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第二話 強敵の襲来、そして暗雲

 二話目です。


 面白かったら、またよろしくお願い致します


「よっ、容疑者!」


 練習中に木村から背中を叩かれた。


「何すか、それ」


「お前、事件起こしたから、しばらくそう言う、あだ名な」


 林原もそれに続く。


「お前、光と林田ちゃんに感謝だぞ」


 木村がさらに背中を叩く。


「痛いっす」


 光と川村の事を名前で呼んだの一瞬気になったが、瞬時に二人が幼馴染であることを思い出した。


「あの二人が口裏合わせて、お前を無実にしたようなもんだからな」


「木村先輩は川村先輩と仲がいいみたいですね?」


 すると、木村に頭を叩かれた。


「いってぇ!」


「ただの幼馴染だよ、知ってるか?」


「何をです?」


「あいつ、ガンオタ」


 あっ、見かけによらずにオタクなのね?


 川村の意外な事実を知ってしまった。


「木村先輩は怒らないんですか?」


「何で?」


 木村が林原と共同でストレッチを始めた。


 意外と仲が良いんだ?


「幼馴染を傷つけたから・・・・・・」


「いや、あいつが良いって言ったんだから、大丈夫なんだろう。うん、そうだな」


 何だろう、みんな優しいな、今日は?


「だから、気にするなよ」


「まぁ、あいつMだからな」


 林原が体を伸ばしながら、そう答えた。


「・・・・・・分かりました」


 俺は気持ちを切り替えて、ストレッチに励もうとすると、二年生の部員が走ってやってきた。


「大変でぇ、大変でぇ、兄貴!」


「オウどうした、鉄!」


 この人、鉄って名前だっけ?


「おい、どうしてぇ、火事か喧嘩か?」


 何て、江戸情緒が溢れる会話でしょう。


 ここは神奈川県のはずだが?


「王明実業との練習試合が決まったぞ」


 どこだ、それは?


「・・・・・・去年の甲子園出場校じゃねぇか!」


 えっ、そうなの!


「あぁ・・・・・・思い出す!」


「北岡が相手か」


「北岡って誰ですか?」


 俺は素朴な疑問をぶつけた。


「お前、北岡知らないのか!」


 だって、帰国子女なんだもん・・・・・・


「北岡享、プロも注目する剛腕だよ」


「変化球はフォークとスプリッドしかないけどな」


 林原が腕を組みながら、そう言うと木村が「お前は去年の練習試合で北岡、打てなかったろ」と言い始め、二人の喧嘩が始まった。


「テイヘンだ、テイヘンだ、喧嘩が始まった!」


 江戸情緒が溢れているな・・・・・・


 俺はその場から離れると、金原に遭遇した。


「練習試合が決まったらしいですね」


「王明実業な」


「・・・・・・甲子園出場校ってすごいんですね?」


「何言っているの、お前?」


 金原が怪訝な顔をしたのを最後に俺は「失礼します」とだけ言って、ランニングを始めた。


 甲子園ってそんなに凄いところなのだろうか?


 日本人の大半が聖地というが、アメリカにはそんなところがあるのだろうか?


 考えてみたが、思い当たる物は無かった。


 行ってみたら感動をするのだろうか?


 土を持って帰るほどに?


 俺にはあの行為の意味が分からなかったが、


 ここにいる部員達の話を聞いてみると、甲子園という場所が特別なものであることを再認識した。


 プロのスカウトも来ているんだろうな?


 だとしたら目的にもつながるかもしれない。


 甲子園か?


 行ってみたくなってきたな。


 俺の中に甲子園という場所に対する興味が芽生えた瞬間だった。



 試合が近づく度に井伊と柴原から小言を言われるようになってきた。


「お前は良いよな~」


「一年のくせにベンチ入りかいな?」


 柴原はチュッパチャップスをタバコでも吸うかのように、口から出しては「フシュー」と息を吐き出して、それを俺に吹きかけた。


 人工的に作られたブドウの匂いと、柴原本人の持つ独特の口臭が混ざり、俺は吐き気を覚えた。


「お前、息臭い」


「黙りたまえ!」


「こうでもしないと、ワシらの気が収まらんのや!」


 今度は二人そろってチュッパチャップスのタバコ吸いを始めた。


「ハードボイルドやのぅ」


「ベンチ入りした、お前には分かるまい。この哀愁漂うチュッパ様の味わいを!」


 チュッパ様って、そんなに哀愁漂うか?


 むしろ少し古い感覚で言えば、渋谷辺りの若者がスケートをしながら、舐めている印象があるので、大人のハードボイルドテイストを感じることは無いだろうと、俺は感じていた。


「良いなぁ」


「うん、梅味」


 何気にチュッパチヤップスが和を取り出していた。


「さて、アインよ!」


 井伊がチュッパチャップスを口から取り出した。


「何?」


「お前はこれから試合に近づくわけだ」


「そこで提案や!」


 すると二人は、床に座り頭を下に伏せた。


 土の下に座る、いわゆる土下座だ。


「オネゲェいたしますだ~」


「どうかワシらにベンチ入りをゆず――」


「断る」


 俺は自転車に乗って、二人から離れようとした。


「待てぃ!」


「アイン、ワシらにはレギュラーを取らなあかん理由がある!」


「どうせ、女にモテたいとかだろう?」


 そう言うと、二人は膝から崩れ落ち、涙を流し始めた。


「・・・・・・その通りだ、アイン」


「そっか、さよなら」


 そういって俺は二人から離れようとしたが、


 二人は俺の前で座り込みを始めた。


「お前ら、轢くぞ」


「お前にはわかるまい!」


「ブサイクだ、キモイ、空気が読めないと言われ、弾圧されてきた、ワシらの気持ちを!」


 知らねぇよ・・・・・・

 

 そんな自己満足極まりなく、不純な理由でレギュラーを渡せって、競争とそれを超えた上での勝利を分かっていない奴の言い分であり、考えだ。


 はっきり言って、運動音痴の理屈だ。


「そんなにレギュラーが欲しいか?」


「いや、というより!」


「女にモテたいんや」


「黙れ、屑ども」


 そういって自転車を漕ぎ始めると、後ろから二人が追いかけてきた。


「うおぉ~」


「女にモテたいんや~」


 まるで某有名ゾンビゲームに出てくる、生ける屍たちのような動きをしながら、こちらに向かって来る。


 法律的に罪に問われないなら、この場で二人とも射殺したい。


 そう考えながら自転車を走らせていると、前から自転車がやってきた。


 俺はとっさにそれを避けたが、


 後ろからやって来た柴原にぶつかった。


 派手な金属音が周囲に響き渡った。


「柴ちゃ~ん!」


 井伊の叫び声が路上に響いていた。



「え~、今日は練習試合ですが、一つ残念なことが・・・・・・」


 練習試合当日の朝に俺を含めた早川高校野球部の選手達は喪章を付けてミーティングを行っていた。


「一年生の柴原信一郎君が亡くなりました」


 選手達は涙を流すことなく、黙々と監督の話を聞いていた。


「交通事故という不運な形での死でしたが、我々はこの事実を受け止め、前を進んでいくことを――」


「監督、ワシは生きています!」


 柴原が車いすに座った状態で叫んだ。


「うるせぇ!」


「死人は黙ってろ!」


 上級生を中心に怒号が飛び交った。中にはサムズダウンを行ったり、中指を上に突き出したり、ひどければ「ファッ●!」と率直にスラングを言い出す者もいた。


「それが病人に言う言葉かいな!」


 柴原は涙を流し始めたが、それでも非難の声は止まらない。


「お前の前方不注意だろ!」


 その通りである。


 あの日の夜に柴原は前方をよく見ずに飛び出した為、前方から来た自転車と衝突。


 奇跡的に右足を打撲しただけで済んだのだ。


 これが頭を打つなどしていたら、もっと症状は悪くなっていただろう。


「お前のせいやぞ、浦木!」


 柴原はこちらに指を差して来たが、俺はそれに対してサムズダウンで返した。


「きぃぃぃ! 何なの、あの子は!」


 そんなギャグを言う余裕があるのなら、大丈夫だろう。


 俺はそう思っていた。


「まったく、事故を起こされると、やれ親がどうだ、学校の管理体制がどうだとか、ひどければ、マスコミまで学校に来ることになるからな?」


 監督は柴原に厳しい目線を向けていた。


 要するに監督や上級生たちは、部員の誰かがはしゃいで、不祥事を起こされるのを恐れているのだ。


 事実、学校と部の管理体制が社会に問われることになれば、そこには高野連やマスコミ、最悪の場合は警察まで、介入する事態となる。


 前回の夏の県大会でうちの野球部に準決勝で勝って、その後に甲子園に行きを決めた学校は部内での暴力が発覚して、甲子園出場を辞退せざるを得ない状況になったと聞いた。


 ちなみにうちの野球部では「これが決勝だったらなぁ~」という声が今でも聞こえる。


「ナ~ム~」


 二年生達が柴原に合唱をし始めた。


「ワシは仏やない!」


「いや、人間死んだら仏だから」


 そう言って、上級生の一部が般若心経を唱え始めた。


 柴原はいじられキャラとしてのフラグが立ったな?


 まぁ、上級生に存在を覚えてもらえるなら、奴も幸運だなと俺は感じ取った。


「くぅ・・・・・・ゾンビになって襲ってやるわ!」


「日本は火葬だから、ゾンビは出てこねぇよ!」


 そのようなヤジが飛ぶと「げははは!」という笑い声が飛び交い始めた。


 まぁ、後はあいつが実力でレギュラーを取れたら、一番良いんだけどな?


 そう思考を働かせているうちに、対戦相手の王明実業がバスに乗って現れた。


「今日はよろしくお願いします」


 相手の監督が歩み寄り、うちのチームの監督である林田と握手をした。


 けっこう相手の方は年がいっているな?


 もっともうちの監督が若すぎるのだと思うが。


 三十を少し超えた程度の林田を眺めながら、俺はそのような考えを巡らせていた。


 すると、二年生の木村が俺の肩を叩いた。


「おい、浦木」


「はい?」


「あれ、見ろよ」


 木村が指を差す方向にユニフォーム姿の長身の男がいた。


 その容姿はアイドルと言われても、遜色は無いなと俺は感じ取った。


「あれが北岡だよ」


 あぁ、あの男が?


 あの長身のトルネード投法から、百五十キロ近いストレートを放るのか。


 興味深くはなってきた。


「髪は坊主じゃないんですね?」


 木村にそう言うと「ウチもそうだろう?」と返ってきた。


「まぁ、世の中には珍しく・・・・・・」


「あそこの学校は二年になると髪型は自由なんだよ」


 出たよ、日本独自の年功序列社会。


 俺は思わずそれに対して批判的な口調を脳内で仕掛けたが、基本的には表立って、年功序列に対してはとやかく言うつもりは無い。


 無論、年月とキャリアは重視されるべきだ。


 でも、日本の学校でこのような行いが行われるのを見ると、教師達や学生達の考えがどこにあるかとは別に一種の閉鎖された空間を感じる。


 部活動に至っては軍隊に近い構図が出来上がっているように俺は思えた。


 しかも、その中で同学年間のスクールカーストまで発生したら最悪だ。


 まぁ、俺の所属する部活動は比較的、そのようなことは無いが? 


 まぁ、日本の部活動も規律が整えられていれば、統制の美という考えもある。


 しかし、アメリカの部活動は違う。監督が話している間にガムを噛んでいたり、話している最中にバッティング練習をしていたり、他の部活動と兼務もしたりする。


 例えば、野球は冬の間はオフシーズンに入るから、その間にバスケを行うなどの掛け持ちを認めている。


 その寛容さと日本よりも先を進んだスポーツ科学や最新のテクノロジーを活用した、データ収集技術もスポーツ大国アメリカを支えている原動力だろうとは思えた。


 少なくとも日本の強豪チームのように部活動の軍隊化はされていない。


 そう考えると統率の美を取るか、物事と行動の自由とそれに伴う責任を負うことを選ぶかは、人によるが俺は今現在、前者を選ばなければいけない状況だ。


 俺も好きで日本に来たわけじゃない、親の仕事の都合で来ているのだ。


 そう思考を働かせてると「うぉぉぉ~」と井伊の大声がグラウンドに響いた。


 相手チームもびっくりしている。


「どうした荷物持ち」


 井伊は今回、チームの荷物持ちとして試合に帯同している。


「生北岡だ、アイン!」


「あぁ、凄いのね?」


「今、二年生だから来年のドラフトでは注目だぞ!」


 こいつミーハーだな?


「まぁ、荷物持ち頑張れ」


 アインがそう言うと井伊は「見ていろ、今にお前の地位にたどり着く!」と叫んだ。


 そして、上級生に怒鳴られた。


「おい、荷物!」


「早くしろ、バカ!」


「はい!」


 ざまぁ。


 浦木はそう思いながら、スパイクを直していると井伊が再び叫びだした。


「俺は北岡を打ちたい!」


「おい、荷物――」


 俺がそう忠告をしだすと、井伊は「黙りたまえ!」と言い出した。


「俺はイケメンが嫌いだ!」


 うん、それは分かる。


 お前は容姿以前にかなりめんどくさい三枚目だもん。


「俺はいつか北岡からホームランを打ち、プロに入って、アナウンサーと結婚する」


 あいかわらず、動機が不純だな・・・・・・


 そんな理由で対抗心を燃やされる、相手も困ったものだろう?


 もっとも北岡自身が野球にどう向き合っているかは分からないが?


「井伊、荷物!」


「はい!」


 そう言って、井伊は走り出したが、後ろを振り向きこう言い放った。


「俺はあのイケメンを打つ!」


「分かったから、怒られるぞ」


「ははははは、今に見ていろよ、イケメンども!」


 そう言って、走り出した後に「来たれ、俺の時代!」と叫び始めた。


 さて・・・・・・試合だな。


「てめぇ、ばか! ふざけてんのか!」


「すいませ~ん!」


 井伊の大声がグラウンドに響き渡っていた。



 試合前にミーティングが行われた。


 するとその場で、今日の試合の先発が俺であることが監督から告げられた。


「異論は無いな、みんな?」


 中には渋い表情を見せる者もいたが、主力の選手のほとんどは表情を変えず、黙って聞いていた。


「監督、俺でいいんですか?」


「不満か?」


「いえ・・・・・・よく分からないだけです」


「ミーティングは以上だ。各自各々で試合前の準備をするように」


 監督がそう言うと、


 選手達は「ウェイ!」と言って、ベンチへと散っていった。


 何故、エースの沖田ではなく、俺を先発に持ってきたのだろうか。


 自分が楽観的で能天気な性格であるならば、試合前から舞い上がって空を飛んでいるだろうが、陰険でひねくれた性格であることを自覚している、俺からすれば林田が俺を先発に選んだのは、何か理由があるのではないかと感じて、仕方がなかった。


 そう思いながら、手に持っているボールをふと眺める。


 日本のボールは手触りがしっとりしている。


 アメリカのボールはもっとつるつるとした感覚なので、少し違和感を覚えていた。


 変化球の変化も少し変わるだろうな・・・・・・


 そのようなことを考えてぼんやりとしていると、先発を外れた沖田がこちらにやってきた。


 そして肩をポンと叩かれた。


「何です?」


「うん、愛想のない表現だな」


 知っている相手でも、いきなり肩を叩かれたら誰もがそのようなことを考えるはずだが、まぁ、良い。


 ここで自分の協調性の無さをひけらかしても意味は無いのだ。


「すいません」


「監督はあまりしゃべらないから、不安に思うだろうけど・・・・・・」


 沖田の顔に笑みがこぼれた。


「チャンスがあるなら、余計なことは考えない方がいいよ」


 そう言った後に、沖田は俺の背中を叩いた。


「先輩、痛いです・・・・・・」


「グッドラック」


 沖田は走ってブルペンへと向かっていった。


 それと入れ違いにキャッチャーミットと防具一式の入ったバッグを持った、金原がやってきた。


「まぁ、チャンスはチャンスだから余計なことは考えるなよ」


 金原はレガースを足に装着し始めた。


「手伝います」


「おう、助かる」


 俺が金原の防具の装着を手伝っていると、金原が唐突にしゃべり始めた。


「チャンスを貰ったなら、それを活用しないとな」


「・・・・・・正直言って分かりません」


「何が?」


「一年生の俺を監督が使う理由が」


 俺が自分の気持ちを正直に伝えると、金原は「それが余計なことなんだよ」と言い出した。


「そんな考えじゃ、後には後悔しか残らないぞ」


「それはそうですが・・・・・・」


「まぁ、正直に言えば一部の部員からはお前のことを嫌う奴もいるよ」


 そうなのか?


 そう言われれば確かにそんな雰囲気は感じるが、金原もそれを直接俺に教えることはないだろう・・・・・・


 思わず金原の日焼けした顔を睨みつけてしまった。


「まぁ、お前は運と実力に恵まれているからな。協調性の無さが災いしているけどな?」


 そう言われたアインは金原を睨み付けた。


「そういうところだよ、浦木」


「・・・・・・すいません」


「リードは俺がやる。外野の声は気にしないで勢いよく投げろ」


 金原の防具が全て装着されると、俺は最後にマスクを渡した。


「よし、しまっていこう」


「それは試合前に言うんじゃないですか?」


「後で言うよ」


「すいません・・・・・・」


 その後、早川高校の各選手が守備位置に着き始めた。


 試合は早川高校が後攻で、王明実業が先行で行われることになった。


 アインはマウンドに降り立つと、その柔らかさに違和感を覚えた。


 前の試合でもそうだけど・・・・・・


 日本のマウンドは柔らかいな?


 足を挫かなければいいが?


 それに土のグラウンドかよ。


 泥だらけじゃねぇか・・・・・・


 アインが日本で野球をするようになって、感じていた疑問が再び脳内に沸き起こった。


「浦木、余計なことを考えるな!」


 投球練習の最中、金原がそう叫んだ。


「はい!」


 そう言った後に相手の一番バッターが打席に立ち始め、審判が「プレイ!」と言い放ち、試合がスタートした。


 ロジンバッグを片手に持ち、手に白い粉をなじませ、それを捨てた。


 ここからは余計なことを考えるのはよそう。


 俺は金原を正面に見据えた。


「しまっていくぞ~!」


 キャッチャーの金原が両手をあげ、大声で叫ぶ。


 その後に金原が座り始め、ミットを叩き出した。


 ゲームの始まりを告げた瞬間だった。



 一回の表、王明実業の攻撃。


 王明実業の一番バッターが審判に礼をして、打席に立つ。


 日本人は何故、審判に礼をして打席に立つのだろう・・・・・・


 俺はそれを疑問に思ったが、すぐに金原がミットを持つ左手に視線を戻した。


 余計なことを考えるなと言われたからな・・・・・・


 金原の右手から出される、サインを見てみると、初球はアウトコース中段のストレートだった。


 コースギリギリだが、俺のコントロールで投げれるだろうか?


 俺は投球動作に入る。


 ノーワインドアップの態勢から、トルネード気味の状態で、相手に背を向け、ボールを金原のミットに投げた。


 するとボールは金原のミットから、ボール二個分外れたが、相手はバットを振り、結果的にストライクとなった。


 相手は思わず、口の空いた状態で俺の顔を眺めていた。


「オッケー、ワンストライク」


 そう言って、金原はボールをこちらに返球した。


 俺はそれを受け取ると、それをこねて、ボールをグラブの中に収めた。


 金原の次のサインはインコース低めのストレート。


 またしてもコースギリギリ。


 だから、俺はコントロールが悪いんだって・・・・・・


 再び、ノーワインドアップからのトルネードからストレートを投げた。


 こんどはミットに寸分の狂いもなく収まった。


 相手はバットを振った後に、尻もちを付いた。


 金原からボールを返球してもらうと、次のサインはストレート高めの釣り球だ。


 相手が上手く空振りしてくれればいいが・・・・・・

 

 一連の動作から俺がボールを投げると、相手は見事に空振りをした。


「オッケー、ワンアウト!」


 金原がそう言いながら、返球をしてきた。


 次の二番バッターに対しても初球、インコース高めのストレートを放った。


 すると相手はランナーがいないのに、セーフティーバントの態勢を取り始めた。


 ボールはストレイクゾーンを外れ、相手もバットを引いたので、判定はボールになった。


 成功する確率の低い攻撃だが、日本の高校野球では重宝されているらしい。


 機動力と心理的なプレッシャーで相手に揺さぶりをかけるものだろう。


 話には聞いていたが、あまり好きな攻撃方法ではないな?


 二球目のサインはアウトコース低めのストレート。


 相手に背を向けボールを投げると、それがバットに当たり、キャッチャーフライとなった。


 金原がそれを取ると、早川高校ベンチから「ツーアウト!」と、声が掛かり始めた。


 続く三番バッターは大柄な体格の選手だった。


 あぁ、ここから強打者を迎えるのかな?


 金原のサインを確認すると今度はインコース中段のストレートだった。


 ここまでストレートだけしか投げていない。


 もっとも球威で何とか抑えられているが・・・・・・


 俺がストレートを投げると、相手は大きく空振りをした。


 ワンストライク。


 続いてのサインはアウトコース低めのストレート。


 またコースギリギリか?


 俺は再びストレートを投げると、相手はそれを見送った。


「ストライク!」


 審判がそういうと、相手の三番バッターは顔を歪めた。


 たまたま入っただけだろう?


 返球を受けた後に次のサインを見ると、アウトコース高めギリギリのストレートだった。


 上手くコントロールが効きますように・・・・・・


 ストレートを投げると、相手は大きくバットをスイングした。


 結果はバットに当たらずに結果的に俺が空振りを奪った格好となった。


 初回三者凡退、上場の滑り出しだ。


 俺が走ってベンチへと引き上げると、金原がそこに駆け寄ってきた。


「相手はお前が一年だってことで、甘く見ていたようだな」


 だろうな?


 でなきゃあそこまで大振りすることはありえない。


「でしょうね」


「それと打ちたい気持ちが強すぎて、コースの見極めもおざなりになっていたな」


「結果的に助かりましたね」


「このまま、相手が名門のプライドとやらで、焦ってくれて、ボールの見極めが出来ない状況が続けばいいけどな」


 俺はベンチへ引き上げると、日本茶を飲み始めた。


 ちなみにカフェインは世界アンチドーピング機構によって監視プログラムには入っているが、基本は飲んでも問題ないらしい。


 よって、堂々と飲むことが出来る。


「よ~し、走るぞ!」


 木村がそう言いながら、打席へ向かうと、林原が「当たればな?」と言った。


 すると、木村が「黙っていろや。アジアの大砲!」と言い放った。


 林原が「ふっ!」と木村を鼻で笑うと、二番でセカンドの三年山崎と三番を打つ金原がネクストバッターズサークルに入った。


「相手のストレートの最速ってどのくらいですかね?」


 浦木がそう言うと、マネージャーを務める三年の山倉聡が「一四八キロぐらいだな」と言った。


 確か、それにフォークとスプリットが加わるんだよな。


 それだけしか球種が無いと言えば、無いのだが、高校野球では十分な球威を誇ることは確かだな。


 そう言っていると、控えキャッチャーの倉井に「浦木、キャッチやるぞ」と言われた。


 あぁ、そうか。


 日本の野球はグラウンドの外に出て、キャッチボールが出来るんだな。


 そうやって肩を温めるのだろうが、アメリカにいた俺は本音を言えば、それはやりたく無かった。


 理由は余計な体力を使いたくないからだ。


「やります」


 しかし、そこは本音と建前の日本社会。


 俺はグラウンドにある、ブルペンに移動して、ボールを投げ始めた。


 その間、北岡の投球フォームを見た。


 するとそのフォームは俺と同じトルネード系統だが、唯一違っているのは、俺はノーワインドアップから動作に入るが、北岡はワインドアップの形で、両手を振りかぶってからトルネードで投げるのだ。


 俺はボールを投げながら、木村と北岡の対決を見始めた。


 北岡はワインドアップを加えた、トルネードでストレートを放ると、左打席に入った木村はそれを流し打ちで返した。


 打球は三塁線に流れ、ファールになった。


 ノーボール・ワンストライクのカウントになると、木村は大きく深呼吸をしはじめた。


「オッケェ! 当てているよ!」


 早川高校のベンチからは大きな声が聞こえていた。


 二球目もストレートだが、これを木村は引っ張って打ち返した。


 ライトのフェアゾーンぎりぎりに打球が向かったが、結果はファウルだった。


 木村さんはよくボールを当てられるな・・・・・・


 しかも長打力がある。


 そして一番を務めるのだから、当然足も速い・・・・・・


 かなり運動神経が高いという事はこの数か月、行動を共にしてつくづくと感じていた。


「さぁ、来い!」


 木村がそう叫ぶと、北岡が笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかった。


 こいつ、嫌い・・・・・・


 何故だかは知らないが、試合中に笑みを浮かべた北岡に対して、俺は理屈ではなく、感覚的に嫌悪感を覚えた。


 三球目はフォークを投げてきた。


 木村はそれをミートすることが出来ず、三振を喫した。


 あれが奴のフォークか?


 たしかに落差は大きい。


 嫌悪感を覚えた相手ではあるが、その実力は確かなものなのだと感じた。 


 続く、二番の山崎に対しては徹底的にストレートを投げ続けて追い込み、最後はフォークで空振りを奪った。


「あのフォークは手を出すよ」


 山崎はベンチへと戻ると、俺に言い放った。


 次のバッターは金原だ。


 金原の目線を見ると、


 その目は北岡に対する敵意に満ちていた。


 この人も奴の事が嫌いか・・・・・・


 金原が右バッターボックスに立つと、北岡はまた笑みを浮かべていた。


 表情豊かだね・・・・・・


 こいつは歪んだ自尊心と虚栄心に満ちた奴なのだろうと、俺は感じた。


 そんな奴が名門校のエースなのだから、世の中も残酷なものだとも思った。


 金原には打ってもらいたいな・・・・・・


 すると北岡は初球に変化の少ない早い落ちる球を投げてきた。


 金原はそれを見送った。


 あれがスプリットか?


 二種類の落ちるボールを交互に使われると聞くと、大層なものだが、落ちるボールしかないのだ。


 攻略の余地はある。


 しかし、金原は大きく空振りをした。


 そしてベンチから見えるほどの激しい表情で、歯ぎしりをし始めた。


 あんな奴に負けてほしくは無い。


 俺は金原に対して、打ってくれと感じていた。


 チームメイトに対して、そのような感情を抱くのは初めてだったかもしれない。


 すると北岡はインコースにストレートを投げたが、金原はそれを打ち上げた。


 金原は思わず、「あぁ、しまった」と言い放った。


 打球はレフトフライになった。


 スリーアウトチェンジだ。


 浦木はボールを倉井に返球すると、金原へと駆け寄った。


「大丈夫ですか?」


「あの野郎、ツーシームを覚えてきやがった!」


 そうなのか?


 ツーシームとはストレートと同じ速度と軌道ではあるが、打者の手元で微妙に変化するボールだ。


 アメリカの野球界では多くの投手が使うことで知られている。


「腹が立ちますか?」


 金原にそう言うと「何で?」と聞いてきた。


「俺はああいう、去勢と歪んだ自尊心にまみれた、スポーツ選手が嫌いです」


 そう言うと、金原が俺の肩をポンと叩いた。


「・・・・・・負けるなよ」


「はい」


 そうして金原とお互いが腹の中に抱えた気持ちを確認した後に俺はマウンドに登った。


 ロジンバッグを手にして、それを投げ捨てた。


 相手は右の四番バッターだ。


 体系はでっぷりと太っていたの印象的だった。


 俺が金原の要求通り、インコース中段のストレートを投げると、相手はそれを打って来た。


 打球はレフト方向へ向かったが、ファウルとなった。


 二回途中までストレートしか投げていないが、分かったことが一つ。


 金原のリードは基本的にストライク先行で、対角線を意識したものであると考えられる。


 しかも、相手の心理を感覚的に読むことが出来るので、相手がどの球種を狙い、どれを避けているか、どれを打ちあぐねているかという事まで想像力を働かせることが出来るのだ。


 この場合、相手は俺のストレートを打ちあぐねているので、金原はそれを中心に攻めのリードを行っているのだと感じていた。


 そのような感触を覚えながら、金原のサインを見ると次はアウトコース高めのストレートだ。


 また、ストレートか・・・・・・


 相手もなかなか、狙いを修正して来ないな?


 自分達の実力なら一年生に負けるはずがないと、思っているのだろうか?


 北岡を始めとして、つくづく小さな虚栄心に満ちたチームだ。


 そう思いながら、ストレートをインコース低めに投げると、相手はボール球でありながら、それを打ちに来た。


 結果的にそれは三塁線のファウルとなった。


 完全にボールの見極めが出来ていない。


 打ちたい気持ちが強すぎるのだ。


 相手は金原がそれを見透かしていることに気づいていないのだろう。


 だから、修正が出来ない。


 俺は金原からの返球を受け取ると、それをこね始めた。


 そして、金原のサインを見ると、今度はアウトコース低めに逃げるスライダーを要求された。


 ここで変化球か?


 俺はそのサインに頷くと、金原のミットにめがけて、スライダーを投げた。


 ドアノブをひねるかのような形で投げた、それは見事にミットに収まった。


 相手はそれを見送ったが、結果はストライクとなった。


 これで合計奪三振は三つ。


 意識はしていないが、今日は調子がいい方だろう。


「ナイスボール!」


 金原からの返球を受けると、俺は思わず、顔をしかめそうになった。


 次のバッターが北岡だったからだ。


 でかいな?


 百八十センチ後半はあるんじゃないか?


 すると、北岡はニヤニヤしながらこちらを見続けていた。


 こいつがどういう反応するかが楽しみだな。


 金原からジェスチャーで感情を抑えるように言われたが、俺はそれに対して頷いて、答えた。


 金原がボールからインコース低めに入る、カーブをサインで要求してきた。


 ここでカーブか?


 すっぽ抜けなければいいのだが?


 俺は要求に答えて、カーブを投げると、北岡はそれを打ちに来た。


 しかし、バットに当たらずに空振りをし、尻もちをついた。


 すると金原が北岡に対して、「だせぇな?」と言ったのを、唇の動きで感じ取った。


 すると北岡は金原の足を小突き始めた。


「お前!」


 金原が立ち上がると同時に北岡は「何だよ?」と言いながら、へらへらと笑っていた。


 すると、両陣営の選手たちがベンチから飛び出してきた。


「おい、お前ら! 何してんだよ!」


 木村や倉井が相手に詰め寄ろうとするが、それを沖田が必死に止める。


「雑魚のくせに、調子に乗っているからだろうが!」


 先ほど、三振した四番バッターが声を張り上げる。


 これは高校野球では厳しく咎められるぞ?


 乱闘は基本的にご法度なのだ。


 すると、審判が北岡に対して「退場!」と言い放った。


「何でだよ! 俺が何かしたのかよ!」


 北岡がそう言うと、審判が「キャッチャーを蹴っちゃだめだよ」と言った。


 そう言った後に主審が「警告!」と言い放った。


「誰に対して?」


 そう誰かが言うと、主審は「両チームに対して!」と言った。


 そして、その後に「ゲーム続行!」と言い放った。


 そう言われると、両チームは渋々とベンチへと戻っていったが、北岡は退場に納得がいかなかったのか、ベンチに戻ると、グローブを思い切り叩きつけていた。


「物に当たる時点であいつは未熟なんだよ」


 マウンドへと駆け寄って来た、金原がミットで口を押えながらそう言い放った。


「よく、没収試合になりませんでしたね?」


「まぁ、あれは明らかに奴の方が落ち度があるしな」


 すると内野を守っていた上級生たちも、マウンドに集まり始めた。


「言い忘れていたが、王明実業はあまり評判が良いチームとは言われていないんだよ」


 サードを守っている林原が内野用グラブで口を押えながらそう言った。


「まぁ、自分たちは特別だと思っているからな」


「優生思想かよ。人のことを雑魚呼ばわりしてたからな」


 劣勢なのによく言うよ。


 もっともその心理を利用して、ここまでは互角のゲーム展開に運んでいるのだが?


「まぁ、これで勝ちも見えてきたな」


 金原がそう言うと、ショートを守っている三年の谷屋が「北岡がいないからな?」と言った。


 確かにこれはチャンスかもしれないと浦木も感じていた。


「相手は浦木を舐めきっていて、自分達が劣勢だという言う状況も受け入れてはいないからな。勝てるぞ!」


 金原がそう言うと、選手達の顔が引き締まってきた。


 すると、主審を務める審判が「長いよ、早く!」と言ってきた。


「すいません!」


 金原がそういうと谷屋が「じゃあ、ぼちぼちと行きますか?」と言い放った。


 そう言った後に俺を含む選手たちがサムズアップで答えた。


「浦木、押えろよ」


「俺たちを雑魚呼ばわりだからな」


「勝てるぞ。なんせ油断しているんだから?」


 先輩たちにグラブで頭を叩かれた後に俺は金原を見据えた。


「行くぞ」


「はい」


 金原がキャッチャーボックスに入り、ミットを構えると、俺はサインを見据えた。


 インコース中段の・・・・・・ストレートだ。


 攻めるね、先輩?


 俺は金原のミットめがけてボールを投げた。



「いや、何とか勝ったな!」


 木村がそう言うと、部員全体が拍手をしだした。


 試合は三対〇で早川高校が勝利した。


 俺の成績は九回を完封し、奪三振は一二個に上った。


 一方で被安打八と四死球六も計上し、コントロールと球数の制約に課題を残した内容となった。


 しかし、大目に見れば個人成績も上々だった。


 このような形でチームと俺個人にとっては非常に良い形の結果を残したが、早川高校と王明実業という二チームにとっては試合中の乱闘が尾を引いた形でしこりの残る幕引きを迎えた。


 試合終了時の選手整列で相手が礼をしなかったのだ。


 この事で早川高校と王明実業との間で再び一悶着が起こりかけたが、結果はこちらの勝利だった為、林田監督は何も言わなかった。


 後で王明実業側の監督が平謝りをしたと聞いたが、そんなことになるぐらいだったら、選手教育にもっと力を入れた方が良いのではないだろうか?


 ただ力や素質のある選手を揃えてもあれでは、いつかはチームが滅びるだろう。


 奢れる平家久しからず。


 父から習った日本のことわざである。


 要するに慢心をした組織はいずれ、崩壊を起こすという事だ。


 まぁ、最後の最後で後味の悪さが出た試合だったが、練習試合とはいえ大金星の為、林田監督はチームの労を労って、全員を大船にある焼肉店に招待した。


「浦木、もっと食えよ」


「ありがとうございます」


 金原から肉をもらうと俺はタレに付けて食べた。


 肉は和牛ではなくアメリカ産だ。


 さすがに一教員である林田に和牛セットを払えるだけの所持金はあらず、事前に本人から「和牛はダメだ」と言われていた。


 なので、出される肉はアメリカ産かオーストラリア産なのだが、俺はアメリカ産の牛肉と豚肉を中心に食べていた。


 オーストラリア産は赤みが主体で肉質が硬いので、あまり好きではない。


 一方でアメリカ産について、肉質自体は同様に硬いが、脂身がオーストラリア産に比べると、多いので旨みが多少はあるのだ。


「いいなぁ、お前は?」


 井伊が牛タンを頬張りながら、こちらを見据えていた。


「くそ~、お前が結果出したから、ワシらの女にモテるという目標がさらに、遠のいたやないか!」


 そう言いながら、柴原がホルモンを頬張り始めた。


「お前ら、菜箸使わないと腹壊すぞ」


 先ほどから気になっていたが、チームの選手達の大半が、菜箸を使わずに自分たちの箸で生の肉やホルモン、レバーを取り出し、焼いているのを見て、嫌な予感を感じていた。


 俺は一応は万が一に備えて、菜箸を使っているが、明日になって、チームが食中毒で全滅しないかが心配だった。


「大丈夫や、俺たち鉄の腹を持っているんや!」


「うん、俺たち感染症には強いんだよ」


「お前ら、某ゾンビゲームの無敵の大将か?」


 俺がそう言うと、井伊が「そうだな、俺はゾンビにはならない特異体質なんだよ」と言い始めた。


 すると、柴原が「映画版の主人公やないか」と言いながら、生のホルモンを箸で持ち、それを七輪で焼き始めた。


「映画版とゲーム版じゃ、物語の本質が違うからな」


 俺がそういうと沖田が「まぁ、アクション物とホラー物に分かれているからな」と会話に入ってきた。


「おっ、沖田先輩もあれ、お好きなんですか?」


「いや、何かヒロインを水着にしたりとかそういうのが気に入らない」


 沖田は菜箸を使わずに生のカルビを焼き始めた。


「それがええんやないですか!」


 柴原がウーロン茶が入ったジョッキを机に勢いよく置いた。


「いや、純粋にゾンビを撃ちたいんだよ」


 そう言いながら沖田が手で銃の形を作り始めた。


「ヒロインの水着とヌードはゲームで努力した証じゃないですか!」


 井伊が柴原と同じくジョッキを勢いよく置いた。


「いや、俺は煩悩を捨てて、ゾンビを撃ちたいんだよ」


「でも、ヒロインはかわいいでしょう?」


 井伊がそう言った後に、しばしの沈黙が流れる。


「・・・・・・俺もそう思う」


「ですよね!」


 それから沖田と井伊、柴原は某ゾンビゲームの話をし続けていた。


 ただ三人とも菜箸を使わずに焼肉を食べ続けていた。


 明日、大丈夫かな・・・・・・


 俺は野球部が翌日に全滅をするのではないかと、心配になってきた。


 すると木村が「浦木、食えよ」と牛タンを差し出す。


「ありがとうございます」


 俺は皿でそれを受け取って食べた。


 木村は俺に肉を差し出した後に焼けたホルモンを自分の箸で食べた、


 その後に「ホルモンうめぇ!」とはしゃぎ始めた。


 大丈夫かな?


 俺は嫌な予感を感じていた。


7


 そして、翌日。


 午前七時に林田から俺の自宅に連絡が来た。


〈浦木か?〉


「監督。朝早いですね」


〈お前と俺以外の全員が食中毒でダウンした〉


 あぁ・・・・・・そうなると思っていたよ。


 俺は思わず天を仰いでしまった。


〈というわけでしばらく、練習休むから〉


「監督は平気なんですか?」


〈俺は菜箸を使っていたから平気〉


 さすがに用意周到だな?


 俺が「分かりました」と言うと〈じゃあな〉と言って、電話を切られた。


「誰からだい?」


 父がコーヒー片手にブドウパンを食べながら、こちらを眺めていた。


「野球部の監督」


「何の用事?」


 この人は俺が何をしているのかをほとんど把握していないな?


 少しだけ父に苛立っている自分を自覚していた。


「昨日、焼肉に行った時にみんな食中毒になったからそれを伝えてくれたの」


「不注意だな、菜箸を使わないと」


 父はパンにこれでもかと言うほどのいちごジャムを塗りたくっていた。


「野球部はしばらく練習休止だよ」


「そうか、一番嬉しいのは監督かもな?」


 そう言った父にいら立ちを覚えながら、俺は「何で?」と言った。


「学校の教員はハードだからな? 通常業務だけじゃなくて、部活もこなさなきゃいけない。お前も少しはそういう人の痛みを想像しなさい」


 監督はこれを機会に残業を片付けるのだろうな?


 そう考えると、俺はある疑問を抱いた。


 普段、選手を褒めたたえない寡黙な監督が試合に勝ったからと言って、急に焼肉を奢るというのは何故だろう?


 もしかして、最初から土日を休む為に焼肉店での食中毒を狙っていたとか?


 そのような邪推をしていると、父が「時間は大丈夫か?」と聞いてきた。


「あっ、行ってきます」


 俺はボストンバッグを持って、部屋を出た。


8


 JR北鎌倉駅から横須賀線に乗って、戸塚駅に向かった。


 そこから神奈川中央バスに乗り、走って二十分。


 早川高校の校門前に着いた。


 何度も言うが、何で学校はこういう僻地にあるのかな?


 俺がぼんやりと思考を働かせながら、構内に入ると、後ろから瀬口真が現れた。


「おはよう!」


 瀬口がそう言うと、俺は「おぅ」とだけ答えた。


「この前の練習試合、大活躍だったらしいね?」


 瀬口がそう言うと、俺は「相手が舐めきってたからだよ」と答えた。


「でも、甲子園出場校でしょ?」


「驕れる平家久しからず」


 瀬口に言っても分からないだろうと思って、そう言ったが、瀬口は「そんなにひどいチームだったんだ?」と言い出した。


 あっ、こいつ教養があるんだな?


 俺の中で瀬口の見方が少しだけ変わった。


「川村さんも喜んでいたよ」


 あの人か・・・・・・


 俺は正直に言えば、あの上級生の女があまり好きではなかった。


 というよりも必要以上に自分に接近してくる女があまり好きではないのだ。


 大体、何か方向性を誤っている奴が多いから。


 無論、これは俺の偏見だが?


「そっちはどうなんだよ?」


「何が?」


「陸上の様子?」


「あぁ、インターハイ前だからね。みんな頑張っているよ」


 瀬口がそう言うと、女子たちが瀬口に「おはよう~」と声をかけていた。


「ところで、浦木君は今日も授業をサボるの?」


 瀬口がそう言うと、俺は「サボりたいな?」とだけ答えた。


「もうすぐテストがあるんだから、勉強した方がいいんじゃないかな?」


 そう言われた、俺は思わず腹が立った。


「俺は容量が良いから、授業に出なくても、成績が良いの」


「確かに授業を休んでも、何故か先生の質問に答えられるよね」


 そのせいで俺は担任の佐々木を中心に、教師たちから厳しい目線で見られていた。


 そういう連中の大体が決まって言う言葉は「仲間」とか「場の空気」などである。


 大体そういうことを言う教師は二十代から三十代の若手教師だ。


「まぁ、角が立たないようにしていきたいな?」


 俺がそう言うと、瀬口は「もう立っているよ」とだけ言った。


「本当かよ?」


「うん、男子生徒とか女子生徒は普段から浦木君の悪口を言っているよ」


 それほぼ全員じゃん。 


 まぁ、そんな雰囲気はあったな?


 まぁ、たとえ、俺の悪口を盛大に言っていたとしても、LINEや制限をかけたXなどの閉鎖された空間で盛大に悪口を言うのだ。


 はっきり言って学校外では影響は無いだろう。


「まぁ、相手は何もできないだろう」


 俺がそう言うと、瀬口がこう言い放った。


「何か、暴行計画まであるらしいよ?」


「マジか。それは夜道気を付けないとな?」


 まぁ、そんなことが堂々と出来るほど、度胸の据わった連中じゃないだろう。


 俺はある程度は鍛えているし、腕の細い色白坊や程度なら柔道初段の井伊に軽く腕を捻ってもらえれば、それで良い。


 まぁ、普段、俺に好き放題言っているんだから、せめて、護衛として役に立ってもらおう。


 万が一、犯行が行われて俺が負傷するなら、父に頼んで弁護士を雇ってもらって、徹底的に司法の場で争うか、警察を上手く動かして、運動音痴ども全員を根こそぎ逮捕してもらうのも面白い。


 まぁ、もっとも全てを俺の思い通りになることは不可能に近いが、しかし、奴等も本気で俺を暴行したり、殺したりは出来まい。


 何故なら、すでに何度もチャンスがあるのだから。


 場所が学内・学外問わず、すれ違いざまにナイフを俺の腹か背中に刺せば、それで終わる。


 そんな簡単な事が出来ない時点で、奴等は口だけの虚弱体質の温室育ちの連中なのだ。


 好き放題にそんなことを言っているが、これを父や母が聞いたら『あなたの方が驕り高ぶっている』と言われるだろう。


 まぁ、親に言われる以前に社会的に良い印象は抱かれない為、あまり口にはしないが?


「井伊に護衛でもしてもらおうかな」


「あぁ、柔道の段を持っているんだっけ?」


「もっとも、食中毒でダウンしているけどな?」


 そう言って、二人で構内に入り、靴箱を開けると、何かが腐ったような臭いが沸いてきた。


「うわっ! クッサ!」


「何、これ?」


 俺は恐る恐る、それを見ると、茶碗に置かれた腐った白米が置いてあった。


「・・・・・・早速、相手は攻撃してきたか」


「これは、ひどいよ」


 瀬口が上履きを履くと、走り出した。


「どこへ行く?」


「職員室」


「行くな」


 俺は瀬口にそう言った。


「何で?」


「教師が絡んでいる可能性がある」


 そう言うと瀬口は「じゃあ、どうするの?」と聞いてきた。


「うちの監督に相談するよ」


「大丈夫?」


「まぁ、仕事増やす可能性があるかもな?」


「・・・・・・一応、報告はしようよ」


 瀬口はそう言った後に職員室に走り出した。


 俺は「そうだな」と言って、後を追った。


9


「話は分かった、極力何とかする」


 職員室で俺と瀬口が今朝起こったことを野球部の監督である林田に相談した。


「それと、親御さんにこのことを報告しておけ」


「あっ、分かりました」


 まぁ、犯罪につながる可能性もある。


 というより、もう犯罪になっているのだから、両親に報告して警察に相談するか、弁護士に解決を頼むかの対処をした方が賢明だろう。


「いじめが深刻になる理由は両親への報告を怠ることが理由の一つですからね?」


 浦木がそう言うと、林田が「ちょっと・・・・・・」と言い出した。


「何です?」


「担任の佐々木にはこの事は言うな」


「あぁ・・・・・・分かります」


 奴は俺のことを嫌っているしな?


 その理由は俺が奴に対して従順ではない人間であるからだろう。


「林田先生は佐々木先生がお嫌いなんですか?」


 ストレートだなぁ?


 瀬口がそう言うと、林田が「はは」と笑った。


「あいつは漫画の教師に憧れているからね。だから、仲間とか繋がりとかに依存する。そして自分の考えを正しいと信じて疑わない」


 まぁ、自分に正義があると信じて疑わない人間は、テロリストと大差ないだろう。


 正義なんてものは人によって、千差万別である。


 それが理解出来ない人間は、自分のダメなところを徹底的に他人に見せない。


 だから、人に対してはカッコをつけようとするし、引くに引けないこともあって、人に自分の意見を押し付ける。


 そしてグループの考えに反する人間は、敵として処理される。


「まっ、後は何とかするから授業に出ろ」


 俺と瀬口は「ありがとうございました」と礼を言って、職員室を出た。


 すると、同じクラスの男子がいきなり十人規模で現れ、「よっ、夫婦!」と言った後に、異常に声の高い下品な笑い声を廊下に響かせた。


「気にすんな、瀬口」


「分かっている」


 そう言った後に俺と瀬口は教室へと向かっていった。


「相手は典型的なスクールカースト上位者だな」


 つまりはお笑い芸人のひな壇でのトークを高校で行って、人気を取っている連中だ。


 テレビでそれをやるなら理由として正当性があるが、アマチュアが学校でそんなことをすれば、対人関係に角が立つのは当たり前の事だろう。


 大体、人の嫌がることはやらないというのは小学生で習う事だ。


 それが出来ないという時点で、彼らには自分と、それに似たクローンども以外の他者の感情に対する想像力が欠落しているのである。


「浦木君、気を付けてね」


「何を?」


「夜道」


 それは無いだろう。


 何度も言うが奴らには度胸もなければ人を殺す技量も無い。


 要は口だけだ。


 自分に似たクローンたち同士の繋がりの中で、悪口をいう事しか能がない。


「まぁ、井伊に護衛でも頼むかな?」


 冗談でそう言ったが、瀬口は「死ぬことは無いだろうけど、ちょっと心配かな?」と言い出した。


「死んだとしても、相手には動機が無いから、メディアは俺のことを悲劇の少年として扱うよ」


「死んだら意味ないよ」


 瀬口がムッとした表情でそう言ったが、そこに敵意は感じなかった。


「ムカつく、ウザい、嫌い、鼻につく、そんな理由で人を殺しても何も正当性は無いし、誰も称賛をしない。奴らには自分のコミュニティ以外での常識が分からない」


 俺は廊下を歩きながら、そう言うと、瀬口は「そう」とだけ言った。


「要するに自分たちが社会にどのような影響を与えるかが分からないんだよ。だからバカッター騒動とかが起こる」


 瀬口は「あぁ~、成程」とだけ言った。


「よし、退屈な授業を受けるぞ」


 そう言った直後にスマートフォンに着信が入った。


「スマホは学校では禁止だよ」


 瀬口がそう言うと、俺は「みんな、破っているよ」とだけ言った。


 番号は井伊の番号だった。


「何だ?」


 電話に出ると井伊が〈アイ~ン!〉と大きな声を出した。


「お前、電話でもうるせぇな?」


〈胃が痛いぞ〉


「自己責任だ、バカ」


 井伊が〈うぉ~〉と甲高い声をあげていた。


「でっ、用件は?」


〈監督から食中毒から復帰次第、お前の護衛に付くようにとお達しを受けたのだ!〉


 おっ、手間が省けたな・・・・・・


「そうか、俺の身代わりになって刺されろ」


 そう言うと、井伊は〈ノー!〉と言った後に、こう言った。


〈俺はアインと生きて添い遂げる!〉


「それ〇八小隊だろ」


〈うん、シロー・アマダだな〉


 ガンダムのOVAである。


「まぁ、早く治せや」


〈おう、任せろ〉


 俺は通話を切った。


「誰?」


 瀬口がそう言うと、俺は「監督が差し向けた用心棒」とだけ言った。


「それはだから誰だよ?」


 瀬口がそう言った後に、俺は「お前もよく知っている奴だよ」とだけ言って、教室へと歩いて行った。


10


 授業が終わると、俺は帰り支度を始めた。


 野球部が全滅をしたので、家に帰って、勉強をしようと思ったのだ。


 何故なら、期末テストが近づいているからだ。


 これを乗り切らないと、部活動にも支障が出る。


「浦木君、今日帰るの?」


 瀬口がボストンバックを片手に、こちらの顔を伺う。


「まぁ、部活は全滅だからな?」


「そっ、またね?」


 瀬口の陸上部は、普通に活動しているからな。


 今日は井伊も柴原もいないし、一人で帰るか・・・・・・


 教室から出ようとすると、クラスの何人かの男子と女子がこちらの顔を見ながら、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。


 まるでばい菌みたいな奴らだ。


 俺はそうクラスメイトを脳内で侮蔑しながら、教室を出た。


 腐った白米の臭いが移った、上履きを袋に詰めて、バッグにしまうと、学校から借りた来賓用のスリッパを元の場所に戻した。


 その後に学外へと出て、バスを待っていた。


 何か、視線を感じるなぁ?


 思わず、後ろを振り向くと、クラスメイトの一人が笑みを浮かべながら、後を付けていた。


 名前は覚えていないが、顔は見たことがある。


 まぁ、何かの偶然だろう。


 そう思って、戸塚駅行きのバスに乗ると、クラスメイトもそれに乗ってきた。


 そして、席に座るなりスマートフォンをいじり始めた。


 どうせLINEかXで俺の位置情報と悪口でも言っているのだろう。


 はっきり言って、そんなことをしても何の効力もないな。


 大体、定期テスト前なのにこんなことをしていていいのだろうか?


 こんな無駄なことをして、一喜一憂するよりは部活動に参加するか、家に帰って、勉強した方がはるかに有意義であると考えられる。


 大学や会社に入ることを考えると、将来への投資になるはずなのだが、日本の中高生はそのような将来に対する意識というのが薄いという話をどこかで聞いたことがある。


 だが、しかしそれが出来ないというのは夢中になるものが何もない、中途半端な考えしか持てないということだ。


 日本の若者は物に溢れているのに何が欲しいかも決められずにただ、時間だけを浪費させる。


 さらに言えば頭も身体能力も絶望的に悪いのだろう。


 賢い人間ならこんなストーカー紛いの行為が何の意味も持たないという事はすぐに気付くはずだ。


 俺はバスの中でそのようなことを延々と考えていた。


 バスが戸塚駅に着くと、俺はターミナルへと降りた。


 その後にJRの横須賀線があるホームへと向かった。


 後ろを振り向くと今度は違うクラスメイトがこちらを眺めていた。


 あいかわず、個性の無い顔つきだよ。


 相手の手元を見ると、相変わらず、スマートフォンをいじっていた。


 俺は電車に乗ると同時にクラスメイトも、電車に乗った。


 このまま、北鎌倉まで付いてくるのだろうか・・・・・・


 危害は加えられないだろうが、ばい菌に追いかけまわされるのは非常に不快だな?


 俺は席に座りだしてから出来るだけ、クラスメイトの顔を見ないようにしていた。


 あまりにもばい菌を思い起こさせるほどの顔の出来の悪さに吐き気がこみ上げてくる。


 電車は北鎌倉に着いた。


 電車を降りるとクラスメイトは案の定、後を付けてきた。


 スマートフォンをいじりながら歩いているので、俺は内心、ホームから落ちないだろうかという希望を抱いていた。


 北鎌倉駅を降りて、五分。


 古いだけが取り柄の和式の木造住宅が建つ。


 ここが俺の家だ。


 家の前に立ってから後ろを振り返ると、クラスメイトが笑みを浮かべて、こちらを眺めていた。


 そしてカメラのシャッター音が聞こえた。


 こいつら、写真まで取りやがった・・・・・・


 俺は腸が煮えくり返る思いだったが、黙って家の中に入った。


 家の場所までバレて、写真まで取られたか・・・・・・


 まぁ、いい。


 家の場所が分かっても奴らには何もできない。


 勝手に写真を撮られても、それを相手が使えば、立派な犯罪になるのだ、気にすることは無い。


 だから安心して、家の中でくつろげばいいのだ。


 俺はそう考えて家の中に入った。


 玄関に着くと父と母が「アイン!」と言って、駆け寄ってきた。


「何?」


「お前、学校でいじめに遭っているのか?」


 父が目に涙を浮かべながら、俺の胸倉をつかんだ。


「野球部の監督から聞いたぞ!」


「腐ったご飯が上履きの上に置いてあったんでしょう!」


 林田め・・・・・・用意が早いな?


 まぁ、これで手間が省けたな。


 サンクス、林田。


 俺は今頃、残業をしているであろう、不愛想な教師の顔を思い浮かべていた。


「それは事実だけど、誰がやったかは分からない」


「アイン、お父さんとお母さんはお前の味方だ!」


 父が抱き着きながらそう叫んだ。


「お母さんもよ!」


「何かあったら、私達に言いなさい! いいね!」


 親ばか・・・・・・


 ただ、両親がこれら一連の事件の存在を知っていれば、これほど都合の良いことは無い。


「分かった、必ず言うから」


 俺がそう言った後に父と母は泣き崩れた。


「親ばか・・・・・・」


「何だと!」


 俺がそう言うと、父は本当に胸倉をつかみ始めた。


 今度は本当に怒らせたようだった。


11


 自宅で勉強していると、井伊からスマートフォンに着信が入ってきた。


「何だ、胃は治ったのか?」


〈アイン、お前はXを始めたのか?〉


 その瞬間、俺は往年のコント番組で見るような、ずっこけ方をした。


〈しかも、インスタやスレッズまで作りやがって、スター気取りか?〉


「俺はそんなもの作っていないぞ」


 SNSををする連中の気が知れない。


 政治家や芸能人がやるのなら仕事の範疇だが、普通の人間がそれらの事をやるのを見ると、そこまでして人に褒めてもらいたいのかと呆れ返ることがある。


 さらに言えばそれを個人の意思でやろうとする人間は承認欲求が強いのだろう。


 そうまでしてまで、集団で生活したいか・・・・・・


 むしろ、一人でいて物思いにふけるという時間を持つことも一つの味があると思うのだが、もっともこんなことを言ってもばい菌どもには無駄だろうが?


「俺はそんな形で自己主張はしない」


〈てっことは・・・・・・〉


「まぁ、偽物だな」


 井伊は〈なんてこったい!〉と電話の向こうで大きな声をあげていた。


〈じゃあ、こいつは誰だ!〉


「俺が知るか」


 そう言うと、井伊は〈ぐぬ~!〉と唸り始めた。


〈ん~アイン、これは肖像権侵害だ。すぐに警察に相談しよう〉


「肖像権侵害じゃ、罪が軽すぎる」


 そう言うと、井伊は〈何だと!〉と大きな声で叫んだ。


「どうせならもっと大きな罪で立件したい」


〈・・・・・・どうやって?〉


「それを今、考えている」


〈・・・・・・例えば?〉


「まず、証拠を集めることだな。その上で相手がしびれを切らした時が勝負だ」


 俺がそういうと井伊は、〈う~ん、腑に落ちんぞ〉とだけ言った。


「警察に相談するのは自由だけど、証拠が揃わないで立件できなければ、ただのクレーマーで終わるだろう」


〈だが、納得できん!〉


「うん、声が大きい」


 そう言うと、井伊は〈すまん〉とだけ言った。


「まぁ、対策は練っておくから」


〈分かったよ、証拠が揃ったら立件な〉


「お前、まさか事件暴いて、警察に表彰されようとか、女にモテようとか考えていないだろうな?」


〈いや、柴ちゃんはそう言っていたけど・・・・・・〉


 まぁ、あいつならそう言うな・・・・・・


「まぁ、十代の男子は犯罪者を捕まえて、新聞に載りたいって願望を持っている奴が多いからな」


〈うん、ミートゥ!〉


 井伊がそう言った後に俺は電話を切った。


 何だか、無性に腹が立ってきた・・・・・・


 寝る時間まではまだあるので、勉強を続けることにした。


12


 それから一週間後。


 野球部の部員達が食中毒から復帰した。


 しかし、その前に期末テストがあった。


 気になる結果だが、俺はクラスの中で四番目に成績が良かった。


「浦木君、テストどうだった」


 瀬口と教室でチェスを指しながら、テストの結果について話をしていた。


「チェックいただきます」


 状況は俺の劣勢だ。


「浦木君はチェス弱いな?」


「でっ、お前のテストの結果は?」


「クラスで三番目」


 まぁ・・・・・・勉強は人と比べるものでは無いと、俺は考えている。


 だから、対して動揺はしない・・・・・・はず。


「浦木君は二手先、三手先を読む差し方が出来ないんだよね。何というというか、感覚で指す素人みたいな?」


「・・・・・・俺はボードゲームが苦手なんだよ」


 俺は苦笑いを浮かべながら、チェス盤を片付け始める。


「もう終わり?」


「気分が悪い」


「あっ、もしかして私より成績低いとか?」


 そう言われたアインは思わず動きが固まった。


「クラスで何位?」


「・・・・・・四位」


「やった~!」


 まぁ、いい。


 勉強は人と比べるものでは無い。


 勉強だけを自分のアイデンティティにすると、有名大学に入って、成績が伸びない時に自暴自棄になる。


 俺の場合は単位と評定平均が目標のラインに届けばいい。


 だから俺はけして、悔しくは無い・・・・・・


 俺はそう意識して気にしないようにした。


 すると、そこに食中毒から復帰した、井伊と柴原がやってきた。


「よう、若い衆」


「オッサンか、お前ら」


「そうや、ワシらは老生化している高校生や」


「釣り好きだもんな、俺たち」


 周囲が夏休みに横浜へ行こうとか、鎌倉霊園や鎌倉湖で肝試しをしようなどの話をしている中、爺と婆と普通に話せるぐらいの老生化した話をする四人である。


「お前ら、テストどうだった?」


「俺、一五位」


「ワシ、一一位」


 まぁ、ひとまず安心だな?


 この二人に限って一桁は無いだろう。


 すると井伊が大きなボードを持ってきた。


「何だそれ?」


「麻雀セット」


「オッサンか」


 思わず声に出して突っ込んでしまった。


「いや、テスト期間中にアカギにはまってしまって」


「うん、それが無ければ俺らもっと成績良かったわな」


 何だと・・・・・・


 俺は少しだけ動揺していた。


「まぁ、夏休みも近いし、みんな部活で忙しくなるので・・・・・・」


「親睦も深めて、四人で麻雀でもやろうかと思うてな?」


 すると瀬口が「面白そう」と言っていた。


「おっ、真ちゃん、麻雀に興味を示しているか!」


「お~、早川高校老生化クラブのエースやな」


 どんなクラブだよ。


 しまいには盆栽でもいじるのか。


 俺の周りには何でこんな奴らが集まるんだ・・・・・・


 もっとも、先ほどから老生クラブの三人と俺を含む連中を眺めながら、敵意に満ちた目線を送る、いつものばい菌グループみたいな連中とつるむのも嫌だが、奴らと絡むと犯罪に巻き込まれる恐れがる。


 それならば、老生クラブの連中と朝早くのラジオ体操や、相撲観戦、麻雀、釣り、ゴルフに行った方がはるかに安全だ。


 不本意ではあるが?


「よし、やるで、みんな」


「おい、今やるのか?」


「当然や、浦木」


「俺達は今、アカギを見て、無性に麻雀をやりたい気分になっている」


 漫画の影響を受けすぎだよ。


「あっ、でも私、ルール分からないよ」


 瀬口がそういうと同時に俺は「同じく」と言った。


「何・・・・・・それじゃあ出来んやないか?」


「いい、俺が教える!」


 井伊が麻雀台を学校の机にセットした。


「というか、校則違反だろう」


「お前はいつも破っているだろう」


 俺はそれを言われた瞬間、天を仰いだ。


「よし、賭け金どうする?」


「おい、それ賭博罪」


 俺がそういうと井伊は「黙りたまえ!」と怒鳴り始めた。


「賭けない、麻雀など豚肉の無い酢豚のような物だ!」


「そうや、スリリングな体験をしたいのや!」


「いや、どっかの市長じゃないんだからさ」


 そんな話をしていると、瀬口が麻雀台の前に座った。


「おっ、真ちゃん、やる気出したな?」


「うん、面白そう」


 ババア・・・・・・


 俺は脳内で思わずそうつぶやいた。


「でっ、賭け金はどないする?」


「・・・・・・妥協案で飯を奢るとかなら賭博罪にはならないだろう?」


「おっし、やるで!」


 柴原がそう言った後に、俺は麻雀台がある机に腰かけた。


「お前等、部活の時間守れよ」


「いや、俺たち、アカギを見て、今トランス状態だから」


「うん、飯が掛かっているから、時間なんか気にならんわ」


 早めに切り上げよう。


 俺はこの老生クラブの活動から脱出するタイミングを伺い始めた。


12


 それから一時間後、四人の麻雀対決は俺と瀬口がルールを知らないにも関わらず、中々の熱戦を繰り広げ、試合は部活の時間の兼ね合いもあって、流局の扱いとなった。


「おぉ~早川高校老生クラブの初日としてはなかなかの熱戦やったの~」


 そう言っている柴原は関西出身なので、関東のルールである、アリアリについて終始「意味が分からん」と言っていた。


 しかし、解説書や漫画では関東のルールで統一されているので、最終的に試合ではアリアリは適用される事となった。


「いや~、時間が足りれば俺が勝てたのに!」


 まぁ、井伊はそう言うが、素人二人相手に流局する時点で、実力は大した物では無いだろう。


 アインはそう心の中で毒づきながら、麻雀セットを片付けていた。


「あぁ~部活の時間だ」


 瀬口が大急ぎでカバンを取りに行く。


「じゃあね、結構楽しかったよ」


「おう、またな!」


 井伊がそう言って手を振る最中、俺は大急ぎでボストンバックを左肩に背負い、ダッシュで部室へと向かっていった。


「アイ~ン、待ってくんろ~」


「ワシらと一緒に遅刻しようや~」


「断る!」


 一年生の立場で遅刻をしたらどういう仕打ちが待っているか・・・・・・


 考えただけでも恐ろしい。


 俺は井伊と柴原を置いて、部室へと向かうとそこには陸上部の川村が何故かいた。


「やぁ、浦木君!」


 俺は自分でも分かるほどの苦々しい渋い表情した。


「何です?」


「今度、練習試合やるみたいだね?」


 練習試合・・・・・・


 夏休みが近づき、神奈川県予選が近い中、また対外試合か?


 よくこんなにぽんぽんと組めるな。


 林田の仏頂面が脳裏を過った。


「相手はどこです?」


「え~と、同じ鎌倉の建長学園ってところだね」


 建長学園・・・・・・


 どこだそれ?


 俺が必死に思い出そうとしていると、井伊と柴原が部室にやってきた。


「あぁ~間に合った!」


「川村先輩、どないしたんですか?」


「君たちの裸を覗きに来たんだよ」


 川村がそう言うと、井伊と柴原は声をそろえて「喜んで脱ぎます!」と答えた。


「やめろ、バカども」


 俺はズボンのファスナーに手をかけた井伊に蹴りを入れた。


「おぅ!」


「暴力反対や!」


「うん・・・・・・まぁそれはともかくとして」


 俺が軽く咳ばらいをすると、川村は「うん?」と小首を傾げた。


「建長学園ってどんな学校ですか?」


「お前、建長学園を知らんのか!」


 柴原は信じられないという表情を浮かべていた。


「お前は本当に世間知らずだな、アイン」


 井伊は俺に抱きつきながら、「ガスパージン、ガスパージン!」と言い出した。


 これはロシア語でミスターなどという意味だ。


「離せ、俺はロシア人じゃない」


「うぅぅぅ~!」


「でっ、川村先輩」


 俺は井伊と柴原を無視して、川村に目線を合わせた。


「何だい、ガスパージン君」


 いや、人名ではないから。


 あくまでミスターの意味だから。


 俺はそう思ったが、あえて口にはしなかった。


「話の腰を折らないでください」


「うん、建長学園の事ね?」


「はい」


「あそこは鎌倉市内にある進学校かつ男子校で、野球部の歴史は浅いけど、去年の県予選ではベスト八まで行っているチームね」


「井伊、うちの去年の成績は」


「うぅぅぅ~、県大会ベスト四なんだな」


 そう言った井伊は再び、俺に抱きつき「ガスパージン、ガスパージン!」と言い出した。


「ボルシチでも食っていろ」


「浦木、初夏にボルシチは拷問に近いで」


 柴原がそう言いながら、川村に抱きつこうとしていた。


「ガスパージン、ガスパージン」


「きゃ~、浦木君助けて~」


 俺はその光景を無視して、部室を後にした。


「おい、川村先輩が犯されようとしているのに無視かいな!」


「俺は外で着替える」


 そう言って外に出ると、木村と林原が部室に入ってきた。


「光、何やってんだよ」


 そう言えば、木村先輩と川村先輩は幼馴染なんだったな?


「健康な体育男子の裸を見に来たのよ」


「・・・・・・帰れ」


 林原がそう言うと川村は「ちぇっ!」と言って、部室から出ていこうとした。


「浦木君」


「はい?」


 そう言われて振り返った瞬間、川村の唇が俺の口に触れた。


「試合見に行くから、がんばってね」


「・・・・・・来ないでください」


 そうは言ったが、川村ははじけるほどの笑顔を見せながら「じゃあね!」と言って、部室を後にした。


「陸上部は暇なのか?」


「知るか、んなもん」


 二年生の二人は着替えを始めた。


「いいな~、キスまでしてもらって」


「それを邪険に扱うんか、お前は?」


 そう井伊と柴原の二人が言い出すと、俺は「女を武器にする奴はあまり好きじゃない」と言った。


 すると二人は「ガスパージン、ガスパージン」と言って、俺に抱きついてきた。


「やめろ、お前らは汗臭い」


「せめて川村先輩の残り香を!」


「何なら、関節キッスをしたい~」


「お前ら、元気だな?」


 木村が呆れたと言わんばかりの表情を見せる。


「その元気を試合に使えよ」


 すると、二人の動きが一瞬止まった。


「し・・・・・・あ・・・・・・い?」


「そっ、今度の堅調学園戦は一・二年生中心の編成で戦うから」


「お前ら一年にも出場機会がある」


 すると二人は「うぉ~!」と声を張り上げた。


 そして木村と林原の二人に対して「ガスパージン、ガスパージン!」と言って抱きつこうとした。


「やめろ、お前ら、汗臭い」


 木村は鼻をつまんでいた。


「ところで、お前ら、木島とは話するか?」


 あぁ、春の時に井伊と柴原と組んで、ショッカーの戦闘員やっていた奴か?


 その時は顔が隠れていたが、中々洗練された顔つきをしていたという記憶が俺にはあった。


「あっ、老生クラブの特撮顧問をしています」


 交流を持っていたのか?


 こいつらの機動力と社交性は尋常じゃないな。


 どちらかと言えば、人付き合いが苦手な俺には出来ないことだと思い、同時にこの二人にもそのような長所があるのかと驚愕していた。


「あいつ、結構バッティングが良いんだよ」


「一年でのベンチ入り第二号になるかもな?」


 そんな実力を持っていたのか?


 俺の脳裏に木島の端正な顔つきと細身の身体が浮かんだ後に井伊と柴原は「いや、次のスターは俺たちだ!」と叫び始めた。


「だって、あいつは戦闘員でワシらはイカデビルやしな~」


「少なくとも、特撮の分野では俺達の方が格上だな」


 あぁ、あれももう二か月前の出来事か・・・・・・


 随分と昔の事のように感じられた。


「木島の野球能力は高いよ」


「まぁ、お前らもがんばれ、期待していないが?」


 木村と林原はユニフォームに着替えると、部室を出た。


「時間、あと五分しかないぞ?」


 そう林原が言った後にドアが閉まった。


「・・・・・・まずいぞ!」


 井伊がそう言ったと同時に俺達は急いでユニフォームに着替え始めた。


「お前等がガスパージンとか言っているからだろ!」


 俺がそう言うと井伊は「黙りたまえ!」とお決まりのセリフを吐いていた。


 俺は大きなため息をせめてもの反論代わりにせざるを得なかった。


13


 金属バットの甲高い音が六月真っただ中の、白昼のグラウンドに響く。


 早川高校の野球部グラウンドで行われている、堅調学園との練習試合で俺の予想を覆す出来事が起こっていた。


 左打席に入った井伊が三打席連続でホームランを放ったのだ。


 今打ったのはスリーランホームランで、スコアは八対四となった。


 試合は乱打戦の様相を呈している。


「あいつ、バッティング良いな?」


 バックネットから試合を観戦していた主力組の一人がそう言ったと同時に俺は一塁側のフェンスから「井伊く~ん! ナイスバッティングゥ!」と叫ぶ、川村光を眺めていた。


 うるさい女だ・・・・・・


「建長学園の選手見ろよ」


 木村が顎をしゃくる。


「何です?」


「最初は共学には負けねえぞと張り切っていたが、リードを許された状況で光が騒いでいる光景を見る。これだけで精神的なダメージは計り知れないな」


 そんな柔なものかな。


 女子がいないだけで?


 大体、男子校の連中は女子を美化しすぎなんだよ。


 俺はそう脳内で悪態をつき始めた。


「今の奴らはアダルトビデオのコーナーに冗談半分で入った、カップルに怯える子羊たちと同じ反応だ」


 木村がそう言うと林原が「お前、AV好きだからな」と言った。


 木村は黙っていた。


「それ以前にウチの投手が打たれすぎじゃないか?」


 金原が鼻息荒くそう語った。


「リードは悪くないと思うけどね・・・・・・」


 沖田がスマートフォンをいじりながら、そう答える。


「投手の質の問題か? 二年生の井上だろ?」


 金原がそう言った先には投球練習をしている二年生の右腕、井上がいた。


 多彩な変化球を持つことに定評があるが、コントロールの悪さと自己愛の強さで悪名高い投手でもある。


「まぁ、野手陣は収穫ありかな?」


 井伊の三打席連続弾もそうだが、柴原も試合に出て三つ盗塁を成功。


 さらには守備を守るショートでもファインプレーを連発していた。


「まぁ、一番手堅かったのは木島かな?」


 沖田がスマートフォンを退屈そうにいじる。


 その木島は今日三番センターで試合に出て、四打数四安打と猛打賞の活躍を見せていた。


「これで林田ちゃんが夏の予選までに、メンバーをどう考えるかだな?」


 木村がそう言ったと同時に井伊のホームランの後に出塁した、ランナーが牽制でアウトとなった。


「・・・・・・さすがにこういう細かいプレーは徹底しているな?」


 さすがは県ベスト8といったところか、アインは堅調学園の地味ではあるが、手堅い野球に底知れぬ力を感じていた。


「だとしても、たるんでいる」


 金原は金属バットを持ち出した。


「活入れてこようか」


「やめろ、対外試合の真っ最中だぞ」


 三年のサブキャッチャー倉井が笑いながら止める。


「詰めが甘いんだよ! あいつら!」


「まぁ、相手はベストメンバーで臨んで、うちは一・二年生主体なんだから、乱打戦に持ち込んだだけでもいい方だよ」


 沖田はスマートフォンから目を離さない。


「お前、さっきから何やってんの?」


「パワプロ」


「・・・・・・野球を見ろよ」


 金原がそう言っている最中、建長学園の攻撃が始まった。


「いや~、井伊君、凄いね!」


 一塁側のフェンスにいた川村がバックネット裏にやってきた。


 そこには何故か、瀬口もいた。


「部外者は黙っていろ」


 野球部のキャプテンでもある金原が二人に厳しい目線を投げかける。


 さすがにけじめは付けるところで付ける。


 そういう厳しさも持った人なのだと俺は感じた。


「井伊だけじゃないだろう。柴原とか木島もいいじゃないか?」


 木村が川村に問いかける。


「まぁ、それはそうなんだけどさ・・・・・・」


 そう言うと、川村は俺の腕を取ると「おい、浦木~!」と言って、顔を近づけてきた。


 俺はこういう女が一番嫌いだ。


「何です?」


「相手の学校が変な目線で見ている~」


「それは被害妄想じゃないですか?」


 俺がそう言うと林原が「間違いではないだろう」と言い出した。


「男子校にとっては女子と社会的に繋がる、機会は早々ないからな。場合によっては犯されるぞ」


「うん、女子に対するコミュニケーション能力の欠落と、過度な理想の抱きすぎに尚且つ自分達が進学校であるというエリート意識があるから、余計に犯罪に走る可能性は強い。しかも思春期だしね」


 沖田はスマートフォンでパワプロをやりながら、つまらなそうにあくびをしていた。


「お前、ゲームやめろ」


「今、アイテム買う所なんだよ」


「現実でやれ。このゲーオタ」


 金原と沖田のやり取りを見ると、この二人は本当にバッテリーを組んでいるんだなと感じる。


「大丈夫ですよ、浦木君が守ってくれるから」


 川村は俺の腕を強い力をもって、組み始めたが俺はそれを払いのけた。


「ひどいぞ?」


 俺は川村を無視していると、甲高い金属音が響いた。


「あぁ~、井上、打たれた」


 相手はワンアウトから一塁に出塁すると、送りバントで二塁へとランナーを進塁させ、それを建長学園の三番バッターが二塁打で返した。


 スコアはこれで八対五だ。


「かなり荒れてますね、試合」


 木村が金原にそういうと「井伊のリードは良いんだが、無駄球が多いな」と話し始めた。


「ピッチャーに心地良い雰囲気で投げさせようとする、姿勢は見えるが肝心の井上がそれに乗ってこない。バッテリー間の意思疎通が出来ていない」


 金原がそう言うと木村は「まぁ、井上は自己愛強いですから」と言った。


「それ以前に金原のリードがストライク先行を意識しすぎているんだよ」


 沖田はスマートフォンのゲームを止めようとはしない。


 さすがの金原ももう注意はしなくなった。


「それにキャプテンはささやき戦術までしますからね?」


 林原がチクリと言い放った。


「あれは審判からすごく怒られたことがあるんだよ」


 沖田がそう言うと、金原は「私語は慎むようにとかな?」とだけ言った。


 するとまた甲高い金属音が聞こえた。


 今度は四番バッターがタイムリーを放ち、三番バッターがホームへと帰った。


 バッターは走力に不安がある為、一塁で止まるが、二塁ランナーは俊足を飛ばして、一気にホームまで到達した。


 これでスコアは八対六だ。


「変えないですね、ピッチャー」


 木村がそう言うと金原は「ウチの投手陣の手薄さが露呈したな」と言った。


 その話をしている最中に一塁バッターがベースから離れた。


 すると井伊は座ったままの状態で一塁へと牽制を行い、そのままファーストがランナーにタッチして、ワンアウトを奪った。


「・・・・・・マジか」


「メジャーもびっくりのプレーだな」


 三年・二年生がそのように好き勝手話していると、川村が「ナイス、井伊君!」と大声で叫び始めた。


 すると井伊はそれに対して、サムズアップで答えた。


 すると建長学園のベンチの選手達の顔つきが一気に鬼も仰天するほどの険しいものとなった。


 これが男子校が共学の学校に対して、抱くジェラシーというものなのだと俺は感じ始めていた。


「熱いな、試合終わったら、アイス食べようぜ」


 木村がそう言うと、二年生たちは「あぁ」と「良いね」などと言っていた。


 すると金原のスマートフォンにLINEの着信音が響いた。


 金原はスマートフォンを取り出すと、指先でスマートフォンをいじり始めた。


 誰とLINEしているんだろう?


 すると川村が「ひょっとして、例のあれですか?」と金原に問うた。


 金原は手でそれを制しながら、指先でスマートフォンを操作する。


「川村、お前の言う通りだ」

 

 そう言うと金原はニッと笑みを浮かべる。


「やっぱり、ウチの部活も依頼していたんですよ」


 川村は満面の笑みを浮かべていた。


「例のって何です?」


「・・・・・・ちょうど良い、浦木」


 金原が笑みを浮かべ続けている。


 何だか嫌な予感しかしてこない。


「試合が終わったら、井伊と柴原に木島を連れて俺の所に来い」


「何をするんです?」


「面白いものを見せてやるよ」


 すると周囲の部員たちが「あれか・・・・・・」とだけつぶやいた。


「まさか、メジャーみたく新人いじめでもやるんですか?」


 アメリカのメジャーリーグでは新人選手はシーズン中に何らかの仮装を強制的に行われるのだが・・・・・・


 まさか、日本でそれが行われるのか?


 そう思った瞬間に「いや、違う」と金原は真顔で否定した。


「じゃあ、何です?」


「とにかく、面白いから来い」


 そう金原が言うと、また甲高い金属音がした。


「井上、しっかり押さえろよ!」


 バックネット裏から先輩達の怒号が響いていた。


 マウンドにそれが聞こえているかは俺は知らない。


続く。              

 次回、第三話。


 開幕と事件。


 お楽しみに。

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