原がそう言うと、木村と沖田が拍手をするが、金原と林原が「くだらん!」と言い放った。


「どうせ、五分程度で終わる映像で、俺たちの練習に支障があっても困る!」


「大体、そのアナウンサーが野球音痴だったら、選手の立場からしたら腹が立つだろう!」


「後、記者が野球やったことないのに、断定口調とかね?」


 この二人はテレビ見ないんだろうな?


 俺がそう考えながら着替え始めると、林田は「まぁ、教頭が決めた話だから、皆、機嫌良く行こう」と珍しく柔らかい口調で諭し始めた。


 そう言うと部員たちは「ウェイス~」とだけ言った。


 俺はそれを横目にジャージからユニフォームへと着替えを始めていた。


19


「今日の激突甲子園は熱戦が続く、神奈川県予選でベスト四に残った、私立早川高校の練習にお邪魔します!」


 明朝テレビの新人アナウンサーが元気よくそう語りだす。


 取材を受けるのは、監督の林田とキャプテンの金原だ。


 俺達はそれを気にせずに練習を続けることにした。


「どうやら、明朝テレビの目的は林田監督らしいぞ!」


 井伊がそう言うと、部員達も練習の手を止め、取材の様子を凝視する。


 こいつ等、ミーハーだな?


 俺はランニングをしながら、取材を受ける、林田と金原を眺めていた。


「林田監督ってそういえば、元プロ野球選手だったらしいからね?」 


 一緒にランニングする木島が井伊に対して、そう答えた。


「あぁ、ネットで検索したら一発で出たよ」


 井伊と木島がそう会話する中で俺は二人に「お前等、ミーハーだな?」とだけ言った。


 すると、柴原が「いや、気になるやろ」と唾を飛ばしながら話し始めた。


「汚ねぇな」


 俺がそう言うと、柴原はそれを無視して「元プロ野球選手である、監督の過去を知りたいと思わへんのか!」と叫び始めた。


「俺はそういう詮索趣味は無い」


 俺がそう言うと井伊が「監督の経歴を調べてみるとだなぁ」と言って、木島、柴原とこそこそ話を始めた。


 俺はそれを無視して、ランニングを切り上げ、先輩の求めに応じて、バッティングピッチャーをすることにした。


 すると、バッターの山崎が「監督の過去を掘り下げる、内容らしいな」と語り掛けてきた。


「山崎さんもミーハーですね?」


 俺がため息を吐きながら、そう答えると、山崎も「いや、林田監督の過去は気になるだろう?」と言い出した。


 すると外野から井伊、柴原、木島の三人がダッシュで駆け出してきた。


「やっぱり、山崎さんも気になりますか!」


 そう大声を挙げた。


 外野にいて、よくマウンドでの会話を聞けたな?


 俺はこの三人の地獄耳ぶりに驚いた。


「・・・・・・監督の経歴は知っているな?」


「愛知県出身。高校は東北の強豪、宮城育敬高校出身で、大学時代は東京の亜南大学に進学し、当時は大学野球界のエースとして君臨していたそうです」


 木島がそう言うと、柴原が「まぁ、ここまではネット上では周知の事実やな」と言った。


「その後に広島サーモンズに入団して、一年目に十勝十敗、防御率3・30で新人王を獲得したらしい」


 すると俺は思わず「そんなに凄かったのか?」と聞いていしまった。


「ただその後の二年間は一年目終盤に負った肘の靭帯断裂が長引き、広島からトレードで北海道ベアーズに移籍、しかし、その後は二軍暮らしが続き、最後は自由契約になったというのが、ウィキペディア情報」


 木島がそう言った後に山崎が「新人王か?」とだけ呟いた。


「四年のプロ生活で実働は一年です。教員になったのはプロを辞めた直後で、ここの監督になる前は北海道で教師をしていたそうです」


 木島がそう述べると、山崎が「お前、饒舌だな?」と言い出した。


 木島は「いえ」とだけ言って、お辞儀をした。


 まぁ、ようするにテレビ局の狙いは元プロ野球選手の高校野球監督の挑戦なるものを五分程度ではあるが、ドキュメント形式で取り上げるつもりなのだろう。


 確かに話題にはなるだろうな。


 すると、インタビューを受けていた、林田監督と金原が女子アナウンサーと談笑しながら、マウンドまでやってくる。


「お前ら、練習しろ」


 金原がそう言うと、俺たちは「ウェッス」と言って、持ち場に戻った。


「確か、早川高校の方針はラン&ガン打線というものらしいですね?」


 女子アナウンサーがそう言った後に林田は「内容は分かりますか?」と聞く、すると女子アナウンサーは沈黙してしまった。


 するとディレクターと思われる男が、「お前、事前に調べなかったのか?」と呆れた様子で、女子アナウンサーを冷ややかに見つめていた。


「・・・・・・私は野球分からないので?」


「お前、報道に行きたいからって、そりゃないだろう!」


 テレビ局側が内輪揉めを始めだした中、俺は山崎に対して、バッティングピッチャーを買って出た。


 金原との特訓の成果もあり、落ちる球である縦のスライダーの習得、コントロールにも向上が見られてきた。


 山崎が打ちたいコース目がけて、ボールを投げると、面白いように自分の意図するところにボールが届いていく。


 すると、バックネット裏に初老の男が黙って立っていた。


「山崎さん」


「何だ!」


「あの人、誰ですか?」


「誰だ?」


 俺と山崎が動揺を示した後に井伊がやってきた。


「井伊、不審者だ」


 山崎がそう言うと、井伊は「何ですと、俺の出番ですな?」と言って、ユニフォームの袖をまくり始めた。


 しかし、すぐに引き返してきた。


「山崎さん、あの人は野球の若造の山さんです」


 井伊がそう言うと、山崎は「いや、ニット帽に黒いジャージって時点で不審人物だろう!」と言い出した。


 確かに風貌を見ると、女子高生の制服を盗む不審者にも見えなくはない。


 すると、山さんらしき男はこちらに近づいてきた。


「君が浦木アイン君か?」


 俺は多少、警戒しながら「はい」とだけ聞こえた。


「山内良蔵だ。君と沖田君の球を受けたくて、ここにやってきた」


 山内と名乗った男はあまり良いとは言えない人相をしていたが、こちらに握手を求めてきた。


 俺は「こちらこそよろしくお願いします」と答えた。


 その握手した手は豆だらけだったので、非常に驚いた。


 この人・・・・・・凄いのかもしれない。


 俺は一見してジャパニーズマフィアと言っても、通用するこの男の容姿には警戒心を抱きながらも、不思議とこの人は好人物だと思える、何かを感じ始めた。


 確証は無いのだが?


 俺は握手をした後に「ブルペン行きますか?」と言った。


 すると山内は「君達の時間が合う時でいいよ」と言って、笑みを見せた。


 俺は「そうですか」と言って、山崎に対してのバッティングピッチャーを続けることにした。


 俺は山内に「バッティングピッチャーをしますが、見ます?」と聞いた。


 すると、山内は「楽しく拝見するよ」とだけ言った。


 俺はそれを合図に山崎に対してピッチングを続けることにした。


続く。 

 次回、第五話。


 灼熱のスターダム。


 独り相撲ですが、よろしくお願い致します。

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