第一話 来日と胎動。
一月の短編も含めて、約四か月ぶりの投稿です。
面白かったら、またよろしくお願い致します。
1
高校というのは、何故、郊外にばかりあるのだろう。
そのような考えが頭に浮かんでいたが、
すぐにそれは消えた。
学校の近くにある、桜並木が見えたからだ。
「日本ねぇ・・・・・・・」
思わず、呟いた俺だが、桜の良さはいまいち分からなかった。
何で、あのような薄い色をした、花が日本で人気なのかが分からないのだ。
日本人はどのようなセンスをしているのだろう・・・・・・
考えながら歩いていると、目の前を自転車が通り過ぎた。
「ごめんよ!」
本当にごめんだな。
本音が脳裏に浮かんだと同時に、高校の門を潜ると、先ほどの自転車男がこちらに向かってきた。
「浦木アイン君」
「・・・・・・誰?」
知らない相手に声を掛けられたので、多少は警戒をする。
同年代の不気味なほどの無警戒さを横目に、俺は隙あらば、逃げだす用意をしていた。
「井伊小太郎だよ、野球部の」
俺は野球部に所属をしている。
しかし、このポジションがキャッチャーである、井伊とはまだ一度も話したことが無かった。
「これからバッテリーを組む可能性があるので、握手」
そう言われて、手を差し出されたが、俺はそれを無視した。
「感じ悪いなぁ・・・・・・」
「初対面で気持ち悪いと思わないか?」
「へっ?」
「そうだろう、普通」
「何ですと!」
オーバーなリアクションをする奴だな・・・・・・
「俺はお前が好きだからだよ! 一目惚れさ!」
キモっ・・・・・・
春爛漫な構内の中心で何を叫んでいるんだ。
こいつは・・・・・・
「それは分かったが、お前が俺に接近した理由が分からん」
そう言って、俺は井伊のそばから離れようとしたら、井伊は手首を掴んできた。
「キモイ・・・・・・」
「俺は、お前とバッテリーを組みたい!」
「・・・・・・キモイ」
「何故だ!」
距離感が掴めないのか、こいつは・・・・・・
「とりあえず、授業あるから・・・・・・」
無理やり手を振り払ったが、俺の前に井伊が立ちはだかる。
「嫌じゃ、お前がバッテリー組むと言うまで、ここをどかん!」
「どけ・・・・・・」
「そんな、悲しいこと言ったらあかんぜよ!」
井伊が倒れこんだと同時に足を掴んできたが、俺はそれを足蹴にした。
「大体、野球部で話をすればいいだろう、そんなの!」
「公私を共にしたいんだ、ラブリー!」
こいつ・・・・・・
そのようなやり取りを繰り広げながら、教室に着いたが、まだ終わらない。
「頼むよ~」
「そういうのは監督が決める!」
「その前にお前と契りを結ぶ!」
どこのトレンディドラマだよ・・・・・・
すると、クラスメイトの女子の一人がこちらに向かってきた。
「井伊君がかわいそうだよ、浦木君」
よくクラスメイトの名前を覚えられるな・・・・・・
俺は目の前にいる少女を眺めた。
「距離感が掴めない奴が!」
ついに言葉に出たが、それでも、井伊は攻勢を緩めない。
「よく言われる、でも好きだ!」
「とりあえず、足を離せ!」
ふと気が付いたが、教室は何故か爆笑の渦に包まれていた。
俺にはそれがとても不愉快に思えて仕方なかった。
2
俺が所属する早川高校は神奈川県の戸塚駅からバスで二十分の所にあり、文武両道を長年の伝統にしているそうだ。
故に偏差値も高く部活のレベルもきわめて高い。
そんな中、俺は野球部に所属する事にしたのだが、その野球部も去年神奈川県大会でベスト4に踊り出るほどの実力である。
練習はハードだが、自分にとっての将来の目標を叶えるには、十分な環境だろうと俺は考えていた。
しかし・・・・・・
「何故にそんなに不機嫌なのかな~」
それはお前の距離感が近すぎるからだろう・・・・・・
ストレッチ中ではあるが、思わず俺は井伊を足蹴にしていた。
「暴力反対!」
「お前が近いからだ!」
「しかもスパイクじゃねぇかよ!」
「いいだろう、名誉の負傷だ」
「どこの軍国映画だよ。なぁ、俺に球取らせてくれよ」
「嫌だよ」
そう言うと井伊は、さらに近づいてきた。
「頼むよ、ゴールデンボウルを・・・・・・」
次の瞬間には俺の右ストレートが井伊の顔にめり込んでいた。
「やったよ、ゴールデンフィンガー」
「シャイニングフィンガーみたいに言わないでくれよ!」
そのようなやり取りをしていると、上級生が集まり始めた。
「集合時間か」
「じゃろうの~」
こいつには緊迫感は無いのか・・・・・・
気の抜けた井伊の答えを横目に練習前の訓示が始まるのだろうと、俺は考えていた。
「全員集合!」
キャプテンを務める金原啓二が拡声器を片手に大きな声を出していた。
「監督は諸事情で今、いない!」
監督は林田耕哉という三十二歳の若手教師だ。
実は元プロ野球選手だったらしいが、怪我を期に引退して教師になったらしい。
その林田が今、いないらしい・・・・・・
上級生から自然と笑みがこぼれているのが、どのような状況かを示している。
「よって、三年生の天下だ!」
「おぉぉぉぉ!」
「万歳! 万歳!」
「マンセ―!」
どこの国会&軍国主義国家だよ。
思わず噴き出しそうになってしまった。
「しか~し!」
金原が拡声器を片手に空を見上げた。
「逆に俺達が後輩を怪我させると、俺個人の首が飛ぶ!」
すると、二年生の表情が凍りついていた。
「この意味、分かるだろうな!」
「レンジャー!」
二年生がどこぞの自衛隊のような掛け声を出していた。
「とにかく、部員五十人ほどを無傷で終わらせろとの事だ。以上、キャプテン訓示終わり」
「早川高校校歌斉唱!」
何でさっきから軍国主義テイストなんだよ・・・・・・
俺達は対して頭に入っていない校歌を口ずさんだ後に、この奇妙な野球部での練習が始まる事を感じた。
3
野球部での練習を終えてバスに乗り、JR戸塚駅からJR横須賀線で自宅のある北鎌倉へと向かっていた。
自宅に帰宅すると、母が駆け寄ってきた。
「お帰り、マイサン!」
母が抱きつこうとしてきたが、それを避けると居間へ向かって行った。
「アインよ、学校はどうだ」
父が新聞を片手に聞いてきたが、俺はサムズアップをして答えた。
「成程ね、これやるよ」
父の日本の大手製薬会社のトップを務めている。
そして母の職業は小説家である。
何故、俺が日本の浦木姓であるかというと、母方の父、いわゆる俺の祖父が会社の創業家の一人で、会社のグローバル化を目指した会社方針により、父をアメリカの製薬会社からヘッドハンティングしたからだ。
父は見合いで母と結婚をした。
そして俺が生まれてから一六年が立ち、今この状況がある。
俺が父からもらった、栄養ドリンクを飲み干すと、父は「どうだ、学校は?」と聞いてきた。
「良いんじゃないの?」
「いや、そうじゃなくてね・・・・・・」
大体、親子の会話はこのあたりで途切れる。
俺は夕食もそこそこに部屋へと戻ると、スカイプを始めた。
ジュニアハイスクールまでアメリカにいたので、その当時の仲間と会話をするのである。
「久しぶりだな、アイン」
「アメリカは今――」
「早いよ、朝早い」
イアン・バーネットは目を擦りながら、会話をしていた。
「日本はどうだ、メイドは実在するのか」
「いやまだ、アキバには行っていない」
「あぁぁぁ~頼むよ、メイドを一目で見たいんだ」
こいつは日本の名産がアニメとメイドしかないと、思っているんだろうか?
「野球部あったんだな、レベルはどうだ?」
「まぁ、練習環境は良いよ」
すると、どこからかしゃがれた英語が聞こえて来た
「うっせぇよ!」
突然、イアンが怒鳴り始めた。
「ババア! アーモンドミルクでも飲んでいろ!」
イアンはどうやら反抗期らしい。
「激しいな」
「若気の至りさ」
それが分かっているなら、怒鳴るのをやめた方がいいような気がするのだが?
イアンとチャットを続けて、三十分すると、イアンが〝あの事〟を触れて来た。
「日本でプロ入りするのか?」
イアンは俺がプロ野球選手になりたいことを知っているからだ。
「いや、悩んでいる」
「もっとも、まだ一年生だからな」
これはイアンも知らないが、俺はプロ入りの先にさらなる目標を持っている事は俺自身以外の誰も知らない。
それを言えば、目の前のイアンはどのような反応をするだろうか。
考えたが、すぐに視線をパソコンに向けた。
「じゃあ、俺はアーモンドミルク飲むから」
「じゃあな」
その言葉を最後にビデオチャットを終了した。
アメリカ時代の写真を眺めると同時に俺はベッドに倒れた。
「結構疲れるな、日本」
その言葉を最後に俺は倒れこむように眠ってしまった。
3
翌日、学校に行くと、井伊がまたやってきた。
「アインよ」
俺はそれを無視した。
「お~い!」
「何だよ?」
「始めてリアクションしてくれたねぇ!」
井伊が抱きつこうとしてきたが、俺はその手を取って、小手返しを決めた。
すると井伊は床に叩きつけられた。
「暴力――」
「反対ね。じゃあ俺は授業が――」
「ちょっと待て・・・・・・」
井伊がよた付きながら立ちあがった。
「もうすぐ、一年生対上級生の紅白戦が始まるらしい」
「あっそう」
井伊を無視して、机に座った。
まぁ、はりきらないことは無いが?
もしかしたら、アピールは出来るかもしれないな。
林田御前には?
「アインよ」
「名前で呼ぶな」
俺は井伊を射るような目で見つめていたが、井伊は怯まない。
「だからこそだ、俺にお前の球を取らせろ!」
「何故?」
「上級生に勝つ為だ!」
クラス中の男女がこちらを振り向いていた。
そのぐらい大きな声だったらしい。
「壮大だな?」
「そうだよ~、夢は大きくなきゃ!」
テンションが壮大すぎて、付いていけない。
大体、こいつが本当に俺の球を取れるのか?
こいつが俺のボールを取れるかどうかは疑わしいものがある。
「さぁ、休み時間に――」
まぁ、こいつが本物かどうかは確かめてみたい。
乗ってみるか、こいつの誘いに。
「良いだろう。とりあえず、ぺたぺたを止めてくれたら、投げる」
「ぺたぺた?」
「触るなってことだよ!」
井伊の頭を小突いた。
「暴力――」
「反対ね。うるさい」
すると、この前と同じクラスの女子がやってきた。
「浦木君、暴力反対」
「・・・・・・よく名前を覚えられるな?」
「えぇ、クラスメイトの名前は一通り」
気持ち悪いなぁ・・・・・・
この少女が俺とは別の考えをしていることは明白だろうなとは思えた。
「ちなみに私は瀬口真です。よろしく」
瀬口・・・・・・
どこかで聞いたような名前だが、とりあえず握手を拒否した。
「感じ悪い」
「その通り、お前ウザいぞ」
「うん、それでいいよ」
それを最後に俺は机で眠り始めた。
「こら! 寝るな!」
「俺は疲れた、お前たちのような・・・・・・」
最後の言葉を言い終わる前に、俺は寝落ちした。
4
昼休みになると、学校の裏庭に出て行った。
「裏庭なんて、不良の巣窟だろう」
「でも、俺を守るだろう、アイン」
いや、真っ先に逃げるだろうな?
俺は逃走経路を確認しながら、裏庭へと向かっていた。
「キャッチする?」
「する」
肩周辺を入念にストレッチした後にキャッチボールをする。
「伸びるな、お前の球」
「どんな具合に?」
「ホップする」
「ふぅ~ん」
アメリカ時代からそのような事は言われていたので、対して驚かなかった。
しかし、その事を見抜いた井伊に対する心象は俺の中で変わり始めていた。
「いつ座る?」
キャッチボールを始めて、十数分で井伊がそのような事を聞いてきた。
「今でいいよ」
「肩、温まるの早いな」
井伊が座ると同時にキャッチャーミットを叩き始めた。
「よし、来いや!」
俺がミット目がけて、ボールを投げると、見事にミットにはまるように入って行った。
「おぉぉぉ、いいね」
「何キロ出ていると思う?」
「一三十後半は出ていると思いたいね」
一目見ただけでそこまで言えるのか?
俺の中で井伊の見方は確実に変わり始めていた。
「後は放課後にするか?」
俺がそう言った後に、井伊はキャッチャーミットを外した。
「購買部に限定のクリームパンが売っているらしいぞ」
井伊がそう言った後に、俺は「いや、自宅の弁当だけで十分」とだけ言った。
「旨いらしいぞ」
「パンは太るぞ」
「カロリーは若さが解決してくれるさ」
そんな冗談を言い合いながら、俺達は体育館裏を去った。
先ほどまでと違って、俺と井伊はどこか距離感が近くなったように主観では感じ取れた。
5
放課後の練習はまず各自がストレッチを行った後に全員でのランニングで始まる。
「文武両道!」
「われ~ら、早川高!」
本当にどこの軍国主義国家なのだろうか。
日本の部活動は未だに戦争前から脱却できていないのではないだろうかという不可解な考えまでもが浮かんできたが、俺は歌いながらも走り続けていた。
「おい、声もっと出せ」
隣を走る、一年先輩の木村浩二郎に小突かれた。
「痛いです」
「痛くないだろう、この程度」
「そう言う、おしゃべりか」
同じく一年先輩の林原樹が木村を小突く。
「新しく後輩が出来たからと言って、はしゃぐな。愚か者」
「愚か・・・・・・だと?」
そう言うと、木村はダッシュで走り出した。
「付いてこい、勝負だ」
「断る!」
「えぇぇぇぇぇぇ!」
木村は静かに減速していった。
「受けろよ」
「この後に支障が出るだろう?」
茶番だな。
当人たちに対しては言えないが、余りにもくだらない。
第一、勝負ってさ?
少年漫画の読み過ぎじゃないのだろうか?
事実、この木村は一番センターという立場を野球部内で確立しているが、部室内では漫画とエロ本をロッカーに溜めこむような男だ。
俺は個人的には軽蔑していた。
一方、この林原は根性、鍛練と言った言葉を好む、時代錯誤が激しい男でこちらの方も俺は軽蔑をしていた。
そう俺が考えごとをしながらランニングをしていると、後ろから井伊がやってきた。
「アイ~ン、俺を置いていくなよ~」
「いや、そのままフェードアウトしてくれよ」
「アイン、俺とお前の愛情は不滅だぞ」
フェードアウトどころか、この手で撲殺したいな?
井伊とのやり取りを無視すると、少し走るペースを速めた。
「ずるいぞ、アイン!」
すると井伊がそれに付いてくる。
「付いてくるな、キモイ!」
「待て~」
どこぞのターミネータ―2のような展開を終えた後にランニングは終了し、上級生はバッティングを始め、一年生はランニングの後に素振りをすることになった。
「アイ~ン、マシン打撃がしたいよ~」
井伊がそのような事が言っているが、俺はそれを無視して、ひたすらランニングを続けていた。
まぁ、他の学校は一年生はバットすら触らせてもらえない中で待遇としてはいい方じゃないか?
「向こうは実践的なバッティングをしていて、俺たちはひたすら地味な基礎練だぞ? 俺たちはこれで勝てるのだろうか?」
そう嘆く井伊をひたすら、無視する。
だから、言ったろう。
バット持てるだけ良い方だって?
とりあえず、こいつの言葉に反応したらその時点で駄目だと自分に言い聞かせた。
何せ、ゴミが日本語話しているだけなんだから。
「おい、聞いてくれよ、アイ~ン」
すると衝動的に拳が動き、気が付いたら、俺は井伊に裏拳を見舞っていた。
「鼻血が!」
「悪いな、俺は忙しい」
しかし、一年生も大人扱いして自主練でバットを握らせるとは?
林田め。
若い監督だけあるな?
その監督の顔を想像しながら、アインはランニングをひたすら続けていた。
すると、後ろから鼻を押さえた井伊が近づいてくる。
「アイ~ン!」
俺は井伊に対して、レバーに蹴りを入れた。
「うっふ!」
「付いてくるな、不快だ」
「お前がどんなに不快でも、俺はお前を愛して・・・・・・」
「キモイ!」
最後はスパイクで井伊の頭を踏みつけていた。
グラウンドに血が点々と残っていた。
6
夕方に練習が終わったので、帰宅の準備を進めていると、井伊が背の小さい野球部員を連れて、こちらに向かってきた。
「アイ~ン、一緒にバーガー食いに行こうよ~」
絶対に嫌だ・・・・・・
「こいつが噂の――」
「アイン君だす」
「ほぉぉぉぉぉ!」
誰だ、こいつは?
面倒くさい奴がさらに増殖し出したな?
俺が眉間にしわを寄せていると、背の小さな男は、「ワイの名は柴原信一郎や! ポジションはショーツ」と言い出した。
「寒いよ、お前」
俺にはこいつのギャグセンスが分からなかった。
M―1の予選にも通らねぇよ。
俺がそう井伊と柴原を嘲笑していると、柴原が「一年生でレギュラーを狙う、お前のライバルや!」と言い放った。
こいつ嫌いだな。
何で、初対面なのにライバル関係が成立するんだよ。
人との距離感を作るのが、下手なのだろうか?
この辺の世界観が少年漫画独特のべたべた感を感じさせる。
しかも、べたべたの関西弁だし?
「なぁ、アインよ」
「はい?」
俺は自分でも分かるぐらいの不機嫌な声音を出していた。
「来るべき紅白戦の為に、親睦を深めようと思っているのだが、来るか?」
「断る、俺は家に帰りたい」
そう言って、バックを持って、グラウンドを出ようとすると、井伊の腕が肩に伸びて来た。
一メートル以上は距離があったのに腕でも伸びて来たのか?
ワンピースみたいだな?
「乗りが悪いねぇ? しかし!」
「そんな君と一緒にバーガー食べたい!」
そう言うと二人は、俺の両腕を掴んで、強制連行の形を取っていた。
その姿は昔のアメリカで連行されたグレイ型のエイリアンのようにも思えた。
「離せ、俺は家に帰るんだ」
「うるちゃいな、俺達はお前とバーガーへ行きたいんだ!」
すると、小さい方、いわゆる柴原が線路は続くよを歌い始めた。
「何で、その曲なんだ・・・・・・」
「アイン、ようこそ青春の一頁へ」
いや、ページを漢字にする意味が無いだろう。
強制連行をされている最中にそう感じていた。
7
戸塚のハンバーガーショップへ行くと、井伊と柴原は千円以上をかけて、バーガーとポテトのセットを頼んでいた。
「・・・・・・食い過ぎ」
「これが今日の晩御飯なり」
「我ら、下宿生なり」
下宿しているのか?
こいつらは・・・・・・
俺がウーロン茶を飲んでいると「下宿はつらい」や「アルバイトはせなあかんし、野球の練習と兼任せなあかんし、授業は寝るけど、とにかく大変や」と二人は勝手に話し始めた。
授業寝るなんて、こいつら、バカだな?
もっとも、俺もよく授業中は寝ているけど。
それでありながら、俺は意見を申し立てたかったが、それこそ、この二人の思い通りの展開ではないかと、悟った為、脳内で呟く事にした。
こいつらは俺との距離感を縮めたいんだろう、
だから、それが感じる分、余計に俺の不快感が強くなる。
「下宿はつらい」
「何故なら・・・・・・」
「分かった、もういい」
俺はウーロン茶を飲み干した。
早く家に帰りたい。
自宅で取っといたエビチャーハンを食べたいからだ。
ちなみに作ったのは俺である。
だから、食べたいのだ。
何故なら、父に捨てられてしまうから。
俺の家族は父が料理するのだが、父は自分の作った料理以外はゴミだと考えている。
よって、俺や母がたまに料理を作ると、気が付いたら流しに捨てられていることがしょっちゅうある。
俺がそう考えていると、井伊が「ところで、紅白戦だが」と話を切り出した。
ようやく本題だ。
「アインとバッテリーを組むためにインサイドワークなどの実戦的な練習をしておきたい」
つまり、どういう事だろう?
俺はこいつらが何を言い出すかと身構えていると「良い神社を見つけたから、そこで練習しようや」と言い出した。
絶対に嫌だ、家に帰りたい。
何で知り合ったばっかりの男と一緒に練習しなきゃいけないんだ?
この辺の距離感がべたべたとして、嫌いだ。
「練習の時にすればいいじゃないか?」
「それでは、俺たちのコンビ愛が!」
「俺はお前たちとトリオを結成するつもりは無い」
俺が席を立とうとすると、柴原が目の前に立ち始めた。
「どけ」
「口にケチャップ付いているよ」
「・・・・・・ありがとう」
「アイン、俺は待っているぞ!」
「今日は帰れや、ただし次は強制やで!」
絶対に一緒に練習しないな?
こんなべたべたとした少年漫画調の関係は嫌だ。
俺は文学少年なんだ、だから漫画みたいな関係性は嫌いだ。
俺はそう考えながら店内を後にした。
その間も井伊と柴原はこちらに手を振り続けていた。
俺はその光景が嫌いで仕方なかった。
8
その翌日の放課後にグラウンドで練習を続けていると、井伊が「今日、神社!」と言ってきた。
「断る」
「そうはさせない、お前を絶対に!」
「神社に行かせる!」
柴原もそこに加わってきた。
今日は見たいテレビ番組があったのだ。
こんな奴らとバカ騒ぎするよりはそちらの方を優先させたい。
俺がそう思っていると「アインよ、何故お前は一人を好む!」と言い出した。
そうだよ、俺は一人が好きなんだよ。
俺は声に出すことなく、そう脳内でつぶやいた。
「もういい、黙れ」
「アインよ」
柴原が俺と井伊の間に入る。
「何故、お前はアローンを好むのだ」
「・・・・・・楽だから」
「そんな理由で?」
実際にはよく分からない、
ただ単にべたべたとした友達ごっこが嫌いなのかもしれない。
しかも実際には友達と言う関係には、カースト制度のような従属関係が存在していて、同学年のグループの中でも自動的に、ランクの上下が常に付きまとう。
上級生に対して気を使うなら分かるが、何で同学年に対して、そこまで気を使わなければならないのだろう。
歪んだ従属関係が存在しているのにそれを『仲間』だとか『友情』などの聞こえのいい言葉で隠しているのが俺には偽善だとしか思えないのだ。
もっとも、父と母は昔の人間なので、スクールカーストが何たるかを理解できないので、俺が潔癖症だと思い込んでいるらしい。
もっとも、人の人間性に従属関係を強いることが正しいとは思えない、
正しさなんて振りかざすのはテロリストしかいないが、それでもスクールカーストは歪んだ体制の産物としか思えない。
俺はそれが嫌だから、同学年の距離感には慎重なのだ。
「一度だけ、そのことを言われたよ」
「何て?」
「お前はロボットのように淡々と物事をこなすねって」
アメリカ時代に白人の同学年の生徒に言われたことだ。
もっとも、そいつは年中泣いて叫んで、忙しい奴だったが?
「ターミネーター?」
いや、それはサイボーグだろう。
人が真面目に話しているのにボケで返すなよ。
「おぉ、機動戦士やなぁ」
「ガンダムですなぁ」
二人が老夫婦のようにペットボトルのお茶をすすりながら、こちらを見つめている。
「時代的にエヴァだろう?」
「あれは人造人間だから」
細かい。
マニアか、こいつらは・・・・・・
ニュータイプでも買っているのか?
「桜が舞い散るねぇ・・・・・・」
「でっ?」
「何や?」
「俺は行かないの意味」
「いや、無理やり連れて行く」
再び、二人は俺に対して、グレイ連行の態勢を作り出す。
「離せ」
柴原が俺の溝内を殴る。
「げふっ!」
「すいません、今日早退しま~す」
井伊と柴原がそう言いながら、グランドを出ている最中、俺の意識は遠のいていった。
9
意識を取り戻すと、神社の中央で椅子に座っていた。
何だこれは・・・・・・
「ふははははははははは!」
どこからか、井伊の声が聞こえる。
「やっと、目覚めたようだね」
「君を待っていよ、浦木アイン君!」
「おい、三文芝居はいいから、早く縄を解け」
しばらくの沈黙が流れる。
「まだだ、改造手術がある」
どこのショッカーさんだよ。
俺は仮面ライダーか!
自分の半身を椅子に座りながら揺らすが、力が入らない。
「一応念のために、君には睡眠薬を処方しておいたよ」
「何でかな?」
「暴れると手がつけられないからね?」
何だこれは・・・・・・
何で、状況が特撮テイストになっているんだよ。
「おい、仮面ライダーごっこはいいから、縄を解け!」
「まだだ、イカデビルの衣装が入らない」
用意しているのかよ、どこから仕入れた?
東映さんの回し物かよ。
俺が椅子を揺らしていると、井伊が「あと、お前の救援の人数が揃わない」と言った。
「平成仮面ライダーは全員整列してなんぼやからな」
劇場版の時にね?
てっ、おい!
そんなものいるわけねぇだろう、仮面ライダーディケイドみたいに全部倒したわけではないが。
「お前ら、遊んでないで解け!」
「待てって、イカデビルの衣装が・・・・・・入った!」
「お前、太ったか?」
「いや・・・・・・・うぉ、中が臭い!」
「うん、年代物やな」
それどこから用意したんだよ。
東映さんか、それとも石ノ森プロか?
まさか盗んだんじゃないだろうな?
俺が椅子に座りながら疑問を考えていると「ふははははは! 待たせたな!」と柴原が悪役商会もびっくりなほどの悪役声を披露した。
「井伊小太郎、しかしてその実態は!」
「イカデビル!」
柴原が持ってきた、ラジカセから、「ババーン」という効果音が聞こえる。
縄ほどけたら、どうしようかな?
こいつらボコボコにしてやろうか?
俺は縄がほどけたらすぐに戦闘を開始する準備が出来ていた。
「さぁ、縄を解いていやろう、おい!」
「イ―!」
どこからか戦闘員が現れた。
「おい、それ部員だろう」
「あぁ、同期の木島くんだ」
「ポジションは外野手だそうだ」
いらない情報ありがとう。
戦闘員=木島君が縄を解いたと同時に視線をイカデビルもとい井伊に向けた。
そして、走って行った。
「さぁ、本郷君!」
「ライダーキ~ック!」
俺は怒りのライダーキックを
イカデビルこと井伊に向けていった。
「ライダーパンチ! ライダーキック! ライダーバックドロプ!」
「ちょっ、無い技が加わっている!」
「ライダー金属バット!」
「いや、それは犯罪だから!」
結局、この日は神社でふざけて終わってしまった。
しかし、神社には確実に井伊と柴原の血痕が残った。
10
何だかんだで、紅白戦当日がやってきてしまった。
あの「仮面ライダーごっこ」という惨劇の翌日から、きちんとしたバッテリーとしての練習を積んだが、所詮は急造バッテリーに過ぎない。
井伊がどこまで俺をリードできるかが、今回のカギになっているが、可能性は未知数であるとしか言えない。
そして、たった今、重要な出来事が起きた。
スタメン票に俺の名前が無い。
「何で?」
思わず、井伊と柴原に聞いたが、二人とも「さぁ?」と言ったきり、そっぽを向いていた。
「俺たち、マイノリティやからな」
「・・・・・・出られないのか?」
「いや、俺ら、浮いているから?」
「出られるのは木島君だけです」
あの戦闘員か?
俺は思わず舌打ちをしたが、井伊に「お行儀が悪いぞ」と言われた。
その後に「しばらくは観戦しような」と言われた。
「ちっ! 井伊」
俺は井伊を呼び寄せた。
「キャッチボールだ」
「何、ついにコンビを!」
「いつ出番が来るか、分からないからだ。それ以外は断じて無い」
アインはボールを手にすると、グラウンドの外に出た。
「やるぞ」
「おぅよ!」
キャッチボールが始まった。
11
試合は初回から動き始めていた。
上級生チームの一番バッターである、木村が出塁すると同時に盗塁。
それを二番バッターの山崎が送りバントをして、ワンーアウト三塁。
それを三番キャッチャーの金原が返した。
さらに四番を打つサードの林原が、ソロホームランを放ち、一年生チームは早々と二点ビハインドを食らった。
「これぞ、乱何度癌打線や」
「・・・・・・漢字使うな」
「もとい、ラン&ガン打線や」
柴原はストレッチをしながら、試合を眺めていた。
「機動力とパワーの融合ですなぁ、親方!」
「おうよ」
井伊が俺にボールを投げる。
「座れ」
俺は井伊から返球を受け取ると、そう言った。
「良いのかい?」
「肩温まるのが早いから」
井伊を座らせると、アインはノ―ワインドアップのトルネードから、キャッチャーである井伊に背を向ける格好をした全身のバネをひねった後にボールを投げた。
「うふぉ、ナイスボール」
「のどごしつるつるやな」
うどんかよ。
井伊から返球をされ、一息ついた後に、二球目のボールを投げた。
「うん、のどごしが良い」
「ビールか!」
しまった、突っ込んでしまった。
突っ込みを口に出してしまった自分を呪いながら、ボールを投げ込んでいた。
「おう、アインの乗り突っ込み」
「新鮮やなぁ?」
俺はこいつらのペースに乗せられているのだろうか?
俺は不安を感じながら、投球練習を続けた。
12
三五対〇・・・・・・
七回を終えて、この数字を見た俺は、軽いリンチだなと感じた。
コールドゲームが無いことから、上級生が下級生に付き付けた〝自信の損失〟か。
いわば、従順な下級生を作る為の試合ではないだろうか、そのような考えが脳裏をよぎる。
「一年生を増長させない為のイベントか」
投球練習を続けてから二時間近くが立つが、出番が無い。
「アインよ、今日は出番ないな」
井伊がそう言った後に俺は「全くだよ、引き上げるか?」と言って、一旦投球練習を止めた。
するとグラウンドのフェンス越しではあるが、目の前にクラスメイトの瀬口真がやってきた。
「おっ、野球部」
「あっ、真ちゃん!」
知り合って、数日しか立たないのに、名前で呼ぶんですか?
こいつは本当に誰とでも仲良くなれるんだな?
俺は井伊のこの性格をうらやんでいる自分がいる事を知覚していた。
もっともそれが少年漫画臭いべたべた感を感じさせ、不快感を感じさせるのだが?
「出番無いの?」
「いや・・・・・・」
「うん、呼ばれないんやな」
「そっか、私もそうだから」
「何、部活?」
「陸上」
井伊と柴原が「おぉぉぉ~」と言う声を挙げた。
「足速い?」
「そこそこ」
「うぉぉぉぉ!」
何に興奮しているんだ・・・・・・
俺がその三人のやり取りにそっぽを向いていると、瀬口が「そこのむっつり、出番が無いからって、しょぼくれるなよ!」と言った。
何とでも言え、お前に何が分かる。
俺は瀬口に対してそっぽを向くと、瀬口は走って、校門に向かって行った。
「ええ子やなぁ・・・・・・」
「本当にこの令和の世の中においては、珍しい子ですわ」
また、老夫婦調の会話だ。
飽きねぇな・・・・・・こいつらは?
「浦木君、井伊君!」
同期の木島がやってきた。
「監督が呼んでいる」
監督って、林田か?
上級生側の指揮を執っているのに?
向こう側のベンチで腕組をして立っている、林田を俺は見据える。
井伊は「ついに出番じゃあ!」と狂喜乱舞していた。
「いや、お説教かもよ」
俺はそう言ったが、期待する気持ちも半分はあった。
果たして凶と出るか吉と出るか?
俺はそう思いながら、井伊と一緒に上級生側のベンチへと向かっていった。
13
期待が叶ったとも言えるし、案外簡単な物なのかという呆気なさが半分だった。
井伊はキャッチャーマスクを被り、俺がマウンドへと向かう。
ついに試合出場が出来るようになった。
「アイン、球種とサイン」
「ストレートとスライダー、カーブ」
「おぅ、いいねぇ」
サインを決めた後に井伊がキャッチャーマスクを被り、バッターに話しかけた後に定位置に着く。
「さあ、来い!」
一球目はインコースのストレートだ。
ノ―ワインドアップから背中を向けて、ストレートを投げた。
判定はボールだ。
「いいよ、気にしない!」
細かいコントロールが難点だな?
二球目はスライダーでストライク。
続いて三球目はカーブを投げたが、相手バッターのバットに当たり、ファール。
カウントはワンボール、ツーストライク。
すると、井伊は立ち上がり始めた。
釣り球に引っかかってくれると良いが、井伊のリードどおりにボールを投げると、バッターはフルスイングで三振をした。
「オッケー!」
すると、上級生が井伊を睨みつけていた。
「てめぇ・・・・・・」
「何ですか?」
すると、林田監督が仲裁に入り始めた。
「お前、三振したんだから帰れ」
「・・・・・・チッ」
「はい、浦木と井伊交代」
まだ一人としか対戦していないのに交代かよ?
何の為に呼んだ?
俺は林田に悪態をつきたかったが、それは心の内に秘めることにした。
「えっ、俺もですか?」
井伊が監督に問い詰めるが、俺はグローブを持った手で下がるように伝えた。
「うん」
「えぇぇぇぇぇ!」
こいつは本当に人との距離感を図るのが下手だな?
耐えかねた俺は、井伊を引っ張りながら、ベンチへと引き下がった。
「すみません、監督・・・・・・行くぞ」
「おい、お前はこれで良いのか?」
「良いよ。行くぞ!」
「あぁぁぁぁん、出番が・・・・・・」
俺はベンチに引き下がる途中に林田監督を眺めたが、その表情は仏頂面のままだった。
14
紅白戦が終わった後に、井伊と柴原とハンバーガーを食べに行った。
その場で井伊はコーラを飲み干した後に、こう言った。
「あれは何だ!」
「何が?」
「監督は何を考えているのかが分からん!」
「お前の打席は0だからな」
「うん、バッティングも見て欲しかったよ」
確かに打者一人片づけて、何が分かるのだろうというのが、本音だ。
俺ももうちょっとは投げてアピールをしたかったと思うのだが、あの仏頂面の青年監督が何を考えているかは理解が出来なかった。
「何か失礼なことしたかな、俺?」
「上級生に舌打ちされたな?」
「あれか、あれを誘発したことに怒ったとか?」
どうかな?
礼儀と言う点で怒っているなら、案外つまらない男だな、林田め?
俺がそう感じていると、柴原がコーラの入った紙コップを置いた。
「ワシは呼ばれなかった・・・・・・」
「監督に謝るか?」
「いや、直接に害が出てからでも良いと思うぞ、だって、抑えたからさ」
「礼儀の問題じゃないの?」
「ワシの出番がなかったわ・・・・・・」
「まぁ、それならば謝るか」
すると柴原が机を叩いて、立ち上がった。
「ワシの出番が無かったことは無視か!」
「うん、お店の迷惑だから、黙れ」
店内の視線が冷たいことが俺は恥ずかしかった。
今すぐにこの店を出ていきたい。
俺は柴原を無理やり座らせた後に思いっきり頭を叩いた。
「痛いわ~」
「うるさい」
俺は心に従って、そう発言した。
15
翌日、謝罪の為に監督室へと向かったが、監督はいなかった。
「あれぇ?」
井伊が監督室の扉の匂いを嗅ぐ。
「犬か、お前?」
「匂いは残っているんだけどな」
何倍?
お前の嗅覚は何倍だよ?
「おぅ~、後輩ども」
一年先輩の木村が自転車に乗ってやってきた。
「あぁ、どうも」
「良い自転車ですなぁ」
どこから現れたのか、柴原が木村の自転車を褒める。
姑息な奴。
こういう奴が仮に会社で出世するとすれば世も末だな?
俺がそう感じていると、「ははは、中々姑息だな、お前」と木村は言い放った。
柴原め、本質を付かれたな?
ざまぁ。
「うぐぅ!」
「うん、姑息だな」
柴原の頭をポンと叩くと、俺は木村に監督の所在を尋ねた。
すると木村は「監督は中学とシニアの視察に出て行った」と言った。
「おろ、それまた何故?」
井伊がそう聞くと、木村は「新戦力発掘の為じゃないの?」と言った。
そして木村は自転車のかごに入った、アンパンの袋を開け始めた。
「いるか?」
「頂きます!」
柴原が真っ先に前に出て、アンパンを奪い取った。
やっぱり姑息な奴。
お前なんかミスして失脚してしまえ。
「うん、ガッつくなよ」
「美味いです、本当に美味いですわ!」
「えーと」
「柴原です」
「姑息だなぁ」
再び本質を付かれた。
柴原は再び「うぐぅ!」と言い出した。
「う~ん、お前らの名前は?」
「浦木です」
「井伊です」
「うん、面白いな、姑息な奴以外は」
「柴原ですわ・・・・・・」
「うん、お前は偉くなるよ、多分」
嫌な言い方だなぁ・・・・・・
確かに偉くなりそうだけど。
腐っているが?
「じゃあな・・・・・・と言う前に」
「はい?」
「林原には気を付けろよ」
「はい?」
「またな」
木村は自転車に乗って去って行った。
「何だろうな?」
「良い人だぁ・・・・・・」
「いや、裏ありそうだな」
「そう言うアインは、ひねくれ過ぎだよ」
そういうお前は純度100%の産地直送だな?
俺がそう感じていると「うん、浦木君が正しい!」と後ろから声がした。
俺は「だろう・・・・・・」と思わず返事をしたが、ふと後ろを振り返る。
すると、後ろからポニーテールの髪型が印象的な女子学生が現れた。
「木村の目的は主将争奪選挙で過半数を取ることよ」
「えぇぇぇぇぇ!」
それまたゲスだなぁ?
まぁ、それはともかく、こいつは誰だ?
「あなたは誰ですか?」
「浦木君・・・・・・君に会いたかった!」
すると女子学生はアインに抱きつこうとしてきたが、アインは修敏な動きでそれを避けた。
「誰だか分からないので、抱きつくのはNGでお願いします」
「川村光、陸上部の絶対的エースよ」
陸上部って事は瀬口と同じところか?
ただ、絶対的エースとか自分で言う時点でこいつもどこか軽さを感じるな?
俺がそうこの女に対して、そのような主観を抱いていると、「浦木君、君の噂はかねがね聞いているわよ」と言ってきた。
「例えば?」
「かわいいところとか、かわいいところとか?」
すると、柴原に左肩を掴まれた。
「お前がうらやましいわぁ!」
さらに井伊に右肩を掴まれた。
「俺も言われたい!」
黙れ、童貞どもが。
「とにかく、分からないことがあったら・・・・・・」
「聞きません」
川村が発言を言い切る前にその場を立ち去ろうとすると「意固地になるところがかわいいねぇ?」と言われた。
それを言われたと同時に俺は虫唾が走る思いを抱いた。
「僕は積極的な女性は嫌いなので」
俺がそう言うと、川村は泣き始めた。
ただ涙を流していない、ウソ泣きだった。
「ひどい・・・・・・」
「アインよ、お前最低だ!」
「女子を泣かせるなど、言語道断や!」
何だ、このカスみたいな展開は?
俺はこの事態から抜け出したくて仕方が無かった。
16
その後に川村にカロリーメイトを与えると見事に、泣きやんだ。
「野球部は二年生の間で、林原派と木村派に分かれているのよ」
「へぇ~、派閥争いですか」
高校生にして、なんてドロドロした世界なんだろう。
上手く巻き込まれないようにしなければいけないなと思ったと同時に、あの二人の顔が脳内に浮かんだ。
「まぁ、当人たちが勝手にやった喧嘩であって、派閥にいる人たちは知らず知らずのうちに巻き込まれているのよ」
「何で、そんなことを教えるんですか?」
俺がそれを言うと、川村は顔を近づけて来た。
「野球部に平和をもたらして・・・・・・」
俺達、ここに野球をしに来たんだよな・・・・・・
何、平和をもたらすとか?
どこの二流ハリウッド映画だよ。
俺がそのようなことを感じていることを知らないのか、川村は「さらに野球部のキャプテンになれば、学級委員会での発言権も得られるから、あの二人はがぜんやる気になってしまって・・・・・・」と語り続けようとしていた
「待ってください」
「はい?」
「もう、高校野球の世界じゃない」
「うん、ドロドロしているよね」
分かっているなら、あんたも止めろよ?
俺は自分が眉を顰めているのを確認した後に、川村の「木村は私の幼馴染なの」という告白を聞いた。
結構、衝撃的な事実だな?
もっとも興味無いから、何とも思わないけど?
俺がそう脳内で思考を働かせていると、川村は「だからこそ、木村には不毛な争いから足を洗ってもらって――」と言い出したが、俺は川村の発現を遮るように、「お断りします」とだけ言った。
「えぇぇぇ!」
川村、井伊、柴原が信じられないと言ったかのような表情を見せた。
「何です?」
「いや、空気を読もう」
「不毛な争いに巻き込まれたくないので?」
「うん、事なかれ主義だよね」
「それ、高校生が使う言葉じゃないですよね?」
「俺たちは加わります!」
「一緒に野球部・・・・・・いや、学園に平和をもたらしましょうや!」
川村が「やったぁぁぁぁ!」と歓喜の声を挙げると同時に俺に対して視線を向けた。
「待っているよ、第三の党への入会!」
「俺には関係ありませんから」
俺は川村の顔を見ることなく、教室へと戻って行った。
今日は午前中から腹が立つことばかりだ。
その俺の感情を天は知っているのか、次第に春雨が降り始めたことを俺は感じ取った。
お空もご機嫌斜めか?
俺は天と同じ感情を抱いた気分を抱き、少しだけ気分が上向いた事を感じ取っていた。
17
教室に戻ると、俺の目の前に瀬口真が立っていた。
「浮かないね、顔が?」
「お前のところの絶対的エースに会ったからな?」
「あぁ、川村さんね、事実よ」
瀬口がそう言ったと同時に俺は「成績良いの?」と声を挙げた。
「去年のインターハイ3位。一年生にして」
口だけじゃないんだな。
意外と?
「そっか、川村先輩に会ったのか、クセ強いよね、分かるよ」
瀬口の言っていることを受け流しながら、俺はゲーム機を取り出すと、瀬口に腕を叩かれた。
「あぁ!」
俺は思わず、大声を挙げた。
壊れたらどうするんだ?
「学校にそういうの持って来ちゃ駄目だよ」
「何かあったら、弁償してもらうからな?」
ゲーム機に異常が無いことを確認した後に俺はそれをしまい、外へ出ようとした。
「どこ行くの?」
「外」
「授業があるけど・・・・・・」
「サボる」
瀬口はむっとした表情でその前に立ちはだかる。
「ダメだよ、サボっちゃ」
「何で?」
「将来の為です」
「現実的だな? でも、良いさ」
瀬口の横をすり抜けて、俺は教室を出ていく。
「早く、帰りなさい!」
お母さんかよ、お前は?
俺は振り返ることなく、教室を出て行った。
18
教室を出た後に、体育館裏に行くと、不良集団がたむろしていた為、それを避けて、俺は屋上へと行こうとした。
しかし、屋上へと通じる扉は鍵がかかっていた。
仕方ないな?
俺は針金を取り出すと、それをカギ穴に差し込み、無造作に動かし続けていた。
ピッキングはアメリカ時代から大得意なんだよなぁ?
かちりという音が聞こえると同時に扉を足でけり上げる。
するとそこには大量の観葉植物が置かれ、頭上にはガラス状のドームが敷かれていた。
ここは高校の屋上だよなぁ?
しかし、よく思い出してみれば、ガラス状のドームは校庭からも見えていた。
今はその中の部分にいるんだなとアインは感じ取っていた。
「ここで何をしている?」
右肩を掴まれたのと同時に後ろへと振り返ると、
林田耕哉がそこに立っていた。
「浦木か」
一応、名前は覚えてもらっていたんだな?
俺は口笛を吹きたい気分になったが、それを堪えて、林田の厳しい目線に相対す。
「どうも」
「どうもじゃないだろう。授業はどうしたのよ」
「サボりです」
「お前、ここはどこだと思う?」
周りを見回してみると、観葉植物の群れに魚の入った水槽、
ウィスキーの入ったボトルを置いた、テーブルに、ハンモック等々・・・・・・
「娯楽室ですか?」
「校長のね、だからここにいたら・・・・・・」
「まずいですね」
「出るぞ」
屋上から出ると同時に林田は入念に鍵をかけていた。
「何で、ここにいるんですか?」
「帰りがてら、ウィスキーの一つでもくすねようと思っていたら、お前がいたんだよ」
この人は俺のことは怒れないだろう?
俺は思わず、林田を睨みつけていたが、
林田は意にも介さずに浦木の右腕を引っ張った。
「授業に戻れ」
「いや、もうちょっと探検します」
「・・・・・・」
林田の形相が少し変わったような気がした。
「付いてこい」
林田に右腕を掴まれて、屋上を降りて行った。
19
「お前は思い上がっていないか?」
監督室へと呼ばれたアインは林田からカステラを受け取ると、それを頬張り始めた。
「例えば?」
「お前には他の選手に対するリスペクトを感じない」
「礼儀の問題ですか?」
「それとその話し方だよ」
そう言いつつも、林田は紅茶を差し出す。
「実力がどうかは言わないが、その傲慢な態度がある限りはレギュラーの座は渡せないな?」
俺は林田の言っていることを聞き流しながら、カステラを食べ続ける。
「聞いているのか?」
「いや、カステラが美味いですね」
「うん、文部堂のだけどさ・・・・・・じゃなくてね?」
林田が「ふぅ」とため息をつく。
「あそこは校長のプライベートルームなんだよ」
林田がそう言うと、俺は「まずいですね」とだけ発言した。
「校長の怒りを買ったら、お前は退学だよ」
そこまでの処分が下るか?
それは無いだろう、停学はあるかもしれないが?
俺は紅茶を啜りながらそのような事を考えていた。
「まぁ、学長の大事なウィスキーをくすねる俺も俺だけどね?」
「ずいぶんと熱心ですね、監督?」
「お前は重症だよ・・・・・・」
林田に睨まれたが、俺は内心ではそんなことは気にしてはいなかった。
しかし、表面上は反省しているようにはしていた。
「すいません」
「早く、教室に戻れよ」
「はい、カステラ御馳走さまです」
「このことは黙っておけよ」
まぁ、監督室で茶菓子食っていたら、他の選手から反感を買うからな。
「それと、井伊って奴にも伝えろよ」
「はい?」
「試合中の態度、悪い」
「はい、伝えておきます」
「ただし、カステラの件は・・・・・・」
「黙っておきます」
「ウィスキーもな」
「はい」
そう言って、監督室を出ると、そこには木村と林原が立っていた。
「あれ、浦木?」
「何をしているんだ?」
「いえ、監督に呼ばれたので」
「カステラ食ったか?」
「いえ?」
一応監督に言われた通りに否定の精神を表したが、木村はそれを聞いていないのか「林田ちゃ~ん、俺もカステラ食いたい」と言い出していた。
もうバレているじゃないですか?
監督?
俺は思わず腹を抱えて笑いそうになったが、それに対して指をつまんで必死に堪えた。
それを知っているか知らないのかは定かではないが、木村は監督室へ入ると、林田が木村の両肩を掴んでこう言った。
「俺は監督だ!」
「はい!」
この野球部はバカばっかりだな?
俺は笑いを堪える為に、指を全力で摘まんでいた。
20
授業を受けた後に、部室へと向かうと井伊がそこにいた。
そして、監督が井伊の態度が良くないと言っていたことを伝えると、井伊は「やっぱり、そうなのか?」と落ち込み始めた。
「俺はお前が上級生にリンチされるんじゃないかと心配だよ」
「大丈夫、俺は柔道初段だから!」
そうなのか?
井伊の意外な特技を耳にして、背中に寒気が走った。
こいつには喧嘩を売らないようにしよう。
「そんなに怒っていた?」
「まぁ、謝りに行けばいいんじゃない?」
「・・・・・・行ってきます」
「いってらっしゃい」
俺が手を振ると同時に三年生の主将、金原がやってきた。
「浦木、今日から一軍の練習に参加」
「えっ?」
予想をしていなかった展開に俺は、目を丸くしていた。
「嫌か?」
「いや、唐突だなぁと思って?」
「監督がお前のピッチングを見て、昇格を決めたらしいよ」
本当かな?
カステラとウィスキーの件が関係しているのではないかと勘繰ったが一年での一軍昇格だ。
これはめでたい話ではないか?
そうだろ、俺?
これでいい、万事順調だ。
そう自分に言い聞かせて、金原のいる方向に向き直った。
「だから、ブルペン行っていい」
「ありがとうございます」
すると、遠くから「ええなぁ」という声が聞こえて来た、柴原だ。
「お前はええよなぁ、一年で一軍なんて」
「そうだな。良いなぁ、一軍・・・・・・」
井伊がそこに加わる。
「監督に謝ったか」
「うん、カステラ御馳走に――」
すると、金原が井伊の口を塞いだ。
「ぬぅぅぅ~」
「カステラのことは公言するな」
何で、カステラが公言しちゃいけない話題なんだよ?
浦木はそれが不思議に思えたが、金原がミットを取り出すのを見ると、緊張感が伝わった。
「よし、ブルペン行くぞ」
「はい」
「お前たちは、走り込みな?」
すると、井伊と柴原の二人は「いいなぁ、一軍・・・・・・」や「羨ましいなぁ、一軍は?」と呟きながら、サブグラウンドへと姿を消した。
「友情が崩壊しないように気を付けろよ」
「その程度で崩壊するなら、させたほうがいいでしょう」
俺は金原と共にブルペンへと向かって行った。
21
ブルペンで投球を始めると、金原の態度が一変した。
「コントロールが甘い」
コントロールが甘いのはご愛嬌。
まぁ、そんなこと言ったらこの人は本気で絞めにくるだろうな?
俺は心の中で金原に中指を差しながら「はい」とひそやかに声を挙げた。
「もっと、伸びのある球を投げられないのか!」
十分、伸びている。
俺はアメリカ時代からストレートがホップすることで知られていたのだ。
「スピードじゃないんだよ、伸び!」
面倒くさいな?
そうは思っていたが、絞められるのが嫌だったので、一応は意識して、球の回転を意識してボールを投げて来た。
しかし、金原の叫びは止まらない。
すると、金原はブルペンで使用されていた計測用のセンサーの入ったボールから取れたデータをスマートフォンで確認をしていた。
「回転数は驚異的だな? もっとも、これ以上は一年には体力的には酷かもな?」
「要するに?」
「今は耐久性を上げることを重視」
その後の投げ込みで50球を過ぎると、いったん休みを入れた。
「もう疲れたか?」
「いや、体が出来ていないので」
すると、ブルペンに一人の男が入ってきた。
「いや~、球速いな?」
「沖田、来たか?」
「うん、進路相談終わったから」
「進学だもんな」
「うん」
沖田と呼ばれる男は軽くストレッチをした後に、キャッチボールをし始めた。
「君、使う? ここ?」
「休んでいます」
「・・・・・・率直だな」
「遠慮知らずだよ」
左利きか?
右にグラブをしているのを見て、ふとそう感じた。
沖田がキャッチボールを始め、その動きが本格的になり始めると、沖田の投球フォームがサイドスローへと変化した。
左のサイドか?
打ちにくそうだなぁ?
「そろそろ本気出すか?」
「早いよ、金ちゃん」
「やめろ、それ」
「まぁ、でもいいかな」
沖田がふぅと息を吸うと、振りかぶった後に腕が少し遅れたフォームの後に左のサイドスローのフォームが現れた。
そこから投げられた球は左バッターボックス内側に沈んだ。
スクリューだ。
「ストライク、相変わらずコントロールはいいよ」
「球は遅いけどね」
「そこの坊やは荒れていて、見ていられない」
俺は一瞬怒りを覚えたが、相手は上級生なのでそれを抑えることにした。
この場合は強い態度には出ない方がいい。
「はは、生意気だなぁ」
「一度、締めておかないと事件起こすぞ」
何だよ、事件って?
俺は容疑者候補生かよ。
自分の人相や精神がそれほど歪んでいるのかと、俺は自問自答をし始めた。
「やんちゃでいいじゃないか」
「いや、俺は締めるね。こいつを」
上級生二人がそのような事を話していると、視線を感じた。
「いいなぁ~、一軍?」
「本当に良いなぁ・・・・・・背番号」
井伊と柴原がいた。
「・・・・・・お前ら、しつこい」
「同期か?」
金原が声をかける
「えぇ・・・・・・」
「締めがいがありそうだな」
「金原、バイオレンスだぞ」
そう言いながら、笑う沖田の目も狂気に満ちているように思えた。
「顔は止めとこうよ」
「ボディな、ボディ」
金八先生のじゅん子の名言吐いたよ、このバッテリー・・・・・・
「というわけだ、お前ら」
「散りたまえよ」
「いや、レギュラーを取れるまではここを!」
「どけ、童貞」
沖田が井伊と柴原を睨みつける。
「何故、俺が童貞であることを・・・・・・」
いや、高校一年生は大体そうだろう?
ませた奴は別として?
「まったく、リアルの女を知らない世代は・・・・・・」
「お前は彼女いるものな?」
「うん、女子大生」
高校生でそれは凄いな?
沖田の顔を思わず、見上げたが、本人は涼しい顔をして、左のサイドスローからボールを投げ続けていた。
俺は金原と沖田が投球練習をしだしたのを確認した後に「俺はお呼びではないですか?」と聞いた。
「少し、休んでいろ」
俺はそう言われた後に、ベンチに腰掛けた。
その後に沖田の投球フォームを眺めた。
変則的なフォームだな?
そう考えていると、また空から雨が降ってきた。
また春雨か?
今日は天と俺の考えは一致しているかどうかは分からなかった。
俺はけして不機嫌ではないが、退屈な気分を抱き始めていた。
22
一軍での練習を始めてから一週間。
走りこみ、投げ込み以外にもチューブトレーニングや、タイヤ引きなどのトレーニングを始めて、金原とはデータを活用した、球種の計測も行っていた。
二軍での練習に比べると、走りこみ以外にも具体的な練習が出来るようになったのが、一つの進歩だろう。
そんな事を思い描いていた最中、対外試合が決まった。
場所は東京の八王子で西東京地区の強豪である、広川大付属という学校と闘うらしい。
「広川はパワー野球を前面に出してくる。打高投低の高校野球においても、その打撃力は全国指折りだよ」
ブルペンでの投げ込みを終えて、金原から説明を受けていると、外にいる井伊から、スポーツドリンクを投げ入れてもらった。
「お前、聞いているのか?」
「投手は?」
「エースは今年のドラフト候補だよ。中堅のウチとは象さんとアリさんほどの実力差だ」
「そんな高校がよくうちと練習試合を組みましたね」
「いろいろと試してみたいことがあるんじゃないの?」
金原は不機嫌そうな表情を浮かべた後にキャッチャーマスクを脱いだ。
「二軍だとか一年生中心のオーダーをぶつけてきたら、本気で腹立つな?」
「その気持ち、分かります」
「まぁ、お前は出番それほどあるか分からないけど、備えておけよ」
「うぃす」
金原に尻を叩かれると同時に道具の片づけに入った。
「アイ~ン、えらいことになったのう」
「・・・・・・出番は少ないだろう」
「広川大付属と言えば、去年の甲子園ベスト4やな」
柴原も加わり、歩きながら談笑を始める。
「そんなに強いんだ?」
「知らへんの?」
「いや、アメリカにいたから」
「けっ、帰国子女かいな?」
「ブルジョアジー極まる、許せん」
ブルジョアジーって・・・・・・
思想混ぜ込んできたなぁ?
「中でも今年の四番は一年生らしいで」
「でっ?」
「いや、メラっとくるだろう」
井伊が顔を近づけてくるが、それに対して張り手で返した。
「痛い!」
「何も、感じないな、そんなの?」
「何やと、貴様、それでも高校球児か!」
「それ以前に体罰は良くないです!」
「三流の野球漫画じゃないんだからさ? 今時、勝負もライバルも無いだろう」
「それを言ったら俺たち、終わりだろう。アイン」
「何で?」
そう言うと、井伊は「何でもない」と言って、そっぽを向いてしまった。
「一応、聞くけどその四番君の名前は?」
「長原進いうけど、U―15日本代表でも四番を打っていた、スラッガーや」
知らないな?
俺は首をかしげるしかなかった。
「ちなみに当人も大のアイアンズファンだと、公言しているらしいで」
東京アイアンズは球界の盟主と言われるほどの財力で大型補強をオフシーズンに行い、常に常勝無敗完全勝利が求められるチームだ。
親会社は帝国新聞と言う、日本国内で発行部数トップの新聞社だ。
保守的な論調で政財界に大きな影響力を行使しているとも言われている。
「多分、何年かかってでも入ろうとするタイプだな」
「あぁ、あれか、浪人ね」
「いや、アイアインズファン聞いたらどう思うかな?」
三人で爆笑しながら、グラウンドへと戻ると、木村と林原が睨みあっていた。
「何あれ?」
すると、そこに川村光が走ってきた。
「止めて! 私の為に血を流さないで!」
えっ、川村をめぐっての戦いかよ。
俺は大爆笑の瞬間を見逃すまいと二人を注視した。
「うぉぉぉぉぉ! ヒロイン争奪戦!」
「来たで、スーパーハーレムタイム!」
すると、そこに金原がやってきた。
「あの二人は今、野球部の公式スポンサーを決めることで揉み合いの喧嘩になっている」
えっ、揉み合いなの?
「公式スポンサー?」
「まぁ、商店街のお店なんだけど、野球部に差し入れをしてもらう代わりにグラウンドに広告を――」
待て、待て、高校野球だろう。
「何か、商業的ですね」
「うん、林田監督が考案して、あいつらが三年になったら、スポンサーをあらかた決める。それで揉めている」
それって、学生野球憲章に引っかかるんじゃないか?
俺はそう疑問を抱いたが、二人の会話を聞いてみると「ヒヨコ堂だ!」や「いや、同じ和菓子なら奈良橋饅頭だ!」という口論が聞こえてきた。
和菓子メーカーかよ?
パン屋はねぇのか?
俺はそう思ったがそれを口にすることはしなかった。
極めて政治的にナイーブな問題だからだ。
「・・・・・・ひとつ、問題がある」
金原が呟いた。
「何です?」
「集まったスポンサーが両者ともに和菓子屋ばかりなんだ」
「・・・・・・何でです?」
「一言で言えば、二人とも甘党だから、バランスが狂ったんだろう」
やっぱり、パン屋の出番だな?
俺はそう言おうと思ったが、極めて政治的にナイーブな話題なので、黙ることにした。
「キャプテン、居酒屋は無いんですか」
井伊がそう言うと金原は「ダメ、高校野球だから」ときっぱり言い放った。
「食べ物だけでも良いやないですか?」
「仮に居酒屋から政党交付金を貰ったのが、ばれたら、高野連からどんな制裁が来るか、考えただけでも恐ろしい」
いや、政党交付金とか言っている時点で、高校野球じゃない。
しかも、高野連が東京地検みたいな組織になっているじゃないか?
まぁ、そもそも論として、学生野球憲章に引っかかるからなぁ?
「そんな・・・・・・」
「本当に駄目なんですか」
「あぁ、出場停止と高校球児と言う身分を辞する必要がある」
違う、なんか違う。
高校野球なのに、なんかテーマがアダルトすぎる。
そして、高校球児が何だかヘビーな役職になっている。
俺は再び手の甲をつねり始めた。
腹を抱えて大爆笑したかった。
「そしたら、ただ飯だけでも・・・・・・」
「この混沌とした時代の中、そんな良心的な飲食店があるわけないだろう」
「確かに」
「うぅぅぅ、レ・ミゼラブルやなぁ?」
フランス語で『あぁ無常』という意味だ。
すると、木村と林原の二人が取っ組み合いの喧嘩をし始めた。
「てめぇ、四番だからって調子に乗るんじゃねえぞ!」
「貴様こそ、チャラチャラしおってからに!」
「もう! 私のことで争わないで!」
川村がそう言うと、二人は「お前じゃない!」と叫んでいた。
「どうします?」
「放っておく。闘犬対闘犬みたいで、面白いからな」
「いや、止めましょうよ」
「レギュラーでしょう。二人とも」
「大丈夫、もうすぐに雨が降るから」
あっ、それなら辞める・・・・・・じゃなくて止めるよな?
二人のミニコントを眺めながら、俺は笑いを堪えていた。
「まぁ、スポンサーの件は他の奴にも探すように頼んでいるけどな」
「質問があります!」
井伊が手を挙げた。
「何だ!」
「もしかしてユニフォームにお店の名前が入るとか」
「いや、それやるとリアルに高野連の皆さんが怒り出すから、やらない」
高野連ってどれだけ、真面目一直線な組織なんだろう。
アメリカ帰りの俺にはそれが印象に残っていた。
23
ついに試合当日が来てしまった。
チームは電車で東京まで移動することになった。
「アイン、ナイピ期待しているぞ」
「ヤジは任せろや」
「それは高校野球では、マナー違反だろう」
「いや、柴ちゃんは中学時代から、ヤジには定評があるんだよ」
「誰にも分からない個所から、こそっとがスローガンや!」
こいつ、本当に姑息だな。
高校生のころからこんなに汚れていて、大丈夫だろうか。
俺は柴原の将来に不安を抱き始めていた。
「よし、全員揃ったな!」
キャプテンの金原の号令の下、電車に乗り込むと監督の林田が床にひざまずき、耳を当て始めた。
「監督・・・・・・」
「何をやっているんですか?」
「あぁ、あれは――」
「お前らに告げる」
林田が立ちあがった。
「神聖な電車の中では、一切喋るな。モーター音が聞こえなくなる」
鉄夫かよ!
「というわけだ、みんな静かに」
感情が騒がしい、高校生には酷な要求だな・・・・・・
近くの女子高生や主婦のひそひそ声と冷たい目線を尻目に林田は四つん這いの態勢から、電車の床に耳を当てて、モーター音を聞いていた。
「良い! 最高だ!」
いや、俺たちとしては最低ですよ、監督。
俺たちは羞恥心でいっぱいですよ。
部員たちの沈黙の中、林田は羞恥心を感じることなく、電車のモーター音を聞きながら、恍惚とした表情を見せていた。
早く帰りたい・・・・・・
俺がそう思いながらも電車は目的地へと向かって行った。
24
JR東神奈川駅で京浜東北線から横浜線へと乗り換えて、俺達は八王子駅を目指した。
そして現地へと付いた後に、バスで広川大付属高校へと向かっていった。
バスに乗ると林田は普通に立っていた。
モーター音を聞くのは電車限定なのか・・・・・・
俺がそう感じると広大な敷地を持った、広川大付属高校が目に入った。
バスを降りて、広川大付属のグラウンドへと足を入れた。
そこは観客席まで用意されているスタジアムと言っても通用する、規模の物だった。
「デカイぞ、アイン!」
「金あるんやなぁ、この学校」
柴原、食いつくのはそこかよ?
将来何になるんだろう、こいつ。
「あぁ、どうも監督の小林です」
「林田です、今日はよろしくお願いします」
両監督が握手すると、選手が各々揃い始めた。
さすが名門高校。
ケツデカで身長が高い、まさにアスリートだな。
縦ジマのユニフォームが張り裂けんばかりのデカさだ
約一名、アイアンズのユニフォームを着ている人間がいた。
「誰、あれ?」
「説明しようかぁ?」
柴原が横から入ってきた。
「あれこそ、長原進だ」
「何で、アイアンズのユニフォームを着ているんだ、しかも、サイン入り」
背番号は五十五番だから松尾か・・・・・・
「奴のアイアンズ愛は一種の宗教や」
「野球ファンって、そういうもんだろう?」
しかし、広川大付属の監督である小林が長原の下に近づくと、様相は一変した。
「お前、止めろと言っているだろう」
「何がです」
長原が小林に反発していた。
「練習試合にアイアンズのユニフォームを着るか?」
「松尾のサイン入りです」
いや、そこは関係ないだろう。
「もう一度言ってみろ!」
あぁ、監督怒らせた。
ざまぁ・・・・・・
俺はこの時、失笑したい気分だった。
「お前、俺がライガースファンって知っているだろう!」
そこぉぉぉぉぉ!
叱るところが違う。
というか監督が私情挟み過ぎだろう!
俺は手の甲を思いっきりつねっていた。
腹を抱えて大笑いしたい。
ちなみにライガースとは関西ライガースと言う、西日本の名門チームでアイアンズとは宿敵同士の関係である。
「お前ら、大変だな?」
金原が広川大付属の選手に話しかける。
「監督は根っからのライガースファンなんだよ」
「なのに、長原はアイアンズ愛を貫いている」
「・・・・・・お前らのチームは内紛を抱えているのか」
それ教えていいの! 敵チームに!
俺は思わず、笑いが漏れていたが、周りはそれを気にしていなかった。
「お前ら、勝てるかもしれないぞ!」
「・・・・・・」
「オウだろう!」
いや、相手チーム複雑すぎるだろう!
逆に萎えるわ!
思わず笑みがこぼれるが、同時に今日の試合でも何らかの嵐が吹き荒れる予感がしてきた。
25
試合が始まった。
相手の広川大付属はエースの三年生では無く、二年生サウスポーの神崎翔を先発させた。
「神崎翔ね・・・・・・」
「一年の時からベンチ入りの剛腕らしいで」
何で、柴原がベンチにいるんだ?
俺は疑問を目線に乗せて柴原に問いかけたが、監督に「ゲットアウト!」と言われて、柴原は渋々と出て行った。
「代わりに説明すると、神崎は140後半のストレートとスローカーブ、スライダーにチェンジアップを軸にする投手だな」
金原が柴原の説明役を引き継いだ。
「うちはいいテスト相手ですか?」
「まぁ、中堅だからね。うちは・・・・・・」
すると、スマートフォンからLINEの着信音が聞こえた。
「スマホ切っておけよ」
「不正になるぞ」
急いでスマートフォンを取って、内容を見ると、柴原が神崎に対する考察を延々と述べていた。
とりあえず、スマートフォンをバッグにしまった。
試合中のLINEは不正になるという理由だけでは無い。
柴原と何となくではあるが、会話をしたくなかったのだ。
「よし、じゃあ行くぞ」
「選手整列!」
グラウンドへと向かう。
相手は余裕綽々といった表情だった。
「礼!」
「よろしくお願いします!」
グラウンドへと戻ると、
俺に対して、一番センターの木村が声掛ける。
「出番無くても、用意はしろよ!」
「はい!」
一回の表、先行の早川高校の攻撃で木村が左バッターボックスに立った。
ついに試合が始まった。
26
試合は四回に入ったが、まだ両チームともにノーヒットに抑えられていた。
相手の二年生サウスポー神崎の剛腕に早川打線は沈黙していたが、それと同様に早川のエースである、沖田が左のサイドスローからスクリューを始めとする多彩な変化球で打たせて取るピッチングを披露していた。
「沖田先輩は何種類変化球を持っているんですか」
上級生の控え投手に聞くと、舌打ちが返事となって変えて来た。
ここまで、ストレート・ツ―シ―ム、スローカーブ、スライダーにスクリューやチェンジアップなど六種類を始めとするボールを投げているが、それら全てが見事にコントロールされていた。
沖田がスクリューで相手の三番バッターを三振に切って取ると、
今度は早川の攻撃となった。
前打席はライトフライだった、一番バッターの木村が打席に立つと、相手の神崎はセットアップからストレートを投げて来た。
速いな?
「144キロは出ているな」
何だ?
まさかな?
「まさしく剛腕や」
ブルペンの近くの席に井伊と柴原が立っていた。
「浦木、何でLINEの返信を――」
「何で既読無視する!」
ちっ!
心の小さい奴らだ。
「試合中にLINEしていたら、不正だぞ」
「たしかに、プロ野球でも試合中にツイートしたら、処分受けたからなぁ?」
「そうだよ。メジャーの某チームも電子機器使って球種を特定して、味方に教えたら、処分受けただろう?」
「俺はそれでも説明役したいんや!」
「何で?」
「それが俺というキャラクターの存在意義や!」
悲しいなぁ?
けして主役になれない日陰者のポジションだ。
俺は柴原を鼻で笑いたくなった。
「まぁ、あの速球と40キロ差のあるカーブはかなり厄介やな」
「あっ、木村先輩が三振した」
木村は高めのストレートに空振りをしていた。
「ここまで、奪三振は――」
「六つ!」
こいつらは、もはやスコアラーじゃないか!
よくスコア取れるな?
もっとも、暇だから仕方ないか?
「お前ら、気が散るからあっちに行けよ」
俺が思わずそう言うと、井伊が嘘泣きを始めた。
「ひどいわ! あなたの為を思っているのに!」
「見損なったわ! あんたの為を思っているのに!」
「いや・・・・・・隣!」
隣にいる、一学年上の上級生がボールを井伊と柴原に投げつけて来た。
「ひぇぇぇぇ!」
「堪忍や!」
ざまぁ!
と言いたいところだが、その後に上級生の視線が俺に痛いほど刺さり始めた。
「何か、すみません」
「お前調子に乗るなよ」
上級生の獰猛な目線が、印象に残った。
27
試合は六回に入ると動き始めた。
沖田のスローカーブを相手の四番・長原進が捉え、ライトスタンドへと運んで行った。
その時の沖田の表情は「しまった・・・・・・」と言ったようにも思える、表情だったことが印象的だった。
「浦木、多分出番ある」
伝令を務める上級生がブルペンまで走ってきた。
「沖田先輩を早めに降板させて、お前に出番を回すって!」
カステラ効果なのだろうか?
何処となく実力で選ばれたとは言い難い、起用のように思えたが俺はブルペンで最後の十球を投げ込んだ。
すると、六回裏に早川の四番である、林原がお返しと言わんばかりのレフトスタンドへのホームランを見せた。
「同点で俺ですか?」
「監督の指示だから、俺は分からない」
上級生の伝令係は「ふぅ」と息を吐いていた。
「じゃあ、審判に言ってくるから」
伝令係の上級生が審判に交代を告げると、林田が俺にマウンドへと行くように指示した。
マウンドへと走ると、井伊と柴原が発狂した様子で声をかけていた。
「きゃ~! アイン!」
「ステキすぎるわ~! エッチして!」
井伊と柴原の声援に対して、中指を立てた。
「・・・・・・デビュー早いな」
正捕手の金原が、茫然とした表情を浮かべていた。
「下ネタですか?」
「そう言う、意味じゃない」
「実力で選ばれたんですかね?」
「多分、そうだと良いけどな」
内野にいる野手たちがマウンドへと集まる。
「持ち球は?」
サードを守る、林原が厳しい目線で質問をする。
「ストレート、スライダーにカーブです」
「持ち球だけ見れば、平凡だな?」
その言葉を聞いて、自分の中で少しだけ反骨心が芽生えたような気がした。
「いいよ、俺がリードするからさ」
「お願いします」
全員が持ち場に戻ると、俺は金原のミットをめがけて、投球練習を始めた。
そして、投球練習を終えると、金原が再び、マウンドへと駆け寄ってきた。
その最中に金原と確認したサインを覚えて、ついに俺にとっての高校における実戦デビューとなった。
相手は広川大付属の七番バッターだ。
「プレイ!」
審判がそう言うと同時に金原がサインを出す。
初球はストレートで、アウトコース。
ノ―ワインドアップから相手に背を向けるフォームを見せた後にアインは指からボールを離した。
すると、ボールはアウトコースを少し外れて、真ん中気味の甘い球となった。
しかし、相手バッターはそれを見逃した。
「ストライク!」
返球をしてきた、金原の口元は「コースが甘い」と呟いていた。
二球目は、インコースにストレート。
二球目を投げると、相手がそれに手を出して、外野フライになった。
「ワンアウト!」
金原がグラウンド全体に聞こえる声を腹から出していた。
続いて、八番バッターには、ストレートを二球続けた後に外に逃げるスライダーを放り、空振り三振。
「ツーアウト!」
九番バッターはボール気味のストレートに手を出して、セカンドゴロ。
俺はこの回を三者凡退に抑えた。
「コントロールだな。欠点は?」
「そう思います」
ベンチに戻ると、林田が仁王立ちで立っていた。
「コントロールが甘い」
「すみません・・・・・・」
「次の回まで投げて貰うからな」
俺はスポーツドリンクを飲むと、金原とキャッチボールを始めた。
「次の回が勝負かな?」
「まぁ、抑えられれば良いですけどね?」
「まるで他人事だな、お前のことだぞ」
金原が冷たい目線を向けてくるが、無言でキャッチボールを続けた。
すると、相手サウスポー神崎が投げたスライダーを八番バッターがセンター前に運び、九番バッターがフォアボールで出ると、ここまでノーヒットの一番バッター木村が左バッターボックスへと立つ。
「機動力が今日は使えなかったからな・・・・・・打てよ」
金原が、そう言うと、木村は高めに来たストレートを見事に左中間に抜けるヒットとした。
「おうぅぅ!」
金原が思わずガッツポーズを見せた。
これで三対一の早川高校が二点のリード。
そして、二番バッターが打席に入ると、
金原が大急ぎでネクストバッターズサークルに入った。
次の打席であることを忘れていたらしい。
しかし、その間に二番バッターが凡退をして、スリーアウトチェンジになった。
「ちっ・・・・・・打つの早すぎだろう?」
俺はそう毒づいた後に、走ってマウンドへと登って行った。
「よし、ここを押さえろよ!」
金原に声を掛けられると、俺は先頭の一番バッターに対して、インコースへストレートを投げた。
しかし、それは相手の足に当たった。
「デッドボール」
相手は足を抱えて、うずくまっていた。
「・・・・・・」
金原は無言で、ボールを返球する。
相手が足を引きずりながら、一塁ベースへ向かった後に、二番バッターをスライダーで三振に切って取り、三番バッターを高めのストレートでセンターフライに切って取った。
そして、ついに・・・・・・
今日、ホームランを放っている。
四番の一年生、長原進にまで打順が回ってきた。
すると、金原がマウンドへと向かった。
「失投はするなよ」
「・・・・・・気を付けます」
金原がキャッチャーボックスへ戻ると、同時にストレートのサインを出した。
直球中心の強気なリードだ。
そしてリードの中で金原が多用している、インコースへのストレートを投げた。
しかし、それは投げた俺本人も失投だったと感じるものだった。
ド真ん中へと向かって行ったストレートは次の瞬間には高い金属音と同時に、ライトスタンドに運ばれていった。
その瞬間、俺の頭の中は真っ白になっていた。
すると、伝令係の上級生が来て「浦木、交代!」とだけ告げて戻って行った。
「・・・・・・残念」
金原がミットで頭をポンと叩くと、俺はマウンドを降りて行った。
28
試合はそのまま引き分けに終わった。
中堅高校の早川としてはなかなかの試合展開だったと思えたが、俺にとってはコントロールの甘さという課題の残る試合結果だった。
自宅に戻ると、LINEの着信音がスマートフォンに入った。
―元気出せ―
これは井伊。
あいつは意外と良い奴だなと思っていると、柴原からはこのようなメッセージを送られた。
―俺は試合に出れなかったが、お前は出よったな。ざまぁや―
こいつ殺す!
俺は急いで、部屋へと戻って行った。
そして、柴原から来る大量のメッセージを大量に無視した。
そして、翌日。
「何で無視すんねん!」
柴原とは違うクラスではあるが、俺のいる教室に乗り込んできた。
「お前、ざまぁは傷つくだろう?」
「いや、軽い気持ちやったんや?」
「む~ん、アインはそんな弱い子じゃないと思っているんだな!」
「む~ん、そうや!」
何だよ、む~んって・・・・・・
「おい、そのむ~んって言うの止めろ」
「む~ん、そんなことは言っていないんだな」
「む~んはリリンの作りだした文化の極みなんやで」
エヴァのカヲル君かよ。
使徒として殲滅するぞ、掌でぐしゃっと・・・・・・
俺はそう脳内で毒づくと、「本当にムカつく」と珍しく言葉に出していた。
そして俺は自分でも分かるほどの不機嫌な目線を二人に向けていた。
「元気出せよ」
「くよくよすんなよ」
「ドントウォーリー」
「ビーハッピー!」
それは松岡修三だろ?
こいつらは動画のヘビーユーザーだ。
俺が耳をふさいで二人が「松岡!」や「しゅ~ぞう!」と言ってふざけているのをやり過ごしていた。
「浦木君、この前の試合打たれたんだ?」
そこにクラスメイトの瀬口真がやってきた。
「だから、何だよ」
「戦いに敗れても君は美しいっていう言葉を知っている?」
それは、高校サッカーだろう・・・・・・
「俺は結果重視なの」
「狭い考えやなぁ?」
「お前はどこのサラリーマンだよ。営業部か? ノルマを気にする営業部か!」
人が気にしている事をずけずけと・・・・・・
「もういい、お前らとは話しはしない!」
「お前いじけるなよ、子どもか!」
十五から十六歳は十分、子どもだろうが!
頭に血が上ったアインは教室を出て行った。
「授業は!」
瀬口が後を追いかけて行ったが、俺はそれを振り切るように階段を駆け上がり始めた。
しかし、その前を川村光が歩いていた。
「あっ!」
「おフゥ!」
お互いに倒れると、瀬口が後ろから走ってきた。
「大丈夫?」
瀬口が手を差し出すが、俺はそれを払いのけた。
「問題無い」
「・・・・・・感じ悪い」
「結構」
すると後ろから川村が抱きついてきた。
「痛いぞ~! 浦木君!」
俺はその腕を取って捻った。
「痛い!」
「それはあなたの頭の方ではないでしょうか?」
それに対して、瀬口がアインを蔑視するような表情を浮かべていた。
「女の子に手を上げるなんて最低」
「好意を持たない相手に抱きつかれるのも最低」
俺と瀬口が睨みあう格好となった。
「お前、それは無いだろう・・・・・・」
井伊がそう言う中で、川村は「う~、腕が超痛い」と言いながら、右腕を抱える。
「大丈夫ですか?」
「まぁ、利き腕じゃないからまだいいけどさ?」
川村がそう言う中で瀬口は心配そうな表情を向ける。
すると、周りに生徒や教員が集まってきた。
これは、まずいな・・・・・・
教師連中に捕まって、停学処分にでもなったら、さらにまずい。
俺はそう思考を働かせていた。
「あっ、先生・・・・・・浦木君が!」
瀬口が担任の佐々木の下に駆け寄った。
「浦木! お前は何をしたんだ!」
佐々木にヘッドロックをされる格好で、職員室へと連行された。
この佐々木と言う、担任を俺は軽蔑していた。
何故かと言うと、生徒の人気取りを優先していて、教師として必要な指導と統率の能力に欠けていると感じていたからだ。
また、一部の生徒、主に女子生徒に対して、「お前たちは俺のダチだ」的などこぞの教師漫画の世界を現実で実現させようとさせているのが、俺の心を嫌悪感で満たしていた。
暴走族出身では無い、漫画思想のお坊ちゃんは男子生徒には冷たい事で有名だった。
きっと、連行された職員室で仲間の大切さや郷土愛などを延々と説教されるのではないか?
佐々木はそのような狭隘な考え方をする教師だ。
暴走族では無いのだが、その考えは今流行りのマイルドヤンキーのようであり、その生ぬるい仲間意識や地元愛を公言して憚らない。
佐々木のような狭隘な主義を持つ大人を俺は人間として嫌っていた。
「お前、何した!」
職員室に入ると、佐々木は椅子に座り始めた。
浦木には椅子は用意されず、立たされる格好となった。
「女に手を上げたのか?」
何、格好つけているんだよ?
ヤンキーにもなれない、豆腐ハンバーグのような存在がさぁ?
「お前なぁ、女に手を出すっていうのはゲスがやることだぞ」
「好意を持っていないのに抱きつかれそうになったので」
俺がそう弁解すると、佐々木の顔に血管が浮き上がり始めた。
「お前ねぇ、俺は先生なの」
来たよ、自分の権限を振りかざす奴。
「俺の裁量でお前を停学にすることも出来るんだよ」
今、思えば佐々木は自分のことを気に食わない生徒として認識していたのかもしれない。
この男は教師でありながら、自分が注目をされなければ不機嫌になるという、歪んだ自我を秘めていると俺は感じ取っていた。
こいつはナルシズムに溺れている。
自己中心の考えは自分も同じだが、この男のように自尊心を自分で慰めているだけの下品な自己中心的な考えの持ち主にはなりたくないと俺は感じていた。
「お前、テストの点が良くて、女にも人気があるのね?」
佐々木が下品な笑みを浮かべていた。
「そうなんですか?」
「お前、気取っているんじゃねえぞ」
佐々木が顔を近づけて、こちらに話しかけてくる。
嗅ぐに堪えがたい、口臭がアインの鼻腔を刺激していた。
「もう一度言うよ、お前は何をした?」
俺はそれに対して、黙秘を貫いた。
「聞こえないかなぁ!」
耳元で叫ばれた。
「耳が痛い・・・・・・」
「もう一度聞くよ」
周りの教師を見ると、誰もそれに反応はしていなかった。
それはまるで全員が体罰を容認しているかのように思えた。
思考停止をしている大人たちめ・・・・・・
俺がそれに辟易とする中で、佐々木の後ろから林田がジャージ姿でやってきた。
「佐々木先生、それ体罰」
佐々木は林田が来ると急に態度を軟化させた。
「あっ、林田先生からも言ってくださいよ。こいつは態度がね――」
「川村が許すって」
すると、佐々木が「へっ?」と魔の抜けた声を挙げた。
「貸し一つだってさ?」
「つまり?」
俺がそう言うと、林田が「釈放」とだけ言った。
「待ってください!」
「何か?」
林田がため息をつきながら、椅子に腰を掛けた。
「ここで指導しないと、また再発しますよ!」
「こいつは言ってもダメ。自分が偉いと思っているんだもん」
一瞬だけ腹が立ったが、林田からの「だから、行って良し」の一言を聞くと、職員室から俺は職員室を去った。
テニプリの榊かよ?
思わず真似したくなるフレーズだ。
「アイ~ン、大丈夫だったか!」
井伊と柴原と川村が駆け寄ってきた。
「あぁ、無事で良かった」
「お前、川村先輩に感謝だよ」
すると、奥から瀬口もやってきた。
「・・・・・・よかったね?」
「・・・・・・謝らないぞ」
「最低」
すると、奥から川村光がやってきた。
「さぁ、どう対価を払ってもらおうかな? 浦木君」
ポンと肩を叩かれたが、俺はそれを無表情で受け入れた。
「・・・・・・謝りませんよ」
「いいよ~、大好きだから?」
俺は井伊や川村、瀬口達を背にして、教室へと戻って行った。
続く。
次回、第二話。
強敵の襲来、そして暗雲。
来週もよろしくお願いします。